ツンツングエルとびくおどスレッタちゃんもどき
キスをしたあとに目を開くのが苦手だ。
何時もの意地悪な言葉とは裏腹に、優しい視線がこちらを見てるから。
「おい!スレッタ・マーキュリー!」
「ひいっ!」
聞き慣れた怒鳴り声に、体が固まる。
ゆっくりと後ろを振り向けば、見慣れた顔の青年が、眉間に皺を寄せながら向かって来るのが分かる。
こちらを見る周りの視線が痛い。
今すぐにでも逃げ出したい衝動を必死で押さえ、彼を待つ。
逃げてもどうせ、すぐに捕まってしまう。
「お前、昨日のメールはどういうことだ!」
苛立ったように指を指す端末には、『しばらく会えません。ごめんなさい』と、簡単なメッセージが映し出されている。
「だ、だから書いてある通りです!」
「だから、その理由を聞いているんだろうが!」
やはり納得してもらえなかったようで、帰してくれそうもない。
「え、なに喧嘩?」
「ホルダーとグエル先輩が?」
「どうせまた、水星女が何かやったんだろう」
「水星ちゃん怯えてるじゃん。かわいそー」
ひそひそと話している声がこちらまで聞こえてきて、正直いたたまれなくなる。
「ちっ。こい!」
流石のこの状況に、グエルさんも気がついたのだろう。手を引っ張り、人目を避けるように歩いていく。
痛くない程度に強く握りしめられた腕。
どうして彼は、私にこうまでして構うのだろう。
『スレッタ・マーキュリー、俺と付き合ってくれ』
最初のプロポーズから数週間、何か吹っ切れたような顔で告白をしてきた彼。
好きではない。と言っていた筈なのに、訳が分からない。
断っても断っても、何度も告白をしてくる彼に、本当に私のことが好きなのかもしれないと思いかけ、半ば押しきられる形で了承してしまった。
かといって、彼の態度が大きく変わるでもなく、時々苛立ったように眉間に皺を寄せる姿を見て、本当に自分で良かったのかと思ってしまう。
「で、理由はなんなんだ」
悶々と考えている間に、いつの間にか目的地に着いていたようだ。
通されたのは、見慣れた寮の部屋。
彼と付き合いだしてから、よく通うようになった場所だ。
「い、言いたくありま……せん。貴方には……関係ない……です」
「はあ?」
ドスの効いた声に、ビクッと体が震える。
「ちっ……」
小さな舌打ちと一緒に、頭をわしわしと掻く。
また、怒らせてしまった。
出会ってからの短くない期間。
付き合ってからの短い期間。
触れあうその月日の間に、話す言葉は厳しくとも、決してそれだけではない優しい人だということが分かった。
そんな人を苛立たせている自分が悪いんだと知っている。
それでも――
「悪かった。恐がらせるつもりはなかった。……ただ、心配なんだ」
「え?」
捕まれていた腕の力が緩む。
「お前に、何かあったんじゃないかって。」
落としていた視線をあげる。
寂しそうな色を宿した、瞳とぶつかる。
「どうしても、教えてくれないか」
「……です」
「え?」
「今度、補習があるから……です」
言ってしまった。
「悪い。今なんて言ったんだ?」
「だから補習です!」
「それだけのことで?」
ポカンとした表情に、恥ずかしさで顔が赤くなるのが分かる。
「そ、それだけとはなんですか!こっちは必死なんです!」
馬鹿にしたりはしないだろうが、呆れられるに違いない。だから、言いたくなかったのだ。
「そうだな。勉強は大事だもんな。悪かった。で、それとしばらく会えなくなるのはどう関係があるんだ?」
「だって、補習に向けて勉強しないといけないじゃないですか……」
付き合いだしてから、放課後も毎日会っていた。でもしばらくは、その時間も勉学に費やした方がいい。
「俺と一緒にやればいいだろう」
「グエルさんと?でも、迷惑なんじゃあ」
「俺を誰だと思ってるんだ?グエル・ジェタークだぞ。お前の勉強を見る位、余裕だ」
確かに彼は、MSの腕前はもちろん、座学も優秀だ。ありがたく甘えるのも良いかもしれない。
「えっと……じゃあ、よろしくお願いします」
頭を下げようとして、腕が捕まれたままだったことに気がつく。
「あのー、グエルさん?」
「ん?ああ」
視線を腕に向け、離してもらえるかと思ったのも束の間、腕を引かれ抱き締められる。
「あ、あのぐグエルさん!?」
「少し黙ってろ」
唇は抗議の言葉を吐く前に塞がれ、離れようと胸板を押す方向とは反対方向に、腰を引き寄せられる。
空調が効いている筈なのに、制服越しに伝わる体温のせいで身体が熱い。
頬にかかる髪がくすぐったい。思わず背ける顔を逃がさないように、頭を固定される。
何時もよりも長い口づけが終わった頃には、身体の力が抜けいつの間にかベッドに横たわっていた。
じんじんする唇に、ままならない呼吸。抗議の視線を送るも、彼はどこ吹く風。
「今日はこれくらいで勘弁してやるが、散々心配させたんだ。補習が終わったら、覚えていろよ」
囁かれた言葉に、胸の奥が少しだけきゅっとなる。
覚えていろとは、いったいどうなってしまうのだろうか。
だから、言いたくなかったのだ