セバスチャンは三日くらい悩み続けたという
「アルバス・ダンブルドア、少しいいか?…話がある。」
その日の授業が終わり、いつものように”必要の部屋”へと向かおうとしたアルバス・ダンブルドアに声をかけたのは、彼と同じ一年生の…スリザリン寮の男子生徒だった。
(…とうとうこうなる日が来たか。)
どことなく険しい眼差しのスリザリン生に、気を引き締める。
アルバスが所属するグリフィンドールとスリザリンは仲が良いとは言えなかった。
個人単位ではそういうわけではないが、寮全体の雰囲気でいえば、両者は対抗心を剥き出しにしていたのだ。
ましてや”ホグワーツ創立以来の天才”と呼ばれるグリフィンドール生など、
スリザリン生からすれば煩わしいことこの上ないだろう…そうアルバスは判断していたのだ。
どんな敵意のある言葉が来ても冷静でいられるように…アルバスが身構えていると…
「お前いや君に…頼みがあるんだ!」
「………へ?」
見事なお辞儀をしてくるという予想外の展開に、思わず気の抜けた声が出てしまった。
晴天のある日、スリザリンの一年生は同寮・同級生の友人と一緒にホグズミードへ続く道…から少し離れた水辺に来ていた。
ある天才が魔法薬学の教授に絶賛されたのを見た彼らは、負けてられない!と授業以外の時間でも魔法薬を造る練習をしていた。
しかし回数を重ねれば薬の素材は減ってゆく。
植物などは学校の温室などで調達できるし、動物の皮などはまだ扱うことは許されていない。
足りなくなったのは、ヒルの汁だ。これを取りに水辺に訪れたのだが…
「ここで待っていろ、僕が取ってくる…!」
その時に同級生の帽子が飛ばされて川の近くに落ちてしまった‥‥正確には川の近くにいたダグボッグの傍に、である。
その帽子が入学祝の品であることを知っていたスリザリン生は、怯える同級生を手で制し、ダグボッグへと慎重に近づいていった。
彼には彼なりの勝算があった。
彼の両親はホグワーツの卒業生であり、かの地が決して安全な場所でないことを知っており、”学園を取り囲む危険”を息子に説明していたのだ。
「レヴィオーソ!」
自身とダグボッグとの間にある流木を浮かせる、鈍重で真正面しか攻撃できないダグボッグへの障害物、彼が今できる精一杯の対処法がこれであった。
(よし…もう少しでアクシオが使える!)
眼前の魔法生物を警戒しながらも集中力を高めていく…あとは物体引寄呪文で帽子を取るだけ……そのはずだった。
「危ない!」
「なっ‥‥!?」
後ろに下がっていた友人が叫んだのと、真横からもう一匹のダグボッグが出てきたのを確認したのはほぼ同時だった。
予想できなかった脅威に集中力は霧散し、かけていた浮遊呪文すら解けてしまう。
二匹の魔法生物を前に、最悪の事態が頭をよぎり、それでも屈指はしないと歯を食いしばる‥‥その時だった。
「レヴィオーソ!ディフィンド!!」
自分と友人以外の声が唱えた呪文が、今しがた自分の命を奪おうとした魔法生物の命を瞬く間に奪った。
「大丈夫!?‥‥怪我はないみたいだね。」
そう身を案じてくれる声に振り向いた時に見たのは‥‥
「パジャマ姿のあの人がいたんだ、帽子を片手に持ってな。あの一瞬で私を救い、帽子まで確保してくれていたんだ…まるで夢を見ているようだったよ。」
「それ、ギャグで言ってるんじゃないよね。」
どこか浮ついた表情のスリザリン生にアルバスは冷静にツッコミを入れた。
話を要約すると、命を救ってくれた”パジャマ姿の七年生”に面と向かって礼がしたい、それがスリザリン生からの頼みだったのだ。
そこでアルバスは、もはや溜まり場と化した”必要の部屋”へとこの同級生を連れてきたのだ。
「なんだよ、あいつ…下級生の前でかっこつけて、僕にもやらせてくれよなぁ。」
「君は十分に下級生の人気者だろ、セバスチャン。この前の防衛術の授業で大立ち回りをしたそうじゃないか。」
スリザリンの少年の話を聞いていたのはアルバスだけではなかった、彼と同じスリザリン寮に所属するセバスチャン・サロウとオミニス・ゴーントだ。
いきなり大勢の最上級生に囲まれるのは困るだろう、そう思ったアルバスはまず先に彼らを紹介したのだった。
「それで、その、あの人はどちらに?」
「あいつだったら、そこにある飼育場にいるよ。パフスケインが赤ん坊を産んだんだ。」
「ここに来る一年生はもう一人いてね。その子が見たいと言って案内して「あ~~!君、この前の子でしょ!!」おっと、ヒーローのお出ましのようだ。」
飼育場からでてきたのは、オーバーオールに長靴姿とまるで農家のような出で立ちをした女性であった。
体中についていた泥は、セバスチャンのゴシゴシ呪文よって綺麗に取り除かれた。
「憶えていてくださったのですね!」
「もちろん!こう見えて、人の顔と名前を覚えるのは得意なんだ。」
「あの、これお礼です。この間は本当にありがとうございました!」
「ありがとう!うわぁ、レモンキャンディ!!」
「ホグズミードで定期的に購入していらっしゃると聞いて…。」
それは僕が好物と言ったから…口元まできた言葉をアルバスはすんでのところで飲み込んだ。
あのスリザリンの一年生の話を聞いてから、モヤモヤとしたものが胸の中に渦巻いているような気がしてならない。
パジャマ姿の先輩と話している様子を見ていると、そのモヤモヤがさらに増えてきているような錯覚さえ覚える。
「おいどうするだいセバスチャン。このままだと、この居心地の良い空間が修羅場になるぞ。」(ヒソヒソ)
「う~~ん。付き合いが長いのはアルバス坊やだけど、同じ寮の後輩を応援してやりたい‥‥心が二つある~。」(ヒソヒソ)
後ろで聞こえてないつもりの先輩二人にもイライラしてきた。
こういう時は動物に癒されよう、そう決めたアルバスが飼育場に行こうと立ち上がると、あのスリザリンの一年生がこちらへ近づいてきた。
「ありがとう、アルバス・ダンブルドア。きみのおかげであの日のお礼ができたよ。」
「え、ああ…いや、お礼をいわれるほどのことはしてないよ。」
またしてもキレイなお辞儀をしてくるスリザリン生。
礼儀正しい少年だ、そんな彼に対して自分は…思わず脳内反省会を開きそうになるアルバス、すると…。
「実は言うと…さっきの話には続きがあるんだ。それを…聞いてほしい。」
「え…?」
「もう、そんなにお礼言わなくていいよぉ。後輩を助けるのは先輩の務めなんだよ、だから気にしなくてもいいんだ。」
今しがた助けたばかりの下級生二人にしきりに頭を下げられたパジャマ姿の七年生は、目線を合わせる様にしゃがむと
手をそっと添えて、二人の頭を上げてから、ポケットから菓子をだして振舞った。
「それにしても、君は勇気があるねぇ!僕が初めてダグボッグに対面したときは、あのトカゲカエルが気持ち悪くってさぁ…どうしたの?」
先ほど見せられた一年生の雄姿を褒めるも、その本人は浮かない顔をする
今の言葉が不服だったかのように。
「いえ、その…。」
「僕、気に食わないこといった?気にせず話してよ。後輩に嫌われたままなんて嫌なんだ。」
「そんな、嫌いだなんて!私はあなたを心から尊敬しています!」
勢いよく否定した一年生は、打って変わっておずおずと話し始めた。
「勇気がある…というのが、気になったのです。私はスリザリンなのに…まるでグリフィンドールのように扱われたように感じて…。」
「……ちょっと今から長話するんだけどさ、良かったら聞いてくれないかな。」
「? はい、わかりました…。」
ホグワーツでは入学する際に、組み分け帽子で寮に分けられるでしょ。
その子がもつ素質を読み取って…
でもね、僕は思うんだ。スリザリンに組み分けられたからといって、優しさや知的好奇心そして勇気がないわけじゃないって。
それはグリフィンドールもハッフルパフもレイブンクローも、きっと同じだ。
ホグワーツに来た人間は、全員が四つの寮全てが求める素質を持ってるいるんだ。
ただ、どの素質が一番強いかって話なだけで…
「魔法薬を造る練習をする勤勉さ、友達の為に立ち向かった勇気と優しさ、なによりも…目の前の脅威に持てる手段を振り絞った機知と決心。」
「君は真のスリザリン生だね!!」
「そう言われた時、私は嬉しかったのだ…。スリザリンだけではない、他の寮生たちに通じる素質が自分の中にもあるのだと言われたのが…。」
そこまで言うとスリザリンの一年生は俯き、声が小さくなっていった。
「それで、その…思ったのだ。他の寮生と通じるものがあるなら…その、友達というか、仲良くなれるのではないかと…。」
「それって‥‥」
「今日、ここに連れてきてもらったのは…あの方にお礼をするだけでは、ない。…アルバス・ダンブルドア、君と…その、親しく、なれたらいいなと…。」
耳まで真っ赤にしたスリザリンの一年生。
そんな彼にアルバス・ダンブルドアは…
「…アルバスだ。」
「え…?」
「アルバスでいいよ。いちいちフルネームで言うのもメンドクサイだろう?友達なんだからさ。」
「…!ああ、ありがとう!!」
「今度、その友達のスリザリン生にも会わせてくれよ。」
「勿論だとも!あいつは良いやつだ、私が保証する。」
手を伸ばしあい、かたく握手を交わす二人の一年生。
その顔には、寮同士の敵対など微塵も感じさせなかった。
そして二人は飼育場へと、産まれたばかりのパフスケインの赤ん坊を一目見ようと駆け出していく。
やがて、飼育場の方からは三人の幼い魔法使いの声が響き渡ってくるのだった。
「う~~~ん。付き合いの長さか、同じ寮のよしみか…。」
「オミニス、セバスチャンは、さっきから何に唸っているの?」
「気にしないでくれ、余計なお世話としか説明のしようがないことなんだ。」