ティコまじでごめん

ティコまじでごめん


男たちは目を疑った。いっそのこと、自分の目が節穴であってほしいとすら思った。

彼らは、アスティカシア高等専門学校の栄えあるホルダー……スレッタ・マーキュリーの腰に釘付けになっていた。

女子の腰だなんて、不埒な視線を向けるなと言われるだろう。しかし、たしかに不埒な視線ではあるのだが、それはその実態を思えば彼らの視線などかわいいものだと、いや、切実なものだと思われる筈だ。

──彼女の朱混じりのあわい小麦色をした腰には、タリーマークがあった。


「スレッタ〜!こっちおねがーい!」

「はーい!」

「エラン!こっち頼む!」

「うん」

その日は、地球寮の大掃除だった。

重いものを運んだり、とても人間では届かないようなところの掃除をするのに、パイロットであるスレッタとエラン、チュアチュリーはよく駆り出された。スレッタが今度地球寮で大掃除をするのだとエランに楽しそうに伝えた時、エランも手伝うと申し出てくれたのだ。スレッタは友だちとならば、掃除であってもなんだか楽しみであるとエランに言った。同世代のみんなで何かをするという経験に乏しいスレッタらしい考えである。そしてそこに、彼氏のエランさん、が加わればいっそう張り切るというものだ。

スレッタはたまにエランに手を振ったりしながら作業をしている。そんな彼女にエランは無表情で手を上げていた。……右手の指を口に当てたあと、彼女の方にその手を開いて見せているように見えるが、まあ気のせいだろう。


「きゅうけーい!!」

下から誰かの声が、狭い地球寮に響き渡った。狭いといってもエアリアルやデミトレーナーなどが鎮座しているので、そこそこは広い。おまけにザウォートも今日は出張に来ている。

スレッタはいそいそとエアリアルのハッチを開けて、カンカンカンと階段を降り、みなの集まるテーブルに駆け寄った。そこには、パンやおにぎり(!)、トマト、水、お茶、ジュース、お菓子がのっている。なんとティコのミルクまでアリヤが持ってきて、ちょっとしたパーティーのような見た目になっていた。

「おなかすきました〜、わあ、これおにぎりってやつですよね!一度、食べてみたかったんです!」

「スレッタ、手とか顔洗ってから……というか、体操着の上だけでも脱いじゃいなさいよ。下にパイロットスーツ着てるんでしょ」

「あ、そうですね」

ミオリネがスレッタに声をかけた。チュアチュリーとエランも同様に体操着を脱いだ。男子はみなほとんど半裸になり、女子はホコリや泥などをできるだけはたいている。スレッタとチュアチュリー、エランの格好は、むやみに人に見せるようなものでもないが海水浴の文化を持つ地球出身者の集まる地球寮においては、さしたるものでも無かった。(宇宙においては水は貴重であり、水泳なんていうものは上流も上流の人間にとってのお遊びである。ミオリネはそこに入るはずだが、彼女は運動が得意では無い……)

そして、立食形式でみなは各々食べたり、飲んだりして会話も楽しんだ。疲れはスパイスとなり、食事はよりおいしく、冷たい水は指先まで染み込んでいくようだった。ぶはぁ!とオジェロのわざとらしい声に、女子も少し笑いながら一気に水を飲んだ。

事件はその時に起きた。

「なんで腰に手ぇあててんの?」

「え?なんかこういう時、あてないか?風呂に入ったあととかさ」

「あはは、銭湯とかで見たことある」

「セントウって?」

ミオリネはオジェロに相槌を打っていた。ニカが、いつかにみた懐かしい故郷の話をした。

水の星らしい者たちの話にエランも心なしか懐かしい気持ちになりながら、なんとなく腰に手をあててミルクを一気にあおった。たしかに、「ぶはぁ」と言いたくなるのも分かるなと思いながら。結局彼は無言で飲み終わって舌で唇をぺろりと舐めとったが。

スレッタはそんなエランをちょっとだけ離れた位置から見て、自分も、と腰に手をあててみた。

ごく、ごく、ごく、と動く喉を何人かが笑いながら眺めている。

マルタンは(……可哀想な第一発見者だ)ひゅっと息を呑んだ。彼は数秒のあいだ、気が遠くなって、どうしてパイロットスーツにはあんな穴があるのかと心底恨むまでにいたった。前々からなんだか際どいところにあいているものだとは思っていたけれども。デザインをした者に理不尽に恨みが飛びそうになっていた。

そんな彼の様子にヌーノはどうかしたのかと声をかけた。マルタンは全力で首を横に振ったが、ヌーノは先程の彼の視線の先をたどってみてソレを見てしまい、つぶらな瞳をこれでもかと大きくして絶句した。

「げほっ、ぅ、けほ」

「ありゃー、まだスレッタには早かったかな?」

「大丈夫ですか? 先輩」

やっちゃいました、と笑うスレッタの唇の端をつたう愛しいティコのミルク。マルタンとヌーノは手元のミルクを見て項垂れそうになった。なんだか今日は飲みたくない。あと、すぐそこにいる氷の君が怖くて仕方が無い。

「どうした?マルタン。ヌーノも」

「ヘッ? は、いや、なんでも無いよ!本当に!!」

「さっきスレッタ見てたろ〜。あんま見るなって、彼氏が怒るぞ」

「見てないよ!!!!」

「んな否定しなくても……そりゃエランはスレッタに関してはちょっと怖いけ、」

オジェロは口をつぐんだ。なんとはなしにスレッタを見てしまったせいで。そして同様に手元のミルクを飲めなくなった。

三人の男は顔を寄せあった。ちなみにエランとティルはなんの気も知らないでおにぎりを頬張っている。

「……あれ、ってさ……」

「言うな!!!」

「いやでも……、エラン……さん、がそんなことする、かな……」

ヌーノは何故か彼を初めてさん(Mr.)をつけて呼んだ。

「め、メモかもしれないじゃないか!ただの!うん、きっとそうだよ!」

マルタンが引きつった笑みでそう言った。オジェロもヌーノもそうだとは決して思っていないが、そう思わないとやってられない気持ちになったのでそうだなと頷いて、ひとまずスレッタとエランの方を見ないようにしながら食事を続けた。ミルクは一気に飲んでおいた。

友とくだらない下ネタで笑い合うことのできるとうとさよ。

実際に目にすれば、エロいとかヤバいとかそんな感想は微塵も浮かばずに、恐怖を覚えただけだった。

忘れようとした。いっそ、「自分の脳ミソ、エロに侵食され過ぎ〜」とかなんとか自分を茶化して自虐して乗り切ろうとした。

なのに。

「スレッタ、あんた変なとこにメモしてるわね」

「え、メモ?」

「腰のとこよ。普通、手の甲とかに書かない?腰って!書きにくいでしょ!」

アハハ!と珍しく声を上げてミオリネが笑う。

一気に女子の視線がスレッタの腰に集まった。

「ほんとだ。それって分かりにくくないの? 私がそこに書いちゃったら、お風呂の時まで忘れちゃいそう」

キャッキャと女子たちが盛り上がっている。

三人の男は半裸であるのになぜだかどっと汗が吹き出たような感覚がしていた。そして、見たくは無いのに、怖いのに、スレッタの表情を見ずにはいられなかった。目が、勝手に動く。

「あ、はは……そう、ですよね。おかしい、です、よね」

その赤面は女子のからかいのせいであってくれ。今度エランが決闘する時には、エランが勝つ方に全ベットするから。

三人はぎしぎしと首を動かし、エランをそっと窺い見た。

…………。

無、だった。

(何考えてるんだ!?いや、本当に何を考えてるんだろう……)

(なんか人間不信になりそう……)

(もうこの顔見れない……、)

なんだかげっそりとした様子の三人にエランは首を傾げ、少し離れたところに置いていた自身の制服の上着を取りに行き、スレッタの肩にかけた。そしてそっと、耳元で何事かを囁いている。スレッタはぶんぶんと首を横に振っていたり、頬を真っ赤に染めていたりしていた。

(うわあああああああああああああああ頼むから隣に並ばないでくれ……最低で10回はあるのかとか思っちゃっ……、)

(マジでそういう意味だったのかよ!!えー、うわ、え〜、……てかペイルの筆頭がホルダーに中出しとか大丈夫なのか!よ……………………)

(二人ともスタイル良いなあ。)

スレッタが制服の前を閉じた。リボンタイがよく分からないと曖昧にエランに笑ってみせて、結んでもらっている姿は微笑ましい。

「過保護すぎでしょアンタ!」

「彼ジャケってやつだな」

「えへへ……」

三人は、丁寧な手つきでリボンを結んでいる彼が、夜はスレッタにのしかかってペンで線を引いているところを想像してしまって、やはり恐怖を感じていた。


マルタン、オジェロ、ヌーノは思った。

正の字エロはもう、見ないでおこう、と。


三人は頭にこびりついたタリーマークの線を消すように、必死で雑巾をかけたという。


おまけの会話

「スレッタ、それ、消そうか」

「い、嫌です……っ」

「じゃあひとまず、これを着て」

「…………はい」

「そんなにむくれた顔をしないで。……また、たくさん書いてあげるから」

「は、はい……♡♡♡」

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