ダルヒー3

ダルヒー3



 ダルくんとヒータちゃんが恋人同士になってから一週間が経った。

 どうやら前に私がダルくんに発破をかけていたのもきっかけの一つになったらしく、それを知った時は昔の私とハイタッチしたくなった。

 そんなこんなで、とっても美味しい状況を毎日観察できるという私にはハッピーな日常を送れるようになったのだけど、万事がみんなに良いようになるということはそう無いようで。

「ライナちゃん、今ちょっと良いかな?」

 そう声をかけてきたのはエリアちゃん。

 私達の共同生活の中で、依頼の精査や振り分け、先の方針の提案なんかを積極的にしてくれて、よくみんなのまとめ役になってくれる子だ。

「はーい、だいじょうぶだよ。どうしたの?」

「その、ライナちゃんなら知ってるかもと思って聞くんだけど……」

 エリアちゃんの歯切れが悪い。こういう時の相談事はなかなか厄介な事か、誰かのプライベートに深く関わる時だ。

「ダルクくんとヒータちゃんって、付き合い始めた?」

「うん」

「ああ〜、そっかぁ〜」

 私の答えを聞いたエリアちゃんがため息をついて頭を抱える。

 友人の恋が実った反応としてはあまりにも酷いが、私にもちょっと心当たりがある。

「ヒータちゃんの挙動不審のこと?」

「挙動不審って……。いやまあ、そうなんだけど……」

 ダルくんと恋人同士になったヒータちゃん。恋愛についてうぶもいいとこだった彼女は、告白前からダルくん関連のことになるともじもじしたり、急に落ち込んだりすることがあった。まあ、それは私とダルくんが付き合ってると思ってたことも大きいとは思うけど。

 さて、晴れて恋人同士になったらそういうのは吹き飛んで、イチャイチャし出すのかと思えば、そうはならず。

 ダルくんが近くに来ると顔を真っ赤にしてフリーズしたり、ダルくんとちょっと手が触れただけで可愛い奇声と共に跳ね上がったりなどなど、ダルくんと一緒にいるとなかなか面白い……、もとい、奇妙な反応を起こしていた。

 初々しいというのを飛び越えて痛々しいくらいだ。恋愛耐性がマイナスに振り切ってしまってると、どうもあそこまで酷いことになるらしい。

 私としてはそれもまた良しと、日々観察させてもらってますけども。

「あれがすぐに治ってくれるんなら、いいんだけど、これからもずっとこのままだと色々と支障が出てきてしまうというか」

「まあ、そうだろうね〜」

 私としては良くても、共同生活を送ってる中でちょくちょく挙動不審になるのがいつか問題になりそうなのは流石に私でも理解してる。

 特にダルくんとヒータちゃんの組み合わせだとすぐに問題が出てきそうなのも。

「ヒータちゃんがあんな感じだと討伐系の依頼受けづらいもんね」

 霊術の中で最も攻撃的な火霊術を使えるヒータちゃんと、悪霊払い、呪い返し、影を使った補助と攻撃など色々と器用なことができる闇霊術を使えるダルくんは一緒に討伐系の依頼を割り振れられる機会が多い。

 討伐系の依頼は直接命の危機に晒さられるのもあって、実入が多いものが多い。霊使いのお財布を管理してくれてるエリアちゃんにとってそこが無くなるのは大きな頭痛の種かもしれない。

「いや、それ自体は別にいいんだけど」

「ありゃ? そうなの? てっきり収入の問題かと」

 そう思ってたんだけど、あっさりとエリアちゃんに否定される。

「いや、討伐依頼が受けれないくらいで破綻するような管理してないよ。霊術の需要なんて他にいくらでもあるし、むしろみんなが危ない目に合うような依頼なんてできるだけ引き受けない方がいいと思ってるし。それにどうしてもってなったらヒータちゃんにダルクくん以外と組んで貰えばある程度は対応できるしね」

「あ、そうなんだ?」

 ならもうちょっとゆっくりな目で見ても良いのではと首を傾げたら、ただ、とエリアちゃんが口を開いた。

「それでも、ダルクくんとヒータちゃんじゃないとできない上に、緊急性が高い討伐依頼とかが絶対来ないって言えるわけじゃないし、依頼じゃなくても二人で居た時に身を守らなきゃいけない事態が起こる可能性もゼロじゃないでしょ? そういう事が起こったら、今のヒータちゃんの状態だと本当に命に関わるかもしれないし、ヒータちゃんを守ろうとしたダルクくんも巻き込むかもしれない。そんなの放置しておけないから」

「なるほどね〜」

 私が思ってたことよりずっと健全で、責任感の強いエリアちゃんらしい考えだと思う。

「だから、ダルクくんへの片想いを拗らせてただけなら告白さえしてくれればどうにかなるかなと思ったんだけど……。そっかぁ〜、付き合い出してあれかぁ……」

 エリアちゃんの大きなため息が一つ、宙に舞う。

 ええ、付き合いだしてあれですとも。実に可愛いじゃないですか。

 まあ、それはそれとしてどうにかしなきゃいけないのは確かなんだけど。

「その、ライナちゃん」

「ん? なに?」

 エリアちゃんが申し訳なさそうな顔をして声をかけてくる。

「できればでいいんだけど、ライナちゃんから声をかけてくれないかな? 今の二人の事情を一番わかってそうだし、ヒータちゃんって結構自分に厳しいところがあるから、私から話すと無駄に深刻になっちゃいそうだし……」

「あー」

 エリアちゃんの言ってることは何となくわからないでもない。

 外部との依頼のやりとりで培われた冷静さ、冷徹さと生来の責任感の強さ、真面目さを持つエリアちゃんは注意や指摘の時、普段とは想像もつかないくらいにざっくりと切り込んでくる。

 無表情のエリアちゃんがただひたすら静かに、淡々かつ正確に悪かった点や改善案を話してくるのは物凄く心に来る。というか私は泣きそうになった。たぶん、霊使いのみんなに怖いものランキングを作ってもらったらほぼみんな、上位に説教する時のエリアちゃんが入ってると思う。

 ヒータちゃんの自分に厳しいというところも何となく分かるし、同じ里で育ったエリアちゃんが言ってるんだから確かなんでしょう。そして、今の不安定なヒータちゃんがエリアちゃんに説教されたら……、うん、なんか色々折れちゃいそう。

「うん、いいよ」

「ほんとう!? ありがとう!」

 エリアちゃんがほっとした顔をして、勢いよくお礼を言ってくる。

 エリアちゃんでも仲間の恋愛事情に思いっきり踏み込んでお説教するというのは、かなり心苦しかったのかもしれない。

 まあ、私も今のダルくんとヒータちゃんを見てるのは楽しいけど、ずっとこのままだとダルくんのほぼ妹という立場を利用して、二人の結婚後に同棲するか近くに住むかして、二人の結婚生活を気ぶりながら観察するという計画が空中分解するなんてことになりかねないので、頑張るといたしましょう。



「あたしのこと呼び出すなんて、どうしたんだ!? ダルクにはちゃんと告白して、OK貰ったからな!?」

「まあまあ、ヒータちゃん、落ち着いて」

 さて、そんなわけで早速ヒータちゃんと二人でお話しすべく、以前のカフェに誘ったわけだけど、ヒータちゃんの第一声がこれ。

 なんか私の事を見る目が怯えとかそういうのが入ってる気がするんだけど、なんで?

 いやまあ、前みたいにふとした時にじっとりした目とか、泣きそうな目で見られてるよりよっぽど良いから良いんだけどさぁ。

「まあ、今日はヒータちゃんとダルくんのお付き合いについて聞きたいなぁって思ってお呼びしたんですけど」

「ええ、なんだよぉ……」

 私の言葉を聞いた途端、何故かヒータちゃんが怯えた顔をする。

 ええ、ほんとに私何かしたっけ? 私、一応二人のキューピッドなんだけどなぁ。

 というか、私が口を出さなきゃいけなくなったのヒータちゃんが原因なんだけど。

「ヒータちゃんさ、ダルくんと一緒にいるとまあ不思議な行動してるけどさ」

「ふ、不思議な行動って……」

 だいぶぼかした方である。もっと直接的に言うなら、奇妙な行動、奇抜な行動の方が正しい。

「ダルくんと一緒にいるのそんなに苦手?」

「う、ラ、ライナには関係ないだろ!? あ、あたしと、……ダ、ダルクの問題なんだし……」

 お、ダルくんの名前を出す時、明確に声が小さくなりましたね〜。

 まだ好きな人と恋人関係になったというのに慣れてない、かつ実感を持ちきれてなくて、発言して自覚してしまうのが恥ずかしくなってしまうようです。それもまたよし。

 ライナちゃんポイント十点あげます。

 が、それはそれ。

「いやまあ、私だって二人が順調に関係を育んでいってるなら口出しなんてしないんだよ? 私、基本的に恋人達のあれそれには口出しせずに見守ってく方針だし。今回はヒータちゃんがあまりにクソ雑魚でこのままじゃ永遠に進展しないなという確信を得たために行う緊急措置です」

「くそざこって……」

「いや、実際そうでしょ? 告白だってほとんどダルくんからでヒータちゃん実質返事しただけじゃん」

「そう、だけどさぁ……」

 まあ、あれはあれで私的可愛いポイントは凄まじく高かったですけどね、ええ。ごちそうさまでした。

「ん? というか何でライナがそんな詳しく知ってるんだ?」

「え、そりゃあ覗い……ダルクくんから聞き出したからね!」

「ダルクにも行ったのかよ……」

 あっぶな、恍惚としてて光霊術で覗いてたことバラすとこだった。

 けど、誤魔化したのにヒータちゃんの目が引いてる。

 ハッピーラヴァーもなんかすごい顔してるし。何が言いたいんだ。羽むしるよ。

 おっと、こんなことしてる場合じゃない。どうにも横道に逸れてしまう。

「でさ、実際どうなの? ダルくんと一緒にいるの苦手? それとも……もしかして嫌っていうところまで行ってる?」

「なっ、そんなわけないだろ!? ダルクのこと、好きなんだし……」

 ヒータちゃんが露骨にうろたえる。

 うんうん、ダルくんと触れ合いたくないわけじゃないみたい。

「じゃあ、ダルくんと手繋いだり、キスしたりとかがしたくないわけじゃないんだね?」

「き、キスって……」

「ヒータちゃん、私はいま真面目な質問をしています。ちゃんと答えてください」

 ヒータちゃんがまた口籠る。

 私の大好物ではあるけど、流石に話が進まなすぎるのでここは無理矢理進める。

 ヒータちゃんがまた怯えたような気がするけど気にしない。

「どうですか?」

「いや、そりゃ……、ダルクと、手を繋いだり、お出かけしたり、ちゅ、キスしたりとかしたい、けどさ……」

 ふぅ〜!

 顔を赤らめて俯きがちにかつ恥ずかしそうにスキンシップをしたい宣言、しかもこの子ちゅ〜って言いかけましたよ。

 ライナちゃんの可愛い恋人採点・彼女編百点あげちゃいます。

 いけない、思いっきり思考が飛んだ。

「でも、恥ずかしすぎてダルくんと触れ合おうとするとフリーズしたり離れようとする行動になっちゃうと」

「う、まあ、そうだよ……」

 ヒータちゃんが消え入りそうな声でそう言う。

 それなら、私が言えることとしては……。

「ヒータちゃん、それダルくんに言ってみたら?」

「えっ? へっ!?」

「多分、まだダルくんにそういうこと言ってないでしょ?」

「言っ、て、ない、けど」

「じゃあまずは言ってみないと」

 ヒータちゃんが困ったようなしょんぼり顔になる。

「二人は恋人になったんだから、まずお互いに相談してみるところからだと思うな」

「でも、こんなこと、相談されて、ダルクが迷惑がったりしないか?」

 うーん、思った以上にヒータちゃんの恋愛に対する自信のなさというか恐怖感? が根強い。

 まあそこらへんは我が幼馴染に任せましょう。

「ダルくんがヒータちゃん……というか人からの相談を嫌がると思う? 幼馴染の私からみても倫理観の塊みたいな性格してるよ?」

「それは、そうだけど」

「あと、ダルくんのことだから言ってないと思うけど、普通にダルくんもヒータちゃんとスキンシップしたいと思う」

「そう、かな」

「うん、好きな人と触れ合いたいって思うのは万人共通だよ? それに……」

 そこで一旦言葉を切る。

 ヒータちゃんが何を言うのかと私の方を見上げた。

「ちゃんとそういうことを言ってあげないとダルくんも不安になると思うよ」

「ダルクが、不安……」

「現状よくわかんない……いや恥ずかしさが理由なのは見てわかるけど、何も言われずに避けられてるみたいな状態だもん。普通は不安になると思う」

 ダルくんなら受け入れてそうな気もするけど、そこは黙っておく。

「そういう意味でも、これから二人で親密になってく関係としても、相談しないのはむしろ不誠実だと思うな」

「あ、あたし……」

 ヒータちゃんがオロオロとしだした。

「はい、そこであたしが悪いってならない〜。今回のことはもうどうしようもない事故みたいなもの! 今度から治していけば良いだけの話! というわけで、私からダルくんに今夜ヒータちゃんの部屋に行くよう連絡しておきますね〜」

 そばで浮いてたラヴァーを呼んで、ダルくんへの言伝を伝えようとする。

 今のヒータちゃんに必要なのはダルくんとの距離感に慣れていくことだと思う。距離が近いのに慣れれば、エリアちゃんの心配事も自然と解消されるはず。

 何? ラヴァー。あんまり出歯が目はやめなさいよ、みたいな顔して。今回は私エリアちゃんにもお願いされてるんだからね。羽ちぎるよ。

「あ、ま、待って!」

 そしたらヒータちゃんに呼び止められた。

「ん、どうしたの? 私今回は荒療治必要だと思ってるのでやめてということなら聞く気は無いよ〜」

「いや、そうじゃなくて!」

 ヒータちゃんが必死そうな顔で言ってくるので、一旦話を聞くことにする。

「あの、あたしからダルクに言う。あたしが、ちゃんとしないといけないことだと思うから……」

「……そっか」

 うん、なるほど、ヒータちゃんがそう言うなら、そうした方が良さそうだ。

 この感じのヒータちゃんなら土壇場で逃げるなんてこともないだろうし。覚悟が決まった時のヒータちゃんは強いのだ。

 ただ、エリアちゃんに言われたものの、私ができるのはここまでだ。ちゃんと解決にまで行けるかは、二人次第。

 私はきっと大丈夫だと思ってるけどね!

 ……なに、ラヴァー、その顔? 羽焼くよ?



 ライナにまた呼び出された日の夜、あの時みたいに部屋でダルクを待つ。違うのは今回はあたしがダルクに声をかけたこと。

 今日ライナに言われたことは本当にその通りだと思ったから、ちゃんと全部あたしからじゃなきゃいけないと思ったから。

 ただ、それでも緊張するものはするし、今までの行動で、ダルクが既に呆れてるんじゃないかとか心配事も尽きない。けど、それでもちゃんとしないといけない。

 ちなみに稲荷火はもう部屋から居なくなった。ほんと、空気の読める相棒だよちくしょう。

 ノックの音が聞こえた。

「ヒータ、入っても良いかな?」

 ダルクの声だ。

「あ、うん!」

 前よりはずっとマシに返事ができた。声も上擦ってない。

 ダルクが部屋に入ってくる。

 それだけで、息が上がりそうになる。

「あ、その、適当なところに座ってくれて良いからさ!」

「うん、ありがとう」

 ちょっとでも気を紛らせたくてそう言うと、ダルクはベッドに座ってるあたしと向き合うようにあたしの机の前の椅子に座ってしまった。

 前みたいに隣に座ってくれても良いのに、なんて思ってしまったけど、そもそもあたしがこんなんだからそうしてくれたんだと気づいて、情けなくなる。

 実際、距離を離して向き合ってるだけなのに、心臓が跳ね上がって、口から飛び出してしまうんじゃないかと思うくらいドキドキしてる。

 でも、今回はあたしの情けなさが原因なんだから、あたしからちゃんと言わなきゃ。

「その、ダルク!」

「うん」

 無駄に大きい声が出てしまったけど、ダルクは落ち着いてあたしの話を聞いてくれてる。

「最近、ごめんな。あたし、ダルクとこ、恋人になったのに、その、避けてるみたいになっちゃって。で、でも! 嫌いになったとかじゃ絶対無いから!」

「うん、分かってるよ」

 ダルクが穏やかな顔でそう言ってくれて、少し安心する。

 けど、これは絶対に言わなきゃいけないことの一つでしかない。

「その、あたし、ダルクと一緒にいると、凄い浮かれる、というかどうしようもなくドキドキして……」

「うん、何となく分かってた。ゆっくり慣れていこう? 僕はヒータのペースで構わないから」

 ダルクが軽く笑ってそう言ってくれる。その優しさに流されそうになってしまうけど、今のあたしはそれを受け取っちゃいけない。

 ちゃんと、ダルクと進んでいきたいから。

「な、なぁ、ダルクはあたしに触りたい、って思ってない、のか?」

「えっ?」

 変な言い方になった。ダルクもびっくりしてる。

「あ、いや、その、手を握ったりとか、そういう感じのこと!」

「ああ、なるほど」

 ダルクは納得してくれたみたいで、静かに頷く。

「そういう事をしたく無いわけじゃないけど、ヒータが望まないなら僕は絶対にしないよ。僕にとってはヒータが一番だから」

 ダルクは、どこまでも優しくて、その優しさに溺れてしまいそうになる。けど、今回限りはそうはいかない。

「あの、な。ダルク」

「うん?」

「あたし、あたしもダルクと、触れ合いたい」

 消え入りそうになったけど、ちゃんと言えた。

 今度こそ、ダルクが驚いたような顔をしてた。

「あたしも、ダルクと、手を繋いだりとか、ハグしたりとか……、キスしたり、とかしたい」

 ダルクにちゃんと伝わるように、改めて、はっきりと言い直す。

 顔が熱い。多分真っ赤になってる。

「……そっか」

 ダルクの驚きの顔はすぐに穏やかな笑みに変わった。

「でも、恥ずかしいんだよね? 大丈夫?」

「そっれは! そう、なんだけどぉ」

 ダルクの言葉に立ち上がりそうになって、すぐにふにゃふにゃとベッドに沈み込む。

 ダルクの静かな笑い声が聞こえてきた。

「やっぱり、ゆっくりで良いんじゃないかな」

「うぅ〜、でもぉ〜」

 そんな事言われてしまうけど、もうここまで言ったんなら、克服してしまいたい。

 けど、恥ずかしさや緊張がすっと消えてくれるわけでなく。

「あ」

「ん?」

 一つ、思いついた事があった。

「なぁ、闇霊術って精神を操れるんだよな! それだったら──」

「ヒータ」

 ダルクの声が響く。静かだけど、普段みたいに穏やかじゃない、シンと鎮まるような声。

「ヒータの頼みでもそれはできない。闇霊術のそういう術はあくまで、それらに対処するためのもので、人に使うようなものじゃない。ヒータには、なおさら」

「あ、ご、ごめん」

 ダルクにこんな風に怒られるのは初めてで、怯んでしまう。

 けど、考えてみれば、当たり前だ。ダルクは世間からの風当たりが強い闇霊術を使うからこそ、ずっと正しい、人のためになる使い方をしてきた。

 それはあたしも、よく知ってたはずなのに。

 ただ、あたしの恥ずかしさを克服したいからなんて理由で使っていいはずなかったのに。

「大丈夫、勢いで言っちゃったんだよね」

 ダルクはいつもの優しい口調に戻って、そう言ってくれるけど、絶対に勢いでも、いや、勢いなんかで言っちゃダメな事だった。

 最低だ、あたし。

 気分が沈み込んでいく。

「あ、でも……」

 ダルクが声を上げる。

「精神に関わる系統でも使える闇霊術が一つあるよ」

「え、ほんと?」

「うん」

「……あたしに気をつかってるってわけじゃないよな?」

 優しいダルクが落ち込んだあたしを気づかってるのかもしれないと思ってそう尋ねると、ダルクは首を横に振った。

「え、それなら、あたしの恥ずかしいとかそういうのも、消せる?」

 恐る恐るダルクに尋ねる。

「うーん、その前にヒータは本当に僕とスキンシップとかしたいんだよね?」

「えっ、う、うん」

 突然ダルクがそう質問してきたから、頷いて返事をする。今までのあたしの行動が情けないばかりに疑われてしまったんだろうか。

 そんな風に思ったのがダルクにも分かったのか、あたしの気を緩めるようにダルクが微笑んだ。

「いや、この術は光霊術にも近いものがある、もともと持ってる思考や欲を強めるっていう術で、拒食症なんかの医療にも使われる事がある奴なんだ。それで、使う前に本人にどういう欲を強めたいかの確認するのが手順になってるから念のため、ね」

「へー」

 他の霊術の決まりなんて全然知らなかったから、思わずそんな声を出してしまった。他の霊術のそういう細々とした部分まで知ってるのはアウスくらいだと思うけど。

 ダルクが話を続ける。

「ただ、闇霊術の方は光霊術のものと違って、欲を暴走させるって言う方が正しいから、本人が思ってるようにはいかない事もあるし、精神に傷を負う事もある。だから、被術者の同意が必須なんだ。そういう術だけど、本当にかけてもいい?」

 さっきと打って変わって、真剣な口調になったダルクがそう聞いてくる。

 ダルクがこう言うってことは、本当にあたしにも結構なリスクがあるんだろう。けど。

「ああ、やって。……ダルクにやってもらうなら、どんなことでも大丈夫って信じてるから」

 ダルクが息を飲んだような気がしたけど、表情が変わっていないから気のせいかもしれない。

「うん、分かった。ただ、少しでもおかしいと思ったらすぐに言う事。良いね?」

「うん」

 あたしが返事をすると、ダルクが早速術の準備を始める。

 ダルクの周りに黒や薄紫の小さな球体が集まって、その周辺だけが暗くなる。

 これはあたしでもわかる。自我も形も無いような弱い精霊達の力を借りているんだ。

 普段ダルクが術を使う時は大体戦闘中とかで、こんなにまじまじと見るのは初めてだ。真剣に精霊達と向き合ってるダルクはなんか、かっこよくて、余計にドキドキしてしまう。

 しばらく見ていると、精霊達が寄り集まって紫色に光る小さな球体になった。ダルクの手の上でふんわりと浮いている。

「それじゃあ今から術をかけるよ。何かあったらちゃんと──」

「わかったから! 早くやってくれ!」

「はいはい」

 そんなにも心配なのか、また確認してこようとするダルクにじれったくなってしまってそう声をかける。あたしの方がよっぽどじれったくしてるだろうに酷い話だ。

 ダルクが苦笑で済ませてくれたから良かったけど。

 ダルクがあたしの方に手のひらを向けると、球体が私の方にやってきて、私の胸の中央あたりにくると、すっとあたしの中に入り込んだ。

「どう、ヒータ? 特に変な感じとかはしない? とりあえず、なるべく術の効力を弱くしたから、そんなに劇的な変化はないはずだけど」

「ん、うん」

 ダルクに言われて自分の調子を何となく確かめてみるけど、そんなに変わった感じはしない。ドキドキしてるのも、そのままだ。

 流石に力が弱すぎたんじゃないかと思って、ダルクに声をかけようとする。

 その時、急にゾワゾワとした感覚が体を登ってきた。

「んっ」

「ヒータ!? 大丈夫!?」

 少し距離をとっていたダルクが急いで駆け寄ってくる。

 なんか、すごく……。

「なぁ、ダルク……」

「どうしたの!?」

「その、手、握って欲しい……」

 そう言ってダルクに向けて手を差し出す。何というか、恥ずかしさはそのままだけど、それ以上に、ダルクに触って欲しい。

 それを聞いたダルクはホッとした顔をして、あたしの手を握ってくれた。

「これでいい?」

「うん」

 なんか、恋人になってから、初めてまともに触れ合った気がする。

 手が、温かい。もっと、あったかくなりたい。

「ダルク」

「何?」

「ぎゅってして、ダルクから」

 手が触れ合うだけでもとんでもなく恥ずかしかったはずなのに、ダルクに触って欲しいっていう気持ちが強すぎて、全然気にならない。

「分かった」

 ダルクが私の体をぎゅって抱きしめてくれる。手だけより、あったかい。こうやって触ってみると、普段細く見えるダルクだけど、結構しっかりと筋肉がある。かっこいいと思う。

 なんか、すごく、安心する。

 けど、ダルクが何でもないみたいにしてくるのが嬉しいけど、なんか悔しい。

「なぁ、ダルク」

「次は何ですか? お姫様」

 ダルクに次の要求をしようとしたら、そんなことを言われた。普段なら恥ずかしくなる気がするけど、今はなんか、嬉しい。

「ちゅー、して」

 離れたダルクに向かって手を広げて、そう言う。一番したかったけど、一番恥ずかしかった事。今なら、できそう。

 ダルクがあたしの顎に触れてきたから、目を閉じる。

 そしたら、柔らかい感触が唇に触れて。ちゅー、して、もらったってわかった。

「どう?」

「すっごい、嬉しい」

 ただ唇が触れ合っただけなのに、なんかすっごく幸せな気持ちになって、恥ずかしさとか緊張とも違う、なんだかふわふわした気持ちになる。

「もっと、して」

「っ、分かった」

 ダルクから、何回もちゅーして貰う。その度にふわふわして、なんか、気持ちいい。

 何度目か分かんないくらいに唇が触れ合った後、ダルクが離れってってしまう。

「そろそろ、術を解除するね」

「ん、わかった」

 名残惜しいけど、そもそもこれはあくまで克服のための練習みたいなものだ。頼りきったらいけない。

 ダルクがあたしの胸の前で手を揺らして、何か引っ張るような動作をすると、紫色の球体が出てきて、空中で霧散した。

「っ、ああ〜!」

 思わずベッドの上でうずくまる。

「ヒータ、大丈夫?」

 ダルクがベッドの横に膝立ちになってあたしに声をかけてくれた。

「いや、大丈夫、なんか、一気に恥ずかしくなっただけ……」

 術が解けた途端、したことの記憶が鮮明にフラッシュバックして、ブワっと血が頭に登ってきた。

 いや、よくあんなことできたな、あたし! 闇霊術って効果つよ……。ダルクが使いたがらなかったのもよくわかった。

「それなら、今日はこのくらいにしておこうか」

「あ、待って!」

 そう言って立ち上がったダルクの袖を掴む。

「どうしたの、ヒータ?」

「いや、その、術が無い状態で、手、触って欲しい……」

 術を使った状態でできただけでも、あたしには充分な進歩のような気がするけど、術が無い状態でダルクと触れ合えなければ克服できたとは言えない。

 そして、あたしは今日、克服したいのだ。

「ん、そっか。じゃあ、触れるよ」

「お、おう!」

 あたしの随分と気合いの入った返事にダルクが笑ってくれて、少し気が抜けた。

 ダルクの手が、あたしの手に触れる。

 すごく、ドキドキしてるけど、逃げ出してしまいそうにはならない。ダルクがあたしの指に指を絡ませる。それでも、ドキドキは強くなったけど、大丈夫。

「な、なぁ、次、ハグしてくれ!」

「良いよ」

 何だか興奮してきて、そのままハグを要求する。

 手が離れる時に少し名残惜しかったけど、すぐにダルクがあたしを抱きしめてくれて、手よりも広くダルクの体温に触れ合う。

 一瞬、心臓がバクバクと鳴って、ダルクに聞こえるんじゃないかと思ったけど、それよりも、ダルクの体温に包まれてる心地よさが押し寄せてきて。

「ハグ、できた……!」

「うん、できたね」

「う、うれしぃ!」

「そっか、僕も、嬉しい」

 ダルクが耳元で噛み締めるみたいに言ってくれるから、本当にできたんだって実感する。

 ダルクの手が背中を撫でてくれてるのが、気持ちいい。

 さっきの流れで行くと次はキスだけど、流石にまだハードルが高い。

 とりあえずはこれでいいか、なんて思うことにする。

 一通りのことができて安心したからか、なんだか一気に眠気が襲ってきた。ダルクにハグしてもらってるのに、眠るのは、何だか悪い気がする。

「寝てもいいよ」

 ダルクが耳元で囁く。ダルクはあたしのこと、何でもすぐわかって、サイキックみたいだ。

 というか、ダルクって体温、あたしより低かった気がしたけど、結構、あったかい。

 最後に、そんなことを思いながら眠りに落ちた。



「おーい、ダルク〜、行くぞ〜!」

 ヒータちゃんの声が響き渡る。

 今日はダルくんとヒータちゃんが久々に討伐依頼に出かける日だ。

 私がヒータちゃんに発破をかけた次の日から、ダルくんとヒータちゃんの関係は大躍進を遂げたらしい。

 少なくとも、ダルくんに触れたヒータちゃんが飛び上がるなんて光景は見られなくなった。

「ダルくん、ヒータちゃんが呼んでるよ?」

「ちょっと待って、今、術の媒体の準備してるから……」

 横で荷造りをしてるダルくんに声をかける。その顔は穏やかな笑みを浮かべていた。

 ヒータちゃんとの関係は良好なようで実によろしい。

「でも、残念だったね。ヒータちゃんのあの感じまだ見てたかったんじゃない?」

 そうダルくんに声をかける。

 あの感じが見れなくなって残念なのは私もだけど、きっとダルくんもそうだろうと思っている。

 なんせ、私達はほぼ双子、ダルくんは根本的に私と似てるところがあると確信している。

「いや、そうでもないよ」

「ありゃ、そうなの?」

「うん。まあ、あのヒータも可愛かったけど、今のヒータの方が僕の彼女だって分かりやすく示せるからね」

 そう言うダルくんの目は普段見ないような、鋭い光が浮かんでいた。

 ……おっと? これは私よりも根深いか?

「ああ、それとライナ」

「ん? 何?」

「あんまりヒータをからかうようなら僕も本気で対処するからね」

 そう言うダルくんは顔は笑ってるけど、目は笑ってなかった。

 うわ、本当に本気じゃん。幼馴染に向けていい顔じゃないと思う。

「ん〜、でもダルくん的にも今回のは嬉しかったんじゃない?」

「まあ、そりゃ」

「私だって本当にヒータちゃんが嫌がるラインは把握してるよ〜。私が口出しするのはあんまりまにも拗れそうだなって時だけだよ、主にヒータちゃんが。それなら別にいいでしょ?」

 ダルくんがしばらく考え込む。

「……まあ、ほどほどなら」

「オッケー」

 よし、お許しが出た。

「じゃあ行ってくるよ」

「はいはーい、いってらっしゃい。お土産はヒータちゃんの惚気でいいからねぇ〜」

「全く、相変わらずだな」

 苦笑して出ていくダルくんがヒータちゃんと合流するのを見守る。

 光霊術の遠見の術を使って、魔物避けの結界を出た二人を見ていると、ヒータちゃんがダルくんの腕に腕を絡めた。

 そこまで見たところで、術が消される。ダルくんだろう。これ以上は"対処"するぞという警告だろう。

 まあ、見たいものは見れたので私はすでに満足だ。

 ……なに、ラヴァー、その顔。手羽先にするよ?

「うーん、今日もいい日だ!」

 恋愛万歳!


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