ダルヒー5

ダルヒー5


 まぶたの裏に眩しさを感じて、目が覚めた。

 日の入り方からして、朝の七時頃だろうか。

 横にいるヒータはまだ目を覚ましていない。

 抱きしめていると僕より高い体温が心地良い。

 ヒータと結婚した後、僕達は霊使いの家を出て、二人で暮らすようになった。

 とは言っても、移り住んだのは近くの場所で、依頼なんかはエリアを通して受けているから実質的な共同生活はまだ続いている。ライナやアウスも今は一人で暮らしているけど、霊使いとしてのグループには所属したままだ。

 それぞれが少しだけ物理的に距離をとったというだけだけど、僕としては人目を気にしがちなヒータが存分にくっついてくれるようになったので都合が良かった。

 しばらくヒータの体温を楽しんだ後、ヒータの頭の下にある自分の腕をできるだけゆっくりと引き抜く。

「んう……? だるくぅ?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」

 注意したつもりだったが、ヒータを起こしてしまったようで、トロンとした声のヒータが声をかけてくる。

「寝ててもいいよ」

「やだぁ、だるくといっしょにいる……」

 あまりの可愛さに顔がにやけそうになる。

 一緒に寝起きするようになってから知ったことだけど、普段は僕よりも朝が強いヒータは寝るのも早くて、夜遅くまで起きてしまった次の日の朝はこういうぼんやりというか、だいぶぽわぽわとした状態になる。

 昨日は二人でなかなか大変な依頼を受けていて、それで疲れたヒータが甘えてくるのがあまりにも可愛かったから、僕も"可愛がり"過ぎてしまった。

 昨日の夜を思い出して、自分の中で欲が鎌首をもたげるけれど、それを抑えてヒータを抱き起こす。

「じゃあ、起きよっか。歩ける?」

「んー、やだ、だっこして」

 昨日の情事のせいで痛い箇所なんかがないかを聞いたつもりだったけど、ヒータは字面通りに受け取ったらしい。

 僕に向かって手を伸ばしてくる。

 押さえつけた欲がまた元気を取り戻し始めたけど、なんとか無視する。

 流石にこんなぼんやりとした状態の妻を襲うのは許されないと思う。

「ん、わかった。じゃあちゃんと捕まって」

「はぁい」

 僕の首にヒータの手が回ったのを確認してから、ヒータの背中と足に手を潜らせて、ヒータの体を持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこだ。

 普段から体を動かすのが好きなヒータの体には適度に筋肉と脂肪がついているけれど、僕もそれなりに鍛えているので苦にはならなかった。

 僕に抱っこされてご機嫌なヒータの鼻歌を聞きながら、リビングへ向かう。

 歩いているとナポレオンが飛んできた。

「おはよう、ナポレオン。……お客さん?」

 ナポレオンがお客さんが来ていると伝えてくる。

 僕達の許可なく入ってきて、ナポレオンや稲荷火が攻撃していないとなると、霊使いの誰かだ。

 そこで、こういう時間帯に何も伝えずに来てるとなると。

「やっほー、お邪魔してまーす」

 リビングに到着するとテーブルの前の椅子に座ったライナが手を振ってきた。

 お土産におやつでも持ってきたのか、稲荷火が足元でふすふすと鼻を鳴らしている。

「やっぱりライナか」

「なにさー、その言い方」

 ぶすくれたライナを無視して椅子に座る。

 ヒータは僕に抱きついたままなので、そのまま膝の上に座ってもらった。

「おー、らいなだぁ。おはよぉ」

 ヒータがようやくライナの存在に気付いたらしく、挨拶をする。

 その声はまだまだ眠たげだ。

「ヒータちゃん、おはよ。久々だねぇ、ねむねむヒータちゃん」

「可愛いでしょ? この子僕の嫁」

「はいはい。それにしても今日はかなりねむねむみたいだけど、ダル君、ヒータちゃんのこといじめすぎじゃない?」

「ははは」

「否定しないんかい」

 ライナが呆れた声を出すけど、散々ヒータにちょっかいを出してた僕の妹分には言われたくない。

「もー、背中蹴っ飛ばした私が言うのもなんだけどさー、ヒータちゃんダメだよ〜、ダル君の言いなりになっちゃ。そのうちこのケダモノ、二十四時間ヒータちゃん貪りタイムとかやりかねないよ」

「するわけないだろ」

 突拍子の無いライナの言葉に流石に言い返す。

 そんなヒータに負担がかかりそうなこと、僕がするはずもない。

 ……まとまった休みが取れて、ケア用品準備して、その後の家事とかヒータの体のケアとか全部僕がすればいけるか?

「ん〜……」

 そんなことを考えていたら、ヒータが口を開いた。

「だるくに、されるのは、ぜんぶ、きもちいいから、いいの……」

 そう言うと、とろんとしていたヒータの目が閉じた。

 少しの沈黙がリビングを支配する。

「いや、ダル君ほんとにやり過ぎでしょ。ヒータちゃん、普段なら絶対言わないこと……というか、言っちゃダメなこと言っちゃったじゃん」

「ははは、可愛いでしょ、この子僕の嫁。絶対にあげないからな」

「いや、奪う気なんて無いけどさぁ。この、ヒータちゃん専門劇重粘着ドS男め」

「……」

 ライナに中々不名誉な称号をつけられたような気がするが、事実その通りなのは自分でも認めているため、笑顔で黙殺する。

「流石に否定しようよぉ……」

 ライナがドン引いた目で見てくる。

 僕達の情事を光霊術まで使って覗こうとしてたお前にそんな目で見られる筋合いは無いと思うが、黙っておく。

「ま、良いや。ヒータちゃんも幸せそう? だし。というか寝ちゃったし。お仕事があるし、そろそろお邪魔虫は退散しますよ〜」

「仕事? 緊急の奴か? それなら僕も手伝おうか?」

 ライナの仕事という単語に引っかかって尋ねる。

 今日はエリアが決めた霊使い全体の休日で、よほど緊急性のある依頼で無ければ仕事はないはずだ。

「あー、いやいや、私の個人的な副業だから気にしないで」

「副業?」

「そう! 普段は光霊使いとして街の依頼を解決していく美少女ライナちゃん!だけど恋に迷える羊達を導くため、仮の姿を身にまとう! その名は謎の占い師、敏腕恋愛アドバイザー、R!」

 突然ライナが立ち上がり、大きな身振りと共に宣言する。

「という感じなんですけど、これ、宣伝になるかなぁ」

 宣言を終えたライナがすんと元に戻り、再び僕の前に座る。

「とりあえず、うるさい。ヒータが起きる」

「はい、すみません」

 ヒータが僕の腕の中でううんと言って身じろぎしたので、ライナを睨みつけると、素直に謝ってきた。

「というか、何? 恋愛アドバイザーRってお前だったの?」

「あっ、知ってる?」

「ヒータがこの前幸せな関係が長く続くって言うお守り買ってきた」

 ヒータ曰く、最近流行っている恋愛相談屋兼占い師が居るとは聞いていた。

 どんな奴なのかと思っていたが、まさか身内だったとは。

「占いって、エリアの方が得意だろ」

 とりあえず、思ったことを言う。

 ライナが占星術を勉強していたのは覚えているが、術としてはエリアの水霊術を利用した予言の方が精度が高かったはずだ。

「わかってないなぁ、ダル君は。いい? 迷える子羊達が求めてるのは絶対に先が分かる予知じゃないの。私がしてるのは、経験と知識に基づいてその背中を押すこと。告白をしたくて迷ってるのにも、喧嘩をして謝りたいのに謝れないのにも私はきっかけを与えてあげるの。それぞれのパターンに合ったアドバイスを付けてね。そこで必要なのは精度の高い占術じゃないの」

 自分に恋人が居ないのに、経験や知識を元にできるのかと思いはしたが、流行っているということはどうにかなってるんだろうから言わないでおく。

「……今でも流行ってるんなら特に何もしないで良いんじゃないか? というか霊使いの名前を出すのは間違ったイメージが付きかねないからやめた方がいいと思う」

「はーい」

 話を最初に戻して、僕の中の所感を言う。

 ライナもそう思ってはいたのか素直に聞き入れた。

「あ、お守りは私がラヴァーからむし、貰った羽根に光霊術で良い気が集まるようにした奴だから多少は効果あると思うよ。ほんとにちょっとだけど」

 ライナがお守りについて言及する。

 どうやらラヴァーの翼は中々可哀想な目にあってるようだ。

 ライナも霊使いなんだから、そこまで酷くはしてないと思うけど。

 しかし、中々手広くやってるらしい。

「よいしょ、そろそろ時間も無いし、今度こそお暇しようかな」

 ライナが杖を持って立ち上がる。

「じゃあ僕はヒータと一緒に寝るかな。昨日はあまり眠れてないし」

 昨日はヒータが寝落ちてしまった後にヒータの体を清めたり、服を着せたりしてたから、ヒータ以上に寝てない。

 休日だし、ヒータが起きないならもう少し寝てもいいだろう。

「そう言って、ヒータちゃんの寝込みを襲ったりしないでよ?」

 ライナが怪訝そうな顔で見てくる。

 本気で疑ってる顔だ。

「そんな可哀想なことするわけないだろう?」

 眠ってるヒータを叩き起こしてしまうような事をするほど自分勝手ではない。

 ……正直、起きた後は分からないけど。

「はあ、まあ、ほどほどにね」

 僕の思考が分かったのか、ライナはため息を吐いた後、玄関の扉に手をかけて出て行った。



「いやぁ、ヒータちゃん苦労しそうだなぁ」

 ダル君とヒータちゃんの愛の巣を出て、そう独り言を言う。

 くっつけた私が言うのもなんだけど、ダル君のヒータちゃんへの執着心と独占欲と性欲は予想外だった。

 あれを受け止めるのは大変そうだなー、なんて思う。

「んー? でも、ヒータちゃんああ言ってたし、意外とどっちもどっち……?」

 足を止めて、ねむねむヒータちゃんの言葉を思い出す。

 あの状態で誤魔化しとかできるとは思えないし、多分本心なんだろう。

「……ま、お幸せにね〜」

 二人の家に向かってそう言い残して、私はその場から離れていった。



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