セイレーンと麦わら帽子⑥
「どうすんだ?お前に勝ちゃいいのか?」
「随分勇敢じゃん、『ここ』じゃ私が最強なの知ってるでしょ?」
拳を構えながら息巻くルフィに、ウタは手を軽く振りながら答える。
「関係ねェ、それでも勝つだけだ」
「相変わらずだねあんた…いいよ、少しルール決めよっか」
その言葉とともにウタが指を鳴らし、数枚のコインを取り出した。
「デービーバックファイト…あんたも聞いたことあるでしょ?」
"デービーバックファイト"。
海賊同士の船員と海賊旗を賭けて争う待ったなしのゲーム。
かつて海賊島で生まれたという海賊の決闘だった。
「ホントは少し違うらしいけど…それに倣った勝負でいいでしょ?」
その言葉とともに、ウタの周りに出てくる影がある。
その場に現れたのは、奇妙な格好の動物らしき生物たちだった。
ライオン、キリン、パンダ、猫、犬…実際の姿と異なるそれらがウタの周りにてルフィを見据える。
「ブライアン、ジラッシュ、スリム、カーペンニャー、ダクソン…」
一人ずつ、ウタが名を呼びかける。
「この子達が私の仲間…みんないい奏者なんだよ?それで…」
ウタが再び指を鳴らす。
再びあの音符の戦士が二人、槍を手にそばに現れる。
「これで7…丁度ルフィの仲間の数と同じでしょ?」
パンと手を叩き、ウタが言った。
「今からこの子達と私の8人と戦ってもらって、それで全部勝ったらルフィ達を開放してあげるよ、見逃してあげる!!」
「そうか」
高らかにウタが答える。
「…随分軽いね、言っとくけど一回でも負けたらルフィも私の仲間になるんだよ?」
「ああ、負けるつもりねェからな」
「…ふーん、そう」
少しの苛つきを感じながらも、ウタは表情を崩さない。
「最後に一回聞いておいてあげるよ…今なら痛い目合わずに仲間にしてあげるけど」
取り出した銃を投げ渡しながら、最後にウタが聞く。
それでもなお、ルフィの答えは変わらなかった。
「…おれは誰にも従わねェ…!!」
言葉とともに銃を掲げるルフィに、ウタがため息をつく。
「…分かった、なら分からせるしかないね」
両者が銃を構え…引き金を引いた。
「ゲーム成立…もう謝っても駄目だよ」
海にコインを投げ捨てながらウタが吐き捨てる。
「八回勝負…あんたが負けるか、私達全員に勝って仲間と自分の身柄を取り返すかだよ」
呼び出した音符の上から見下ろしながらウタが告げる。
その上空には、五線譜で口を塞がれながら拘束される仲間達がいる。
「…それじゃ、皆も頑張ってね」
その言葉とともに、5体の動物が音符に包まれ…姿を変えた。
まるで人のように服を着ていたそれらが、野性味を帯びた本来の姿に戻っていく。
「それでルフィ、誰からやる?誰からでもいいけど?」
音符に腰掛けたウタが問いかける。
「……いいよ、全員まとめてで」
「…は?」
「お前以外相手になんねェ…一気に終わらせてェ」
侮辱されたと思ったのか、獣達が唸り声を上げる。
「…いいの?その子達だけで数千万も狩ったことあるけど」
「構わねェよ、お前も時間ねェんだろ?」
準備体操でもしてるのだろうかルフィが答える。
「…だってさ、皆好きにやっていいよ」
諦めたのか、ウタが指示を出す。
その声を聞き、集団から獅子が前に踏み出した。
ブライオン、ウタの率いる「アニマルバンド」の中でも随一の実力者であるそれは、
かつてルフィが対峙したリッチーにも劣らぬ巨躯だった。
ウタが音符の上で、対峙する一人と一匹とを見つめる。
本来ならウタも自分の仲間を応援したいところだ。
……が、その優れた見聞色は、既に勝敗を感じ取っていた。
「ガウッ!!」
その巨躯が飛びついていく。
勢いのまま、鋭い爪が目の前の海賊に振り下ろされ…
石を、砕いた。
すぐブライオンが辺りを見る。
そこにあるはずの肉塊はなく、ただ砕けたステージがあるのみ。
どこに行ったか全く視認できなかった獅子は、己に影がかかったのを見てやっと相手の居場所に気づいた。
すぐに上を向こうとしたその獣の顔面に、激しく回転する拳が上から叩きつけられる。
唸り声もあげられず、獅子はその場に倒れた。
「次」
ルフィが静かに告げる。
一人の男の威圧感に、音符の戦士以外の4体が震え上がった。
「……今の…」
ウタが何かを呟いたのも届かず、4体がそれぞれルフィに向かっていく。
足を振り上げ、爪を立て、牙を剥いた獣達に対し、ルフィは一切動じなかった。
それらを回避し、パンダの首に腕を巻き付けてそのまま地面に突き落とす。
足の裏を合わせ、突き出した足がキリンの胴体を吹き飛ばす。
そのまま両足をそれぞれ、とっさに動けなかった犬と猫に叩きつけた。
「"ゴムゴムの"ォ…」
残った二人の音符の戦士が盾を構える。
それに構うことなく、ルフィの大技が炸裂した。
「…"攻城砲"!!!」
繰り出された拳が盾を突き破り、音符の戦士を吹き飛ばした。
巨骨にまで飛ばされた二人の戦士が、音符に戻って消える。
ステージの上に、立っているものはルフィ以外いなかった。
「……覇気使ってないのにこれかぁ」
ウタの見ていた限り、見聞色も武装色も使われていなかった。
使われていたとしても本人も周りも意識しない程度の微弱なそれだろう。
そんな状態で、ルフィはウタの鍛えた獣達を一蹴してみせた。
流石は3億だと、心の中で頷く。
「…皆お疲れ様、休んでて」
音符に乗せられ、怪我を癒やされた獣がそのまま音符とともに離れていく。
そうして、いよいよウタがステージに再び降り立った。
「ほんとに強くなったね…あの子達がこんなあっさりなんて」
そう言いながら、ウタが己の得物を手に取る。
灰色の柄の、長く細い槍だ。
「…帽子、返してもらうぞ」
ルフィがウタの首にかけられているそれを見る。
「言っておくけど、私はあの子達ほど楽にはいかないよ…覚悟して」
腰を低く槍を構えながら、ウタが宣告する。
そらまでの獣とも、かつての面影とも違うその刺すような雰囲気に、ルフィも構え直す。
両者が駆け出し、槍と拳がぶつかる。
最後の一本勝負が、始まった。