セイレーンと麦わら帽子⑳

セイレーンと麦わら帽子⑳


「…ゆっくりと運べよい」

ゆっくりと船内に二人の亡骸が運ばれるのを男が見届ける。

生き残った船が、少しずつ出航の準備をするのを見ていたその男…不死鳥マルコが呟いた。

「………終わっちまったな」


大海賊時代始まって以来最大の事件となった頂上戦争は、

白ひげ、火拳両名の死亡、そして赤髪の仲裁という形で終幕を迎えた。

残った船にそれぞれ分かれて、少しずつ海賊達がマリンフォードを後にする。

既にそれぞれ集合すべき場所は把握している。

偉大な父親の弔いのため新世界を目指す船を見届け、マルコもまた出航したレッドフォース号の甲板に降りた。


マリンフォードを離れしばらくしたころ、マルコがマストのそばに立つ男に声をかける。

「すまねェな赤髪…おれ達や重傷者まで乗せてもらっちまってよ」

「気にするな…どの道お前も怪我人には必要だろうからな」

マルコの目の前の男…白ひげと同じ四皇、赤髪のシャンクスが答える。

現在このレッドフォース号には、氷漬けにされたダイヤモンド・ジョズを始めとした重傷の隊長が中心に乗っていた。

「お頭、マルコ…ジョズの氷が溶かし終わった…腕は駄目だったが」

「そうかよい…他のやつは?」

イゾウに呼ばれ、二人で話し始めたマルコを横目にシャンクスが歩んでいく。

甲板後方、積まれた荷物の横にある船内への扉に手をやり…


扉横に置かれていた樽から顔面に向かって飛び出てきた脚を、回避した。

砕けた樽の音に、甲板にいた幹部達だけでなくマルコとイゾウも振り向く。


「…!?あいつ!!」

イゾウが表情を変える。

そこから姿を表したのは、自分も戦争で見た顔。

体勢を変えたその影がそばの積まれた荷物の山から何かを取り出す。

それは、戦禍の中イゾウが撃ち落としたあの槍だった。

「気ィつけろよい赤髪!!"セイレーン"だ!!」

マルコが赤髪に叫ぶ。

"セイレーン"と呼ばれたその女が、目の前の海賊に槍を振るった。


「うおっ…」

いきなりのその攻撃に、しかしシャンクスは大して動揺しなかった。

最低限の動きで躱した槍を片手で抑える。

槍を動かせないと判断したやいなや跳躍してきた飛び蹴りも頭を動かすだけで回避する。

「赤髪…っ!」

例えあの赤髪といえど放ってはおけないと加勢しようかとしたマルコを、しかし静止する手があった。

「…なんのつもりだ、あんた?」

「…黙って見ててやってくれるか?」

副船長のベックマンは、そう言って目の前のそれを見ながらタバコを取り出していく。

その様子を見て、マルコも翼を腕に戻した。


そのやり取りに構うことなく、ウタの攻撃が続く。

手放された槍を軸とした突きや蹴りを次々と繰り出すが、いずれも当たることなく紙一重で躱されていく。

「どうした、まだ1発も当てられてないぞ?」

「……っ!!」

シャンクスの挑発に、ウタの眉間に血管が浮き出る。

槍を回転させながら、ウタがその槍につけられたマイクに口を添えようとする。

「…ん…」

このあとの攻撃を予感したシャンクスが後ろに構えたその一瞬、ウタは槍を甲板に突き刺した。

「おっ」

ベックマンが感心の声を漏らすのを横に、ウタが槍を使い跳躍し、右拳を固めた。

「……ふん!」

その右手を黒く染め、まっすぐシャンクスの顔面に振りかぶり…


「…惜しかったな」

しかし、それが届くより先に手首が右手に抑えられた。

「…っ…!!」

尚もウタが振りかぶった左足も、上げられた足で防御される。

一撃加えることも敵わず、ウタが再び甲板に片足をつけた。

「…悪くなかったが、あと一歩足りないな」

「……っ」

あくまで余裕を維持する目の前の男に下唇を噛むその人物に、シャンクスが僅かに笑みを深めた。

「すまないなマルコ、なにせ久々の親子喧嘩だったもんでな」

「…は!?親子!?」

「あァ、実はな…」

話しながらシャンクスがマルコの方を向く。




その一瞬。

「あ」

シャンクスの意識がウタよりマルコに向いたその一瞬。

「なっ…」

その確かな隙を、ウタは見逃さなかった。

「ん?」



「オラァ!!!」

キーン!!

「ホギュア!!?」


四皇に名を連ねる男の口から情けない悲鳴が漏れる。

太ももの間のそこに思わぬ飛び蹴りを食らったシャンクスが体勢を崩した瞬間、ウタが右手の拘束を振り払う。

体勢を直し、再び飛び迫ったウタが自由になった右手を、今度こそ顔面に振りかぶった。


拳に確かな感触を残したウタが、そのまま荷に突撃する。

その後ろには、見事な二撃を食らって甲板に背を倒したシャンクスの姿があった。


『………………』

一瞬のその攻防に、赤髪海賊団、白ひげ海賊団問わず甲板全体が静寂になる。


「……プッ」

最初に吹き出したのは、他でもない副船長その人だった。

『だっーはっはっは!!!』

それが合図だったかのように、甲板に集合していた赤髪海賊団の幹部が全員大声で笑い始めた。

腹を抱える者、無様に倒れ伏した船長に指差す者とそれぞれ様々な反応を見せる。

ベックマンすら目元を抑え体を震わせながら天を仰ぐその様子に、困惑したようにマルコが話しかける。

「い……いいのか…よい?」

「クク…ああ構わねェよ…」

震えた声でベックマンが言う中、船長の様を笑う声は止まらない。

「全く派手にやられたじゃねェかよお頭!!」

「なんて様だよシャンクスおい!!」

「ウタのやつ大したもんだほんと!!」


「…いたた……」

笑い声の中、崩れた荷物からゆっくりウタが起き上がる。

荷物に突っ込んだ頭を撫でていると、突如己にかかった影を頭をあげる。

その先には、既に起き上がり左頬を擦るシャンクスが立っていた。

「いてェ…あいつら派手に笑いやがって」

目元で笑いながらも不満の言葉を口にしたシャンクスがウタに向き合う。

「おいおいウタ、お前どこであんなん覚えやがった…まさかゴードンのやつそんなことまで教えてたか?」

「…そんなわけないでしょ、海賊なら急所くらい自然に覚えるよ」

「そりゃそうかもだが……まさか娘に金的される日が来るとはなァ…」



「…チャラ」

「……?」


「私置いてった分一発、さっき視線あったのに無視した分一発…これで終わり」

その言葉にシャンクスが目を見開く。

目の前のウタの目が少しずつ潤むのを見たシャンクスが眉を下げながら、その頭に手を置く。


「…すまなかったな、ウタ」

「……っ…」

飛びつくように、ウタがシャンクスの抱きつく。

「…馬鹿、本当に馬鹿……会いたかった、シャンクス」

「…………」

己の肩で声を震わせるウタの背に、シャンクスがゆっくりと手を回す。

しばしの間二人を、既に笑いを止めた幹部達が見守っていた。


頂上戦争編 完

to be continued 3D2Y編

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