セフィロスの疑問
uekiya自室のドアが突然開かれ、ソファで本を読んでいたカズヤは顔を上げた。セキュリティの関係上、本人以外には開けられないドア。それが勝手に開いた理由は一つしかない。
「カズヤ、だだいま!!」
同居、もとい同棲している相手であるセフィロスが帰ってきたのだ。それにしたってノックぐらいはしてほしい。軽く息を吐いて本を閉じる。満面の笑みを浮かべるセフィロスには若干の違和感だ。いつもなら真っすぐにカズヤのもとへ向かってくるのだが、今日はどこかワクワクとした表情をしている。
「……おかえり」
最低限の挨拶をすることは同棲するときに決めたルールだ。お互い自分勝手なのを理解しているからこそ、そこだけは守ろうと決めたルールは他にもいくつかある。
にこにことしているセフィロスはリビングの入口に立ったままで、まるで待てをされている犬のようだ。このままカズヤが何も言わなければずっとそこにいるのだろうか。あまりにも面倒で、カズヤはそこに時間をかけようとは思わなかった。
「何かあったのか?」
カズヤの言葉を聞いてセフィロスは歩き出した。端的に言ってしまえばそれは許可だ。言葉の裏に滲むのは、今日は遊びに付き合ってくれるということ。それならば遠慮はいらない。セフィロスはカズヤのいるソファへと近づきながら、とんでもないことを口にした。
「使っていないと陰茎が小さくなると聞いたが本当か??」
「んぐッ!?」
予想外の言葉にむせこんで、カズヤは背中を丸めた。ゲホゲホと咳をするその左横に、いつの間にか座っていたセフィロスがいる。心配そうに背中を撫でてくれるが、そもそもの原因は彼の不用意な一言だ。
「はぁ……それで、一体何の話だ……?」
ようやく落ち着いてきた呼吸をゆっくりと繰り返しながら、やや上にあるセフィロスの顔を見上げる。本を読むのにかけていた黒縁の眼鏡を外しながら、カズヤは回答を待った。
「言葉の通りだが。そういった事実があると本に書いてあった。気になるから見せろ」
「……毎日見ているだろうが」
「それはそうだが、認識してから見ると違うだろう?いいから見せろ」
別に見せることに対して抵抗は無い。そんなことは今更で、生娘のように恥ずかしがる気持ちも無い。先程カズヤが言ったとおり、毎日ベッドで睦みあっているのだ。ただ、そういう目的でもないのにセフィロスの言う通りに下半身をさらけ出して観察されるのは抵抗しかなかった。
「断る」
「何故だ」
「嫌だからだ」
率直に言ってしまえばそれしか理由は無い。だがセフィロスは納得してようで、不満がありありと顔に出ている。掴まれた左手首がぎしと嫌な音を立てる。これは無意識だろうが、どうやら強硬手段に出るようだ。視界がぐるりと回り、ソファに押し倒される。背中から伸びてきた触手がカズヤの衣服を脱がそうと蠢く。
「っおい、やめろ!!」
抵抗しようと腰を浮かせたのが致命的なミスだった。その僅かな隙をセフィロスが見逃すはずもなく、スラックスが抜かれて拳は男の頬を打った。
力の入っていない打撃などなんの意味もない。ただ下半身を裸にされた情けない姿だけがあった。
「……これは、勃たせた方がいいのか?」
「知るか!!」
伸びてくる手を振り払い、筋肉で上半身を跳ね上げて思い切り頭突きをする。触手の拘束が緩んだところにもう一発くらわして、沈没したセフィロスの隣にスラックスを引き上げてカズヤは再びどっかりと腰を下ろした。別にケンカをしたいわけではないのだ。
「そもそも比較対象がないからわからんだろう」
「ん、そうなのか?」
「……使っていないというのは何を指すんだ。普通に考えればセックスのことだろうが、自慰は含むのか?射精すればそれは使っていることになるのか?そんな曖昧な定義で好奇心を満たそうとしたところで中途半端になるだけだ」
一息に言ってしまえばセフィロスは何かを考えるように黙り込んだ。頭の良い男だ。妙な熱に浮かされておかしな行動を取ることはあるが、馬鹿ではない。
やがて銀髪がサラサラと流れ落ちて、セフィロスの細い深呼吸が聞こえた。
「ふぅ。すまない、そうだな。つい試してみたい気持ちが先にきてしまってな」
「気になる学説を見たら自分で確かめてみたくなるのはわかるが」
「ああそうだ。……つまり、ここから観察していけばいいということだな」
「は??」
ぐるりとこちらを見つめる青色は、またも熱に浮かされてぼやけている。カズヤは痛み出した頭とともに呻いた。
「もうお前はそれを使うことはないだろう?ん、自慰も禁止だ。射精するのもよくなさそうだな。これからはメスイキだけをするようにしよう。そうすればだんだん小さくなっていきそうだな」
思わず殴りそうになってしまった拳を膝の上でぐっと堪えた。なんなんだその理論は。何故それに付き合わなければいけないのか。唇を噛んで睨みつけたその表情を、なんと勘違いしたのか。世の女性が倒れてしまいそうなほどの笑みを浮かべる。
「心配するな。お前の陰茎が使い物にならなくなっても大丈夫だ。私がずっと傍にいるからな」
「っっ……!!ふ、ざけるなぁぁああ~~!!」
一瞬絆されそうになってしまった顔面の力が気に食わない。言っていることは大変下品なのだが、様になってしまうのは美形の特権だろうか。
そして今度こそカズヤは拳をその美しい顔に向かって振り抜くのだった。