セイレーンと麦わら帽子㉓
「…何やってんの、あいつ…?」
新世界、とある島。
港町の中心に"赤髪"の旗の靡くその島の港で、ウタは樽に座りながら先程送られてきた新聞を広げていた。
その一面には、よく知っているあの男の顔が映っている。
「…元気になってきてたのはビブルカードで把握できたけど…なんでまたあんなとに」
新聞の一面を大きく飾る男…ルフィに目を細める。
新聞の内容では、復旧中のマリンフォードに戦争にも現れたルフィとジンベエ、そして元海賊王の右腕、レイリーの3人が姿を表したという。
ルフィの行動はそれだけを見れば死者への追悼とも取れるが、どうにもウタにはしっくり来ない。
「…あいつがわざわざそんなことしに行く…?それに…」
ウタが写真の中の黙祷を捧げるルフィの右腕を見る。
そこには前回あったときには見なかったものがあった。
「…うーん…」
「随分悩んでるじゃないか」
後ろからの声に振り向けば、シャンクスがウタの持つ新聞を覗き込んでいた。
「シャンクス…いや、ルフィにしては色々変だなって」
「たしかにな…特に気になってるのは腕のそれか?」
「うん…なんなんだろ、これ」
腕に刻まれた刺青には、バツのつけられた"3D"と"2Y"が描かれている。
「…お洒落じゃないだろうし…メッセージか何かなのかな…」
「レイリーさんがついてんだ、意味がない訳はないだろうな」
「レイリーさん…?そういえば、シャンクスにもっては副船長なんだっけ」
「ああ、そうだな」
小さく乗っているレイリーの顔写真にシャンクスが懐かしげな顔を浮かべる。
シャンクスが元海賊王の船員だったという過去は、ウタも政府の資料を見ていて知ったことだった。
「あの人がルフィについてるなら心配はないだろう…さて」
シャンクスが曲げていた腰を伸ばす。
その後ろでは、船員達が船の荷を補充し続けていた。
「そしたらそろそろ行くか…エレジア」
「うん……ん?え?」
〜〜
〜エレジア〜
「…ほんとに来ちゃった」
「シャ、シャンクス……!!」
「ああ、久しぶりだなゴードン」
エレジアの港にて、ゴードンが震えながらその名を呼ぶ。
戦争以来死亡記事の出たわけでもないにも関わらず一切の連絡のなかったウタから「もうすぐ帰る」との連絡を受け慌てて出たゴードンの目に止まったのは、レッドフォース号だった。
「あはは…ごめん…すっかり連絡忘れちゃってて…」
「ウタ…シャンクスとは…」
「うん、もう終わったから大丈夫……ごめん、ゴードン」
ウタが目を伏せたのを見たゴードンがシャンクスに向き合う。
「…シャンクス、やはりウタには…」
「ああ、全部話した上で、ここに来た…すまなかったなゴードン…随分と世話をかけた」
そう言ってウタと共に頭を下げるシャンクスに対し、ゴードンが止めるように肩に手をやった。
「やめてくれシャンクス…私とて大したことなど出来ず、君の望みを叶えられなかった」
「いいんだゴードン…おれの望んだ道も、ウタが望んだわけではなかった…気づくのが、少し遅かったがな」
シャンクスが右腕をウタの左頬に伸ばす。
そこにはしっかりと止められた眼帯が黒く張られていた。
「…二人共もういいから…傷のことも海賊のことも、私が選んだ道なんだから」
そう言ってウタが改めてゴードンに向き直った。
「この国の人達のためにも、私自身のためにも頑張るから…応援してくれる?」
「ウタ…!ああ、勿論だ!」
鼻を啜りながら頷いたゴードンを見たシャンクスが背を向ける。
「…シャンクス、もう行くのか」
「ああ…あんたと話したくて来たが、正直結構むりやり来たからな」
「ほんと…予定なら海軍の船で帰ろうと思ったのに、四皇の送迎とかバレたらどうしようかと」
「ハハハ、すまんな……ウタ」
背を向けながら、シャンクスがウタを見る。
その視線には父だけでなく、"海賊"としての期待が込められていた。
「…お前とルフィが、おれに会いに来るのをゆっくり待ってるぞ」
「うん…すぐそっち行くから、楽しみにしててよ」
「フッ…じゃあな」
今度こそ、シャンクスは己の船に戻っていく。
その背中に、ウタが叫ぶ。
「…またね、シャンクス!!」
シャンクスは振り向かなかった。
しかし、返事と言わんばかりにその隻腕をはっきりと上に掲げる。
それでもウタには十分だった。
「野郎共!出航…………ん?」
シャンクスが空からのそれをちらりと見る。
パタパタと羽ばたくそれはシャンクスに目もくれず、ウタのそばで止まった。
「…あ、伝書バット」
ウタにとってはそれなりに親しんだ、政府御用達の伝書バットだった。
いつものごとく書類を運んできている。
「ウ、ウタ…シャンクスを見られたのはまずいのでは…」
「どうせ手紙運ぶ以外できないから大丈夫…なんだろ」
パラリとウタが手紙を開き…声を荒らげた。
「"道化のバギー"が七武海ィ!!??」
「何ィ!!?」
思わず振り返ったシャンクスと揃い、親子がエレジアの空に叫んでいた。
〜〜
「…行ってしまったな」
「……そうだね」
静かになった港で、ウタが久しぶりの動物達を撫でながら船の消えた水平線を眺める。
既に日も落ちようとしていた。
「…良かったのか?シャンクスと共に行かず」
「うん…シャンクスのとこにいても、きっと守られちゃうから」
ひとしきり動物達を撫で終えたウタが立ち上がり、海に背を向けた。
「…戻ろうか、食事にしよう」
「うん…あそうだゴードン、早速で悪いけど、また明日船出すね」
「船を…?今度はどこに?」
「うーん…ちょっと会いたい人がいるから」
そう言ってウタが懐から紙を取り出す。
その小さな紙片は、水平線の向こう…"凪の海"の方向を指し示していた。
〜おまけ〜
「ひとまず海軍は見当たらねェな…尾けられちゃなかったか」
「お〜…」
「そしたら新世界にさっさと戻らねェと…海軍が忙しいといえいつまでも誤魔化しはできねェ」
「お〜…」
「…あのな、お頭もお前らも言いたいことあるならはっきり言え」
『さみしい〜………』
「メソメソすんな…離したくなけりゃ無理矢理乗せりゃ良かっだろお頭」
「うわ、野蛮人」
「極悪人」
「プレイボーイ」
「ベックマン」
「ベックマンにベックマンって悪口じゃねェだろお頭!?」
「あーもう好きに言ってろ…親離れ出来ねェやつらめ…」
「…ベック、タバコ逆さだぞ」
「………」
レッドフォース号は今日も平和です。