テスカトリポカ×ふたなりデイビット(子宮付き)の導入を発展させました
「……これは?」
声に出してから、何とも呆けた言い様だと自嘲した。この身に起こった変化があまりに荒唐無稽であるとはいえ、思考を放棄しようとするのは愚かな行為だ。
テスカトリポカは、こちらの心情を見透かしたように目を細めている。
ついさっきも見た顔だ。フィールドワークのために赴いた場所へ、突然現れた時と同じ。
52時間と14分ぶりに相見えた神は、鬱蒼とした密林の中でも輝かしい金髪を靡かせながら、オレの帰りを待っていた。
『よお、デイビット。今日の予定はそれで終わりだな?』
そう言ったかと思えば答える間も無く、周囲の景色は移り変わっていた。
テスカトリポカの神殿の、オレの部屋の寝台の上。
奴の長い手足によってそこへ縫い止められ、無言で腹を探られて。
そして、今の当惑がある。
「わからないのか?デイビット。今この胎に何が生まれたのか」
腹筋をなぞり、下腹部をつつきながらテスカトリポカは嗤った。
そう、今白い指の先にあるもの。種を受け子を孕み、育ててゆくための場所。男のオレには存在しないはずのそれが、神の御手によってもたらされた。
どんな状況だろうとすぐに順応してみせる自信はあるが、さすがに限度があるらしい。こんなことで理解したくはなかったが。
「そんなことは聞いていない。臓器まで変容させるとは、結構な趣味だなテスカトリポカ」
「ガワだけ取り繕ったんじゃ、完成品とは言えんだろう」
嫌味を飛ばしても、この程度どこ吹く風とでも言いたげに表情を変えない。
「人の身体で芸術活動か。無許可のソレは蹂躙と変わらないと思うが」
「人間にとって、オレの手から与えられるものは全て蹂躙だろうさ」
「自覚があるなら気遣いを覚えろ」
「オレに何の得がある?」
損得を語る必要があるのだろうか。こちらとしては、ただ面倒事を持ち込んで欲しくないだけなのだが。
一度抱かれて、その後も何度か無茶振りに付き合った結果、奴の提案に乗ってやった方が言い争うよりも時間の短縮になることはわかった。しかし、自身の内部を探られることにはやはり慣れない。
今回はその上、生物学的な特徴まで覆されて犯されそうになっているわけで。何も言わずにいられるほど従順でもない。
「オレに殴られなくて済むぞ」
一つ思いついた得を告げてみる。
今の奴は人間とはいえ、己の拳が効くかどうかは五分五分だ。だが、反撃しておくに越したことはないだろう。
オレの手に力が篭るのを横目に見て、テスカトリポカは体を抑え込む力を緩めた。
「そりゃいい。次から実践しよう」
「今から実践してくれないか」
サングラスの奥にある瞳は、相も変わらず嗤ったまま。下腹部に添えられた指を、もっと下へと滑らせた。
そして、愉快そうに歪む口元は、
「せっかく造ったオモチャだぞ?少しは遊ぶ権利をくれよ」
なんて宣う。
その瞬間、奴の腹を蹴り上げた。
「ッと、」
避けたせいで完全に拘束を解いてよろめいた奴の胸ぐらを掴んで、頰に拳を叩き込む。しかし全く手応えがない。反動で横を向いた顔は震えているが、どう見ても痛みのためではない。
笑っているのだ。それも腹を抱えそうなほど。一応全力の拒絶を伝えたつもりなのだが、全く真剣に取り合う姿勢が見られない。
「話を聞く気はないらしいな」
「オマエがそれを言うか。よりにもよって神に、暴力で訴えたオマエが?」
「先に手を出したのはおまえの方だ」
「先にオレを不快にさせたのはオマエの方だよ」
何のことだと問いかける前に、腕を捻り上げられる。そのまま後頭部を掴まれ、顔から枕へ叩きつけられた。
「ッぐ…………!」
「オマエ、何も言わずに出て行ったな。まあオマエにも都合があるんだろうが、オレに対してあまりに不義理だと思わないか?」
返事をしようにも、空気を出すための通り道がない。
「一日くらいなら許してやろうと思ったが、それ以上はなあ。帰ってきたらどうしてやろうかと考えたよ」
髪の毛を握ったまま、撫でるように動かされる。時々ぶちぶちと音がするのを聞いて、ああ、これは本当に頭に来ているのだな、とどこか他人事のように思った。
それでもオレの予定に区切りがつくまで待っていたのは、こちらを尊重したつもりなのか(ミクトランで汎人類史の一日を基準にされても困るのだが)。その律儀な部分をいつも発揮してくれれば、無駄に諍うこともないのに。
心中で溜息をつくと、身体の力が抜けた。それを察したテスカトリポカは、抵抗する意志が無くなったととったのか、腕を解放して、視線が合うようにオレの頭を少し持ち上げた。
「それで、最大限オマエが嫌がりそうで、オレが楽しめそうな策を練った結果がソレだよ」
「随分暇だったんだな」
「今の状況で出てくるセリフがそれか?クソ度胸かよ」
「思ったことを言ったまでさ」
実際、それほど多くの時間を割いていたとは思っていない。しかし、全能者とも言われたテスカトリポカの頭の中で、一瞬でも今の状況のための算段が立てられていたと明かされれば。なんという容量の無駄使いだ、と思う者はオレ以外にもいるだろう。
もう一度溜息。今度はきちんと外に出て音になった。
色々言いたいことはあるが、まずは一つ。
「連絡を怠ってすまなかった。次からは日を跨ぐようなら、きちんと報告しよう」
言葉を受けたテスカトリポカの口元が、大きく弧を描いた。今度こそ後頭部の大きな掌から力が抜かれ、優しく愛でるような動きになった。
「今更謝っても止めてやらんぞ?」
「わかっている。ただ必要だと思っただけだ」
「そうかい。そりゃ良い心がけだな」
腕を引っ張られ、また仰向けにされる。
テスカトリポカの手が下に回り、太腿の付け根に指をかける。陰嚢の下、陰に隠れた部分にある新たな空洞を意識させるように皮膚を突っ張らせて、
「ま、心配すんな。満足したら戻してやるよ」
と宣言した。
こいつの言う満足とは、つまり。
「────お手柔らかに頼むよ、テスカトリポカ」
苦い笑みを自覚しながら、自身の顔に影がかかるのを受け入れた。