セイレーンと麦わら帽子⑨
『あいつらは…君を利用してこのエレジアに上陸し…国民を皆殺しにて財宝を奪い、船で逃げた…』
『君はずっと騙されていたんだ…赤髪海賊団と、シャンクスに!!』
『─ハハ─ギャハハハ─』
『置いてかないでェ!!…なんで…シャンクスゥ!!何でだよぉ!!!』
〜〜
「嘘だ!!シャンクスがそんな事するわけねェ!!」
ルフィが瓦礫に腰掛けるウタに叫ぶ。
ウタの顔は項垂れたままだった。
「…あんたは、シャンクスを信じるんだ」
「当たり前だ、シャンクスがそんなことするわけがねェ!!」
「…あの、廃墟のエレジアを見ても?」
ウタが静かに動かした視線の先には、崩壊したかつての街の光景が垣間見える。
「…それはっ…あのおっさんに何があったのかほんとのこときいてやる!!」
「………あとでね」
そう言って、ウタが話を続けた。
〜〜
ウタにとって、それからの日々は生きているのか死んでいるのかよく分からなかった。
ゴードンはよく世話をしてくれていたし、音楽も教えてくれた。
おかげで歌はどんどん上達していった。
しかしそれだけだった。
ここにはそれを披露する観客も、合いの手をくれる家族も友人もいない。
ただ技術だけを得るだけの虚しい日々だった。
そんな日々が終わりを告げたのは、2年ほど前のある日だった。
ある日、物資を提供してくれる商船の代わりに港に着いたのは…海賊船だった。
目ざとく人の気配を察知し、ならず者達はウタとゴードンの暮らす城にまで辿り着き、物資と身柄を寄越せと脅迫をしてきた。
若い女はシャボンディ諸島で売り飛ばせるとのことらしい。
なんとか穏便に交渉しようとするゴードンにピストルが向けられたとき…
久々に、ウタはその歌声に感情と力を込めた。
倒れる海賊達を縛り上げ、海賊船に放り込んだとき、船内にいくつかの檻を見つけた。
その中に閉じ込められていたのは、何匹かの動物達だった。
『…出してあげたら懐かれちゃった…』
『はは…きっと君の優しさに惹かれたんだろう』
そう言ってゴードンが笑う。
起き上がってマストに縛られたまま騒ぐ海賊達を放置し、
その日の夜、ウタは動物達と過ごした。
翌日海賊達にウタワールドで尋問してみたところ、どうやらこの動物達は特別賢いということで罠で捕らえてシャボンディで売ろうとした途中、物資目的で襲撃した商船から情報を得て、このエレジアに立ち寄ったらしい。
その日の夜、彼らの体毛に包まれながらウタは考えた。
あの海賊達は、自分の一番嫌いな海賊だった。
姑息な連中だと、心の中の侮蔑を隠せなかった。
だが、自分を育てたあの海賊達はどうだ?
自分を利用してエレジアを鏖殺し滅ぼした彼らは、あの海賊達と何が違う?
本来なら嫌悪すべきその彼らを、しかしウタは未だ憎みきれなかった。
憎しみより、何故?という疑問が上回っていた。
壁にかけられた一枚の紙を見る。
そこにかけられた「誓い」を、彼はまだ覚えているのだろうか?
自分は、その違いに進めているのだろうか。
「……よし」
ウタの中で、一つの決意が生まれたのはその時だった。
それから数日後。
「…出来たよ、ウタ」
「ありがとう、ゴードン」
海賊船の中には、自分宛ての新しい服があった。
黒のジャケットを基調とした身軽な服装、その背には、今ゴードンに刻んでもらった自分だけのドクロが大きくある。
「…しかし…本当に行くのか」
「うん、もう決めたんだ…自分でシャンクスに会って、色々ぶつけてやる…そのために、海に出る」
ジャケットを羽織り、ドクロを背負いながら答える。
「しかし…わざわざ海賊を名乗らずとも」
「いいんだよ…私が証明してやるんだ、海賊があいつらみたいなのだけじゃないって」
ウタにとって海賊とは、広い海を冒険し楽しむ、何より自由な存在だった。
ただ弱者を虐げ奪うだけが海賊じゃない。
少なくとも、自分と「彼」にとってはそのはずだと、ウタは信じることにした。
「といっても、すぐにはこの先なんていけないだろうし…まずは自分の仲間探しと船探しかな」
「それまでは、どうするつもりなんだい?」
「ああ、それは…」
「ガルルルル…」
「おい、吠えるな…ちゃんと働いてるだろ…」
「ね?」
「あ、ああ…」
港では、物資を運びながら海賊達をにらみつける動物達という、世にも珍しい光景が広がっている。
「あの子達が最初の仲間…あの子達と、これから仲間探しに行くんだ!!」
「…彼らは?」
「やだなゴードン、あんなのが仲間なんてごめんだよ」
「あぁ!?」
元船長がこちらに睨みを聞かせているがどこ吹く風でウタが続ける。
「私の仲間はもっと自由で優しくて、あと音楽が好きなやつが欲しいの!あんな下衆な仲間ごめん!」
「テメェ海賊なんだと思ってんだガキィ!!」
ギャーギャー騒ぐ海賊達を無視しながらウタは考える。
自分で言ったもののそんな仲間いるものだろうか。
少し理想が高すぎただろうか。
『なーなー!!今度はどんな冒険をしてきたんだ!?』
それでも、ウタには一つ心当たりがあった。
だからこそ、きっと世界に同じような人がいると信じられる。
「…そろそろ準備終わるかな…それじゃゴードン、行ってくるね!!」
「ああ………ウタ」
「ん?何?」
いつになく神妙なゴードンにウタが立ち止まる…が、ゴードンは開けかけた口を閉じた。
「…なんでもない……気をつけるんだぞ」
「うん…またその内帰って来るから、それじゃまた!!」
そう言って船に飛び乗る。
既に海賊達が出航の準備は整えている。
「グルル…」
「お疲れ様、ありがとうね」
見張りをしていた動物の頭を撫でていると、横にいた元船長がウタに話しかけてくる。
「それでどうすんだ?どっかの島でも行くのか?」
「うーん…特に考えてなかったな」
「ハァ!?計画性とかねェのか!?」
「まあ海行ってればその内海賊か島が見つかるでしょ…あ、あとで航海術とか教えてねエマキ」
「エボシだ!!…くそ…なんでこんな…」
「よし、それじゃ行くよ!!出航!!!」
『ガルルルゥ!!』
『おお〜…』
新たな海賊旗を掲げ、船が進む。
この日、また一つ、新たな海賊が生まれた。
の後に『セイレーン』の異名を持つことになる海賊、ウタ。
─この後、自分達の身に迫る試練を…ウタはまだ、知らない。