チョコ・ミント・ティー
「ナギサさん、こんなのはどうですか?」
「……チョコミントティー、ですか?」
放課後のティータイム、トリニティ総合学園のティーパーティー桐藤ナギサは、本来ならば公務に追われている時間なのだが……この日は『友人』との時間を優先していた。すぐ近くで携帯の画像を見せている少女、栗村アイリは曇りなき眼でナギサを見つめていた。
ナギサの視線の先にある画面には、紅茶のカップの中にホイップクリームと共にチョコレートシロップとペパーミントリキュールが振りかけられたものが写っている。
チョコミントティーと呼ばれる、少し子供向けの紅茶。ロイヤルミルクティーの上に更にホイップクリームとチョコレートシロップをかける、紅茶本来の味を損なってしまうようなもの。しかし、ナギサはそれ否定することはなかった。なにせ、目の前の友人である少女が好きなものであるチョコミントと、自らの好物である紅茶を同時に楽しめないかと探してきてくれたものなのだから。
「紅茶って言うよりは、ちょっとスイーツ見たいかもしれませんけど……」
「ふふ、大丈夫ですよ。少し、用意してみますか?」
「いいんですか!?」
「勿論です。せっかくアイリさんが探してきてくれたのですから、一度は味わってみたいと思うのは普通でしょう?」
そう言ったナギサの言葉に、アイリは無邪気に喜んでいるが……ナギサは心の中でもう一つの理由を誰に言うでもなく持っている。それは、彼女が所属している「放課後スイーツ部」という部活動への少しの嫉妬心。アイリを中心に作られた部活である放課後スイーツ部は、正式にトリニティ総合学園によって認められた部活であり、普段から仲のいい4人を中心にスイーツを楽しんでいる学生らしい青春を送っている部活だ。それが、桐藤ナギサにとっては妬ましいものだった。
桐藤ナギサが栗村アイリと出会ったのは最近のことであり、彼女を中心に集まった放課後スイーツ部のメンバーよりも少し距離がある。アイリが友人ごとに区別をつけるような人間ではないことなど、ナギサも良く知っていたが……それでも、生徒会長であるからと遠巻きにされる自分に対して分け隔てない優しさを見せてくれるアイリにとって自分よりも深い関係の人間がいるとい事実が、どうしようもなくナギサの心を騒めかせるのだ。
「茶菓子も用意しますね。アイリさんに是非食べて欲しいお菓子が沢山あるんです」
「本当ですか?」
「はい。ティーパーティーには専属のパティシエがついていますから、アイリさんも口にしたことがないものかもしれませんね」
「わぁ! すごい楽しみです!」
見たことがないお菓子に対して目を輝かせるアイリの顔を見て、ナギサは仄暗い優越感にも似た感情を滾らせる。しかし、大切な友人に対して何を考えているのだとすぐに頭を左右に振って邪念を振り払った直後──
「ナギサさん、隈がありますよ?」
「──ひゃ、あ、アイリさん!?」
目の前に広がっていたアイリの顔に、ナギサは顔を真っ赤にして数歩だけ後退る。あまりにも唐突な距離の近さに、ナギサは自分の頬が染まっていることに気が付きながらもアイリから目が離せずにいた。
「ナギサさん、照れちゃってかわいいですね」
「なっ!?」
「イチゴみたいに赤くて、食べちゃいたくなっちゃいます」
自分が持っていた仄暗い感情など思考の彼方に吹き飛んでいったナギサは、ゆっくりと這うようにナギサの腕から肩に上がってくるアイリの指の感触に小さな声を漏らしながら、困惑し続けていた。ナギサの体感で数分間の空白ができてから……頬に柔らかい感触と共に小さなリップ音が響いた。
「ふふ、なーんて冗談で……ナギサさん!? 大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ……」
イチゴどころか塾れたリンゴのように顔を赤くしたまま、よろよろと力なく倒れそうになるナギサは、アイリの腕の中で体温を感じながらそのまま意識を失った。