セイレーンと麦わら帽子⑭
『海軍本部よりマリージョア…王下七武海、ウタ様がお着きに…!!』
「……ハァ…憂鬱」
遥か上空の大陸の上に存在する聖地、マリージョア。
ウタも含め、七武海の船長達はその地に召集をかけられていた。
「ウタ様ですね、こちらへ」
「ん、ありがと」
政府の役人の案内のままに進んでいき、案内されたのは要人宿泊用の一室だった。
「他の皆様も休憩中ですので、しばらくしたら会議となります、それまではごゆっくり」
「………今の状況でゆっくり、ね…」
役人の去った部屋で、眼帯とジャケットを脱ぎ捨てつつベッドに腰掛けたウタが呟く。
今回集められたのは、ある海賊の処刑…その護衛としてだった。
新世界にも名を響かせた若き海賊の公開処刑。
それだけ聞けば普通に思えたかもしれない。
しかし、その海賊が大問題だった。
白ひげ海賊団隊長、ポートガス・D・エース。
何よりも仲間を大切にする今の海で最強と呼ばれる男、
大海賊"白ひげ"の部下。
この海で最も怒らせてはいけない存在の逆鱗に、政府と海軍は触れることとなったのだ。
白ひげが仲間を見捨てることはない。
例えそれが海軍本部相手であっても。
それが政府の見解だった。
まず、間違いなく海軍と白ひげの戦争が勃発する。
その戦争に、七武海も駆り出されることになったのだった。
「……ハァ…」
しかし、ウタの心が晴れないのはそれだけではなかった。
荷物から先日の新聞を取り出す。
その一面を飾っていたのは、つい先日再会したばかりの幼馴染だった。
『麦わらのルフィ、天竜人に牙を剥く』
シャボンディ諸島にて、ルフィが天竜人を殴り飛ばしたというニュースを聞いたとき、
驚きと納得がよぎっていた。
前にシャボンディで見た光景が脳裏をよぎる。
仮にあの現場にルフィがいれば、迷わず天竜人を蹴散らして仲間が怪我人の手当てしていただろう。
しかし、その後のことは新聞でも詳しくは書かれていない。
この新聞を受け取ったとき、送りの軍艦を手配していたジョナサン中将にウタが話を聞いてみたところ…
その後海軍の新兵器と大将"黄猿"に敗走していたところを、
ウタと同じ七武海"暴君くま"によって仕留められたという話だった。
「………信じないよ、ルフィ」
手にはあの日手に入れたルフィの爪を入れた小箱がある。
もう一度身だしなみを整えたウタが部屋を出ていく。
ルフィが死ぬはずがない。
必ずどこかで生き延びている。
その確信を得るため、ウタはマリージョアの街に向かった。
〜〜
「…それでは、ただいま多忙なため数日いただくかもしれませんが」
「分かった…ここを出るまでにはお願いね」
「分かりました」
それなりにビブルカード職人は予約が多い。
そのため少し紙幣の束を多めに積んで順番を少し繰り上げさせてもらった。
ここを出る前には完成するだろう。
「…さてと…戻るか」
ウタが来た道を引き返し、自室に戻っていく。
そんなときだった。
「…ん…!?…あいつ…」
ウタの前方で歩いていたのは、この地でよく見た巨体だった。
"暴君"バーソロミュー・くま。
ウタ以上に政府に忠実な七武海。
…そして、先日シャボンディにいたという張本人。
「…ねぇ、少しいい?」
試しに声をかけてみる。
本人から何か聞ければと思ったが、こちらを振り返りもしない。
「あんたがシャボンディで戦ったっていう海賊の話聞きたいんだけど…聞いてる?」
…再びその巨体が歩き始める。
こちらを振り向く気配は、まったくなかった。
「ちょっと!!…せめて返事してくれてもいいじゃん」
立ち去っていくくまを見ながらウタが愚痴をこぼした。
そんな時、後ろから声がかけられた。
「…ゼハハハハ、噂通り愛想のねェ男らしいな"暴君"は」
「……っ」
ウタが振り返れば、そこには如何にもという格好に身を包んだ巨漢が立っていた。
ウタと面識のない海賊ともすれば、自ずと誰なのか見当がつく。
「…あんたが…噂の"黒ひげ"?」
「ああそうだ、よろしく頼むぜ"セイレーン"…?ゼハハハ!!」
豪快に笑うその男は、一見人付き合いがいいように見える。
だがどうしてか、ウタはこの男と仲良くと思えなかった。
「しかし女帝以外にもいい女がいたもんだな…どうだ?今夜一杯付き合わねェか?」
「…冗談」
「つれねェなァ…お互い海賊なんだ、楽しくやろうぜ?」
「あんたのせいでこんな面倒事に引き出されてんの…話しかけないで」
背中の得物に手をかけながら、ウタが男をにらみつける。
「…それとも何?この場で歌にしてほしい?」
「…ゼハハハ!!若ェのに気の強い女だ!!」
一笑した後、黒ひげが横を過ぎていく。
「…今はまだなしだ…話の乗らねェやつも来ちまったしな、また会おうぜ!」
そう言って笑いながら立ち去っていく男と入れ替わるように、建物の陰から人影が姿を表した。
「…あ、おじさん」
「おじさんはやめろ…久しいな、"赤髪"の娘」
そこに立っていたのは、ウタが政府の人間で最も親しくしていた男。
─というより、一方的に話しかけることの多かった─
かつての"赤髪"の好敵手、"鷹の目のミホーク"だった。