チーム医療(オペレーション)

チーム医療(オペレーション)

空色胡椒

「えっ」

「弾かれたラビ!?」


グレースの浄化技を阻んだのは先ほどダルイゼンが投げ込んだメガパーツ。正確にレシピッピが捕らわれている右胸のあたりを覆うように取り囲んだそれは、まるで盾か鎧のような役割をもって浄化技を受け付けない。それどころか、


「メメメ、メガッ!?ビョーゲン!?」


突き刺さったメガパーツがどんどん広がるようにメガビョーゲンの身体を覆う。より硬く鋭利な形状へと変化していくメガビョーゲンは、足を拘束していたヤムヤムとフォンテーヌの技すら振りほどく。


「急激に、メガビョーゲンの力が増しています!」

「先ほど奴が投げたあの結晶体が原因か?」


ぶおんと風を切る音と共にメガビョーゲンだったものがその腕を横なぎに払う。その勢いがデリシャスフィールド内の砂を巻き上げ、プリキュア達の視界を奪う。


「ひょわわ、これじゃ前が見えない!」

「けほっけほっ、砂やばっ」


「っ、雨のエレメントボトル」


ヒーリングステッキの先から水を出して小規模な雨を降らせるフォンテーヌ。水の力によって砂煙が晴れていく。と、彼女たちの視線の先にいたのは─


「メガビョーゲン!」


先ほどまでよりも一回り巨大になった、メガビョーゲンの姿だった。


「進化した!?」

「そんなっ」


再度振り下ろされる拳に8人は一旦距離をとる。険しい顔でメガビョーゲンを見ているアース。


「先ほどと構造が変化しているようです。おそらく、レシピッピの場所も」

「じゃあ、もう一度スキャンする必要があるってこと?」

「だったら、アタシが!ニャトラン!」

「おうよ!」

「「キュアスキャン!」」


最初にグレース達がしたように体をスキャンしようとするスパークル達。しかし─


「あれ!?」

「なんだこれ?スキャンできニャイ!?」

「そんなっ」

「おそらく、原因は二つ。一つはメガビョーゲンの強化に伴いより深い位置に捕らわれてしまったこと。もう一つはレシピッピがエレメントさんとは異なる存在であること」

「そうか。君たちが救ってきたエレメントさんとレシピッピは確かに似たような存在かもしれないが、実際は異なるもの。全く同じ方法で見つけられなくても、不思議はない」

「でも、それじゃあどうやってレシピッピを」


若干の焦りが生まれる。それでも考えなければならない。今までの方法で見つけられないのであれば、また新しい方法でレシピッピを探し出すしかない。けど、それをどうすれば…



(向こうがまずい状況みたいね…相手はウバウゾーと違うからこっちの常識が通じない)


少し離れた場所でブラックペッパーの方を気にしながらも、ローズマリーもまた思考を巡らせている。本来エキスパートであるところのグレース達にとっても想定外の事態。どちらか一方だけの常識では到底解決方法なんて見つかるはずもない。


(落ち着くのよ、ローズマリー。こうしている間にも、レシピッピは私たちを信じて助けを求めているはず!だったらそれに応えないと…助けを…求めている?)


そもそもレシピッピに何かがあった時に自分たちがいつも駆け付けられるのは、レシピッピからのSOSを受信する術があるからで、その時にいつもどこにいるかの情報も届いているのだ。だとすれば、


「そうだわ。みんな!ハートキュアウォッチよ!」



ローズマリーからの声にプレシャス達4人がそれぞれのウォッチとペンダントを見る。


「いつもレシピッピからのSOSを受信しているそれなら、もしかしたらメガビョーゲンの体の中にいるレシピッピを探し出す力になるかもしれない!」

「そうか!今もレシピッピは私たちにSOSを出しているはず。であれば、その発信源をサーチすることができれば」

「でも、いつも届くのは場所の情報。そこから具体的にサーチする機能はなかったと思う」

「うぬぬぬ…こういう時にいい発明ができたら…」

「何か、方法はきっとあるよ」


ウォッチを見つめ考えるプレシャス。と、そのウォッチの上に誰かの手が重ねられる。


「じゃあ、今度は私たちがお手伝いする番だね」

「ラビ!」

「グレース?」


「あなたたちのウォッチのレシピッピのSOSを受信する機能と、キュアスキャンの力を合わせることができたら、きっと見つけられるはずだよ」

「で、でもどうやって?」

「ラビ!プレシャスの、レシピッピを助けたいという想いと一緒に、ウォッチを付けている方の手でラビリンの肉球にタッチするラビ!」

「レシピッピを助けたい。その気持ちは、私も、ラビリンも、プレシャスも一緒。だったらきっと、心の肉球がキュンってして、共鳴できるはずだよ」

「うん。わかった」


「よし。アース」

「はい。私たちはあのメガビョーゲンの気をそらして時間を稼ぎます。その隙に」


そう言ってフィナーレとアースが駆け出していく。迫る2人に対して振り抜かれた拳を2人は並び立つように両手を突き出し受け止める。


「待っていろ。必ず助ける!」

「ええ。それが、私達プリキュアの使命ですから!」


グレースとプレシャス、フォンテーヌとスパイシー、スパークルとヤムヤムがそれぞれ並び、手を取り合う。グレース達は右手にヒーリングステッキを持ち、それを前に構える。そこへプレシャス達が自分の左手、ハートキュアウォッチを巻いている方を重ねるように添える。


「キュアスキャン!」


キュン!と一度ステッキの肉球から確かに気持ちが繋がった音がする。瞬間、ハートキュアウォッチが輝きを放つ。3筋の光がメガビョーゲンを照らしながら体の隅々までをサーチする。そして3つの光がメガビョーゲンの中央、人間でいう鳩尾のあたりを照らし出す。


「やったラビ!」

「見つかったペエ」

「でも、なんだか様子がおかしいパム!」


照らし出されたレシピッピはいつもの捕獲された時とは違う。またかつてブンドル団にエネルギーを与えられたウバウゾーが現れた時に見られた苦痛や恐怖におびえる様子とも違う。どう見ても元気がなくなっている弱った状態にあった。どことなく身体自体が薄まっているようにも見える。


「やべぇぞ!急いで助けないと、完全に飲み込まれちまう!」

「完全に飲み込まれたらどうなっちゃうメン?」



「地球のエレメントの場合、完全に取り込まれた場合はそのエレメントが消滅したことになります。そしてそうなれば、一度蝕まれた自然環境は二度と元に戻りません。ですが、今回はレシピッピという特殊な個体。どのような影響があるか」

「レシピッピと料理は連動している。つまりあのレシピッピが消えれば、それに関係する料理もまた消えてなくなる可能性がある、そういうことになるな」



「だったら早く助けないと」

「うん。でもあの鎧、きっと単独での技じゃ届かない。フォンテーヌ!スパークル!」

「オッケー!」

「やりましょう」


三人並んでステッキを構えるグレース達。手の中にはミラクルヒーリングボトルが握られている。


「だったらあたし達も。あの鎧を砕こう!」

「そうすれば浄化もしやすくなるはず」

「グレース達に繋げよう!」


プレシャス達もまたそれぞれがハートジューシーミキサーを手に取り構える。


「フィナーレ、アース!」

「ああ。君たちが技を放つと同時にっ!」

「はい。メガビョーゲンのそばから離れます!」


フィナーレが受け止めた拳を蹴り飛ばすようにしてアースがメガビョーゲンの体勢を崩す。すぐにフィナーレはメガビョーゲンの足の間を抜けるように駆け出し、膝裏への打撃でさらに膝をつかせる。その隙を逃さず、まずプレシャス達が動いた。


「プレシャスフレイバー!」

「スパイシーフレイバー!」

「ヤムヤムフレイバー!」


ピンク、ブルー、イエロー。三種類のエネルギーを混ぜ合わせるように、プレシャス達がハートジューシーミキサーを操作する。最後にまるで銃を構えるかのように3人が並んでミキサーの先端をメガビョーゲンへと向ける。


「「「プリキュア・MIXハートアタック!」」」


三人のハートジューシーミキサーから同時に放たれた三色の光の奔流は混ざり合いメガビョーゲンの腹部を覆う鎧へとぶつけられる。グレースの単独での浄化技にはびくともしなかった鎧だとしても、プリキュア3人からの同時攻撃はそれとは比べ物にならない。その強い浄化の力が徐々にメガビョーゲンの鎧にひびを入れ、そして、パキン!という音と共に、レシピッピが捕らわれている個所の鎧が砕けた。


「今だよ!」


「「「トリプルハートチャージ!」」」

「「届け!」」「「癒しの!」」「「パワー!」」


ミラクルヒーリングボトルをセットしたステッキを通して、3人と3匹の力を合わせる。エレメントパワーを高めることで、彼女たちの周辺にも変化が現れる。デリシャスフィールドの中に現れたエレメントパワーに満ちたオアシスを背に、3人がステッキをメガビョーゲンへと向ける。


「「「プリキュア・ヒーリングオアシス!」」」


螺旋状に交わるように3人の癒しの力が放たれる。注射を刺す時のお医者さんのごとく、その癒しの光は正確にレシピッピが捕らわれているメガビョーゲンの鳩尾へと命中する。その光は形を変え、優しくレシピッピを包み込む手のような形となり、メガビョーゲンからレシピッピを切り離すことに成功した。癒しの光が蝕まれていたレシピッピを元気にしたのを見て、すかさずプレシャスがハートキュアウォッチを掲げる。そこへ吸い込まれるようにレシピッピが入り込むと、笑顔のレシピッピが画面越しにプレシャスを見上げるのだった。


「お帰り」

「「「お大事に」」」


プレシャスがレシピッピを迎え入れたのを見て、グレース達はお手当て後に命へ向けるその言葉を告げた。プレシャスが向ける笑顔に、グレースもまた笑顔で答える。


─瞬間、何かが飛んできて近くのオブジェへと激突した。


「っ、何?」

「今のは…」


衝撃で立ち上がった土煙が徐々に晴れていく。オブジェは砕け、その中央には2つの大きなへこみがまるでクレーターのようにできている。そしてそれらの中心には─


「マリちゃん!」

「ブラックペッパーさん!」


痛みに顔をゆがめているローズマリーとブラックペッパーの2人。プリキュア達はすぐにそのそばへと駆け寄った。ローズマリーを助け起こすプレシャスと、ブラックペッパーのそばにしゃがみ込んだグレース。


「マリっぺ!どうしたの?」

「みんな…ごめんなさいね、心配かけちゃって。ところで、レシピッピは」

「そっちは大丈夫。ちゃんと助けられたから」

「ああ。キュアグレース達と協力して、無事にクッキングダムに送ることができた」

「そう。それならよかったわ」

「マリちゃん、大丈夫?」

「ええ、私の方はなんとかね…でも、ブラペが」


プレシャスとフィナーレに肩を貸してもらいながら立ち上がったローズマリーが視線をブラックペッパーの方へと向ける。多少のダメージを受けているとはいえ、自分は直接戦闘にはあまり参加できていなかった。そのためダルイゼンの足止めはほとんどブラックペッパーが担ってたといってもいい。その分彼の方がダメージが大きかった。


「大丈夫?」

「っ…これくらい、なんとも、っ!」

「ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃん!あちこちボロボロだし、立つのも辛そうじゃん!」

「これ以上の戦闘は無理よ。下手したら怪我じゃすまなくなるわ」

「わたくしもそう思います。大丈夫、ここからはわたくしたちが引き受けますので」

「…花寺のどか、いや、キュアグレース」

「な、何?」

「君のするべきことは、果たせたのか?」

「…うん。だから、ここからはもう一つやらなきゃいけないことをやる番」

「…そうか。だったら、私の役目も果たせた、ってことか…っ」

「あ、危ない」


自力で立ち上がろうとするものの、上手く力が入らなかったのかすぐにふらついてしまうブラックペッパーをグレースが抱き留める。


(あれ…この感じ…やっぱり)


「…すまない。あとは、任せた」

「あ…うん。お大事にね」

「わたくしが少し離れた場所に運びます。グレース、あなたは先に決着を」

「行きましょう、グレース」

「アタシたちも一緒だから」

「アース、お願い。フォンテーヌ、スパークル。行こう!」


ブラックペッパーに肩を貸す形でアースがグレースから支える役を引き受ける。最後に小さく頷いてから、彼はアースに連れられてこの場を離れたオブジェの上へと向かい、グレース達3人は彼がさっき飛んできた方向へと視線を向ける。また別のオブジェの上に立ったまま彼女たちを見下ろしているその姿は、所々が戦いの余波で汚れているものの、けだるい雰囲気を纏ったままである。


「ダルイゼン…」

「あ~、さっきのあいつ、もう終わり?ま、1人で結構頑張った方なんじゃないの?お前たちプリキュアだって、単独でおれに勝てるのなんてそういないだろうし…にしても、メガビョーゲンやられちゃったか」

「あとはあなただけよ」

「今度はしっかりお手当てしちゃうんだから!」


「ダルイゼン…」


既に戦闘態勢に入ったフォンテーヌとスパークル。その間に立つグレースは正面からダルイゼンを見据えながら、最後の問答のために声をかける。


「あなたが地球を蝕み続けるなら、私はそれをお手当てするためにあなたと戦う。前に聞いたよね、あなたを助けたらもう地球や私の大切のものを蝕まないかって。その時、結局あなたは答えてくれなくて、ただ暴れるだけだった。だからあなたと戦った。今のあなたはあの時とは違う。あなた自身の体と心、考えを持って動いているんでしょ?だったら、今答えて。あなたはこれからどうするつもりなのか?」

「へぇ。一応聞くけど、おれがこれ以上世界を蝕まないって言ったとして、それを信じられる?」

「正直な話をすると、多分信じられないと思う。あなたのこれまでを知っているから。ただそれでも、ワクチンが人のお手当てを助けてくれるように、もしかしたらビョーゲンズだってそうなれるかもしれない。そう考えたことはあるし、実際に人間の博士と共存する道を見つけたビョーゲンズの種から生まれた命だってある。だからもし本気であなたがそうしようと思うなら─」

「はっ。そんなこと、するわけないだろう?ワクチンみたいに?人間に都合よく使われるだけの存在になれってこと?そんなのは、もうビョーゲンズでも何でもない。勝手におれ達の体を弄っておいて共生?そんなのはおれの考える生きるってことじゃないし、共生どころか強制だろ。人間がおれ達を都合よく使えるようにすることと、おれ達がお前たちを宿主に成長すること、それはそう変わらないだろ?だから、おれはおれが生きるために、お前はお前が生きるために、やることなんて一つしかないだろ」


見上げるグレースの視線と、見下ろすダルイゼンの視線。どちらもそれることなく真っすぐに、ただただ真っすぐに相手を見据えている。互いに譲れないものがあって、それはもう互いに生きるうえでどうしようもなく変えられないことなのだ。だとしたら、


「そうだよね、ごめん。さっきのはあなた達ビョーゲンズに対しても失礼だよね。だから、私は戦うよ。どうしても、守りたいものがあるから!」

「それでいいんだよ。じゃあ、始めようか」


そう言うとすぐにダルイゼンは手をかざす。先ほどまでメガビョーゲンがいた場所、そこにいまだ漂っていた蝕む力が彼の掌に集まっていく。


「なんで!浄化したんじゃなかったの!?」

「当然だろ。おれ達に蝕まれた世界が修復されるのは、解放されたエレメントの力だ。でも、今回解放されたのはエレメントじゃないし、ここは地球じゃない特殊な空間だ。だからメガビョーゲンという肉体を失った、その力だけそこに残ったってわけ。これはメガパーツとは違う、本当に純粋な力だ。だからこれを使っても、おれはおれのままでいられる!」


掌の上に球状に集められたそのエネルギーを、ダルイゼンは以前グレースに対してメガパーツを埋め込んだ時のように、下腹部へ突き立てるように取り込んだ。その体の表面にビョーゲンズに蝕まれた大地から発生するような赤黒いオーラが立ち込める。その角はより鋭利に、目の周りにはアイシャドウのように模様が浮かび、腕や足にも切れ味鋭い刃のように、メガパーツの結晶に似たものが現れる。最後にその左の角に現れた模様は、グレースの髪飾りによく似た花のようなマーク。


「っ、あぁ…いい感じだ。おれがもっとおれらしくいられる。最強のビョーゲンズだ。あ、そうだ。キングビョーゲンもういないわけだし…そうだな。今のおれはキングダルイゼンってことで…さぁ、始めよう」

「ラビリン、フォンテーヌ、ペギタン、スパークル、ニャトラン。お願い、力を貸して」

「ええ」「ペエ!」

「やるしかないもんね!」「ああ!」

「のどか、行こうラビ!」


「フィナーレ、マリちゃんをブラペのとこまで連れて行ってくれる?」

「…そうだな。すぐに戻ってくる。みんなは」

「ええ。グレース達に力を貸しに行くわ」

「みんなで一緒に、元気いっぱいにおいしいご飯をましましで食べたいもんね!」

「みんな、気を付けてね」

「ありがとう、マリちゃん。行こう!」


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