ダークマターとディストピア

ダークマターとディストピア


「「料理を作ってほしい?」」


 ゲーム開発部の部室、そこに集められたゲーム開発部やアリウススクワッドの面々に幻夢無双コーポレーションの平社員二人はゲーム開発部の顧問の壇黎斗の言葉に耳を疑った。


「そうだ、新しいゲームとして所謂料理シミュレーターを作るのだが、如何せん私は料理に明るくない」


「それで私達に作れって?」


 モモイにそう言われた黎斗は首を横に振った


「強要はしない、探せばゲヘナや山海経といった他学園に本職がいるからだ」


 言ってしまえばどちらでもかまわないという意味の彼の言葉を聞き、一同は少しの間沈黙に包まれた。


「はいアリスは料理がしてみたいです!」


 沈黙はアリスの一言で破られた。


「アリスちゃんがやるなら……」


 そして彼女の隣にいたユズも恐る恐る手を挙げて口を開けた。


「私もアリスちゃんがやるなら」


「皆がやるなら私もやるよ」


 アリスの一言を皮切りにゲーム開発部は皆参加すると言い出した。


「平社員の私は勿論協力するわ」


「私も協力しよう」


 そしてそれに感化されて平社員二人も参加の意思を表明した。


「サッちゃんがやるなら私も」


「言っておくけど、あまり期待はしないでね」


「うわぁぁぁん!ここで参加しないと私だけ除け者になるんですよね!参加するのでその本職の方の料理を私にも食べさせてください!」


 最後にアリスクの三人が頷いたことで結局全員が参加することになったのだった。


 当然だが、一日でこの大人数の料理を完食できるなんてフードファイターでもない限り不可能に近い。

 そのため黎斗は最初こそ誰か協力者を呼んで、その者に食べてもらって自分はデータだけを取ろうと考えていた。


「そうか、私の料理は社長に食べてもらえないのか」


 しかし平社員サオリ涙の一言に彼は方針を変更、交代で二人に料理を作ってもらいデータを取った後に彼が食べるという流れにシフトされた。

 ……後にこの判断が自身を苦しめるとは知らずに、この時の彼は涙を浮かべる彼女にペロペロキャンディーを渡すのだった。


 ―迎えた食事会最終日、本来はリオだけが料理を作る予定だったが四日目にミレニアムを訪れたシャーレの先生が急遽参加することとなり、今日はリオとサオリの二人が黎斗に夕食をごちそうすることになった。


「それにしても会長が料理するなんて……一体どうなるのやら」


「フフッ、楽しみですねユウカちゃん」


「にはは、サプリメントとか出しませんよね」


 一応セミナーの会長が料理するともあって、それをモモイ経由で聞いたセミナー三人もこの食事会を見学に来ていた。


"ところで黎斗、今日までの料理で一番美味しかったのって誰の料理なの?"


 先生に問いかけられた黎斗は二人がエプロンに着替えている空白の時間ということもあって上機嫌に答えた。


「その問いの答えは少し悩むが、やはり君だ」


 その言葉に自身を指差す先生に黎斗は続けざまに口を動かす。


「やはり経験の力と言ったところだろう、生徒達とは一線を画す料理だった」


"そっか、ありがとう"


「だが同じく昨日料理を作った秤アツコ…彼女の料理も素晴らしかった、経験を積めば容易く君を超えるだろう」


 黎斗の納得のいく評価に先生は頷くだけだった。

 しかし、次の瞬間彼は一度溜息を挟んだかと思うとゲーム開発部の面々がいる方へと向き直り息を吸った。


「才羽モモイ!それに対して君のあれはなんだ!」


「だって、あれが私の得意料理だし……」


「カップ麵は料理ではなァい!!」


 先生も流石にそれはモモイにも非があると思いつつ、彼を宥めていると平社員二人が準備を終えて特設キッチンへとやってきた。


「準備を終えたぞ、社長」


「同じく終えたわ社長」


「そうか、なら二人とも始めてくれ」


 黎斗のその言葉で二人は同時に調理を始めた。


「まず調月リオ…彼女は大丈夫だ野菜を切る動作に迷いが無い、だがサオリは真反対、肉を前にして慌てている……助けに行った方が良いか?」


"それじゃあサオリの為にならないよ"


 先生の言葉に浮かせていた腰を下ろした彼は心配そうにキッチンを見つめていた。

 そして数分後、ようやく落ち着いた彼女は肉に山のような胡椒をかけ始めた。


「昨日見てた料理番組の影響かな?」


 困惑する先生と黎斗の二人は声の主―秤アツコの方に振り向いた。


"それってどういうこと?"


「昨日の料理番組でね『調味料はたっぷり使いましょう』って言ってたから、たっぷりを勘違いしてるんだと思う」


 彼女のその言葉に二人は頭を抱えた。


「リオはキレイに野菜を切ってるな……楽しみだ」


"黎斗、現実逃避しないで"


 そんな二人の会話を余所にサオリは肉をフライパンの上に乗せて焼の段階に入った。

 しかし彼女はトング片手に肉を見つめたまま一向に動く気配が無い、そんな様子を見て先生は苦笑いを黎斗は頭を抱えながら察した、肉はしっかり火を通す、の『しっかり』を勘違いしてるのだと。


「リオは凄いな……アボカドにトマトにキュウリとどんな野菜も綺麗に切られている、何故盛り付けてないのか分からないが…」


"黎斗、現実逃避しないで…でもなんで野菜を放置して秋刀魚を焼いてるんだろう"


 先生がリオの様子に疑問を感じていると、彼女は鍋に少量の水を張って火にかけ始めた。


「先生とユウカちゃん、私は少し用事を思い出したので席を外しますね」


 味噌を手に取ったリオを見ていた先生はノアのその言葉に頷くと、見送った後キッチンに視線を戻した。

 味噌汁を作っているのは分かるが具材が何一つないのは疑問しか湧かない、先程からずっと不安な黎斗の気持ちが理解でき始めた先生はこの後衝撃の瞬間を目にすることになる。


―ボトッボトッボトッ


「は?」


"え?"


 皆が見ている前で、リオは突如として切った野菜類を味噌を溶かしたお湯に入れ始めたのである。

 そして彼女はそれだけでは止まらず、隣で焼いていた秋刀魚の骨を取るとそれも鍋の中へと投入し、更には炊飯器から米を茶碗に入れるとそれも鍋へと投入したのだ。

 野菜と秋刀魚とご飯が入った味噌汁を彼女はお玉を使ってかき混ぜながら火にかけ、やがて用意されていたラーメン鉢に盛りつけた。


「出来たわ社長、食べてちょうだい」


「……リオ、私は君の逆鱗に触れるようなことをしたのだろうか?」


「?何を言ってるのか分からないわ」


 黎斗の前に置かれた料理に見ていた生徒たちは騒然となった。


「え、何これ」


「アリス知ってます、ねこまんまです!!」


「ねこまんまでもここまで酷くはならないよ」


 モモイは単純にその料理に疑問を投げかけ、アリスは物珍しさに喜び、ミドリはそんな彼女にツッコんだ。そしてユズは何と言えばいいのか分からず黙っていた。


「にはは……なんで全部混ぜて一皿にしたんですか?」


「会長、何ですかこれ」


「私のご飯よ、流石に魚の種類や野菜はその日によって変わるけど」


「待ってください、いつもこんなものを食べてるんですか!?」


「ええ、一度に全部食べれて効率的だもの」


「限度がありますよ、会長」


 一方のセミナーの面々はというとノアは察したのか姿は無く、コユキが至極全うな意見を述べ、ユウカはリオの言葉に信じられないという顔になっていた。


「さあ社長、どうぞ」


 いつものように感情の読めない顔でリオは料理(?)を食べるように黎斗に促した。


「こうなったのは、全て私の責任だ」


 だから私が責任を持ってこの料理を食べる、そう言った彼はスプーン片手に深呼吸をして料理(?)と向き合った。


「コンテニューしてでも食べ切ってみせる」


"がんばれー"


 彼は決意の宣言をすると、先生の声援を貰いながら目にも止まらぬ速さで口の中に料理(?)を入れ始めた。

 口の中に放り込んでは飲み込み、放り込んでは飲み込みを繰り返すこと約30秒、彼は倒れて消えた。

 だが間を置かずに先生の隣に土管が生えたかと思うと、そこから掛け声と共に彼は椅子へと飛び込み、また料理(?)を食べ始めた。

 食べては消えて復活しては食べる、それを何度も繰り返していく内に目に見えて料理(?)は減っていった。


「ワタシハフメツダ…ワタシハフメツダ…ワタシハフメツダ…ワタシハフメツダ」


 その分彼の精神もすり減ったが、それでも彼は料理(?)を食べ続け―


"凄い……完食した"


 リオの作った料理が無くなった時、それを見ていたノア以外の生徒達は例外なく歓声を上げて彼を祝福した。


「社長、私のも食べてくれ」


 サオリが料理を持ってくるまでは。


「真っ黒!」


「まるで炭です!」


「アリスちゃん、もう少し言葉を選んであげて」


「食中毒の心配はなさそう」


「うわぁぁぁん!炭なんて食べれません!社長、後でA5和牛のステーキを奢ってください!」


 皆、リオの料理(?)に夢中でサオリの調理風景を忘れていた。

 それは炭のように黒く、肉の面影が全く残っていなかった。

 ゲーム開発部の面々はその見た目に驚愕し、アツコはやっぱりと諦めたような表情を見せ、ミサキは絶句し、ヒヨリはヒヨリだった。


「どうしたんだ社長、なんで食べてくれないんだ」


「ワタシハフメツダ…ワタシハフメツダ…」


「もしかして社長に食べさせるのも平社員の仕事なのか?」


"サオリ落ち着いて"


 先生が制止した時には既に遅く、黎斗の口に炭が入れられていた。


「どうだ社長、美味しいか?」


 母親と初めて料理をしてそれの感想を聞く子供のように、無邪気でキラキラと輝いた目をしながら彼女は彼に問いかけた。

 黎斗は倒れた。

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