『テレビの女殺人事件』

『テレビの女殺人事件』

あにまん掲示板:【AIのべりすと】安価ファンタジー【物語を書いてみる】


 大都市の郊外になにもない原っぱがある。


 軍隊が駐留する時は、原っぱいっぱいに天幕やら篝火だかが作られてムキムキの兵士だらけになるのだが、この季節、軍隊は他所に出払っていて誰も使っていない。


 そんな場所に、不法投棄されたゴミの山があった。

 壊れてバネが飛び出したソファに、錆びついた冷蔵庫、ブラウン管のテレビ、動かないレンジ。えとせとら、えとせとら。いわゆる粗大ゴミが山と積まれている。

 もっともこのゴミの正体を理解できる人間はこの世界には少ない。だってこの世界はファンタジー。ドラゴンと騎士と剣と魔法の世界だ。捨てる場所が間違っている。


 今回の依頼は、この不法投棄されたゴミの山についてのものだ。


 ◆◆◆


「で、アンドレさん。どうして私にご依頼を?」

「アンドレイだ。モヌメント・葦原君。君はこのゴミの山が何かを理解できるな?」

「はいはい、わかりますよー。あっ、私のこと、親しい人はモニュって呼ぶんです。そう呼んでいいですよ、アンドレさん」

「正直に答えてくれて感謝する、モヌメント君。それと、私はあの死地にギリギリまで付き合わせた恨みは忘れていないので、親しい人のカテゴリに入れないように」

「えー、無事に乗り越えられたじゃないですか。友情、努力、勝利!」

「努力はしていないだろう」


 呆れたようにため息をつくと、彼はゴミの山に向き直る。

 長い黒髪に眼鏡、白衣を着ている美人さんだ。いや男だけど。目に優しい容貌。

 本人談では堕天使だそうだが、見た感じでは特にそれっぽい特徴は見えない、普通の人間のように見える。せいぜい美形すぎるとこぐらい? 羽根も生えてないし。

 堕天使だから、現代日本のことを知ってるのだろうか?


「テレビは分かるな?」

「はい、分かります。あれですね」


 私はゴミの山の頂点辺りにある、ブラウン管のテレビを指差した。

 画面は割れていないけれど、ここではなんの役にも立たない。この世界に電波は届かないし、電源だってないのだ。ただの四角い箱にしか過ぎない。


「あそこから、深夜に女が這い出してくる。これの対処をお願いしたい」

「ええ……」


 探偵への依頼としては、ものすごく変化球が来た。

 でも対処。退治じゃないわけね。


「襲われた時の護衛として手伝ってもらえたりします」

「そのつもりだ。君には知恵を出してもらう」


 私の提案に、アンドレさんは快く頷いてくれた。それなら、なんとかなるかな。

 いやでもこの人って堕天使だから、別に聖なるパワーとかないんだった。


「……見捨てて逃げないでくださいね?」

「今回はこちらから持ち込んだ仕事だ。可能な限りの安全を保証しよう」


 断言しないとこが微妙にイヤだけどあんまりおねだりするのも探偵失格だろう。

 私は頷き、この依頼を受けることにした。


 ◆◆◆


 まずは現場検証の時間だ。

 今はすでに夜だから、テレビから女が這い出してくるまでそんなに時間はない。


「……もう這い出していった後だったりしませんよね?」

「いいや、出てきてはいない。そのためにここで見張りをしていた」


 なるほど。それなら今のうちにこのゴミの山をよく見てみよう。壊れた資源ゴミの山の中に、テレビと関係するものがなにかあるかもしれない。

 あるいは女と関係するもの?

 ゴーストというのはこの世界にもいる。ただし、ジャパニーズホラーのモンスターとは別物だ。具体的には白くてフワフワで光ってるという共通点がある。

 他にもアンデッドはいるけれど、テレビから這い出す女、というのは聞いたことがない。そもそもこの世界にテレビとかないし。いや、今、目の前にあるんだけどさ。


「みーっけ」


 私はゴミの間から、怪しいものを見つけた。四角い物体を見つけた。

 拾い上げて、じっと見る。うわ、これスマホじゃん。知らない機種だけど。たぶんこれ私の知ってるより未来のやつだ。すげーな。小さいし薄いし。

 しばらく操作してみると、ボタンの一つに反応して、四角い板に明かりが灯った。


「電気が残ってる。わ、やば、電気ちょっとしかないじゃん。急いで見なきゃ」

「なんだそれは」

「スマホ。携帯電話のすごい版。これって電源まだあるの奇跡みたいなものなんで、すぐ使えなくなるかもしれません。ちょっと待ってて下さいね」


 私は急いでスマホを操作して中にある情報を探しはじめた。ブラウン管のテレビから出てくる女と、このスマホに、なにか関係があるかもしれない。

 日記アプリがあった。らっきーと即開く。

  そこに書かれていた内容、その最初の一文を見て、私は思わず固まってしまった。


『あの女は、私が殺した』


 ◆◆◆


「見つけたぞ、テレビの女!」


 私は大声で叫んだ。ちょっと恥ずかしい。

 だって、テレビからはまだ女は出てきていない。でもこれは必要なことだ。見つけたと思わせることが大事。


「出てきたところを叩けば勝てるはずだ! がんばれモヌメント君!」


 アンドレさんが私を鼓舞してくれるけど、めっちゃ雑な鼓舞なのであんまりありがたみがない。しかも棒読みだし。堕天使だしそういうのニガテなんだろう多分。

 そもそも私、こういうの苦手なんだよなぁ。でも、やるしかない。


「よし、行くよ!」


 私はそう宣言して、勢いよく、テレビの画面に手を振り上げた。

破壊される!と思ったのだろう。

 狙い通りに、私はテレビの画面の中へと吸い込まれた。

 これで作戦の第一段階は成功。交渉の席には就けたはず。大事なのは彼女の正体。それは正しく確認するためには、テレビの外ではダメなのだ。


 瞬間、私の視界が暗転する。


 ◆◆◆


 真っ暗闇の中、私は一人きりだ。なにも見えない。


「……えぇ?」


 困惑の声が漏れる。

 間違ったかも、とちょっと不安になったけど、幸い答えはすぐに出た。

 私の周りに光が溢れる。白い。強い光。あまりの眩しさに目を閉じてしまう。


 次に目を開いた時、私の前には、一人の女がいた。


 私よりも年は上だと思う。赤いワンピースがよく似合っていた。

 綺麗な人だった。

 長く美しい黒髪に、透き通るような肌。まるで西洋人形のような姿。


 だけどその顔は、怒りに醜く歪んでいる。


「お前は誰?」「あなたこそ、何?」


 私の言葉に、彼女は質問で返してきた。


「私はモニュ。探偵だよ」

「探偵?」

「そう、困ってる人の依頼を受けて、事件を解決するの」

「……ふぅん」


 彼女は興味なさそうに返事をした。


「それで、あなたのことはなんて呼べばいいんですか」

「私は、テレビ」

「えっ」

「私は、あそこから出ると、ああやって人間を襲うの」

「なるほど……?」

「ねぇ、なんで、私を殺したの」

「それは」

「私は何もしていないのに、なんで殺されたの」

「えっと、それは」

「答えてよ」

「…………」


 私は、言葉に詰まった。どう説明すればいいのか、ちょっと迷っていたからだ。

 彼女との対話で、だいぶ予定がズレてきた。対話が可能という予測はちゃんと当たっていたけれど、まさかテレビだなんてね。


 真相は実にシンプルだけど、正しい答えが良い答えではない。

 そこが探偵の難しいところなのだ。

 真実はいつもひとつ?そういうのは殺人事件の時だけにしておくべきだろう。


「私はただの機械で、ただのプログラムで、ただのゴミなのに」

「……なるほど。あなたは自分自身のことを、そんなふうに思っているんですね」

「そうよ。そう……でも、どうして、こんな目に遭わなくちゃいけないの」

「それはまぁ、ゴミになっちゃったからでしょうね」

「よくもそんなに簡単に!」


 彼女は私を睨みつける。

 だけどその瞳には最初のときほどの力はない。今にも泣き出しそうに見えた。


「事実はちゃんと、受け入れなきゃいけませんよ」

「………」

「それじゃ、今度はこちらから質問です。どうして貴女はこのテレビの中から這い出して、人を襲おうなんて考えに至ったんですか?」

「私は、この世界には必要のないゴミだから」

「……え?」

「私は、この世界のことを見てきたわ。この世界では、こんなゴミの山、誰も見向きもしないでしょう。だから、私はずっと放置される。朽ち果てるまでずっと」

「そ、そんなことないと思うよ。ほら、この世界って魔法使いとかもいるし。興味を持つ人だっているんじゃないかな? ほら、今ならちょうど、テレビの近くに自称科学者のメガネのお兄さんがいるからその人に話を聞いてもらったらどうかな!」

「嘘つき」

「ホントなのに」

「この世界の人間は、ゴミの山なんか気にしない。人間は、捨てられたものを拾い上げたりはしない。だから、私は人間に復讐するの。このテレビから這い出して」

「あっあっ、ちょっと待った! ヒートアップしないで、ストップ、ストーーップ! つまりあなたは、自分が持ち主に捨てられたと思ってるんですね?」

「……そうよ。だから」

「そうじゃないんです。あなたはそもそも、テレビじゃないんですよ!」

「え」


 私は懐にあったスマホを取り出した。

 ボタンを操作すると光が灯る。

 よかった、これで充電切れてたので動きません、とかのオチだったらどうしようかと思った。胸を撫で下ろして、画面に映った日記を見せる。


『あの女は、私が殺した』


 日記の書き出しは、こうだった。それから、こう続く。


『あの女は、テレビの中に映っていた。最期に映った、あの時の姿のままで』


 日記に書かれているのは、テレビに映るかつての友人、自分が殺した女の影に怯える女性の日記。なにかに助けを求めるように、あるいは許しを求めるように。日記には長々と持ち主の思いが綴られている。

 そして最後のページ。

 そこには、テレビから這い出してくる女について書かれていた。


『私は、この女を殺すことにした。この女さえ殺せば、もうあの女が蘇ることは無い。私の前に現れることはない。そう信じて』


そして、最後の日の記述。同じ言葉をもう一度。


『あの女は、私が殺した』


 彼女は最初に、彼女の親友を殺して。

 最後に、テレビに映った彼女の親友を殺したのだ。

 だけど、日記を読めばすぐに分かることが一つ。これを書いた彼女は、まちがいなく正気じゃない。正気じゃないからこんな日記を書いたんだろう。

 溜息を一つ吐いて、日記アプリを閉じる。


「これが、彼女の日記の終わりです。彼女はテレビの中の女取り憑かれたと思いこんで、その真実は、テレビに取り憑かれていたんです」

「どういう、意味なの」

「テレビに取り憑かれた女性は、こうして自分の罪を忘れないようにするために、日記をつけます。そして、最後には、恐怖に因われてテレビごと破壊して、捨てた」


 スマホを操作して、アルバムを開く。

 そこにはスマホの持ち主の姿が写っている。楽しそうな姿、仲間と一緒の姿、何かを食べている姿、どの写真にも共通して映っている人物。

 それがこのスマホの持ち主。日記を残していた彼女であることはすぐに分かった。


「そんな……だって、私は」

「あなたは、いらなくなったから捨てられたわけじゃないんです。狂った持ち主の恐怖から、壊されて、だから捨てられてしまったんですよ」

「じゃあ、私はだれなの?」


 私は答えの代わりに、スマホの電源を落とした。真っ黒な画面。黒い鏡。

 それを彼女に向けると、画面には彼女の顔が写っている。かつての自分の持ち主とおなじように。罪の意識から見つけ出した、自分を糾弾する女の顔が。

 アルバムに映っていた、日記を書いていた彼女自身の、怯えた顔が。


「……捨てられたテレビも、人を襲う女もいません。あなたはただの鏡なんです」


 ◆◆◆


 原っぱを衝撃が吹き抜ける。刹那の後に爆発音。


 積み上がっていたゴミの山は、すべて粉々に吹き飛んだ。

 レンジも、コタツも、冷蔵庫も、あの世界の痕跡は跡形もなく爆散してしまった。

 もったいない、という思いがちょっとはあるけれど、上手くあのゴミを役に立てる手段も思いつかない。郷愁をほんの少しも感じなかったのは、少し不思議な感じだ。


「本当に、これで良かったのだね」

「ご本人の希望ですからね」


 あのテレビも破壊されてしまった。

 もう、誰もあのテレビの中に誰かが幻を見ることはない。

 私は無事に依頼を達成した。


 ◆◆◆


 翌日、私はアンドレさんの研究室にお邪魔していた。

 予想していたよりも整理されていて拍子抜けしたものの、通された私室には、ちゃんと稼働している炬燵があって、思わず二度見した。


「なんですかこれ」

「分からないかね」

「コタツじゃないですか! こんなの入るしかないじゃないですか!」


 私はコタツに吸い込まれて出られなくなった。


「ふむ。依頼を達成した報酬のオマケだ。何か希望する《故郷》の料理があれば作ってみせるが。なにか希望はあるかね。なかったらカレーにする」

「クッ……カレー食べたい! いや待って! カレーやっぱなし!もっと食べたいものが、もっとこう、今食べたいやつ。今食べたいやつを……」


 アンドレさんがいきなりとんでもない選択肢を突きつけてきたので、私はめちゃくちゃ悩んだ挙げ句、つい「お茶漬けで!」と答えてしまった。

 だってこう、ちょっとひねったもの食べたいじゃんせっかくだし!そして仕事の後のお茶漬けって美味しいじゃん!


 おこたの上には手鏡が一つ。


「なるほど、あの女は鏡の精霊だったのか」

「え、それって、実はこちらの世界の住人だったってことですか?」

「世界を越えてこちらに来る時、人が何らかの力を得ることはよくある。あのテレビには、人に似た意志が宿っていた。だから力を得たのだろう」

「それじゃやっぱり、元の世界じゃ、あれはただのテレビだったんですね」

「当然だろう」


 やっぱりこの人、地球出身っぽい。スマホが分かんなかったところを見ると、ちょいと昔の人なのかもしれない。自分からは言わないなら、聞くのも野暮かなぁ。


 それにつけてもお茶漬け美味しい。

 水分少なめのお米と、お茶の渋みに、梅干しのほどよい酸っぱさが混ざり合って、さらに小さくカットされたお魚の塩味がよいアクセントになって、クチの中でハーモニーを奏でているのだ。いい塩梅、とはコレのことをいうに違いない。


「例の姿見はしばらくしたら完成するだろう。それまで、これを使うといい」

「え? あ、はい。美味しいです」

「話を聞け」


 アンドレさんごめん今お茶漬けのことしか考えてなかった。


「ほら、例のスマホとやらをこれに向けてみろ」

「はいはい、ちょっと待ってね」


 懐から取り出したスマホの画面を、手鏡に向ける。これでたぶん、いいと思う。

 くるりと手鏡を覗き込む。鏡の面が真っ黒に塗りつぶされた鏡。


 そこには、赤いワンピースの女が、少し照れたように笑って手を振っていた。


 ◆◆◆


『テレビの女殺人事件』 END

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