セイレーンと麦わら帽子①
グランドライン前半『エレジア』
暗い雲の広がる海に浮かぶこの島の港には、
中型の異様な船が止まっている。
その港から少し離れた建物の、ある一室に彼女はいた。
「…ウタ、帰っていたのか」
「うん、久しぶりゴードン」
自室で荷を降ろしていたウタと呼ばれた女が返事をする。
かつて栄えていた名残の廃墟も寂れたこの島には、
基本一人の男が住んでいた。
そして時々、あの船に乗ってもう一人の住人が帰ってくる。
名目ばかりの数字となった王下七武海の一人、
"セイレーン"ウタ。
そして元エレジア国王ゴードン。
今この島にいるのはこの二人だけだ。
「マリージョアの会議以来だな…今回はどうだった?」
「ん〜?別に、少しね」
ウタが前にこの島を出たのは、マリージョアで七武海の招集があったからだ。
先日アラバスタ王国においての陰謀が発覚し、
七武海を除名されたクロコダイルについての会議だったが…
参加したのは結局三人、傍観者が一人。
とても政府からすれば実りあるものではなかっただろう。
本来とっくに会議は終わっていたが、ウタはしばらく帰ることはなかった。
「…会議のあとは、どこに?」
「少しね、いくつか島を回ってたんだけど収穫なし…そのあとシャボンディで政府の依頼があったからそれだけやってきたんだ」
荷を解きながらウタがそう答える。
「ゴードンは?特段変わりなかった?」
「そうだな…先日ここに海賊が停泊していた以外は」
「海賊!?そんな危険なことなんで呼ばなかったの!?」
ウタが跳ねるようにゴードンを見る。
「いや…彼らは特段こちらに手を出すこともなかったのでな」
確かにここに停泊したのは名のあるある億超えだったが、
こちらを認識するや否やすぐ敵意はないこと、船の修繕をしたらログが溜まり次第島を出発することを示していた。
実際にその通りだったので、わざわざ言う必要もないと踏んでいたが。
「私は大丈夫だ…それより」
「…なにか、あったか?」
ゴードンが不安げに訪ねるのを、ウタは笑って否定した。
「別に、なんでもないよ」
ゴードンは何か言いたげだったが、やがて話題を他愛無いものに切り替える。
「…天気が怪しい、嵐かもしれないから、今日は早めに休んだらどうだ?食事をすぐ用意する」
「うん、ありがとう」
そう言ってゴードンが退出したのを見送って…ウタは荷を放ってベッドに飛び込んだ。
その手には、取り出された先日の新聞がある。
『エニエスロビー陥落!!恐怖のルーキー"麦わらのルフィ"!!』
一面を飾ったそれには、よく知る顔の写真が貼られている。
初めてそれを認知したのは、例の会議だった。
比較的真面目で仁のあると認識していたクロコダイルは、
とんでもない化けの皮を秘めていた。
そのことに少なからずショックを受けながら参加した会議で名が出たのは、
よく知る幼馴染の名前だった。
真に砂漠の悪党を粉砕してみせたルーキー、麦わらの一味のルフィ。
はっきり言ってその名が出たあとの会議はよく覚えていない。
終わり次第、いつも突撃していた鷹の目すら無視して船を出した。
全速力でグランドラインを逆走し、アラバスタからの進路を根掘り葉掘りしたのに見つからず…
諦めて政府の依頼に従ったあと何故か別航路のウォーターセブンでの情報が入った。
しかし今から出ても間に合わないと踏み、一度諦めてエレジアに帰還していた。
諦めるつもりはない。
なんとしても一度会っておきたい。
どうせシャボンディでしばらく停泊するのだろうからそこで機会が…
そこまで考えたのを一度取りやめるように寝返りをうつ。
今回のシャボンディでの思い出ははっきり言って地獄だった。
今まで政府の元で仕事していて最悪だったと言ってもいい。
それほどまでの光景を見てしまった。
「…ハァ」
片方の視界をなくしたことで見にくくなってしまった左手のマークを見る。
今何をしているのだろう。
今頃魔の三角地帯にでも突入しただろうか。
ひょっとしたらゲッコー・モリアに狩られてしまう?
「…ないか」
なんとなく確信がある。
モリアではルフィは止められないだろう。
会ってもいない幼馴染への不思議な信頼感が湧く。
手に持っていた新聞、ルフィの手配書の写真。
つい、頭のそれが目に入って新聞を握り潰してしまう。
「……どこいるの」
気づけば、いつの間にか外は嵐だった。
〜〜
「ひゃ〜、すげー嵐だな!!」
「参ったわね、しばらく抜けるのに苦労しそう…」
「アウッ!!サニーに任せておけい!!」
とある海、パドルを横に備えた一隻の海賊船が海を行く。
その甲板では慌てて仕事をする海賊達がいる。
「お、見ろよゾロ、サンジ!!デケェ魚!!」
「お、夕食はいいかもな…」
「よし、おれが斬って…」
「嵐なんだから大人しくしてろマリモ!!」
「アァ!?なに命令してんだ眉毛!!」
「そこ、喧嘩しない!!それに今は魚なんて…」
「ゴムゴムのォ〜!!」
「話聞け!!!」
喧騒をよそに、その男がゴムのように伸ばし、魚の体を掴む…と思われた手は、まさかの魚の口に加えられた。
「ギャー!!ルフィの腕がアア!!」
「エ〜!?医者あああ!!!」
「あなたよチョッパー?」
「にゃろ…腕離せ!!」
そのまま腕を戻す要領で飛んでいったルフィが魚に拳を入れようとした…その時だった。
「ありゃ?」
『は?』
…グランドライン特有の巨鳥が、ルフィの手をくわえた魚を鷲掴みにして飛んでいった。
「助けてエエエエエ!!」
『なにやっとんじゃアホォ!!』
一味からの盛大なツッコミを受けつつ、ルフィは攫われていく。
「ルフィ!!ここからあっちの方角に島が見えた!!最悪そこで落ち合うわよ!!」
「分かったァ!!」
返事をしながら、ルフィが鳥をなんとかしようと飛び乗るのを見届け、ナミが指示を出す。
「フランキー、私達もあの島に!!」
「アウッ!!スーパー任せろ!!」
かくして、麦わらの一味の船は嵐の中、水平線に見てた影に向かう。
…かつての音楽の島、『エレジア』へと。