子ゾロとドレークのお話

子ゾロとドレークのお話


バレルズ海賊団は襲撃した客船から略奪した金品を船に詰め込む作業を行っていた。

重い荷物運びの力作業に駆り出されるのは、いつもドレークだ。

船長の息子であるドレークは父やその仲間の海賊たちからは奴隷のように扱き使われていた。

「ドリィ~~~~!早く運べ~~~~!」

「すぐに」

父の怒鳴り声に静かに返したドレークは、運搬作業を急いで終わらせるため、足早に客船から奪った貨物に駆け寄った。

自分が今運ぼうとしている貨物が、民間人の乗る船から強奪したものであることを考えると、罪悪というヘドロが喉の奥からせり出してくる。ドレークは軽く頭を左右に振り、余計なことを頭から追いやろうとした。とにかく今は荷物を運んでしまわないといけない。運び終えるのに手間取れば、また機嫌を損ねた父に殴られてしまうだろう。昨夜酔った父に叩かれた頭がまだ痛むし、今日は怪我を負いたくない。

そうして持ち上げた酒樽にはなにか違和感があった。中に酒が入っているはずなのに、やけに重量感がある。

「…………?」

不思議に思い、蓋を開けて中を覗き込み、絶句した。

———————中には、緑色の短髪の子供が血まみれで倒れていた。

「……!!? おい、しっかり……!」

「…………ぁ……ぅ…………?」

慌てて肩を揺すっても、子供は微かな呻き声をあげるだけで、意識がはっきりとしているようではなかった。

この子はどのくらい怪我をしているのだろうか。治療を受けた方が良いのではないか。だが、ここは海賊船の上だ。ドレークの怪我を放置して治療しない船医が、この子を診てくれるとは思えない。一体どうすればいいのか。ドレークが混乱してまごついている間に、痺れを切らした父とその仲間たちが近寄ってきた。

「おい、ドリィ! なにをもたついてやがる!」

「ぁ……、いや、なんでもない…」

「船長~! 樽ン中にガキが入ってますぜ!」

父親たちから子供を隠そうと背中に庇おうとしたが、他の海賊に見つかってしまった。父の部下が、子供の首根っこを掴んでブラブラと持ち上げる。

「なぁんか怪我してるみたいですけど……、このガキ、海に捨てちまいましょうか」

「! やめろ!」

自分よりも小さい子供が海に捨てられる。その言葉を聞いた瞬間、ドレークの全身がカッと熱くなった。

気づいたら、床を蹴りつけて跳躍して、子供を奪い返していた。父にもその仲間たちにも逆らわず、従順に従い続けたドレークが、始めて反抗らしき行動をした瞬間だった。

「あ゛? なんだ、ドレーク、その態度はよォ……」

父の部下の海賊が、子供を必死に背中に庇おうとするドレークを睨みつける。

いつの間にか、この短い攻防は船中の注目を集めていた。

背の高い大人たちからの視線を一身に浴びていることを感じたドレークは、震えが止まらなくなった。今更ながらに大人に逆らった恐怖が込み上げてくる。

せめて大事なものを守るように、後ろに庇った子供を抱き寄せた。

この傷だらけの子が海に突き落とされたら、溺れ死んでしまうかもしれない。

「あ~~~キャプテン、どうしやすか?…キャプテン?」

子供の処遇を問いかけられた父親の言葉を聞くのが恐ろしくなって、ドレークは唇を嚙みしめた。海軍将校から海賊へと身を堕とした父は、残虐で悪辣な行動を平気で取るようになった。きっと手に入るはずだった酒の量が減ったことに苛立ち、この子供を海に放り出すと言うのだろう。

だが、父の反応はドレークの想像したものとは違った。

「……ソイツを手当てしてやれ」

予想外の言葉を聞いたドレークは驚いて、父の方をそっと窺った。そして、父の尋常でない様子を見て、目を瞬かせることになった。

父は、有り得ないものを見るような目を子供に向けていた。まるで幽霊か、生き返った死人を見るような目付きだった。


船長の指示により、緑髪の子供は治療をされ、近くの島まで乗せることになった。

海賊らしく悪行三昧の船長が拾った子供に無償の善意を施すなんて珍しいと部下たちに驚かれていたが、父は黙っておれに従えと返すだけだった。それ以上は触れられたくない雰囲気だった。もしかして父は海兵時代にあの子供と面識があったのだろうか。

真実はどうであれ、ドレークが詳細を聞こうと思うことはないのだが。藪蛇をつついて機嫌を損ねた父に暴力を振るわれることになったらたまらない。


その日の晩、ドレークは船医に預けられた子供の様子をこっそり見に行くことにした。ちゃんと手当されてるのか、怪我は大丈夫なのか心配だったからだ。

ドレークが部屋を覗くと、子供はベットに腰掛けていた。部屋の中には子供一人だ。包帯も巻かれてきちんと治療されているし、顔色も悪くない。部屋の外でドレークがホッと胸を撫で下ろしたそのとき、中にいる子供と視線が合った。

「あっ! 中入れよ!」

子供に手を引かれた勢いで部屋に入る。

声をかけられるとは思っておらず、驚いて目を瞠るドレークの様子を意に介さないで、子供は話をし始めた。マイペースな性格なのだろうか。ドレークは手を握られたまま聞き役に徹した。

子供の名前はゾロと言うらしい。故郷は東の海にある小さな村だが、何故かいつの間にか北の海にいたと言う。ゾロにとって、気付いたら知らない場所に居ることはよくある事のようだった。どんな迷子の仕方かと尋ねたくなったが、本人に自覚が無さそうだったので追求しなかった。

「それで、さっき色々と助けようとしてくれたのってアンタだよな?」

「……意識があったのか?」

「ぼんやりだけどな。おれ、アンタが蓋開けてくれなきゃそのまま死んでたかもしれねェ。だから、ありがとな」

「———————————」

手を繋いだゾロに笑いかけられたドレークは、息を呑んだ。

ゾロにとっては、なんでもないことを当たり前にしただけだったのだろう。だからこそドレークの心は大きく揺さぶられた。

胸の奥がじんわりと暖かくなるような、息が苦しくなって呼吸がし辛くなるような、不思議な気分に襲われた。

バレルズ海賊団で、ドレークがどんなに命令された雑用をこなしても、お礼を言われることは一度もなかった。言われた通りに働くのが当たり前、この船でドレークは奴隷と同じ扱いだった。

誰かからありがとうと感謝されるのは、本当に、ずっと、久しぶりの事だった。

ずっと目を逸らしていた現実を目の前に突き付けられたようで、胸が締めつけられるように苦しい。

片手で胸を押さえて黙り込んだドレークに、ゾロが話を中断した。

「? どうしたんだ? どっか痛いのか?…って、あ! お前、怪我してんぞ!」

眉をひそめたゾロは部屋の棚を漁り始めた。そうして救急箱を携えて、パタパタと戻ってくる。

「おれが手当してやるよ。おれ、剣術習ってるから、怪我の処置も慣れてんだ」

得意げに笑いながら救急箱から包帯を取り出すゾロを見ていると、何故だか鼻の奥がツーンと痛んだ。涙ぐみそうになるのを耐え、ドレークは口角を上げた。人前で表情を動かすのは本当に久しぶりだが、今の自分は目の前の子供に向かって不器用な笑みを浮かべられているだろうか。

「ゾロ、ありがとう」

ゾロはキョトンと目をパチクリした後、おう!と笑い返してくれた。









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