セイレーンと麦わら帽子㉑

セイレーンと麦わら帽子㉑

3D2Y編

「じゃあ…おれ達はもう行く」

「ああ、ありがとうよい」


新世界にある一つの穏やかな島、スフィンクス。

大きな戦争を生き残った白ひげ海賊団残党と仲裁者赤髪海賊団によって、この島の平原に2つの墓が建てられた。

偉大な海賊達の遺品が風に揺れるその墓石に背を向け、赤髪のシャンクスは船に戻る。

やがて、レッドフォース号はスフィンクスを出航した。


「…さて…随分待たせちまったな」

出航して少しした頃、シャンクスが船室の一つに入る。

その部屋の奥の椅子で、彼女は座っていた。

「…別に?10年待たされたのと比べれば2週間くらい気にもなんないけど」

テーブルに肘付きながら不貞腐れたように言うウタにシャンクスが眉を下げながら歩み、向かい側に座る。

「参ったな……とりあえず白ひげの件も終わった…やっとお前との時間を作れる」

片手に持った酒瓶をテーブルに置きながら、シャンクスが目の前のウタに向き直った。

四皇と呼ばれるシャンクスも、今この場でのその視線は父親のものだ。

「…聞きたいことと言いたいことが多すぎて、いざ会うとまとまんないね」

「そりゃそうか…じゃあ、おれから聞いていいか」

取り出した2つの盃に酒を注ぎながら、シャンクスがウタの顔…髪に隠れた傷を見る。

「…その左目、何があった?」

「ああこれ?七武海になる前に"喉狩り"って海賊と戦ったときにやられたやつ」

髪を上げながら平然と言い放つウタに対し、既に外されていた眼帯に隠されていた傷を見て表情を曇らせたシャンクスだったが、しかしウタの出したその名前に聞き覚えがあった。

「"喉狩り"……?…あいつか」

「あれ、シャンクス知ってるの?」

意外そうにするウタに対し、シャンクスが眉を顰めながら口を開いた。

「…昔、うちの縄張りを荒らしたやつのはずだな…痛めつけはしたものの海軍に紛れて上手く逃げてたはずだ」

「あー…それであいつら私と会った時ボロボロだったんだ」

納得したように頷くウタに対し、シャンクスが頭を下に向けた。

「…すまないな、あのとき仕留めておけばこうはならなかったはずだ」

申し訳無さそうにするシャンクスに、ウタが呆れたように息を漏らした。

「…正直他にもっと色々謝るべきところあると思うけどね、私……うえっにが…」

少し飲んだ酒に舌を出しながらウタがシャンクスに向く。

「置いていったり10年顔見せなかったり七武海になったのにコンタクトしなかったり終いには戦争で一切反応しなかったり…あげてったらきりがないんだけど」

「うっ…下2つ関しては七武海とおれ達とが関わっちゃまずいだろうし…」

「鷹の目のおじさんと飲んでおいてよく言うよ、その結果私こうして乗り込んでるんじゃん」

「うっ…」

言葉に詰まるシャンクスに視線を向けながら、ウタは少し前のことを思い浮かべていた。


〜〜


2週間前、マリンフォード。

「…ハンコックさん」

「ん?なんじゃ!?」

隣に立つハンコックに対し、ウタが懐から小箱、更にその中から小さな紙を取り出した。

チリチリと再び小さくなりつつあるそれを器用に切り、大きい方をハンコックに押し付ける。

「ルフィのビブルカード、親紙貸しておくから…お願い」

「…そなたはどうするつもりじゃ?」

紙を受け取りながらウタを見つめるハンコックに対し、ウタが向き合う。

「…あいつ、ルフィとの約束があるから…それを果たしに行ってくる」

その言葉を聞いたハンコックがしばらく考えるように目を瞑り…背を向けた。

「…確かに借りておく、後日取りに来るが良い」

そう言って再び進み出すハンコックの背に頭を軽く下げながら、ウタは別方向、レッドフォース号に進んでいった。


「…お頭達、一気に場の空気変えてみせたんですがね…」

船の甲板には、やはりというべきか比較的若い海賊達がいた。

計5人のそれらに気づかれないよう、こっそりと甲板の荷物の陰にウタが飛び込む。

このままではバレると、ウタが更に懐から道中海兵からくすねた小電伝虫を一匹甲板中央に投げつけた。

甲板にいた5人のうち4人がその電伝虫に目をやり、最後の一人…ロックスターだけは、投げられた方に目をやった。

しかし、全員がそれを認識する前にウタが動いた。

電伝虫を介して歌声を甲板の者たちにのみ届ける。

やがて全員倒れたのを確認してから、槍を荷物の木箱の中に紛れ込ませたウタが一つの樽の中身を捨て、その中に潜り込んだ。

そのまま樽の中で軽く意識を落とすことで能力を解除したウタは、ひっそりとその時を待ち続け…見事、二撃を加えることに成功することになった。

〜〜


「いや〜、今考えると戦争で昂ぶってたとはいえ私凄いことしてるね〜」

「全くだ…その無鉄砲さはルフィ譲りか何かか?」

「流石に大監獄と海軍本部連続で乗り込むほどバカじゃない」

「…くくっ…流石にそうか」

同じ顔を浮かべては苦笑を浮かべる二人。

今頃きっと悩み抜いているであろう幼馴染の顔がウタには浮かんでいた。

眼の前で兄を失ったルフィは、やはり今も苦しんでいるのだろうか。


「…一つ、最初に聞いていいかな、シャンクス」

「ん?なんだ?」

ウタが今一度、表情を切り替えながらシャンクスに向き直る。


「…私がこうして海賊になって、どう思った?」

「………!!」

シャンクスが目を見開き…ゆっくりと口を開く。


「……本音を言えば、残念だったな」

「………」

「…お前には、海賊の世界なんざ忘れて、日の当たる場所で活躍してほしかった…」

初めて聞いたシャンクスの本音を黙って聞いていたウタが口を開く。

「…それが、私を置いていったわけってこと?」

「そうだ」

「…あの日、私がなんて言ったのかも、シャンクスがどう返したのかも覚えてる?」

「…ああ」

あの日、ウタは離れたくないと答え、そしてシャンクスもそれを肯定したはずだった。

しかし実際はウタは置いてかれ、10年こうして離れることとなった。

「…すまな」

「はいストップ…今は謝罪より、もっと聞きたいことがあるから」

下がろうとした頭を静止し、ウタが続けていく。

「…あの日、エレジアで何があったの?」

「…!!ゴードンが何か言ったのか?」

「…ううん、海賊やってたら気づく機会なんていくらでもあったよ…あの日、本当は何があったの?」

まっすぐ、逃さないとばかりにウタがその片目でシャンクスを見つめる。

天井を仰いだシャンクスが、一つ長いため息をこぼした。


「…聞く覚悟はあるのか?…お前には、ショックな話だろうが」

「あるよ…そのために、ここに来たんだから」

淀みなく答えたその言葉に、シャンクスが諦めたように目を閉じた。


「…分かった…全部話す…「トットムジカ」のこと含め、全部な」

「……」

やがてゆっくりと、シャンクスがあの日のことを語り始めた。

あの日、島を豪華に包んだ…魔王の、記憶を。


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