セイレーンと麦わら帽子⑮

セイレーンと麦わら帽子⑮


『ねぇ、ちょっとおじさん!』

『ハァ…なんだ娘、おれは早く帰りたいんだが』

『おじさん私のこと覚えてない?昔シャンクスの船で見かけたでしょ!?』

『…確かあいつの娘だったな…何故ここに来たかは知らんが、話すことなどない』

『待って、シャンクスがどうしてるのか教えてよ!!知ってるでしょ!?』

『興味ない…』

『ぐう〜……あいつどこにいるか教えてもらえるまで話しかけるから!!』


〜〜


「…珍しいね、おじさんから話しかけてくるなんて」

いつもは鬱陶しがっていたのにと続けるウタに、ミホークが口を開く。


「…少し吹っきれたようだが…何かあったか?」

「え?…そう見える?」

ミホークの言葉に困惑しながらもウタは考える。

確かに、先日の件で多少己の中である程度考えはすっきりしていたようにも感じられる。


「…前回の会議、いつもやかましいやつが飛んでこずに帰ったので少々驚いたが…赤髪以上に優先する何かでもあったか?」

「ん?…あー…」

確かにクロコダイルの一件、ウタは一応参加していたミホークに見向きもせずにルフィの姿を探しに飛び出していっていた。


「…まぁね、もうしつこく聞いたりしないから安心してよ」

「…それならいいのだがな」

静かに言いながらミホークが歩いていく。


「…先程集合がかけられた、集まれとのことだ」

「あ、そうなんだ…分かった」

ミホークに続いて、ウタも会議室へと向かっていった。



会議室には既に先程ウタも会った二人と海軍、そして更にもう一人の七武海が集まっていた。


「フッフッフ…前の会議以来か?鷹の目、それにセイレーン」

「………」

「…ちゃんと座ったら?」

"天夜叉"ドンキホーテ・ドフラミンゴ。

海賊であり国王でもある特殊で少々不気味な男というのが、ウタの中での見解だった。

この場においても特に異様な立ち振る舞いがどうにもゾッとしてしまうため、特に避けていた。


「あと3人…ゼハハハ、ここのチェリーパイも悪くねェ!」

「………」

一人騒がしく目の前の食事にありつく黒ひげと、対照的にただ黙して座るくま。

それに続くように刀を椅子にかけて席に座るミホークの隣に、同じく槍を立てかけたウタが着席した。


「…あとの三人、ちゃんと来れるの?」

「既に一人は来てるみてェだぜ?ほら噂をすれば…」

黒ひげの指差す方を見れば、そこにはゆっくりと歩んでくる巨大な影があった。


「…珍しく七武海が随分揃ってんな」

「フッフッ…随分手ひどくやられたみてェだなモリア…?」

「黙れドフラミンゴ…影を抜かれたいか?」

頭に包帯を巻いた男…ゲッコー・モリアがくまの隣に着席する。

「噂のルーキーにやられたんだってね…どうだった?」

「テメェもかセイレーン…麦わらの話をするんじゃねェ」


軍艦の上でウタが聞いたニュースは他にもあった。

魔の三角海域に潜伏していた"スリラーバーク"が、

麦わらの一味に壊滅させられたという話だった。


「…だから『拾い食いはやめろ』って言ったんだけどね…」

「…何か言ったか?娘」

「なんでもなーい」

椅子によりかかりながらウタがとぼける。

念のためにルフィに言った警告も無駄だったが、予想通りそこは無事に突破したのだから結果オーライなのだろう。


「…というか、そもそもあと二人本当に来るの?」

マリージョアでの七武海の会議には一応決まって参加していたウタだったが、

あと二人とは一度も面識がなかった。


タイヨウの海賊団"海峡のジンベエ"。

九蛇海賊団"海賊女帝ボア・ハンコック"。

その二人は、ウタの知る範囲では一度もこの場に出席したことがなかったはずだ。

「それについては、本部からの連絡が入っている」

将校の一人が書類を手に立ち上がった。

「海賊女帝ボア・ハンコック様は、既に召集に応じ、モモンガ中将の軍艦で移動を始めております」

「ほう…あの政府嫌いがよく動いたもんだ」

「もう一人…海峡のジンベエ様は、只今インペルダウンに拘束しているとのことです」

「キシシ…あいつが?何しやがった?」

「ふーん…」

会話を耳に挟みながら出された紅茶を飲む。

他二人がどういう心境かは知らないが、並々ならぬ事情があったりしたのだろうか。


「ひとまず七武海の皆様も処刑24時間前にはここを発ち、マリンフォードに集ってもらう予定となっております」

「随分ゆっくりだなァ…何かわけでもあるのか?」

「ジンベエ様が海軍本部で暴れ損害が出たとのことで…念のために召集を遅らせると」

「なるほどな…ゼハハハ」

何はともあれ、ここで時間を過ごせるならビブルカードも間に合うはず。

それまではゆっくりしていようと、マリンフォードでの配置を眺めながらウタは考えていた。


〜〜

それからしばらく経ち…ウタは再び、職人の元を訪れていた。


「あ、いたいた…私もうそろそろ出ないとなんだけど、どう?例のやつ完成した?」

「………」

「……ちょっと?もしかしてまだ?」

黙りこくる男にウタが声を荒げる。

何のために金を積んだのだと文句を言おうとする前に、男が口を開いた。


「…さっきできはした…したが……これ、ほんとにあんたの知り合いの男性のかい?」

「…?そうだけど?」

「…その割には、爪が若い男の者に見えたが?」

「……!!」

まさかバレたのかと一瞬体が固まるが、すぐに男が胸元から何かを取り出した。


「…別に誰のだって構いはしないが……まァ、御愁傷様とだけ言っとくよ」

そう言って男が、ウタの掌に何かを渡した。

ウタがゆっくりと、その掌のものが何かを認識し…目を見開く。


「……は?何これ」

「…ビブルカードさ…あんたから貰った爪、まさかと思ってつい余計に作ってしまった。」


ウタの掌に置かれたのは…二枚の、焦げついた紙片だった。

どちらも、大きさは指の爪くらいにしかない。


「…ちょっと、何これ…なんでこんな小さく」

「単純さ…その爪の主が重傷…というより死ぬ前って感じだよ…それほどのところから助かるとも思えないし、残念だね」

その言葉に、ウタが男の胸ぐらを掴む。


「…っ…ふざけないで!他のやつと間違えたんじゃ…!!」

「そんな仕事のミスしねェ…確かに本人のだよ…」

「〜〜っ!!」

その場に男を捨ててウタが走り出す。

建物の陰で一枚を爪の入っていた小箱に入れ、もう一枚を再び見る。

「…信じない…そんなはずない…ルフィが死ぬわけない…」

今なお、少しずつ端が焦げて宙に溶けていくその紙がルフィのものだと信じたくはなかった。

しかし、マリージョアで商売をするような男がそんな初歩的なミスやいたずらをするとも思えなかった。

「………っ…ふっ…ルフィ…」

気づけばウタは泣いていた。

どこにいるのかもわからないまま命が終わらんとする、己を激励してくれた相手に、今のウタには何もすることができない。

その無力感で単眼から涙を流すことしかできなかった。


己を呼ぶ海兵の声が聞こえる。

溢れていたものを無理やり拭いながら、ふらつく足取りでウタは下へ降りるリフトへ向かっていった。



─火拳のエース処刑まで、残り26時間

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