テスデイ血塗れキス(魔力供給)
⚠生ぬるい暴力と血
適切な処置を行えば摘出しても生命維持に大きな支障の出ない臓器。主に盲腸、肝臓、生殖器、肺の一部、腎臓の一方。その他喪失による影響が色濃いが、存在しないことが直接生命を脅かしはしないもの。眼球、消化管、膀胱など。
恐らく、テスカトリポカの払った代価というのは、そういう『都合のいいもの』ではない。
現在と未来の入れ替え。黒きテスカトリポカの権能の行使。現代に根ざしたヒトの器ならば、マスターの令呪による後押しと臓腑二つを代償にしてはじめて可能となる宝具。そういうものを発動した。
さしものデイビットもナイフを入れずに人体の詳細な内部を見ることはできないため想像でしかないが、今のテスカトリポカの中身はぐちゃぐちゃで、生命活動のパスが途切れていて、生きている方が気持ち悪い。そんな状態に違いないだろう。
しかし、デイビットは、テスカトリポカのことをここまで把握しておきながら、欠片微塵も心配していなかった。なぜなら人の身体といえども魂は神霊なのだから、損傷は魔力で回復できる。それに、神殿の贄は、死体の中身は、こういう時の為にもある。直接治療を要求してくることは……いや、断じてない。過去の記憶から計算すると、そんな未来は起こるはずがない。ああいうことを企てていて、デイビットをそういうことに付き合わせる神ではない。
「なあ、少し魔力を分けてくれ」
「――」
「なぜそんなカオをする。あそこにまっすぐ行けばいいとでも思っているのか?」
「……分かった。早く済ませてくれ」
「おいおい、理由くらい聞けよ。その恐れ知らずはいっそ蛮勇だぞ」
「聞く必要がない」
「これから訪れるものを知りたい。身構えておきたい。その先に待ち受けるものが絶望だとしても。それがヒトの性じゃないのか? だからヤツらに滅亡を体験させてやったんだろう」
そうだ。そうだが。この場合は耳を傾けようが塞ごうが拒絶の言葉を投げようが眼の前にいるこの神の行動を変えられるはずがないのだから、聞いて時間を無駄にするほうが非効率的だ。好きにさせてさっさと終わらせてしまえばいい。
理由に関しては、デイビットの憶測だが、神殿に着く前にうっかり倒れでもしたらいけないから念のため補給でもしておこう……そんなところだろう。実際倒れられても困る。今のテスカトリポカは態度こそ飄々としているが、間違いなく重症ではあるし。
「それで、どういう形式での――」
「ああ、いや。オマエは何もせず、少しの間突っ立っていればいい。なに、オレの目的にも、オマエの目的にも、影響は与えるようなことはしない」
応とも否とも答える暇を与えられず、おとがいを掴まれる。間髪入れず重ねられる唇。口の中を侵略する、生暖かい、舌。予想外のそれはデイビットに一瞬の硬直を伴う驚きを与えた一方、同時に得心も齎した。
粘膜接触による魔力供給。決して効率のいいものではないし、交流と理解を必要としないのだから、当然こちらも必要ないと思っていたが。なるほど、確かに、血を流すのも億劫な時のつまみ食いにはちょうどいい。
されるがままを選んだデイビットの舌を、テスカトリポカの長い舌が絡め取ってテリトリーへ引きずり込む。他者の体温特有の居心地の悪さを一瞬感じる。
「ん、うっ……、んぐ……っ」
水音が頭蓋骨の内側で響く。ぐちぐちと頬の内側の肉を押されたり、歯列をなぞられたり、舌に絡みつかれたり、柔らかな部分を弄られる度に身体が不随意に跳ねる。細やかな痺れが背筋を伝って脳天までをちりちりと焦がす。
ぐい、と顔を上げされられているから喉と顎を繋ぐ肉が無理に伸びて痛みを伝えている。テスカポリトカの髪が重力に従ってぱらりぱらりと落ちてデイビットの頬を撫でていくのを神経で追っている。サングラスの向こうでデイビットを見ている瞳を見ている。
目が合った。
不意に鋭い歯が当たる。
内側で、ぐじゅ。と、千切れるような感触がした。
「……ッ!」
その瞬間、デイビットはテスカトリポカの鳩尾に一撃を入れて突き放し、即座に距離を取った。殺すべきではないし殺せない、弾も無駄にしたくないから、ホルスターに手をかけるのみで拒絶の意思表示を行う。思考など介在しない滑らかな動作は、間違いなく本能。
「ハ! やはりオマエの方がよほどケモノだな、デイビット。……生に執着する点で」
僅かによろめきながら、テスカトリポカが血塗れの口を開けて笑う。その舌の上に乗っていたのは、ついさっきまでデイビットの舌だった肉塊だった。
「……テす、ァ゛……、こふッ、げほっ」
遊びが過ぎる、と苦言を呈そうとして足りない舌が縺れる。従来の発声方法では対応できない。声帯の震えは正しい音声に変換されず、無意味な掠れた音と血しか吐き出せない。
テスカトリポカは、そんなデイビットを眺めながら、もったりとした分厚い肉を、重い咀嚼を繰り返してから、喉仏をなまめかしく上下させて呑み込んだ。
「流石だな、デイビット。魔力の質も量も良い。……なんだその表情は。オマエの味はオレへの贄に相応しいと言っているんだ、なぜ胡乱な顔をする」
悪気というものを一切感じない態度に釘の一つでも刺してやりたいのだが、ごぽ、と口内を満たす血のせいで何も返すことができない。鉄の味がデイビットの白い歯をまだらに塗り上げ、唇を鮮やかな赤に彩りながら顎を伝ってぼたぼたと落ちていく。
「……、……っ」
「ああ、そうか。舌が切れたから口がきけないのか」
悪びれる様子など欠片もなく、テスカトリポカはデイビットの顔を覗き込む。デイビットは深呼吸してから、牽制を込めてテスカトリポカを一瞥し、己の口から溢れる血液をインク代わりに爪につけ、床に現代英語でこう綴った。
『次からこの形式の魔力供給をするときは事前に言え。』
「ほう。…………まあ、オレも毎度ふっ飛ばされちゃ敵わないからな。聞き入れることにしよう」
『調子はどうだ。』
「オマエのおかげで回復したさ。すこぶる元気、とは言えないがこんなものだろう」
そうか。誉められても特に嬉しくないが、目的を果たせたならいい。テスカトリポカの申告通り、生きているのが気持ち悪い、から元気なのが気持ち悪い、までには回復しているのがマスターとして読み取れる。満足したのなら早く行くといい、とデイビット視線だけで伝えると、テスカトリポカはデイビットと彼の『言葉』を覗き込むのをやめにして神殿の奥へ歩きだし、かと思えば一瞬足を止めて振り返る。
「……ああ、そうだ、さっきの不敬はオマエの血肉の代価、ということにしておいてやろう」
テスカトリポカはそのまま神殿の奥へ消えていった。
「……」
相変わらず出血は止まらない。傷の程度にもよるが、治癒魔術は決して簡単な魔術ではない。ましてや失った部位を再生するのは相当に高度なものだ。舌の先、ほんの少しといえどもそう簡単には治せない。
だが、テスカトリポカはこの傷がデイビットにとって、リスクになるとも、ペナルティになるとも考えなかった。……実際そうだ。
デイビットは薬草を口に放り込んで、先程自分が書いた床の文字を靴底でかき消してからその上にいくつかの呪文を綴る。
それから軽く息を吐く。血はもう流れなかった。
血塗れキスするテスデイ見てえ〜〜〜。それが全て。
絶対どこかで設定拾い忘れてるし時系列的にこういう出来事を捩じ込む隙があるのか微妙だしテスもデイもエミュむずすぎなので、矛盾があっても同人時空ということで許されよ……許されよ……。
蛇足生やしておくと、このテスカんはデイビット冥界行のチャートを狂わせたくないので(なんかオレに意見してる……)と思いつつ銃は出ないし舌切りと鳩尾パンチでお互い様ということにしてくれてます。優しいね。