セイレーンと麦わら帽子⑯

セイレーンと麦わら帽子⑯



マリンフォード、海軍本部。

三大勢力がひとつ、海軍の総本山であるこの場所は、異例の緊張状態にあった。

もうしばらくしたら到着する予定の海賊、火拳のエースの公開処刑。

その処刑までに、確実に現れると予想される白ひげ海賊団。

その白ひげ海賊団との戦争のため、世界中の強力な海兵、そして王下七武海が集結していた。


「………」

案内された海軍の来客用の施設の部屋で、ウタは寝転がりながらぼんやりと指先の紙を見つめていた。


ウタにとって、火拳の処刑への関心は薄かった。

戦争なんてものは好きではないし起こらないなら万々歳だろうが、誰もそうなるとは思っていない。

海の王者との全面戦争になるのはほぼ確実…ならばウタにとって一番大事なことは、この修羅場を乗り越えてエレジアに帰還する単純なものだった。

戦争の犠牲を小さくする、早く終わらせる…と豪語するには、今の自分が若すぎるのと理解している。

為すべき「約束」のためにも、今は生き残る。

新世界の実力を見つつ、うまく糧にしよう…そんな呑気なことを考えていた、そんな中でのこの異変である。

約束の相手が今どこかで命を落とそうとしている、その事実が心に影を落とす。

ついこの前再会し、結果笑顔で別れたはずだった。

あれが今生の別れになるのだろうか。


「…っそんなわけない…!!」

飛び起きながらウタが呟く。

そんなことを信じたくはなかった。

「大丈夫…きっとあいつは生き残る…またすぐ元気になる…」

そう自分に言い聞かせるも、ウタの表情は晴れない。

マリージョアからここまでの移動の間、ビブルカードは回復することなく今なおチリチリと端部が消え続けている。

「…何…どこで何やってんのあんた…」

…まさか本当に、バーソロミュー・くまによって命の危機に晒され続けているのだろうか。

それとも大将黄猿からの傷が癒えてないのだろうか。

「…だめ、やっぱりこうしちゃいられない」

そう思い、ウタが部屋から出ようとし…外が少し騒がしいことに気がついた。


部屋の扉を開けると、下の階層で何かざわめきが起きているのが分かる。

扉の隙間から覗くように廊下を見続け…やがて、それが姿を見せた。

「…わぁ……」

思わず感嘆の声が漏れてしまうほどの美貌。

黒髪を美しく靡かせながら、蛇を伴って歩む。

「…あ…もしかしてあの人が…」


「…そこの覗いているもの、顔を見せよ」

「ひゃ!?」

見透かされていたことに思わず声が跳ねてしまう。

このままでは舐められてしまうと落ち着かせるかのように慌てて深呼吸をしてから、ウタが扉を開けて外に姿を出す。

「…あんたが海賊女帝…で…いいのかな?」

「…ふむ…なるほど、そなたが…」

「…?私のこと知ってるの?」

初対面の自分を知っていたのかと驚きの表情を見せるウタに、ハンコックが向き合う。

「…少しの、そなたのことは耳に挟んでおった…確かに、妾がそなたと同じ王下七武海のボア・ハンコックじゃ」

凛と答えるハンコックに、ウタは結局強気に出ようとしたのを忘れて見とれてしまっていた。

前々からその美貌は耳にしていたが、対面したからこそ分かる。

女性としての美しさだけではない…一つの国と海賊団をまとめる「皇帝」としての気高さをはっきりと感じられる。

今の自分より、確かに前のステージにいる人間だと理解できてしまう。

「…そう…今回の戦争、一応味方だし…よろしくね」

それでもなんとか心を奮い立たせて胸を張ったあと、ウタは部屋に戻っていった。 



「……なるほどの…あの者がルフィの…」

ハンコックの小さな呟きは、ウタに届くことはなかった。


「…凄かったな…海賊女帝」

部屋でまた一人、ぼんやりとウタが呟く。

あの堂々とした姿がウタの中で強く印象に残っていた。

「…私も、いつかあんな凄い女海賊になれるかな」

指先の紙片に問いかける。

"なれる"と、ルフィならば自信満々に肯定してくれるのだろう。


「…そうだよね……ルフィなら…きっと信じてくれる」

ウタが紙片をテーブルに置く。

「…あいつなら私のこと信じてくれる…なら、私だってあいつのこと信じてやらないと!」

頬を叩き、己の心境を一度リセットさせる。

「大丈夫…あいつが約束破るわけない!うん!寝よう!」

そう言って、ウタが仮眠用のベッドに飛び込んだ。

ここしばらくあまりゆっくり寝れていなかったのもあって眠気はそれなりに溜まっている。

何より自分の能力はそれなりに体力を使う関係上、ゆっくり今のうちに休めておかねばならない。

そう思いながら、ウタは目を閉じていった。


…ここはどこだろうと、ウタがあたりを見渡す。

目に映るのはどこまでも広い海と空だけだった。


『なァウタ、この世界に平和や平等なんてものは存在しない』

突如、懐かしい声が聞こえてくる。

『だけどお前の歌声だけは、世界中の人を幸せにすることができる』

背後からの声に振り向きたくても、体が動かない。

『─────』

最後に何か、声がした気がした。



何かを叩く音で意識が浮上する。

部屋にある時計を見て、ウタが驚愕する。

「…うそ、もう時間まで6時間…?」

随分長く寝ていたようだと少し反省しながら音の元を辿れば、扉が叩かれているようだ。

「はいはい、何?」

扉を開ければ、将校が息を切らしている。

「ハァ…ハァ……失礼、七武海"黒ひげ"を見てないか!?」

「え?知らないけど…」

「そうか……失礼する、早めに準備を整えておけ!」

そう言い残して慌てて将校は走っていった。

「…何だったの」

困惑の声をこぼしながら、ウタが扉を閉じる。

「……」

夢の中での言葉を思い出す。

忘れるはずもない、かつて父が消える前日に残した言葉だった。

…果たして今の自分を見て、シャンクスは同じことを言えるだろうか。

「…ハッ…何考えてんだろう」

思わず苦笑しながら部屋に戻り…それが目に入った。

「……え…!?」

テーブルの上、指先ほどの大きさしかなかったその紙が、少し大きくなっていた。

「…っ!!ルフィ…!!」

思わず目頭が熱くなってしまう。

ゆっくりと、しかし確かにその紙は大きさを取り戻し始めていた。

それすなわち、ルフィが死の危機を乗り越えて回復し始めたということだ。

「…良かった…本当に…」

思わずその場に膝をついてしまう。

未だ小さくとも確かに存在感を増したその紙を握りしめ…再び懐にしまう。

「…大丈夫…ルフィが乗り越えたんだもん…私も乗り越えないと…!!」

決意を新たに、ウタは己の武器の準備をし始めた。


─火拳のエース処刑まで、残り6時間

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