セリナの病

セリナの病

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目が覚めると、そこは知らない部屋だった。

ふわふわといい匂いのするベッドに、明るい色の家具たち。

ピンク調のアクセントで可愛らしく飾られた部屋は、恐らく女性の部屋であることを示していた。

昨日の自分が何か、過ちでもしてしまったのかと考えを巡らせるが、そもそも酒を飲むどころか、夜の、人が出払ったシャーレに缶詰で仕事をしていた私には、誰かと会っていたとすら考えにくい。

そうなると、誘拐だろうか。しかし、シャーレのセキュリティだってそう甘くはない。となると、そんな私を連れ出せる生徒は、思いつく限り1人だ。


"……セリナ?"


「呼びましたか、先生?」


"やっぱり……どうして、こんなことを?"


「すみません、先生。本当は疲労で気絶してしまった先生を休憩室に運んで、寝かせるつもりだったんですが……」


セリナはとても苦しそうに答える。

まるで、本当は望んでいないかのようだった。


「……その、少しだけ、魔が差して。見てしまったんです。休憩室の棚にあった、同人誌……? というのでしょうか」


どきり、と、心臓が跳ねる。

所謂ヤンデレというものが好きな私が、個人的な趣味で集めていた本。

年齢制限こそついていないものだったから、私は油断してシャーレにまで持ち込んでしまっていたのだった。


「その、先生は……ああいう女の子が好きなんでしょうか?」


"……まあ、好きだけど、あれはフィクションの中だから楽しめるものだと思う"


「そ、そうですよね。てっきり、私……すみません、早とちりでこんなことをしてしまって。まだ朝になってはいませんから、騒ぎになる前に帰りましょうか」


"いや、私こそごめんね。セリナに心配かけちゃったかな。確かにああいうのは好きだけど、今の仕事を放り出したいとか、そんな風に思い詰めてるわけじゃないからね"


「あ……はい、そうですね。……先生は、そう言う人ですもんね」


玄関前まで案内されたところで、セリナは立ち止まる。

後ろ姿ではわかりにくいが、少し俯いて、何かを思い悩んでいるようだった。


"……大丈夫? セリナ。"


「えっと、その……やっぱり、先生には言っておいた方がいいかもしれませんね」


もじもじと、少しだけ照れながら、セリナは私に向き直った。


「あの本を見た時、気づいてしまったんです。私の中に、そういう気持ちがあることに。先生が他の生徒さんのために無茶をするたびに、嫉妬……みたいなものが、湧き上がってくることに」


"……そこまで想ってくれてると思うと恥ずかしいけれど、でも、嫉妬くらいは誰にでもあるものなんじゃないかな?"


「私も最初はそう思ったんです。でも、夜のシャーレにこっそりと忍び込んで、先生を介抱した時、ゾクゾクして。先生の体調を気遣ってあげられるのは私だけなんだって思うと、どんな悪いことでもできてしまう気がして」


"それは……"


「だから……えっと、やんでれ、と言うのですか? もし、先生がそんな私の黒い気持ちを受け止めてくれたら、嬉しいなって思ってしまったんです」


"……そっか。セリナは優しいね。そんな気持ちを我慢して、私のことを尊重してくれたんだよね?"


きっと、それは『病み』なんかじゃない。

不安定な心が生んだ、少しの勘違いだ。


"相談してくれてありがとう。今は応えられないかもしれないけど……セリナの気持ちはちゃんと伝わったよ。これからは、セリナのその気持ちに、もっと真剣に向き合ってみる"


そう言うと、セリナはぱあっと笑顔を咲かせた。

そうして、私の手をぎゅっ、と握って……


「ありがとうございます! ……それじゃあ、その、失礼します、ね?」


そのまま力いっぱいに私を組み伏せ、押し倒した。


「本当は、もうずっと限界だったんです。それでも襲うのを我慢して、先生の気持ち、ちゃんと聞かないとって思って」


まずい。

見誤った。


「でも、私の気持ち、全部受け止めてくれるんですよね?」


生徒にしては、力は強くない。

本気を出せば抵抗くらいはできるだろう。


「ごめんなさい、我儘ですよね。本当は生徒とこんなこと、駄目ですもんね。でも、今日だけは、許して欲しいんです」


とても辛そうなセリナの顔を、拒絶することができない。


「私のことを止められない私を、許してください。この真っ黒な感情に、向き合うために」


“セリナ……"


わかったよ、とは言えなかった。

受け入れることも、否定することもしないまま、セリナの感情の形を確かめるだけ。


彼女の柔らかい唇が、優しく私を襲う。

朝が来るまでの短い時間、私たちはゆっくりと溶け合っていった。

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