セイレーンと麦わら帽子 〜can't help〜

〜東の海〜
最弱の海とも呼ばれるこの海域に存在する王国、ゴア王国。
貴族社会の根強く残るこの国の片隅に、ポツンと忘れられたかのように存在する一つの村がある。
村の名はフーシャ村。
世に名を響かせるある大悪党でもある一人の海賊の出生の地でもあるこの村の港には、その少年に関わり深い2つの海賊達の船が停泊していた。
「………」
「………」
村の中心近くにある一つの酒場。
普段は村の人々の憩いの場として昼間からもそれなりの盛り上がりを見せることもあるこの酒場には、只今多くの人々がいた。
本来満席の酒場ならば乾杯の音と騒ぎ声で賑やかなはずだが、その人その場所は異様なまでの静寂に包まれている。
その原因は中にいる全員の視線の先…酒場の中心にいる二人だった。
見る人が見ればその異様さにすぐ気づくであろうその場では、眼帯を着けた少女が仁王立ちするその眼の前でふた周りは大きいであろう男が正座をしていた。
「…で、何か言うことは?」
「…えっとだな…」
仁王立ちする少女…七武海、ウタが苛つきのままに足を叩く。
その真正面で正座する男…新世界に君臨するはずの四皇、シャンクスは余計に顔を青くしていた。
カウンターの向こうでは、指を咥えながらその様子を見る赤子を抱きながら困った表情で二人を見る一人の女性がいる。
(…副船長さん、なんとかしてあげられませんか?)
(あれは無理…まァツケの支払い時ってやつだろ)
彼女、マキノがすぐそばに座るシャンクスの右腕に小声で相談するものの、ベックマンは肩をすくめるばかりだった。
そんな二人の視界の先で、ウタによる尋問は続いている。
「…シャンクスー?まだシャンクスの言い分私聞けてないんだけどー?」
「……ねェ」
「んー?何だって?」
「…やっちまったモンはしょうがねェ!」
『………』
静寂。
村人も海賊も山賊も口を開けない中、ウタが切り出した。
「…シャンクス、立って」
「………」
言われるがままスッと立ち上がるシャンクスをじっと見ていたウタが、力を抜くかのように微笑みを浮かべた。
「大強奏<フォルテ・マグナ>!!」
「ホグゥ!!?」
…師匠譲りの蹴りが、再びシャンクスの足の間に突き出された。
〜〜
「…もう、シャンクス……」
少し時間が過ぎ、また賑わいを取り戻した酒場。
そのカウンターで、ウタは頬を付きながらジョッキを手にしていた。
先程思い切り一撃を叩き込んだシャンクスは未だ少し魘されながら横に寝かされている。
流石の四皇も、娘による二度目の急所(当然武装色)はきついものがあったようだ。
「…ごめんなさいウタ、やはりあなたにとっては酷い話よね」
少なくなったジョッキに新しく注ぎながら謝罪の言葉を投げてくるマキノに、ウタが慌てるように言葉を改める。
「いやいや、別にそんな怒ってなんか…まぁ少し複雑だけど、それでも嬉しさだってあるんだよ?」
ウタの視線の先で、マキノの子供は山賊の頭領だと言う大柄の女に抱かれている。
同じ山賊といえども、自分がかつてこの村で相手していた小悪党共とは違うということはウタにも分かった。
「…あんなかわいいんのに、責める気になんてないよ…私にとっても、弟みたいなものだし」
「…それなら良かった…ねぇ、よかったらウタも抱いてあげてくれない?」
「え?」
思いがけなかったのか間抜けな声を出すウタを余所に、会話を耳に挟んだダダンがそちらに振り向いた。
「なんだい、あんたも抱いてみるか?ほら」
立ち上がってダダンが赤子をウタの前にやる。
どうすべきかあたふたと手を動かすのみだったウタも、やがて観念したかのようにゆっくりとそちらに手を伸ばした。
「…わ、思ったよりずっしりしてる」
「ウタに懐いてるわね…お姉ちゃんだって分かるのかしら」
「ガキ抱き上げるのは初めてか?元気な証拠さ…どっかの誰かを思い出すよ」
そう言って懐かしむかのようなダダンが誰を思い浮かべているのか、ウタには分からなかった。
そんなウタの手の中で、赤子は元気にはしゃいでいる。
「…赤ちゃんかぁ…縁はないけどいいかもなぁ」
「なんだい、その年でもう諦めてんのかい」
「あらあら、きっとウタにもいい相手が見つけられると思うわよ?」
達観したかのように話すウタに二人が声をかけていた時、後ろからも言葉が飛んできた。
「おれ達も孫が見たいぞウター!」
「でもウタが嫁に行くのはなァ…」
「馬鹿、そこは祝ってやれよお前!」
「でもよお前、やっぱ娘が…」
「…あいつら、頭の看病そっちのけで話し始めたな」
呆れたように呟くベックマンとともについウタも苦笑してしまう。
愛されているのは分かりはするが、それにしたって過保護すぎるだろう。
「もう…第一、顔がこれだしそんな相手も見つけらんないでしょ」
「そうか?海賊なんだし探しゃいそうだけどな」
「ダダンさん…でも、あまり悲観することもないと思うわよ?」
「そうは言ってもねぇ…そもそも男の気配もないし」
そう言いながらウタも一応思考してみる。
自分の周りに男っけなんてものがあっただろうか。
当然シャンクス始め赤髪海賊団は例外である。
ゴードンも父や叔父のような存在なのでノーカウント。
あと知っている顔は基本仲間の動物達や九蛇の女友達。
「うーん…やっぱりそういう感じの相手なんていな
『おーい、ウター!』
「あ」
「あ?」
「お?」
「ん?」
つい声の漏れたウタに続けるかのように三人がそちらを見た。
「…いや…えー……えー……?」
若干顔を染めながら悩ましいように唸るウタを見て、3人の頭の中に浮かんだのは同じ顔だった。
「…もしかしてあいつか?あいつそういうの鈍感そうだなァ…」
「アハハ…でも素直で優しい良い子ですし、確かにいいのかも…」
「ルフィが相手だとお頭もまたごねそうだな」
「ちょ、ベックマン!?私別にルフィの名前なんて出してないけど!?」
「バレバレだぞお前」
「えー……え〜……?」
結局その後うんうん唸りながら酒に手を出したウタが潰れるまで、酒場は大盛り上がりとなっていた。
「…てか、全然起きねェなこの人」
「まァウタのやつしっかり纏ってたからな…しばらく寝てんじゃないか?」
「………」
fin