ディスコミュニケーション

ディスコミュニケーション


※男主(海兵)、ほか捏造多々

※くまは月見酒がしたかっただけで悪意はない前提です 申し訳ない







とある七武海会議は闖入者の出現や一部の参加者の激しい口論によって長引き、センゴクが解散を宣言したのはとっぷりと日が暮れた頃だった。

政府に実力や脅威度を見込まれた七武海ともあらば、夜の航海など苦にもならないような者ばかりだ。しかし幾人かは同時に、海軍の膝元にあっても動じない、嫌悪のアピールすら忘れるような者たちでもある。

政府に従順な七武海、"暴君"バーソロミュー・くまがその筆頭だ。ほとんど毎回の召集に応じ、ニキュニキュの実の能力や軍艦の招聘によって単身、マリンフォードに姿を現す男。出された食事にはめったに──おそらくは彼自身の打算による譲歩を除いて──手をつけないものの、こうして夜が更けたとき、彼は海軍本部にあてがわれた客室で朝を待った。

一般の宿とは異なり、海軍本部において海賊の接客を担当するのは一定以上の肩書きをもつ海兵という決まりがあった。七メートル弱の巨体の機嫌を万が一にも損ねたときに、せめて一目散に逃げ出す身体能力を備えている必要がある。逃走がが叶うかどうか、彼らは考えたくもないだろうが。

男は、ものを乗せたカートを大きなドアの前に停め、ドアベル代わりの電伝虫を鳴らした。受話器が取られることはなく、厚い両開きのドアの向こうに気配があり、やがてギイと重々しい音を立てて開いた。室内だというのに帽子を被ったままのくまが立っていた。電伝虫のコールを切り、男は敬礼した。

「お休みのところ、失礼いたします。バーソロミュー・くま様、ご要望の品をお持ちしました」

「ああ」

「よろしければこのまま、ここへカートを置いていきますが、いかがなさいますか」

男の申し出は、いくら従順に見せていても決して海兵を信用しないだろう海賊への気遣いだった。手荷物もほとんど持たずに一夜ぽっちを過ごすための部屋とはいえ、生活空間を海兵にうろつかれるのを当然、海賊は嫌うものだ。

しかしながら、その夜のくまはカートを部屋に招き入れることを選んだ。

「いや」

短く応えながら、くまは遥か眼下の海兵を見下ろし、まじまじと見る。小さな階級章を確認すると、くまはドアを開ききって片手で押さえ、入室を促した。

失礼いたします、とまた言い、男はカートを押してくまの客室へ入った。入室を拒むどころか迎え入れられた困惑を表に出すことを堪えて。

木製のカートには葡萄酒のボトルとグラス、栓抜きとナイフが一揃い乗っている。それぞれ、巨人族やくまのような巨体をもつ者向けの品で、それらを乗せるカートは自然とより大型のものになる。決して貧弱でも小柄でもない男であってさえ、それを押しながら巨大なドアを支えるのは骨が折れる。いつだったか、既にそんな経験をしていた男は、くまの海賊らしからぬ気遣いに対し、素直に感謝を表した。

「お気遣いありがとうございます。……ええと、テーブルまでお運びしてよろしいでしょうか」

「それでいい」

くまは男が大きなカートを厚いカーペット上にごろごろと転がすのを視界に入れながら、くまほどの体格の者にとっては数歩の距離にある目的地のテーブルへ歩み寄る。ドアの下にはいつの間にか鉄製のストッパーが噛ませてあり、変わらず開け放たれている。くまはテーブルのそばの一人がけ(もちろん、彼ほどの体格の者にとって)のソファに腰を下ろした。

ようやくテーブルに追い付いた男は、カートのブレーキをかけて、こちらへの警戒を断たぬまま聖書に目を落とすくまに向かって敬礼をし、声をかけた。海兵の自分が、くまが口をつけるものや刃物に目の前で手を触れることは憚られたので、テーブルへ移すことはしなかった。

「それではバーソロミュー様、ごゆっくり──」

「待て」

「はっ」

制止に、ぴんと背筋が伸びる。ボトルの中身への疑いか、それとも無礼をはたらいたか。男は無意識に片足を後方へ引きながら、くまの言葉を待った。

「一杯、飲んでいけ。おれが注ごう」

「は、はあ、かしこまりました」

前者であったらしい。声に動揺を滲ませながらも、男は内心、ほんの少し喜んだ。「葡萄酒がほしい。安物で構わない」との申し出だったが、まさか七武海に粗悪なものを供するわけにもいかず、そこそこ値の張るものが用意されたのだ。

くまがソファにかけたまま慣れた手つきで錫を剥がし、栓を抜くのを見つめる。巨大なグラスで飲むのは大変そうだ、と構えていると、ワインはテーブルの隅にあった陶製の灰皿へ注がれた。ぎょっと目を見開く。

「おれに喫煙の習慣はない」

灰皿をすいと差し出しながらくまは宣う。注文を告げたときや男を部屋へ入れたときと何ら違いのない、感情の乗らない声だ。ドアを開けたときのような気遣いか、はたまた、清掃が行き届いてさえいれば問題なかろう、と言いたいようにも受け取れた。こればかりはきっと、後者に違いない。男はそう捉えた。

「……頂戴します」

目の前の海賊への怒りと軽蔑をせめて眉間のしわに表し、男は灰皿を受け取った。乳白色を透かす赤紫色は、少なくとも肉眼には澄んで見えた。ええいままよと口をつければ、口腔から鼻腔を満たす芳醇な香り。脳髄にくらりとくる度数。これを不安のひとつも抱く必要のない場で、素直に堪能できればどんなによかっただろうか。ぐびぐびと風情なく空にした灰皿を、どんとワゴンへ置いた。一つ咳き込む。

「これで、よろしいですか」

「ああ。感謝する、海兵」

くまはグラスをカートからテーブルへ移し、ソファに背を沈ませると、聖書のページをぱらぱらと捲った。すました横顔に敬礼をして、男は汚れた灰皿を乗せたワゴンと共に部屋を後にした。ワゴンを廊下へ出し、ストッパーを外すと、重い扉はゆっくりと閉まる。閉じていく隙間のくまが一瞬、窓の外へ視線をやったように見えた。


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