セイレーンと麦わら帽子⑪

セイレーンと麦わら帽子⑪


「…それで七武海になってたのか」

「そ…それからはエレジア付近で政府の依頼通り海賊を狩る日々」


政府からの支援金で己の能力を最大限活かせる船と武器は得られた。

そして、あの戦いで目覚めた力…見聞色と武装色の2つの"覇気"と呼ばれる力のお陰で、己の能力を回避した相手と現実でも戦う方法を得られた。

そうして一年と数ヶ月、ウタはこのグランドライン前半、楽園の後半で海賊達を狩り続けてきた。


「…まぁ、楽しさなんて大してないけどね」

海賊を狩り、そのまま被害の町で歌を披露することもあった。

それを見る人々の反応は様々だった。

海賊の歌など聞けないという人も少なくはなかった。

それでも、サー・クロコダイルやドフラミンゴのように民衆からの人気が高い者もいる七武海だからと受け入れてくれる人も多かった。

そうして虐げられた人々が己の歌で励まされるところを見れば心は多少は晴れたものの、

政府に忠実な犬としての活動は、やはりウタが昔夢見た「海賊」の姿とは違っていた。


「そこに輪をかけて、どっかの誰かさんがクロコダイルを落としちゃうんだもの」

「それはおれぶっ飛ばしてよかったと思ってるぞ」

「うん、それは分かってる…けど、少しは堪えたね」


砂漠の英雄として七武海の印象に良い効果を与えていたクロコダイルの化けの皮が剥がれ、

民衆の中で七武海への不信感は少なからず高まった。

それからの期間、港に踏み入った時の彼らの反応が少なからず変わったのもよく分かった。


「…だからあんま楽しくなさそうなのか」

「何?見て分かるくらいひどい顔してた?」

「うん」

「少しは隠しなよ…ハハ」

乾いた笑いをこぼしたウタが目線を上げる。

その先には、ルフィの頭におさまった帽子。


「……私、色んな島で、町を襲う海賊を見て、思ったことがあるんだ」

「何だ?」

「海賊って…外道で…平気で人の大事なものを踏みにじるやつばっかで……」



「……思ったより…ずっと弱い」

「…?何言ってんだ?」

何が言いたいのかと、ルフィが疑問をぶつける。


「…海賊に人質にされたり、破壊されたりした町も見た……でも、島一つまるごと壊滅するようなのはほとんどなかった」

そう言ってウタが、視線をエレジアの廃墟に向ける。


「…10年前、エレジアはまるごと滅んだ…町は壊されて、住民も私とゴードン以外みんな殺された」

ゆっくりと、ウタが不安定ながらも立ち上がる。


「…10年前の赤髪海賊団がどれほどだったのかは知らない…それでも、あんな惨状になる?」


ウタが指を鳴らす。

現れた巨大な音符が、ルフィとウタを瓦礫ごと上空に運ぶ。

景色が一望できる上空からは、かつての街の惨状がよく分かった。


「…海賊が宝を奪うのに屋根を吹き飛ばす?街ごと地面にあんな大きな亀裂を入れる?大砲もなしに街一つ燃やして壊し尽くすなんてある?」


ウタが七武海として活動して海賊の被害にあった現場を見続けて、

それからずっと抱き続けた疑問だった。

略奪と虐殺。その現場にしては、エレジアの破壊規模は大きすぎるように感じられてしまった。


「じゃあ、やっぱりお前もシャンクスがやったんじゃないって思ってんじゃねェか」

ルフィのその言葉に、しかしウタは静かに首を横に振った。

「…分かんない…あの日何があったのかも、なんでシャンクスが私をここに置いていったのかも…」


「…でもね」


ウタが顔を伏せ、声を震わせる。


「…一番分からないし一番怖いのは…私なんだよ」

「お前…?何言って」

「あの時…なんで私だけ安全なところにいたのかも、シャンクス達に見逃されたのかも捨てられたのかも……なんで国一つ滅んでいく中、すやすや眠れていたのかも」


肩を掻き抱きながらウタが話し続ける。

あの日、目覚める前の記憶が曖昧なウタにとっては、目覚めてすぐに地獄絵図が広がっていた。

自分達を歓迎していた国が滅びゆく間に安眠できていた…その事実が信じられなかった。


「…分からない…でも、分かりたくない…ゴードンに話を聞くのも、シャンクスに会って本当のことを聞くのも怖い…だからここから旅立つ気になれなかった…そんなときだったんだよ、あんたのことを知ったの」


いつの間にか父の手配書から消えていたあの帽子を被るよく知る名前の海賊。

かつて夢を誓った相手が、正に自分が夢見た「自由」への道をまっすぐ進んでいる。

羨ましかった。妬ましかった。懐かしかった。…欲しく、なった。


「…だから、あんたに勝って、あんたを手に入れて…自分を肯定したかった…あんたごと、シャンクスを否定したかった」


沈みゆく声でウタが言葉を終える。

やがて、黙って聞いていたルフィが口を開いた。


「…なァ、ウタ」

思わず肩が跳ねる。

静かなその声に恐怖すら覚えてしまう。

幻滅しただろうか、失望の言葉を投げられるのだろうか。

ウタが心を震わせながら言葉を待ち、やがてルフィは




「…それ、おれが描いたやつか?」

…親しげに、ウタの左手を指さして質問をしてきた。

一瞬気が抜けたウタが指さされた先を見れば、そこには黒を基調とした服装の中で明らかに浮いたマークが描かれている。


「あ……うん、昔あんたが描いてくれたやつだけど」

「やっぱり!!お前それ覚えててくれてたんだな!!」

「うん…ルフィが覚えていたのも驚きだけど…」

明るげに話すルフィについウタも体から力が抜けてしまう。


「なーんだ…お前もやっぱりまだシャンクス好きなんじゃねェか」

「…え…?」

突然のその言葉についウタが困惑した声を出してしまう。


「お前が悩んでることなんとなくしか分かんねェけど、シャンクスの帽子マークにしてんなら、まだシャンクスのことホントは好きなんだろう?」

「…好き…なのかな…」

自分を捨てたことへの怒りは当然ある。

しかし、それを否定する気には何故かウタにはなれなかった。


「おっさんに聞く気になれねェならおれも聞いてやるからよ、シャンクスに会いに行っちまえばいいじゃねェか!海賊なんだしそんくらいやってもいいだろ?」

「……いいのかな」

「むしろ何がだめなんだ?それによ…」

ルフィが左手をウタの目の前に突き出す。


「作るんだろ?『新時代』!」

「……!」

かつて、幼少の時代に誓った夢。

ウタとルフィが、このマークに約束した新時代。

一切を忘れることのなかったルフィの言葉にウタが目を見開き…


「…フッ…ハハハハハハハ!!」 

盛大に吹き出した。

笑いすぎたせいか目元に滲んだそれをウタが指で拭う。


「ハハハ…あーあ、あのルフィにここまで言われちゃうなんてなぁ…」

「何だお前失礼だな!!」

「ごめんごめん…そうだね……いつまでも止まってはられないか」

ウタが静かに己の左拳をルフィのそれに合わせる。


「分かった…もう逃げないよ、シャンクスからも、夢からも」

「おう!」


かつてのように笑い合うだったが、やがてウタが体を崩し、前に倒れそうになる。

慌ててルフィが支えるが、ウタは既に意識を失う直前だった。


「ごめ…流石にそろそろ…能力…限界…」

「寝んのか?」

「うん…そしたら現実戻れると思うから…ごめん…ルフィの仲間達…さっきまで嵐で……ちゃんと…謝…」

「まーとりあえず起きるまで待っててやるからよ、一旦ゆっくり寝ろ」

「うん…ありが……」

言い切る前にウタの瞳が閉じ─夢の世界が、消えていった。


〜〜


「ん…?」

ルフィが目覚めたのは、あの城のベッドだった。

どうやら能力で倒れたあとここで寝かされてたらしい。

外のテラスに出れば、ずぶ濡れで倒れるように眠る幼馴染がいた。

「うーん…どうすっかな…お?」

港の方を見れば、ずぶ濡れで起き始める仲間達の姿があった。

どうやら現実ではあの場に体が放置されてたらしい。


「おーい、お前らー!!こっちこっち~!!」


「あ、あそこに麦わらいんじゃねェか!」

「ほんとだ…というかおれ達さっきまで…」

「大方ルフィがなんとかしたんでしょ…ちゃんと説明してもらわないと…」

「ったくあの馬鹿…はやくいくぞ」

「おいゾロ、そっちサニー号だぞ?」

「うんルフィが抱えてるの…あの麗しのセイレーン!?」

「…どういうことかしら?」


目覚めた仲間達がこちらに向かってくるのを見てルフィが笑う。


既に嵐は過ぎ、エレジアに日の光が指していた。

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