ダイスまとめ
「シャディクいるんでしょう!開けなさい」
夜も遅い時間、鳴らされるインターホンの音と聞きなれた声に急いでドアを開けると、そこには見知った白髪の女性が立っていた。
「入るわよ」
こちらの了承を得る前に、彼女は大きな袋を片手に勝手知ったる他人の家とばかりに上がり込み、リビングへと向かう。
「ミオリネ!?どうしたの。こんな夜遅くに」
慌てて追いかけた俺の目の前に銀色の缶を突きだし、ミオリネは一言こう言った。
「飲むわよ」
「ったく!あのババアども、好き勝手ばっかり言って!!」
リビングにソファへ座ると、そのまま持ってきた袋から缶を空けミオリネはそれを一気に飲み干す。
「今日は随分荒れてるね」
簡単なオツマミを用意し、彼女の前に差し出す。
「いつものやつよ。こっちが若いからって舐めて見てきて」
そこからは、件の会社のCEO達に対する愚痴がこれでもかと語られる。彼女の口から愚痴を聞かされる関係にまでまで戻れたのは正直嬉しい。しかし、
「そういうのは、水星ちゃんに相談しなくてもいいの?」
「はあ?スレッタにこんなこと言って、心配させる訳にはいかないでしょう」
彼女にはいまだに勝てそうもない。
「ていうか、あんたも飲みなさいよ。そのために、こんなに買ってきたんだから」
「ありがとう。いただくよ」
差し出された缶を受け取り、口をつける。
「ところでミオリネ、そんなに飲んで大丈夫?」
「どうせ明日は休みだし大丈夫よ。それに、あんたとだったら、何本飲んでも安心でしょう」
「そうだね大丈夫。何かあっても、誓って何もしないと約束するよ」
両手をあげ、自分は無害だと主張するようにひらひらとふる。
信頼されているのは嬉しい。だが、裏を返せばそれは異性として相手にされていないということだ。
学園を卒業後、会社のトップとして交流を重ねていく内に、少しづつだがわだかまりも解けていき、友人としてプライベートで会えるようにもなった。
以前、彼女に想いを寄せていた身としては少しだけ寂しいが。
「そういえば……」
ほんのりと頬や耳が赤く染まってきたミオリネが口を開く。
「彼女とはどうなったの?」
思わず飲んでいたものを吹き出しそうになるのを寸前のところでこらえるも、むせてしまう。
「ちょっと大丈夫?」
隣に来た、彼女が背中をさする。
「ありがとう。もう大丈夫」
知っているとも思わなかったし、知っていたとしても、どうせ興味がないだろうと思っていた。
「結構前に、振られたよ」
「ふーん」
軽く返される返事に、本当になんとなく聞いただけなのだと分かり、軽いショックを受ける。振られた原因が、いまだ微かに彼女への未練があったからとは言えるわけもない。
「お水貰ってもいい?」
「俺も飲みたかったし、とってくるよ」
「いいわよ。私が言ったんだし。冷蔵庫よね?」
同じタイミングで立とうとしたのがいけなかったのか、それとも酔いが回ったのか、足がもつれ合い重なり合うように倒れてしまう。
「あいたた。大丈夫?ミオリネ」
思ったよりも酔いが回っていたのだろう。正面に被さるように倒れたミオリネに声をかける。
自分が下敷きになったので、体を何処かにぶつけたりはしていないとは思うが。
「大丈夫。あんたこそ、頭打ったりしてない?」
「俺は大丈夫。君に怪我が無くて良かったよ」
すぐに起き上がったため、どこもぶつけていないことが分かり安心する。
「もしかして、お酒弱かった?」
「あんまり、強くはないかな」
「そう……。悪かったわね。こんなことで急に来て」
「俺は、ミオリネに頼られて嬉しいよ」
「……お水持ってくる」
少しふらついた足取りで、持ってきたグラスにミネラルウォーターが注がれる。
「もしかして、ミオリネもお酒弱かった?」
冷たい水が喉を潤し、少しだけ酔いを醒ます。
「……なんだか今日は、あんたと飲みたかった気分だったのよ」
先程まで対面で座っていたはずなのに、いつの間にか隣あって座っている。
白い腕が、新しい缶を空けるために伸ばされる。
彼女に合わせるように、腕を伸ばし缶を取る。
「あんた、弱いんじゃなかったの」
「あと一本位ならなんとか……それに、俺も飲みたい気分なんだ」
「ふーん」
これはきっと酔いが回ってるせいなのだろう。彼女の方へ少しだけ距離を詰め、用意したナッツへ手を伸ばすミオリネの手を握る。
「なに」
怪訝そうな顔の彼女の指を弄びながら、たずねる。
「ミオリネはいないの?恋人とか」
お酒の力は偉大だ。普段なら聞きたくても聞けないことを聞くことができる。
「そんな暇ないわよ。ていうか、なんでそんなこと聞くのよ」
「それは……俺もさっき聞かれたから。一人だけ答えるなんてフェアじゃないだろう」
彼女に恋人がいないということが分かり、安心する。本当に恋人がいたのなら心臓が止まっていたかもしれない。
「もし、いたらあんたはどうしてたわけ?」
離れようとした指が捕まれる。
いつの間にか、服が擦れ合いそうな程に距離が近くなっている。
「その時は……君を奪いにいくかもね」
「できるの。あんたに?」
捕まれていた指の力がゆるむ。
「できるできないんじゃない。やるんだ」
あの時進めなかった一歩を今なら進めるだろうか。
離れようとした指を、繋ぎ止める。
「……」
長い沈黙が場を占める。もしかして、焦って選択を間違ってしまったのだろうか。
背中に冷や汗が流れるのを感じていると、ぽんと胸に何かかが当たるのを感じた。
見下ろすとそこには、見慣れた綺麗な長い白髪がある。
「酔った」
…………………………………………………………………………………………………………は、意識が一瞬飛んでいたらしい。
抱きつかれているため、彼女の顔を見ることができないが耳が真っ赤に染まっている。
「大丈夫?ミオリネ」
「無理。動けない」
仕方がない。
「そんなに酔ったなら、今日は泊まっていく?」
最初はタクシーを呼ぼうかと思ったが、こんな状態の彼女を一人で帰すのは心配だ。自分が家まで一緒に送ってもいいのだろうけど、夜中に一人暮らしの女性の家に上がり込むのはよろしくない。
だからといって、こんな時間にスレッタ・マーキュリーを呼び出す訳にもいかない。
返事はなかったが小さな頭が頷くように動く。
「じゃあ、ベッドの準備をしてくるから少しだけ離れてくれるかな」
肩に手を乗せ離れようとするが、背中に回された腕は離れない。
「ミオリネ?」
そんなに酔いが回っていたのかと心配になる。
「あんたは……あんたはどこで寝るのよ」
「ソファだけど。安心して部屋は別だから」
「……わかった」
ようやく緩んだ腕から離れて、寝室へ向かう。
手早くシーツを新しい物へと取り替え、彼女を呼びに行くためにリビングへ戻ると、そこには四本目の缶をあけているミオリネの姿があった。
「ちょっとミオリネ。弱いんだからそんなに飲むと、体に悪いよ」
慌てて取り上げるも、缶の中身はすでに半分以上減っている。
「煩いわね。どうせ今日は泊まるんだし、私の勝手でしょう」
取り上げた缶を取り戻そうとするように、こちらへ手を伸ばす。
「駄目だよ。ほら、用意も終わったから今日はもう休んで」
「じゃあ、あんたが運んでよ」
アルコールのせいだろうか、白い肌は赤く染まり、こちらを見る瞳は今にも眠ってしまいそうに、とろんと潤んでいる。
「…………わかった」
そこまで言うのならば仕方がない。酔いを覚ますようにグラスに残った水を一気に飲み干し、彼女を抱き上げる。
本当にするとは思っていなかったのだろう。驚いた表情とともに、全身が強張るのを感じる。
「君が望んだことだろう。大丈夫。ちゃんと無事に連れていくから」
頭に回ったアルコールのせいでどこかふわふわとした頭を軽く振り、寝室へ向かう。
思っていたよりも彼女の体は軽く、甘い匂いが鼻をくすぐる。
本当に、酔いが回りそうだ。
無事に寝室まで連れていき、そのままベッドへ降ろす。
「さてと、着いたよお姫様。今日はもうゆっくり休んで……」
何度目かのデジャブだろうか。確かにベッドに降ろしたはずなのに甘い匂いはいっそうに強くなり、首に回された腕が離れない。
「いい加減、気づきなさいよ馬鹿」
「ミオリネ?」
言われた言葉に頭が真っ白になる。
その細い腕のどこに力があるのだろう、気がついた時にはベッドに押し倒されていた。
行き場のない腕がさ迷う。
首筋にかかる吐息が、衣服越しに伝わる体温が、熱い。
ずっと気が付かないふりをしていた。
あの頃一歩を踏み出せなかった自分が、今さら彼女の手をとろうだなんて、烏滸がましいんじゃないかと。
でも――
でも、もういいんじゃないだろうか。
ここまで我慢したんだ。彼女だって、そういうつもりだから離れようとしない。
お互いに酔っているからといって、自分の都合の良いように解釈をする。
彼女の言葉に返すように、その身体を抱き締める。
抱き締めた身体は、少し力を入れただけで今にも崩れそうなほど小さくて柔らかい。
ずっと、こうしたかった。
腕の中にある暖かなそれを確かめるように、強く抱き締める。
「好きだよミオリネ……ずっと昔から」
「遅いのよばか……」
紅く染まった頬は、お酒のせいだけではないのだろう。
引き寄せられるように唇を重ねる。
初めて交わした口づけは、甘い味がした。
柔らかいそれが触れる度に、もっともっとと欲しくなる。
今より深く交わしたいと願う欲深い想いに無理矢理蓋をして、彼女から離れる。
「ごめんミオリネ。さすがにそろそろ寝ようか」
これ以上はヤバいと本能が警報を鳴らす。
「で、あんたは結局どこで寝るのよ」
「……ソファで」
「一緒に寝ればいいじゃない」
しかしそんなことは知らぬとばかりに、可愛い人は締めた蓋をこじ開けようとする。
「……一応、俺も男だから」
「でも、シャディクは私の嫌がることはしないでしょう」
せっかくの酔いが醒めていくのを感じる。
いっそのこと酔ったままでいたかった。そしたら勢いのまま進めただろうに。
次こそは選択を絶対に間違えたくはない。
「分かった。でも、嫌だったら言ってね」
「嫌だったら、あんたのとこに来ないわよ」
今度はもっと深く口づける。夜も遅いはずなのに、お互いに完全に目が冴えてしまった。
明日は揃って寝坊するに違いない。
でも、それも良いのかもしれない。
朝目覚めて最初に愛しい人の顔が見れるのだから。
ああ、それはなんて甘美な――
Fin