セイレーン、再会

セイレーン、再会


「ゼハハハハ!!流石"セイレーン"と七武海に名を連ねただけはあるなァ歌姫ウタ!!」


グランドライン前半、エレジア。

かつて音楽の国として栄え、そして今は廃墟しか残らぬこの島は、

先程までの三つ巴の戦いの跡があちこちに見えた。

港やあちこちの海辺に停泊する軍艦と丸太のついた海賊船が、先程まで激しく発生していた振動の余波で未だ揺れている。

ところどころが砕けた巨大な骨の真下にあるスペース、

そこに戦いの主格と、眠り続ける大勢の海賊海兵がいた。


「…ゲホッ…離して…!!」

「そりゃ出来ねェ相談だ…そうだろ"英雄"コビー!!」

闇の渦巻く巨漢の手に喉を掴まれる歌姫と、

そのそばで膝をつく英雄。

この場で目を覚ましているのは、その場の三人と少しの海賊、そして一人の民間人のみだった。


「どう思う?おれが手を離せば、こいつらは起きると思うか?」

四皇、黒ひげマーシャル・D・ティーチが辺りを見渡す。

周辺一帯は、寝息を立てて倒れているものばかりだ。

中には海軍中将も、インペルダウンレベル6の猛者もいる。


「…うちの海兵も…解放してもらわないと困ります」

「…あんた達が大人しく帰るなら…そうしてあげてもいいけど…?」

喉を抑えられている中、必死にウタが声を絞り出す。


「嘘だな…!!手を離せば、お前はすぐに『それ』を歌う、違うか?」

黒ひげが見る先には、ウタの左手に握られた4枚の古い楽譜。

「…ゴードンさん、あれはやはり…」

コビーがそばで負傷し倒れているゴードンに声をかける。

ウタが黒ひげの手に落ちたのは、攻撃の余波で負傷したゴードンと、それを助けたコビーを見て動揺してしまったからだった。


「ウタ…それは、その楽譜だけは…!!」

「やはりこれがトットムジカか…なら尚更無理だな!!」

黒ひげと海軍両方が直面した問題は、ウタの能力の解除方法だった。

基本、ウタ自身が歌で解放するか、眠るしかない。

しかし前者はこちらが眠らされる可能性も、トットムジカを発動される恐れもある。

ならば後者しかないが、それも防がれていた。


「大した覚悟だなァ歌姫!!まさかおれ達を道連れにしようもするとは、なァ!!」

「あぐ……!!」

より締め付ける力を強める黒ひげ達から離れたところに、ポツンと置いてある籠。

その中に入っている、桃色のキノコ。


「まさかネズキノコなんて用意してたとは…こうなるならドクQを連れてくるべきだったぜ」

ネズキノコ。

食えば最後眠れなくなる上死に至る猛毒。

この場には解毒薬も、用意できる優秀な医者もいない。

これによって、もう一つのウタウタの解除法は潰えていた。


「困った…惜しいが殺すしかないな」

「!!待ってください、犠牲者が多すぎる!!」


苦労して得たはずの船員を簡単に切り捨てることができる黒ひげ。

味方を見殺しにすることなどできないコビー。

両者の言い争いをどこか遠く感じながら、ウタはそれまでを思い返していた。

自分はこのまま死ぬのだろうか。

出来たことといえばせいぜい四皇幹部を道連れにした程度。

結局得られた立場も消え、一人の海賊として孤独に死ぬのか。


この前の新聞、一面に大きく飾られた幼馴染の顔が思い浮かんだ。

どこまで言っても政府の犬だった自分と違い、ルフィは五番目の皇帝の異名を得た。

かつて二人で憧れたあの背中に、あと一歩のところまで迫っているのだ。

…きっとこのまま、あいつは新時代を目指して突き進むのだろう。

それが出来る男なのだと、昔からなんとなくの確信はあった。


…それと比べ、自分は何も得られなかった。

地位も失い、仲間もなく、果たしたかったことも出来なかった。

ルフィへの少しの嫉妬とそれ以上の羨望…

そして何より、思い浮かべていたのは


(……シャンクス…)




「その手を離してもらおうか、黒ひげ」

「……あ?」

「…え……」


誰も気づけなかった。

四皇に名を連ねる黒ひげも。

海軍でも特に見聞色に特化したコビーも。

同じく見聞色を磨いていたはずのウタも。

黒ひげの背後で剣を突き立てるその男の接近に気づけなかった。


「……見聞殺しか…大したもんだなァ……」

黒ひげが笑みを浮かべながら、後ろを振り向いた。


「………"赤髪のシャンクス"!!」


「赤髪のシャンクス〜!!?」

「提督と同じ"四皇"〜!!?」

コビーと海賊達が驚愕する。

前半の辺境に、海の皇帝のうちの二人が揃い踏みしていた。


「一体どういう要件だ?オメェほどの男がこんなところで」

「…言ったはずだ、その手を離せと」

グリフォンを手にシャンクスが睨みつける。


「…何が目当てだ?ウタウタか?トットムジカか?」

とぼける黒ひげだが、実際のところは察しがついていた。

この島のかつての事件と目の前の歌姫。

この2つを結びつけるのは容易だった。


「おい英雄コビー!!そこにあるそれを一個こっちに投げてくれよ!!」

黒ひげがコビーの横に転がるそれを見る。

そこには、海軍の用意した特殊なバイザーがあった。

ウタウタの力を防ぐためのものだ。

「……っ!!」

苦い顔をしながらも、コビーがそれを投げる。

黒ひげの意図をなんとなく察したからだ。

それと同時に、己の分を再び起動させる。


「ゼハハハ…少し小さいがまあいいか…」

そう言うと黒ひげがウタの片手の楽譜を奪い取り、

それからウタ本人を離して数歩避ける。

解放され咳き込むウタにシャンクスが駆け寄った。

「…大丈夫か?」

覗き込んだシャンクスの顔に、返事かわりの未だ酸欠で意識が朦朧としたままのウタの拳が振られた。


「…何、今更…!!散々放置して…!!」

口から恨みの言葉が出る。


「ほんとに危なくなってやっときて…何が目的なの?能力?」

その光景を、コビーは複雑な顔で見ていた。


…SWORDとして作戦に参加したコビーは、ウタのことをよく知らない。

赤髪のシャンクスとの関係があったことも始めて知った。


…だが、二人がかつてどんな関係だったかはなんとなく察せられた。


「今更…!!何年も何年も放置して!!」

ネズキノコで狂暴化したウタが拳とともに吠える。

…だが、コビーの見聞色は、そこに乗せられた感情を正しく感じ取っていた。

やがて、疲れ切ったのか拳が上げられなくなる。


「私が……今までどんだけ……」

やがて隠しきれなくなった感情がウタの瞳から零れ落ちる。

それを見たシャンクスが、より強く片手でウタを抱きしめた。

「…すまなかった、遅くなってしまって」

「…!!シャンクス……!!」

四皇の胸の中で泣く一人の少女を、コビーはただ見ることしか出来なかった。


だが、ここで痺れを切らした男がいた。

「…ゼハハハ…やっぱり縁があったのか赤髪…だが」

黒ひげが闇を背に纏う。

それに合わせ起きていた海賊達が武器を取る。

「おれもただで帰りたくはねェんでな…せめてそいつの能力くらいはいただくぞ」

闇の中に奪い取った楽譜をしまい込みながら黒ひげが迫ろうとする。

コビーも立ち上がろうとしたとき…シャンクスの纏う空気が変貌した。


「…こいつは、おれの娘だ…おれ達の大事な宝だ」

その言葉と共に、骨の上から赤髪海賊団の幹部達が降り立ってくる。


「…それに手を出そうってんなら…」




「死ぬ気で来い!!!」


赤髪の全開の覇気が広がる。

直に向けられた海賊達が、有無を言わさず倒れゆく。

直接標的にされていないコビーの意識すら一瞬飛びかけたのをなんとか耐え抜いた。


「…ゼハハハ!!こりゃあ流石に分が悪いみてェだな!!!」

冷や汗をかきながらも豪快な笑い声を響かせる。

こちらは一人、あちらは幹部が集結済み。

多勢に無勢とはこのことだろう。


「…仕方ねェ…ここは退くとしようか」

眠ったままのバスコ・ショットとカタリーナ・デボンの足を掴んで黒ひげが背を向け…もう一度振り向く。


「…それともどうだ?いっそ手を組むか?あの二人みてェによォ?」

カイドウとビッグマムの同盟は、既に黒ひげの耳にも入っていた。

四皇異例の同盟は、世界の勢力図を大きく動かすことになる。

同じく把握していたコビーが冷や汗をかきながら、目の前の会話を血なまこで見守る。


「…断る、大人げないが、おれはお前が嫌いだ」

あくまで睨みつけたままシャンクスが拒絶の言葉を投げる。

「海兵も海賊ももうじき起きるだろう…全員余計なことをせず、エレジアを出ることだ」


「…ゼハハハ、振られちまったなァ!!まあいいさ、そのうちまた会おうじゃねえか…今度は互いに全力でな!!」


やがて、互いに船に残っていた人員が眠るままの者達を回収し…

エレジアには、レッドフォース号とその船員達だけが残った。


「…ウタ、薬だ…飲めるか?」

「………」

薬を目の前にしても、ウタの反応は薄い。

12年で生まれた距離は、そう近くはなかった。


「…私、これからどうすればいいのかな」

最後の切り札も失い、残ったのは首にかかった懸賞金のみだ。

もはや、先が暗闇にしか見えない。


「…おれ達が守る、お前はお前のやりたいことをやってくれ」


…やりたいこと。

そんなもの今更……。



『これ、おれ達の新時代のマークにしよう!!』



頭の中にかつてのその言葉が響き…気づけば薬を口に含んでいた。

痛めた喉を薬が通ったとき、すぐに眠気が訪れる。

「…シャンクス……会いたくなかった……けど、ずっと会いたかった」

「ああ…これからはずっと一緒だ…」


その言葉を聞いて安心したのか…やがてウタが眠りについた。

腕の中で眠るウタをシャンクスが、未だ先程の余波で気絶したゴードンを他の者抱え、赤髪海賊団が立ち上がる。


ふとシャンクスが己の上にある骨の上を見た。

そこにいたのは、二人の子供。

背に炎と黒い翼を浮かべ、白髪と褐色の肌…

そして、自分のよく知る顔…それぞれ特徴的な鼻と髪型の男女が、どこかに消えていく。



この先の時代の変動を感じながら、彼らは船に戻っていった。



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