ダメだ!

ダメだ!


『黒川あかね』

『星野愛久愛海』

「ふむ・・・」

自分と彼氏の名前を紙に書き出して、黒川あかねは一つ唸った。

アクアがレギュラーを勝ち取ったバラエティ番組のスペシャルゲスト。

それが、今日の彼女の立ち位置だ。

「早く来たらアクア君と会えると思ったんだけどなぁ・・・」

ボソリとつぶやき、心の中で虚しさを押し込める。

番組のレギュラーであるアクアはやることが多い。

そこに突然彼女面して側に行くのはいくら何でも、なしだ。仕事に誇りを持つあかねには、土台無理な話。

故に今は誰も居ない楽屋で時間を持て余していた。

「暇だなぁ・・・」

トントンと名前の書かれた紙を叩いて、フイに閃くことがあった。

彼女はその閃きのまま筆を走らせる。

『星野あかね』

「・・・いいね」

書き出した名前に思わず自信アリげに頷く。

やはり、いい名前だ。星野とあかねが合わさるのは実にいい。

この世の全てを勝ち取った気分だった。

「でも、ここはもう一捻り」

興が乗って、筆も乗り、悪ふざけが走った。

その勢いのまま、彼女は紙に言葉を綴る。

『黒川愛久愛海』

「・・・・・・んふ! だめ、強すぎるよ」

本気で、吹き出した。

アクアの本名が強すぎる。どうやっても抑え込める気がしない。

ひとしきり笑った後、あかねは大きく息を吐きだして机につっぷした。

「会いたいなぁ・・・アクア君」

「俺もだ、あかね」

「うぇ!?」

突然かけられた声に、あかねは飛び起きた。

瞬時に周囲を見回して、目的の人を見つけると、名前を呼んだ。

「アクア君!?」

そこには、番組の出演のために服をビシッと着込んだアクアの姿があった。

「え? うそ、どうして? だって事前打ち合わせが・・・」

「あのなぁ・・・ゲストにアイサツするのが礼儀だし、いくら忙しくてもお前に会いたいのは俺も同じだろう」

ワタワタと慌てるあかねに、アクアは机の上にある紙に気がついた。

あかねが咄嗟に隠そうとする前にそれを手に取ってしまう。

「ほう」

「あああああ! アクア君、み、見ちゃだめぇ!」

取り返そうと手を伸ばすが、アクアによって止められる。

アクアは紙に書かれた内容を見た後に舐めるように見て囁いた。

「いい名前じゃないか・・・黒川愛久愛海」

「んふっ」

ツボに入って思わず吹き出す。

人の名前で笑うなど失礼極まりないが、それでも止められなかった。

アクアもそれを自覚しているのか、微笑んでいる。

「しかし、我ながら騒がしい名前だな・・・この字面は」

「そ、そんな事ないと思う・・・」

「・・・黒川愛久愛海」

「んふっ」

ダメだ。止めれない。しばらくはこのネタでイジられるだろう。

「さてと。それじゃあまた後でな・・・星野あかねさん」

瞬間、脳裏にアクアとの結婚したあとの光景がよぎる。

「もう、アクア君!」

こちらをおちょくるように言いながらアクアが去っていく。

その後ろ姿に抗議の声をかけるが、それよりも自分だ。

「う~・・・落ち着け〜落ち着けー」

顔が熱い。

単に名前を言われただけだ。だと言うのに、それは自分に生々しく彼との未来を暗示させた。

お遊びかもしれない。

単に少し前にアクアをイジッていたので意趣返しかもしれない。

けれどもーーー

「もし、アクア君と結婚できたら・・・嬉しいな」

情けなく緩む顔を自覚して、あかねは収録開始までの時間を妄想で潰した。







その後、よりによって収録中にあかねはその紙を司会進行役の芸能人の前で落としてしまい。

バラエティ番組がアクあかカップルをイジる回に変わった。

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