セイレーンと麦わら帽子②
「………」
未だ嵐は止むことなく激しさを増していく。
ぼんやりと、ウタは外を眺めていた。
思い返されるのは、先日のシャボンディでの政府からの依頼だった。
なんてことのない、島にいる海賊の捕縛任務だった。
さっさと終わらせて現地の海軍に手渡し暇になったあと、
少し魔が差して観光でもしてみようかと思ってしまった。
身分を隠すためのいつもの服からは考えられないピンクのカーディガンとフードに身を包み、街を見て回る。
流石に遊園地に一人で行く気はなかったが、珍しいお土産や食べ物が多く思いの外満喫できていた。
ゴードンにもお土産を買い、いざ帰ろうと思ったときだった。
すぐ近くの通りで人のざわめきに嫌な予感がし、物陰に隠れる。
やがて、人々がその場に伏せて頭を下げ始め…それが現れた。
鎖に繋がれた男を牛のように乗り回す男…世界貴族、天竜人だ。
政府に関わる人間として、世界貴族への最低限の知識とマナーは把握しておいた。
一応バレないようにより影に隠れる。
万が一絡まれでもしたら面倒なことになるのは確実だと思ってだった。
やがて天竜人が過ぎていき、一息つけそうだと思ったときだった。
誰かの咳き込む声のあと、何発もの銃声が響いた。
飛び出して行きそうになる足を抑え、鎖の音が遠くに行くのを待ち、物影から様子を見た。
血だらけの老人の夫婦と思われる人影が、その場に倒れていた。
周りの数名がなんとか介抱しているが、既に見聞色がその二人の即死を確信させてしまっている。
何があったのかなど考えるまでもない。
天竜人の前で粗相をすればこうなる、それが常識だった。
もし、もし自分が政府の犬などではなかったら、あの場に飛び出し、手当て出来ていたのだろうか。
…答えなど、出せるはずもなかった。
「………うん?」
妙な気配がする。
遠くからこの島に迫る2つの小さな気配と…一つの大きな気配だ。
この感じ、おそらくシャボンディで捕縛した懸賞金数千万の海賊よりずっと強い。
「……海賊…?」
だとしても、何故海の上の空からこの島に迫っているのだろう。
万が一を考え、嵐の中外に飛び出した。
「…あ」
雨で最悪の視界の中、何かがこの島に落ちてくるのを視認する。
その真上からこちらの上空を鳥が通り過ぎていった。
気配の一つはこれだろう。
落下地点にたどり着く。
そこにいたのは大きな魚だった。
落ちた拍子で既に息絶えたのか動くことはない。
それより目を引いたのは…。
「…手、だよね」
魚の口から、人の手が飛び出ている。
落ちた人が食われたのだろうか。
しかし、覇気は感じられる。
恐らく気絶はしているが、確かに一般人のそれではない。
何故か懐かしさすら感じてしまいそうなぞのはきの正体を知るため、魚の口を開いた。
「………は?」
〜〜
少し時を遡る。
エレジア近くの海の上で、ルフィは魚と鳥相手に格闘していた。
「おい鳥!!あっちだあっちの島!!ってか手離せ!!」
未だ片手を魚に食われたまま、もう片手を鳥の首に回す。
暴れ回る鳥の上で、不安定ながらもなんとか島に向かえていた。
「よし、島だ!!…お、すげーでけー骨」
すぐ付近に大きな骨が見える。
恐らく海王類だと思われるその骨にルフィが見とれて、首を抑える力が弱まったすきを鳥は見逃さなかった。
飛びながら暴れまわる鳥が、いよいよ上空で魚を放したのだ。
当然、魚は未だルフィの手を加えたまま。
「うわあああ!!」
魚とともに血に落下するルフィが、伸ばし切っていた腕に引かれながら魚の頭に引き寄せられ…
パクリと、口の中に消えた。
その直後、魚は地に落ち…狭い口の中で、ルフィは少しの間暴れていたものの…酸欠で気絶した。
「んう…?」
雨音が止まぬ中、ルフィが目覚めるたのはどこかの建物の中だった。
起き上がれば、自分の体が全裸でベッドに収まっている。
「…サニー号じゃねェな…誰か島にいんのか?」
とりあえず起き上がり、すぐそこの室内に干されていた服を着る。
まだ少し濡れているが、その内乾くと気にしていない。
「とりあえず誰か探すか…腹減っちまったなァ…」
そう言いながら部屋を出ようとした時だった。
『─た─なじ歌を─う───なたを想うでしょう』
どこからか、歌声がした。
声のする方を見れば、部屋のテラスに誰か立っているのが見えた。
扉を開け、その人物のもとに向かう。
「なあ、お前…」
こちらに背を向けて歌うそれは、歌声から恐らく女だと思われたが、
服装はそれを感じさせない黒い軽装だ。
頭につけられた黒いヘッドホンが随分目立っている。
そして片側だけ結ばれた赤と白の髪型に…
ルフィは、誰かを思い出しそうになった。
やがて、目の前の人物が歌を止め、こちらを振り向く。
「…起きたんだ…久しぶりだね、ルフィ」
そう言って静かに笑う彼女を見て…ルフィの頭に、かつての思い出が想起された。
「…お前、ウタか!?」
「うん、そうだよ…ほんと、久しぶりだね」
苦笑するウタに、ルフィが飛びつく。
「久しぶりだなウタァ!!また会えた!!」
「ちょっ…いきなりあんたね…」
そう言いながらも、ウタは拒まなかった。
自分に向けられた屈託ないその笑顔に、どうしても10年前の思い出が思い返されてしまう。
「…私も、会えて嬉しいよ」
目尻に静かに涙を浮かべながら、ウタも答えた。
エレジアの城のテラスの空は、雲ひとつない晴れだった。