セイレーンと麦わら帽子㉒
「…それが、あの日起こった出来事だ」
あの日の出来事を語り終えたシャンクスがゆっくりと息を吐く。
忘れることのできないあの日…一夜にして、一国が滅んだあの瞬間。
シャンクスの知る限りのすべてを聞いたウタは…その正面で、頭を抑えていた。
右手に覆われたその顔は、ひと目見てわかるほどに青ざめている。
「…フー…そっか……」
一言、ウタがそう呟く。
やはりまだ伝えるには早かったかとシャンクスが口を開こうとしたとき、ウタが口を開いた。
「…やっぱり、私だったんだ」
「…やっぱりだと…?知っていたのか…?」
そう訪ねてくるシャンクスにウタが目線を向ける。
「確信してたわけじゃないけど…なんとなく、そんな気はしてた」
「…いつまでも、隠せはしないか」
「そりゃそうでしょ…私だって馬鹿じゃないし」
ため息混じりにそう言うウタに、シャンクスが苦笑してしまう。
「そうか…いつまでも、純粋な子供じゃいられない、か」
「当たり前だよ…私だって、海賊の娘なんだから」
口を閉じたシャンクスの前でウタが言葉を続ける。
「…まぁ、覚悟していても流石にショックは多いけどね…私が、一つの国を滅ぼしてたなんて」
「お前のせいじゃない!…お前は悪くない、それは確かだ」
思わずシャンクスが身を乗り出して声をあげる。
その必死とも言える姿に、ウタが頬を緩めた。
「ありがとう、シャンクス…でも、大丈夫だから」
ウタの脳裏に、あの日の光景がよぎる。
あの日、自分のせいで命を散らした海賊達がいた。
自分の命は既に、彼らとエレジアの人々の屍の上に立っている。
ならば自分にできるのは、彼らの命に対して逃げずに向き合うことだけだ。
「私のせいで死んでしまった人達のためにも…必ず、新時代は作って見せる…必ず」
ウタが左手に力を籠める。
そこに描かれたその象徴は、今でもあの日の思いを乗せてあった。
ウタをじっと見つめていたシャンクスが、ゆっくりと顔の力を抜いていく。
「…いつの間にか、大人になっちまってたんだな」
静かにシャンクスが呟く。
「でも、私一人のままじゃ乗り越えられるか分からなかったから…ルフィとシャンクスには感謝してるんだよ?」
「ルフィか…やっぱりあいつも、成長してたか?」
「うん…戦争では、顔見なかったの?」
問いかけてくるウタにシャンクスが笑いながら答える。
「まだ早い…ゆっくり待つさ、あいつから来るまでな」
「ふーん…シャンクスがいいならいいけど」
「ああ…それでだ、ウタ」
シャンクスがウタに再び改まって向き直る。
「…お前、うちに戻るつもりは」
「ないよ」
「……そうか」
若干食い気味に断られたシャンクスが思わず口を閉じる。
そんなシャンクスにお構いなくウタが続ける。
「ここにいたら、シャンクス達に甘えちゃうだろうし…肩書きも便利だし、今のうちもっと強くなっておくよ」
ただ、とウタが続ける。
「改めて新世界に来て…シャンクスと合流するかは分からないけどね」
「おいおい、まさかルフィのとこ行くとか言い出さねェよな?」
「うーん…それもいいけど自分で独立もいいしなあ…」
「ハハ…まぁゆっくり悩めばいいさ」
シャンクスがいつの間にか空になった酒瓶をそのままに立ち上がる。
「まぁ、せっかくの再会だ…戻るまではゆっくりしてけ」
「ありがと…あとしばらくしたら、どっかの海軍基地にでも降ろしてくれる?」
「分かった…さて」
シャンクスがウタに歩み寄り、その頭に手を置く。
「白ひげの件も終わった…改めて、お前の再会を喜ばせてくれ」
「……うん」
長くはない再会の時間。
しかしその久しぶりの手の温もりに、ウタは頬をほんのりと染めていた。
〜〜
おまけ
翌日夜
「…ねぇ、ラッキールウ」
「どうしたウタ!今日は待ちに待ったご馳走にしたんだぞ!」
「おれ達自慢の音楽家との再会!弔いの直後であれだがせっかくなら祝いたかったからな!」
「うん、それは嬉しいけどヤソップ…これって」
「ん?お前好きだったろ?ピラフにパスタ、ハンバーグにエビに……」
「…うん、確かによく食べてたけど…その…」
「ん?……ああ安心しろ!ちゃんとパンケーキもあるさ!ホイップマシマシだぞ!」
「ああ…そう…ありがとう…」
「あの…副船長」
「ん?どうしたロックスター」
「あのメニュー…どう見てもお子様用セットにしか見えないんすがね…」
「まァ…ウタがいたのは9歳の頃だったからな…」
「…流石に今のお嬢さんには…その…もう少し…」
「心配するな…ほら」
「……もう……へへ」
「あら…」
「…ルウが一つ残らずしっかり覚えてたの、案外嬉しいみたいだな」
「…そうみたい、ですね」
「それじゃ野郎共!再会を祝って…乾杯だ!!」
『乾杯!!』
「…乾杯」