セイレーン今昔・オマケ

セイレーン今昔・オマケ



 

――世界全てに爪弾きにされているようだった。

 

『リーダー』

 

おれの生まれた国は裕福ではなかったが、大きな戦争や危険もなかった平和な国だった。

そこで人一倍体が大きく、頑丈で自然と皆から頼られたおれを、まとめ役として皆がそう呼んでくれた事はおれの誇りでもあったのだ。

 

しかし、そんな日々はある日突然に終わりを告げた。

 

――ある日、大きな戦争や危険もなかった平和な国は続く悪天候により国土は荒れ、農作物は実をつけなくなり、飢餓が蔓延した。


元々がその日暮らしで何とか成り立っていた国だ。荒れた状態が数年も続けば国庫に余裕は無く、王族は自分たちの暮らしあけでも守ろうと保守に走り、

村の皆だけでも命を繋ごうと荒れた土地に見切りをつけて、食料を求めて海に出れば国土に侵入し密猟を繰り返す他国たち、

国を、村の仲間を守ろうと武器を取り、侵略者たちを追い返し密猟品を取り返せば、海軍ひいては政府よりに海賊行為と断じられ、

王に領海の正当性を主張し政府に訴えを求めれば、この国に他国を襲うような民は、元から存在しないと切り捨てられた。

 

ついには、おれ達は海賊に堕ちた愚かなる村として国から政府に売られそうになり、生き残った村人とともに海に逃げ出すしかなかった。

 

坂を転がり落ちるようにして始まった海賊としての行く当てもなく希望の見えない旅路は、安全な陸で生活していたおれ達たちには余りに過酷過ぎた。

 

食料を手に入れるために猛獣が住む孤島でサバイバルを行い、船を沈めようとする海獣と戦い、こちらを襲ってきた海賊、海軍から必死になって逃げる。

 

どうしても避け切れないときは漁師として培った技を活かして、おれ一人で相手の船を沈める。いつしか手は血に汚れ首に金がかかる立派なフダツキとなっていた。

 

一人、また一人と減っていく仲間たちを危険から守り、鼓舞していく事に皆から『リーダー』と呼ばれていたおれはそう呼ばれることに疲れ果ててしまっていた。

 

『リーダー』


いつしか、誇りに思っていたその名はおれ自身を縛る呪いへと変わっていた。

 

おれがこの呪いを捨てられるときは、世界につま弾きにされた自分たちが文字通り、排斥され消える時だけだろうと思っていた。皆が頼る――縋るおれという支柱が消えた時がこの船の終わりだという事をおれはわかっていたからだ。

 

 

そんな、光の見えなかった絶望の旅路はある日突然終わりを向かえることとなった。

 

数年前に亡びたとされる国に辿り着き、何かマシな物資でも無いかと船員たちと上陸した矢先に生き残りと思われる少女によっておれ達は全員が拘束されたのだ。

 

その時、おれの胸に去来した感情は疲労感、諦め、皆への申し訳無さと安堵であった。

 

――ああ、やっとここで終われる。

 

仲間たちには悪いが、きっとおれは皆の期待を背負いきれるような人間では無かったのだ。

 

きっとそんなものを背負いきれるのは救世主と呼ばれるような一握りの人間だけ。

 

だから、こんな不格好な偽物なおれは最期に皆を逃がせて終われるだけでも上々だと思ったのだ。

 

諦めて

諦めて

諦めて

諦めた。

 

そしてついに終わりがやって来た。

 

ただ、それだけの話。

 

 

その筈、だった。だったのに――――、

 

 

『――アンタ達、海賊辞めなよ』

 

その先で“本物”に出会うなんて、自分たちの人生に救済の光が当たるなんて思いもしなかったんだ。

 

 

♪■♪■♪■

 

「……ぃ……おい。起きろ」

「……んん」

 

肩を揺さぶられる感覚で意識が覚醒する。どうやら座っているうちに、暖かな日差しにやられて少しばかり寝入ってしまったらしい。

 

……随分と懐かしい夢を見た。実際にはそんなに古いわけでもないのにもう十何年も前のように思える。今のおれになる出会いの出来事。

 

目を開き起こしてくれ相手を見れば、クラゲのようにひらひらとした前髪や腰巻、マントをつけた出で立ちをした男・エボシがこちらを覗き込んでいた。その頭には以前被っていた海賊帽はなく代わりにハチマキが鎮座している。

 

「随分と眉間に皺寄せていたみたいだが、変な夢でも見てたのか?」

「ああ、悪い。少し気が抜けていたみたいだ」

「……マジで寝てたのかよ。おいおい、しっかりしてくれよ。せっかくの姉御のライブツアーなんだ。姉御や旦那のためにも俺たちがやらかして恥をかかせるわけにはいかないだろう?」

「……まったくだ」

 

“副隊長”の耳に痛い言葉に頭を思わず頭をガシガシと掻きながら、立ち上がり今どのあたりかと問えば、目的地の島の気候に既に入ったところだという。

 

「気候も安定しているし、船の様子と操舵は俺らが見てるから、アンタは姉御を呼んで来てくれよ。ゴードンの旦那の話じゃあ港に入ったらすぐに歓迎してくれるってことらしい。そん時に主役が甲板にいなくちゃ盛り上がらねぇからな」

「了解。お嬢に気合い入れるように言ってくらぁ。カギノテ、ハナガサ お前らも宜しく頼むな」

「「ウェイッス!」」

 

出来た副隊長と二人の返事を背後に彼女の船室とおれは向かう。

今この船はエレジアの復興資金調達と移民宣伝のためのライブを行うべく次の島へと航海している。

 

「しっかし人生てのは何があるか分からねえもんだなぁ……アイツらも俺も」

 

しみじみと呟きながらも歩けば、そう大きくもない船だ。すぐに目当ての扉に着いた。ノックをしてから中にいる人物に声をかける。

 

「お嬢、入りますよ」

「いいよー」

 

部屋の主に許可を貰い扉を開けば、鏡の前で来ている舞台衣装のチェックをしている彼女の姿が目に入った。

 

「お嬢、エボシから次の島の気候域に入ったと。伝言で『もう間もなく着く上に港ですぐに歓迎が始まるから姉御も甲板で準備をしてくれ』だとさ」

「おっけー! 了解。…………あのさぁ」

 

目の前で鏡を覗き込んでいたお嬢が顔をしかめてこちらに振り返る。何か気に障ったのだろうか?

 

「? どうしたお嬢?」

「そのお嬢とかさ姉御とか姫っていうのやめない? 私には“ウタ”って名前があるし。 せめて統一しようよ!」

「ああ…… つってもなぁ~~。おれは最初からお嬢の事をお嬢って呼んでるし……」

「なら姉御はやめようよ! どっかのマフィアじゃあるまいし。エボシとか貴方達、私よりも全然年上じゃん!」

「いやー無理なんじゃねえか? エボシたち曰く『襲ってきた海賊の自分たちを完璧に負かした上に命を取らずに懐に入れてくれるその器の大きさ。そして世界を取れる歌に惚れました。姉御と呼ばせてください!!』っていうことらしいぞ?」

 

先ほどあの三人はおれたちと違って元はクラゲ海賊団というエレジアを襲おうとした海賊たちだ。船長はエボシ。他にも仲間を引き連れてやって来た奴らは、お嬢が引きいる出来たばかりの“新生エレジア自警団”との戦いの末に捕縛されたのだ。

 

――つってもほぼ、お嬢の独壇場ではあったが。

 

最初は海軍に引き渡そうかともされていたが、おれも賞金首であることに気づいたお嬢が待ったをかけ、エレジアの復興に協力するか海軍に引き渡されるか選ばせたのだ。

 

勿論奴らは後者を選択し、虎視眈々と逃げる隙を伺っていたのだが…………

 

気づけば、全員が本心からお嬢の歌に心酔し今はあの様子だ。エボシに至っては立派な“歌姫親衛隊副隊長”である。ちなみに隊長はおれ。

 

…………どうしてそうなった?

 

「いや、……なんでアンタが頭を捻ってんの?」

「……いや、おれは元はエレジア自警団の隊長だったようなはずが……いつの間にかおれは親衛隊隊長になってて。…………何でなんだお嬢?」

「しかもそこで私に振るのっ!?」

「まぁ、細かい事はいいか。はっはっは」

「雑っ! 閉め方が無理やり過ぎていろいろ雑すぎるよッ!?」

 

お嬢が目の前でぎゃーぎゃー叫んでいるのがうるさいが、考えても分からない物は分からないのだから仕方ない。


お嬢の歌声が魅力的すぎるのが悪いのだ。

 

きっとアイツらもお嬢の姿にその歌に何か感じるものがあったのだろう。

 

かつておれが、おれたちが彼女に救われたように。

 

――何せ彼女は“本物”なのだから。

 

そうして、話しているうちにボォォーという汽笛が鳴り響いた。エボシがしびれを切らしたか、どうやら本格的に港が見えて来たのだろう。甲板に向かうべく呼びかければ顎を引いて短く頷いて返事を返してきた。

 

「準備は宜しいですかい。ウタのお嬢?」

「ん、勿論。今日もよろしくね。『リーダー』さん」

 

冗談交じりにかつての呼ばれかたでお嬢にそうよびかけられた。


『リーダー』

 

かつてその言葉に感じていた負い目はもう感じない。何故なら今自分は“彼女”の隣にいるのだから――――

 

『仰せのままに。……お嬢』


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