セイレーンと麦わら帽子⑬
その日の夜。
勝負を交えた賑やかな夕食も終え、各々がその日の最後の時間を過ごしていた。
そんな中、高層のウタの部屋では、2つの賑やかな声が未だ止まず響いていた。
「それでよ、蛇の胃の中でめちゃくちゃ黄金手に入れたんだ!こんな王冠なんかもあったぞ!!」
「へぇ〜、王冠!見てみたかったなぁ」
この部屋では、ルフィが今までの冒険をウタに話していた。
奇想天外な麦わらの一味の冒険は、聞き手のウタを大きく興奮させるものばかりだった。
「そっかあ…そりゃそんな変な航路行ってたら会えないな」
「ダハハ!そりゃごめん!」
「別にいいけど変な苦労しちゃってたなぁ…喉乾いちゃった」
そう言って座っていたベッドから跳び降りたウタが机の上の水を飲むのを、ルフィがマジマジと見つめる。
「…?何?」
「いや…お前縮んだか?」
「失礼だねあんた!!…いや、それもそうか」
ベッドに再びウタが腰掛ける。
既に風呂を上がったウタは髪を下ろした寝間着姿だった。
「…ほら、あの私が履いてた靴…ヒール高めにしてあるんだよね」
ウタがベッドの横に置かれた靴を見る。
「少しでも自分を大きく見せられるようにってしたんだけど…そっか…それがないともうルフィに身長負けちゃうんだ」
昼間相対したときは、まだウタの方がほんの僅かに視線が高かった。
つまり、靴がなくなれば、きっと自分のほうが低いのだろう。
「ふーん…そうか…」
「…何?まだジロジロ顔見て…」
「気になってたんだけど、お前なんで髪片方しか結んでなかったんだ?昔は両方丸く結んでたろ?」
「…ああ、それ?」
ウタが右側の赤い髪を触りながら答える。
「…昔戦いで切れてから、なんとなく結ぶ気になれなくてね…なんでだろ?」
そう言いながらも、ウタ自身なんとなくは分かっていた。
今の不自由な己の姿が、どうしても赤い髪を結ぶのを拒否してしまっていた。
頭の何処かで、かつての自由を夢見ていた自分との違いを作ってしまっていたのだろう。
…いつか、またこれを結べる日が来るだろうか。
「…ま、その内気が向いたら結ぶかな…あー、疲れちゃったな」
ウタがベッドに体を横たえる。
「ん?もう戻ったほうがいいか?」
「まだ寝ないよ………一つだけ、聞いていい?」
「おう、どうした?」
ウタが顔をルフィに向ける。
「…あんた、あの時手加減してたでしょ」
「手加減?…してねェけど…」
「…攻撃を避けるとき、あんた全部私の右側に避けてた」
ウタがルフィの姿を見失わずに済んだのは、ルフィをなんとか視界に収められたからだ。
仮に視野の潰れた左に消えていたら、より勝負が早くついていただろう。
「海賊が敵に情けかけて…相手が同じことするとは限らないんだよ?」
「うーん…それは別にいいんだけどよ、おれ」
ルフィがあっけからんと答える。
「海賊の世界に卑怯なんかねェけど…ウタのことは嫌いじゃねェし、見えねェところから殴るなんてしたくなかった」
「…何それ……あんたらしいかもね」
ウタが苦笑する。
だが確かに、その方がルフィらしいとどこかで納得してしまった。
「…次喧嘩するときは、そんなこと言ってられないようにしてやるから」
「おう、その時はおれももっと強くなってやるよ!…それじゃ、そろそろ戻るぞ」
「…あ、戻る前に一つお願いが…」
「ん?…なんでそんなのほしいんだ?…いいけどよ」
「…それじゃ、今度こそ戻るぞ」
「ん…おやすみ」
「おう」
ルフィが部屋を出て扉を閉じる。
先程受け取った「それ」を無くさないようにに小箱に入れ、机に置く。
今まで以上に広く感じる部屋からテラスに出たウタが、ゆっくりと懐かしい歌を口ずさむ。
夜のエレジアの海に、『セイレーン』の歌が響き渡った。
〜〜
その日、ウタは随分懐かしい夢を見た。
あの酒場の前で勝負する自分とルフィを優しく見守る父の姿が見える。
夢の中で優しげな父の顔を見たのは、随分久しぶりだった。
〜〜
翌朝。
晴天の中、サニー号は帆を広げ始めていた。
「それじゃ、おれ達はそろそろ行くぞ」
「うん…魚人島を抜けたら、いよいよ『新世界』だね」
新世界。
強者の望む最後の海にして、互いに再会を望む男の待つ場所。
「お前はまだ行かないのか?」
「もう少し準備したいしね…でも、いつかは行くよ!それでシャンクスに会って…」
いたずらな笑みを浮かべながら、ウタが拳を頬にやる。
「…顔面と腹、殴ってやるんだ!」
「シシシ!そりゃシャンクス効きそうだな!」
「でしょ?そのためにも強くなんなきゃ!」
「おいルフィ、そろそろ出るぞ!」
船上からウソップの声がかけられる。
「おう!それじゃ」
「あ待って、最後に少し…風呂はちゃんと入んなよ?それに野菜も食べて…」
「えー…」
「…あと、『拾い食いは控える』、気をつけなよ」
「はーい…」
はんばため息混じりの返事にウタからもため息が出る。
「仕方ないやつ…ま、しょうがないか」
「よし、それじゃあ…」
「…あ、最後に一つ」
「今度はなん─」
言い終わる前にルフィの帽子が上げられ、ウタが近づいた。
静寂。
船から様子を見ていた一味含め全員が言葉を止めた中、ウタが一歩戻る。
額の柔い感触が消えたと同時に帽子が戻った後も呆けたルフィにウタが拳を突き出した。
「…それじゃ、頑張んなよ、海賊王!」
高らかに声を上げながら突き出された拳に、ルフィも拳を返した。
「…おう!!」
喧騒を上げながら海を進む太陽の船を、ウタと動物達が港で見守る。
名残惜しげにする動物達を連れ、ウタも自分の済む城へと引き返した。
「…愉快な海賊達だったな」
「そうだね」
城のテラスの一つでサンジの残したレシピから作られたケーキを食べながら、二人はゆったりと時間を過ごしている。
「…随分寂しそうだが…彼らと行きたかったか?」
「うーん…少し違うかな…今一緒に行くと甘えちゃいそうだし」
「そうか…また会えるといいな」
「会えるよ…お互い海賊だもん」
そう笑うウタに、ゴードンも頬を緩める。
「…またその内マリージョア行かないとなぁ」
おやつを終えたウタが小箱を手に呟く。
「マリージョア?…それに、その箱は?」
「ん?ルフィの爪」
「爪!?…あ、ああなるほど…ビブルカードか」
「うん、確かマリージョアにその職人いたはずだから」
「そうか…だが、海賊のだとバレないようにな」
「わかってるよ、ゴードンのだって言っとくね」
「私か…まァ大丈夫か」
二人がゆっくりとその場で談笑を続けていた。
そんなときだった。
「キー!!」
「おや、あれは…」
「……政府の、伝書バット?」
テラスの柵に、特徴的なコウモリが止まる。
政府の連絡用の伝書バットだった。
「なんの連絡だろ…」
「わざわざ伝書バットということは大事な連絡なのだろうが…なんと?」
ゴードンが声をかけるも、ウタが返答しない。
読み進めるウタの表情が、少しずつ険しくなっていく。
「…どうか、したのか?」
「…七武海、クロコダイルの後釜が決まったって」
「そうなのか、それ自体はいい知らせに聞こえるが…」
「…後釜も気になるけど、後釜の功績がね…」
「……?」
「…また、大変な仕事があるかもなぁ……」
『新『王下七武海』認定者
マーシャル・D・ティーチ
功績:凶悪海賊の拿捕、政府への引き渡し
備考:海賊「ポートガス・D・エース」拿捕、インペルダウンに投獄』
─時代のうねりが大きくなる。
ウタとルフィ、再会を誓った二人の海賊。
しかし、その再会は意外な形となり…もう一つの再会を呼ぶこととなった─
エレジア編 完
to be continued 頂上戦争編