セイレーンと麦わら帽子⑰

セイレーンと麦わら帽子⑰





海軍元帥センゴクの衝撃の発言に、海軍本部が揺れる。

集まっていた正義の軍隊がざわめいていく。

判明したその真実に反応を示すのは、彼らも同じだった。


「………ほう…」

「そりゃすげェ…当時関わった奴らのほとんどが処刑されたってのによ!!」

「………」

「……の、実の兄弟ではなかったのか…」

港の最前列に構える6人の海賊、王下七武海。

興味を示すもの、静かに聞き届ける者たちの中で、ウタは前者だった。

「……そんなこと、あるんだ」

母の意地によって生まれてきた海賊王の血族。

それが父の宿敵の一人である白ひげのもとにいたとうのだから驚きだろう。

「……海賊が父親、かぁ…」

それまで意識していなかったが、顔も覚えていない実の父と海賊の父の二人を持つという点では、自分とエースも少し似ているのかもしれないと感じる。

しかし、それ以上深く関わる気にもあまりならない。

センゴクによるスピーチを話半分にしながら、ウタは霧のかかる水平線を眺めていた。


そんな中、やがてそれが現れた。

「一体どこから!?」

「総員、戦闘態勢!!」

「海賊船の大艦隊だァ!!!」

霧の向こうから、何十隻もの海賊船が姿を表す。

"新世界"に名を轟かせる海賊達が、マリンフォードに集結しようとしていた。


「フッフッフ…ゾクゾクするぜ、早くこい白ひげ!」

不敵に興奮を語るドフラミンゴを横目に、ウタは考えていた。

果たしてあの船はどこから来たのか。

そして敵の親玉はどこから来るのか。


その答えは、その小さな水音が教えた。

「……ん?」

「どうした娘……む」

「おじさんも聞こえた?…あそこだね」

そう言ってウタが指さした先、湾内に4つの影が現れる。

「考えたものだな…コーティングとは」

「そうだね…思ったより大変そうだなァこれ」

ざわめく海軍達を背に肩を回す。

そして、激しい水音と共にそれが浮上してきた。

「うわァあアアア!!!」

「"モビーディック号"が来た〜!!!」


シャボンに包まれた白鯨が姿を見せる。

それに続くように三隻が共に浮上する。


「白ひげ海賊団です!!14人の隊長も確認できます!!…あ、あれは!!」

動揺の広がる海軍の前で、その男がゆっくりと姿を表す。

「グラララ…何十年ぶりだセンゴク」



大海賊"白ひげ"エドワード・ニューゲート。

世界最強の海賊がその姿を見せた。


「……へェ…あれが白ひげ…」

港から、ウタがその姿を見据える。

既に相当な老いのはずだが、それを感じさせぬほどの"覇気"があった。

「……っ…あれが…シャンクスと並ぶ大海賊…」

「…腰が引けたか?」

「…まさか、むしろ燃えてきたよ」

挑発の笑みを浮かべる鷹の目に視線を返している間に、白ひげが動く。

薙刀を離し、両腕を虚空に…大気に叩きつけ、ヒビを入れる。

そしてそれが振動を起こし…2つの巨大な津波を、マリンフォードの両側に引き起こしていく。

歴史に名を残す"頂上戦争"の開戦を伝える二つの津波。

それを凍らせた青キジの追撃を白ひげが撃ち落とすも、大将もまた海面を凍らせる。

足場を得た両者が、凍りついた湾岸の上でいよいよ戦いの火蓋を落としていく。

新世界の猛者達と海軍将校の戦いを眺める中、

最初に動いた七武海は"鷹の目"だった。


「フフフッ…何だやんのかお前…」

「へェ…おじさん、早速行くの?」

「推し量るだけだ…近く見える、あの男と我々の本当の距離を…」

「……っ…すご……え?」

まっすぐ振り抜かれた世界一の斬撃。

それが白ひげの正面に迫り…止められた。


「…凄い…おじさんの剣を止めた」

体を輝かせる3番隊隊長"ダイヤモンド・ジョズ"。

それに続く大将黄猿の攻撃を止める"不死鳥マルコ"。

白ひげ海賊団がその実力を発揮していく。

一方で海軍も中将達の奮戦に加え、ダイヤモンド・ジョズの投げた氷塊を一撃で粉砕した大将赤犬を始めとして戦況を崩させない。


拮抗しつつあるその戦場に、巨大な影が迫っていた。

「オオオオオオオ〜!!!!」


「……何あれ?」

「…"国引き"の子孫か」

「キシシシ!!!オーズの子孫!?欲しい!!!死体が欲しい!!」

「フッフッフ!!…ウズいて来るぜ……」

湾外の一角を破壊しながら、巨人族よりも更に大きな存在が進撃する。

その巨体が海兵の巨人部隊をものともせず、湾内への突破口を切り開いた。

その後も勢いを止めず進撃し続けるオーズJrを中心に白ひげ海賊団が攻める中、いよいよ七武海にも攻撃が届かんとしていた。

「オーズに気を取られてると攻め落としちまうぞ!!」

撃たれた砲弾が迫る中、その弾道に立っていた女帝が構える。

巨大なハートを引き絞り、戦場に乱れ打ちされた矢が男達を石に変える。

「うわ、何あの能力…?」

ウタの視線の先で戦場に飛び降りたハンコックが、華麗な足技で次々と周りの者たちを石にして砕いていく。

…そう、周りの者たちを。

「…すごく、巻き込まれてるね…海軍」

「…余所見するな娘…備えとけ」

「え?……あ」

言われるままに向いた視線の先で、"暴君くま"が掌から何かを放った。

「うわっ…!!」

自分達のもとにすら届きそうなほどの衝撃波が湾を大きく抉る。

その中央にいたリトルオーズも大きなダメージを受けていた。

「…はじめて見たけど、凄い破壊力」

ウタからすれば、他の七武海の戦闘など見る機会がなかった。

それぞれの能力とそれを最大限引き出した戦闘が、ウタの脳裏に刻まれていく。

「…私もあれくらいやれるように…『ん?』」

ウタとドフラミンゴの声が重なる。

「せめて…七武海一人でも…!!」

砲撃を受けてよりボロボロとは思えぬ一撃が振り下ろされる。


その腕の下には、既に誰もいない。

「フッフッフッフッフ…」

「あっぶな…いいよ、喧嘩なら買ってあげる…!!」

宙を羽ばたくように"天夜叉"が浮く中、ウタは反対方向の宙にいた。

既にその手には抜かれた槍が黒く光っている。

「…とっさだったけど、成功して良かった」

咄嗟に槍を使って跳び上がり、更にマイク発声からの衝撃波を用いてのブースト。

ルフィとの戦闘を通じて、ウタが更に思いついた応用技術だった。

「…それじゃ、こっちも試させてもらおっかな…!!」

ウタが槍を構える。

ドフラミンゴが反対側へ着地するのと同時に、槍が黒い軌道を描いた。

「"サウンド・メス"!!!」

"セイレーン"の発声と共に鋭く一閃に振られた槍が、軌道の先の巨大な足を切り落とした。

「…ほんとに出来ちゃった」

そのままミホークの横に着地しながらウタが呟く。

「…今の、衝撃波だけではない…飛ばしてみせたか」

「あ、出来てた?上手くいくか怪しかったけど、ならいっか」

槍を構え直しながらウタが呟く。


"サウンド・メス"。

ルフィとの戦い、そして一味の戦闘を見てウタが思いついた技だった。

槍から飛ばす音の衝撃波を槍を振りながら行い…更に、鋭く振られた槍から「飛ぶ斬撃」を乗せる二重の攻撃。

ある程度の筋力をスピードで補うことで何とか形にできないかと苦悩していた技だった。

「……」

「…どうかしたか」

「いや、別に…ただ、それにしても変な感覚だったなって」

スピードに乗せた一閃…しかし、それでも足りないとウタは内心思っていた。

それが先程の状況、咄嗟に出した技は己の思う以上の威力を持って放たれていた。

「…なんだろ、さっきの感覚」

不思議に思いながらも、後ろからの衝撃にウタが振り返る。

ウタとドフラミンゴの手で両足を失ったオーズが、這いながらも広場にたどり着いていた。

「ドフラミンゴとウタの野郎!!足を切っちまいやがって!!こいつの死体はおれが貰うってのに!!」


ゲッコー・モリアの攻撃がオーズを貫く。

あと一歩まで一人で進撃してみせた"国引き"の子孫は、七武海の手でマリンフォードに倒れた。


「見ろ!!こうやってスマートに殺すんだ!!!」

「外界には巨大な男がおるものじゃな」

「………」

「やっと倒れた…あと、足はごめん」

一応の謝罪をモリアに向けつつ、振られた刀を受け止める。

戦場のど真ん中に放り出されたウタの周囲には、白ひげ海賊団が集っていた。

「よくもオーズを…!!許さねェ!!」

「…数が多い、能力はもう少し我慢かな」

槍を振り、衝撃波を放ち、ウタが周囲の海賊達を蹴散らしていく。

一人一人が確かに手強いが、冷静に見聞色で対処していく。

「おらァッ!!」

「……"インパクト・ソング"!!」

「ギャアアアア!!」

槍の先の海賊たちがまとめて吹き飛ぶのを見ながら、ウタは考える。

「…ふーん…やっぱりさっきと少し違うな」

不思議な感覚に思い悩み、一瞬の隙が生まれる。

それを見逃さずに狙いを定める男がいた。


「…っ!!やば、いっ!!」

構え直そうとする右手の近くに衝撃が走る。

槍が回りながら空に飛び、氷に刺さる。

衝撃の元をウタが辿れば、煙を吹く拳銃を構える化粧した男の姿。

「貰ったァ!!」

武器がなくなって好都合と言わんばかりに、一人の海賊がウタに金棒を振り上げる。

それを目の前にし…しかしウタは冷静に動いた。


見聞色で金棒を避け、自分の倒した海賊の手から剣を奪う。

そのまま急接近し…一閃を繰り出した。

「ガッ…こいつ、剣も…」

血を吐きながら倒れる男に気も構わずウタが己の得物に向かう。

しかし、そこに対し再び追撃が加わる。

「イゾウの作ったチャンス、使わせてもらうぞ"セイレーン"!!」

飛び出してきながら、クリミナルの服を纏った魚人が己に拳を振り抜く。

咄嗟に剣で防御したウタに…しかし、拳は届かなかった。

「っ!!くっ…何するアトモス!!」

「すまねェ!!おれから離れろナミュール!!」

何故か同じ隊長に攻撃する男を横目に、ウタが槍を引き抜く。

そのウタに、後ろから声がかけられる。


「フッフッフッフッフ…危なかったなァ"セイレーン"…?」

「…ドフラミンゴ…助けたつもり?」

「…フッフッフ…つれねェな…」

「…随分愉快そうだね、あんたさっきから」

「そりゃそうだろ…見ろよ"セイレーン"、この戦場を!!」

指を動かしながら、ドフラミンゴが興奮した声を上げる。

「この!!時代の真ん中にいる感じ…ゾクゾクするだろ!!」

「………」

「海賊が悪!!? 海軍が正義!!?

そんなものはいくらでも塗り替えられてきた…!!

“平和”を知らねェガキ共と… ”戦争”を知らねェガキ共の価値観は違う!!!」

戦場の中心で、なおも不敵に男が笑みを浮かべる。

「頂点に立つ者が善悪を塗り替える!!!

今この場所こそ中立だ!!!

正義は勝つって!? そりゃあそうだろ」


「…せいぜいお前もここで見届けるんだな…戦争の後に訪れる"新時代"をよ…!!」

「……その言葉、私の前で二度と吐かないでくれる?」

「…フッフッフ…」

最後まで笑みを浮かべながら立ち去る男に、相変わらずウタは好印象を持てなかった。

何より、ドフラミンゴの口から出る"新時代"の言葉が嫌だった。


「…新時代を作るのは私、それにあいつ…あんたじゃない」

呟きながら、ウタが再び武器を構える。

オーズが倒れ、白ひげ海賊団の勢いはなお上がっている。

その一方で、先程からの電伝虫のやり取りからして、海兵達に何か動きも感じられた。

「…そろそろ、何か起きそうかな」

そう思いながら、ウタが槍を振るおうとした。


その時だった。

「……ん?」

空から何か気配が落ちてくるのを感じ、上を見上げる。

他の者たちの視線も少しずつ向く中、そこに見えたのは…

「ハァ!!?」

思わずウタも驚愕の声を上げる。

視線の先で、数時間前まで死にかけていたはずの幼馴染…

ルフィが、錚々たるメンバーと軍艦とともに戦場に落下してきていた。

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