セミファイナルアタック
Nera視線の先にある景色が歪んで見える。
それは真夏日に発生する光景だが、何でそうなるのか少年は分からない。
ただ、1つ言えるのは、滅茶苦茶暑い時にそうなるという事だ。
「あちい…」
少年は、酒場の女店主マキノからお使いを頼まれて帰って来る道中だった。
猛暑で顎を滴る汗がTシャツを濡らし、少しでも身体を冷やそうと試みる。
こんな暑さにも関わらずセミの鳴き声は衰える事を知らない。
そんな日常溢れる夏の一時であった。
「あついいい!!」
もうすぐフーシャ村に辿り着くのだが、あまりの暑さにイライラする。
脱水症状なのか、喉が渇いて身体の自由が利かなくなっている。
しかも湿気で蒸し風呂に閉じ込められたような感じだ。
「ルフィ、だから言ったでしょ!!水筒を持って行こって!!」
黒髪の少年ルフィの横に歩いていた少女が思わず叱責した。
あれほどみんなから水筒を持参するように告げられていたのだ。
それを無視して隣町まで歩いて行った結果がこの有様だ。
「喉が渇いた。水…」
「もうしょうがないわね。私の水筒を貸してあげる。少しだけ飲みなさいよ」
「ありがと…」
紅白のツートンカラーという目立つ髪型の少女ウタは、ルフィに水筒を貸した。
さすがに見てられなかったし、少年の御守りを自負していた彼女は想定内であった。
水筒をもらったルフィは、返答する元気もなかったようですぐに水筒の蓋を開けた。
口につけて「ゴクゴク」と水を喉に流し込み、飲み込む度に喉が震えた。
「ぷは!!ありがと!!」
半分以上あった水を飲み干したルフィは、水分を得て復活したようだ。
元気が戻った彼は一部始終を観察していたウタに水筒を返した。
「全部飲むんじゃないわよ!!」
「だって喉が渇いていたんだぞ!!」
「じゃあ、私が代わりにミイラになれって言うの!?」
「ミイラって何だ?美味いのか?」
「別に美味しくはないけど」
予想していたとはいえ実際に水を飲み干されたウタは抗議した。
ルフィも負けじと反論をするが、どっちが悪いのかは明確だ。
この暑さで口論する気が無い彼女は、話題を変えると少年は単語で疑問に思う。
「お前、何でも知ってるんだな」
「あんたと違ってずっとこの広い海で冒険してきたんだから当然よ!!」
ウタの両親は、この世に居ない。
皮肉にも故郷を襲った海賊は、同業者によって海の藻屑となった。
彼女の育ての親は、赤髪海賊団を構成している古株メンバーだ。
そんな彼女は、7年以上航海しており、本や会話から意外と知識がある。
ルフィはその話を聴いて海に興味を持った。
「海ってそんな面白いところなのか?」
「いつ死んでも可笑しく居ない過酷な世界だけど、いいとこだよ」
「例えば?」
「雪が一年中降る冬島があったり、深海に王国があったりするの!!」
ルフィにとって海は、爺ちゃんであるガープがやってくる場所と認識していた。
ところが、ウタの話を聴いていて海に出て冒険したいと思い始めた。
音楽を奏で仲間と一緒に冒険するのが愉しみになって来た。
「海賊になりたい」
「あんたが?」
「そうだ!!」
「ふーん」
ただ、ウタの反応が他人事なのが気に入らない。
まるで本気にしていない感じで悔しかった。
「今のあんたじゃ無理よ。あと10年待ちなさい」
「お前だって子供じゃねェか!!しかも正式な海賊じゃねェじゃん!!」
「あんたより2歳年上でずっと冒険してるの!!あんたと違う」
ただ、ルフィの負け惜しみがウタの怒りを買った。
水筒の水を全部飲まれた件もあり絶対にどっかでギャフンと言わせたい。
そう思った矢先、彼女はそのきっかけを作れそうな物が落ちているのを発見する。
「どうしたんだウタ?」
「道端にセミが落ちてるの」
道のど真ん中に6本の脚が開いたセミが仰向けに転がっている。
近くには、葉が生い茂る大木があり、寿命で幹から落ちたのか。
それはセミ本人しか分からないが、ウタはこれを見て閃いた。
「ねえルフィ、近くの茂みにセミを退かしてあげようよ」
「なんで?」
「道のど真ん中に転がっているなんてかわいそうじゃない?」
「そういうもんか?」
田舎と田舎を結ぶ細道、人通りがほとんどなく当然、舗装されていない。
草を踏み分けて細かな石を取り除いた程度である。
なのでセミを退かすというウタの発言がルフィに理解できなかった。
男と女の感性の違いを嫌でも実感する出来事である。
「あーれ?もしかしてセミが怖くて触れないの~?」
「なんだと!?」
するとウタがルフィを煽って来た。
当然、バカにされたルフィはムキになって仰向けのセミに向き合う。
「分かったよ!!退かせばいいんだろ!!」
「無理しなくていいのよ」
「ムキー!!まったくおれが「ジジジジ!!!」ぎゃああああ!!」
いざセミを退かそうと触れた瞬間、いきなり羽を振るわせてセミが動き出す。
死骸だと思って油断していたルフィは情けない叫びをあげて尻もちをついた。
それを見届けるかのようにセミはどこかへと去ってしまった。
「なんだったんだ…ん?」
びっくりしたルフィであったが、ウタが声をあげなかったのに違和感があった。
何故なのかと彼女に振り向くと、なんと口元を手で抑えてニヤニヤと笑っていた。
ここでルフィはウタに嵌められたと理解した!
「ウタ!!お前、分かってておれにセミを触らせたろ!?」
「あはははは!!」
「笑うな!!」
ルフィは地団駄を踏んで抗議をするが、ウタは笑い続けた。
そして笑い終わると彼女は胸を張って返答をする。
「気付かないあんたが悪いのよ!」
「なんだと!!」
「こうやって知識がないと酷い目に遭うって分かった?」
怒り狂うルフィであるが、決してウタに危害は加えない。
初めてできた友達であり、ライバルで仲が良い女の子に依存している。
今の出来事も人生に活かそうと、体験で成長する少年は口ほど怒っていない。
「種明かしをするね!セミが死んでるか見分ける方法は…すなわち倒れ方!」
「倒れ方?」
「仰向け…つまり脚を開いて寝そべっているセミは生きている可能性があるの」
「なんで?」
「説明が難しいけど、死んだら自然と脚を閉じるもんなのよ」
「ふーん」
ウタの説明を聴いてもルフィは原理が理解できなかった。
ただ、彼女は実際に地面に転がってセミの死に方を再現していた。
心中ではルフィを認めている彼女は身体を張って彼に知識を伝授している。
そのおかげか、彼は生存しているセミの見分け方を一発で理解した。
「これで少しは暑さが紛れたでしょ」
「でもよ、ウタが砂だらけになっちまったぞ」
「どうせ風呂に入る予定だったからこれくらい平気よ」
「そうなのか」
「そうなのよ!」
ルフィにとってウタはいつも自分と本気で向き合ってくれる相手だ。
少しでも挑発すれば、すぐに勝負を仕掛けてくるので寂しさを感じさせない。
赤髪海賊団に入団したい理由の半分以上がウタと一緒に居たい気持ちである。
「さあ行こう!」
「ああ!」
ウタに手を引っ張られたルフィは気を取り直して歩き出した。
しかし、何でセミについて詳しいのか気になり始めた。
「なんでセミの見分け方を知っているんだ?」
「昔、さっきと同じことをシャンクスにやられたの」
ウタはシャンクスに煽られて転がっていたセミを触った結果、驚いて泣いた。
それだけなら良かったのだが、ショックで失禁してしまい大惨事となった。
当然、それを知った赤髪海賊団がシャンクスをフルボッコにしたのは記憶に新しい。
だからセミに驚くルフィの様子を見て…強い子だなと心の中で思っていた。
「シャンクスってそういうとこあるんだよな」
「でも飽きはしないでしょ」
「そうだな!」
ウタとルフィにとってシャンクスという海賊は憧れの存在である。
どこか気楽な感じで頼り無さそうに見えるが、決める時は決める漢。
そしてなによりも強いのに子供っぽいので距離感が近くて接しやすい。
だから彼らは、シャンクスに甘えて彼と一緒に居るのが大好きである。
「私の父親で自慢の船長なの!!羨ましいでしょ!!」
「うん…そうだな」
「あっゴメン」
ルフィは父親どころか両親の顔を知らない。
それに気づいてしまったウタは素直に謝罪して話の話題を変えた。
「もう少し強くなったら私がシャンクスに船に乗せる様に頼んであげる」
「ホントか?」
「もちろん!あんたがフーシャ村で人生を終えるなんてもったいないもん!」
ウタには夢がある。
赤髪海賊団と様々な島を巡って歌を歌って一緒に過ごす事だ。
その夢の中にルフィと一緒に冒険するというのも含まれつつある。
「そっか!じゃあ!」
「でも今はダメ!」
「えええ!!なんで!?」
「今のあんたは弱いもん」
「弱くねぇぞ!!」
ルフィはウタの発言に希望を持ったがすぐに発言を撤回されて戸惑う。
しかも弱いと言われて男のプライドに火を付けられて必死に抗議する。
「女の子の私に勝てないあんたが海賊になれるわけないでしょ!!」
「何を!?」
「私を守れるほど強い男にならないと海で野垂れ死ぬだけよ!」
「ぐぬぬぬ!」
ウタはルフィの成長を認めているが負けず嫌いなので口には出さない。
もっとすごい人物になると期待しているからこそ辛辣な発言をする。
シャンクスも同じことを思っているので似た者親子と言える。
「悔しかったら私に追いついてごらんなさい!!」
「ああ、負けねぇぞ!!」
「先にフーシャ村に着いた方が勝ちね!」
「その勝負乗った!!…っておい!?」
どっちがフーシャ村に着くか競う事となった。
ルフィはその勝負に乗ったが既にウタは走り出していた。
その光景を呆然と見るルフィだったがすぐに彼女の背中を追う。
「待て!」
「あはははは!!」
フーシャ村の駆けっこは…体力が勝るルフィが勝つと思われた。
だが、予期せぬ出来事によって…。
「ウタ准将、投降してくれないかねぇ~!」
ようやくウタは自分の置かれた状況を理解した。
儚い幼少期の記憶は薄れ目の前にある現実へと戻って来た。
「誰が投降するもんですか!!」
ウタは右手の親指を立て地面に向けて断固拒否をするポーズを取った。
大将黄猿から投降勧告をされても、彼女は死んでもするつもりはない。
というか防音装備をしている時点で話を聴く気が無いのは明白だ。
「早くしないとルフィ大佐が死んでしまうよ~」
「あんたたちがルフィを重傷に追いやったじゃない!!良く言うわ!!」
准将だった歌姫のウタは、味方であるはずの海軍に追われていた。
チャルロス聖という天竜人に無理やり伴侶にされるところをルフィに救われた。
しかし、天竜人に危害を加えたせいでお尋ね者となりここまで逃げて来た。
だが、悪運も尽きて、さきほどまで激戦を繰り広げて彼らは敗北した。
死にかけてもウタを守ろうとしているルフィは必死に彼女に抱き着いている。
「ウタ…」
「ルフィ、あんたって奴は…」
お尋ね者を追い詰めた黄猿であったが、一つ問題が発生した。
天竜人にウタを無傷で生け捕りにしろと命じられたせいで身動きが取れないのだ。
ルフィがウタを庇っているせいで下手に攻撃すると彼女に被弾する可能性がある。
そしてウタ自身が海軍本部の将官クラスの実力者なので戦闘を避けていた。
だからこそ、黄猿は表向きは投降勧告をし、隙を見て拿捕をするつもりだった。
「セミ…」
「セミ?」
「おれは…セミみたいに…死ぬまでウタを…」
「そっか」
ウタはルフィが死にかけた影響で現実逃避をし、幼少期の出来事を振り返っていた。
そのおかげでセミという単語からあの出来事を彼が言っているとすぐに理解する。
つまり、あの死にかけたセミが最後に見せた抵抗をルフィがしているのだ。
自分を守れるほど強くなった幼馴染は文字通り死ぬまで盾で居る気だ。
「ふふん♪」
それに気づいたウタはルフィに向けて鼻歌を歌った。
すると、彼はあっという間に瞼を閉じて意識が途絶えた。
それを確認した歌姫は深呼吸をして海兵たちと向き合う。
「あははははははっは!!!」
突然、ウタが狂ったように笑い出して黄猿率いるウタ捕縛部隊は困惑した。
思わず数名の海兵が防音装備を外して彼女に理由を問いかける。
「ウタ元准将!!何で笑っているんですか?」
「……ねえ【セミファイナル】って知ってる?」
何故かセミに関して質問を返された海兵たちはお互いの顔を見る。
意図が分からず、もう一度彼女の方に向き合うと違和感を覚えた。
「知ってる?セミって一回、地面に落ちただけじゃ死なないの」
「だから時折、死骸と思って触るとセミが動き出す時があるの」
「まあ、最後の輝きと言えるけどそれってセミの生涯の集大成だと思うの!」
いきなりセミに関するウンチクを話されて海兵たちは更に混乱した。
一方で隙ができたと感じた特殊部隊は密かにウタに近寄っていく。
「だから私はセミの様に死ぬまで抵抗するわ!!」
それを聴いた海兵たちは大慌てて彼女に駆け寄っていく。
だが、遅すぎた。
彼女が常人には聴き取れない呪言を唱えて歌い始めた瞬間、異変が起こった。
黒い靄がウタとルフィを包み込んだ代わりに何かが出現した。
「困ったね…まさかここで歌うとは…」
黄猿は後悔したが後の祭り。
とりあえず総攻撃を指示したが、結果は既に分かっている。
『トットムジカ!!私とルフィの血肉をもって思う存分に暴れなさい!!』
ウタは自分とルフィの肉体を生贄にして魔王トットムジカを現世に出現させた。
ウタウタの能力者がトットムジカという楽曲を歌うと出現する魔王。
それは、ウタが創り出すウタワールドと現世に同時に出現する。
負の感情の塊である化け物は、二つの世界で同時に攻撃しない限り倒せない。
「ルフィ!!あんたを1人にさせないわ!!私も一緒に逝ってあげる!!」
ウタは前もって死にゆくルフィを鼻歌でウタワールドに意識を誘致した。
他には創造主であるウタ以外に存在しない。
だって海兵たちは自分から拒絶したのだから!
そしてトットムジカは、ウタワールドからも攻撃しないと無敵のままである。
ウタはルフィと一緒に永遠の牢獄に閉じ籠る代わりに現世に置き土産を残したのだ。
「うわああああああ!!」
トットムジカが放った熱線ビームで海兵たちは次々と骨まで焼き尽くされていく。
黄猿は本気でトットムジカを攻撃するが、全くダメージを与える事は出来ない。
次々と自分の部下が虐殺されていくのを応戦しながら見るしかできない。
それを祝福するかのように楽しそうな歌姫の歌声が鳴り響く。
「ばけもんがああああ!!」
「撃て!撃て!!」
「ダメだ!!効かねぇ!!」
軍艦の砲撃を無効化したトットムジカは、お返しとして荷電粒子ビームを解き放つ。
砲手は、得体のしれない化け物の口から光が見えたと感じた瞬間、意識が消滅した。
彼らにとって幸いなのは、痛みすら感じずに即死できた事だろう。
軍艦10隻と乗員をこの世に存在した痕跡を残さないほどの大爆発が飲み込んでいく。
唯一の生存者である黄猿は、率いた部下が全滅したのをこの目で確認してしまった。
「窮鼠猫を嚙むというが…これはやり過ぎ…」
【どっちつかずの正義】を掲げる黄猿は職務に順応であるが、情自体はある。
そのせいで地面に着地した黄猿は部下を失ったショックで動きが止まった。
それがいけなかった。
爆発の余波で発生した津波が彼を飲み込んでそのまま海底へと導いていった。
こうしてウタのセミファイナルアタックは目撃者を皆殺しにする事に成功した。
「私はウタ!ルフィだけの歌姫でお嫁さんなの!!」
「おれはルフィ!ウタと結婚して冒険する海賊だ!」
「「ずっと永遠に!!一緒に居るんだ!!」」
ウタワールドに閉じ込められたルフィとウタは永遠に冒険をする。
死という概念すら失った彼らは、お互いの意識が混じり合って闇へと消えていった。
黄泉の国へ行けないせいで輪廻から外れた存在はトットムジカと共にある。
ウタとルフィの歌声を響かせながら魔王は自分の誕生を祝う為に大暴れをした。
それは全世界にとっては悲劇であるが、魔王と一体化したセミたちは羽を震わせる。
まるで自分の存在を世界に知らせる様に。
END