セイレーンと麦わら帽子㉖

〜頂上戦争より幾月。
偉大なる航路に浮かぶ一隻の巨大軍艦グローセアデ号。
海軍と七武海、そしてある一つの海賊団の戦争。
その火中に、セイレーンもまた身を投じていた。〜
始まりは、少し時を遡ったエレジアだった。
「ただいまー、ゴードン」
「ああ、おかえりウタ」
いつものように船で島に帰還したウタをゴードンが食事を用意しながら出迎える。
最近の活動では、ウタが負傷して帰ってくることもほとんどないためゴードンも少し気を楽に待つことができていた。
その日も服の返り血もほとんどなく元気な姿のウタが上陸してきていたため安心するゴードンの元へウタが歩んでいく。
「どうだったんだい?今回の任務は?」
「ぜーんぜん、相手になんないよ…もう少し修行にいい海賊なら良かったのに」
特製パエリアを頬張りながらウタがため息をつく。
ここ最近、ウタはとにかく近辺の海賊を狩りに狩っていた。
己をみがきあけるためのハンコックへの志願を諦めていた訳では無い。
それでもその間を無駄にはできないと戦争以来また爆発的に増えた海賊を相手にすることが増えたものの、残念ながらウタの期待に見合う程の実力の海賊はそうは現れなかった。
「もう少しこう…死闘になれるような相手でもいればなぁ」
「まぁまぁ…君が怪我しないなら何よりじゃないか…」
「そりゃそうだけどさ…うん?」
愚痴をこぼすウタとそれを宥めるゴードンの前に、空から羽ばたく音が聞こえてくる。
「また伝書バット……なんだろ?」
「政府からの任務かい?しかしバットとは…」
伝書バットが来るということは、政府直々の勅令…少なくとも、無視できるようなものではない。
ウタが文書を開き、目を流していく。
その片眉が上がったのを、ゴードンが不安げに見守っていた。
「…なんだって?」
「…七武海召集、バーンディ・ワールドに備えるための会議…?なにそいつ?」
「何!?バーンディ・ワールド!?」
ウタが全く分からんとばかりに呟いたその名前にゴードンが驚愕の反応を見せた。
突然のそれにウタが目をパチクリとさせながらゴードンの方を見る。
「え?有名?というかゴードン知ってるの?」
「ウタ、ワールドといえば30年前の凶悪な海賊…君の所属する七武海の出来た遠因だ…!!」
「……凶悪?」
「そうだ」
当時の悪名をつらつらと知る限り並べていくゴードンを若干聞き流しながら、ウタの中に一つの思考が生まれた。
「……ゴードン、そいつ強いの?」
「え?そりゃあ強いだろうが……まさかウタ」
「よし、ご馳走さま!」
一気にパエリアを完食したウタが上着を来て飛び出していくのを、ゴードンが慌ててその背を追いかけた。
「待ちなさいウタ!まさか君一人で…」
「張り合いありそうなやつが来てくれて助かったよ!あ、今日はダクソンがゴードンの護衛と留守番ね!」
動物達に指示をしながらウタがあっという間に出航の準備を整えていく。
「ウタ!ワールドは本当に危険な男だ!君だけでは…」
「白ひげとどっちがやばい?」
「えっ…それは…」
思わず言いよどむゴードンにウタが笑いかける。
「戦争だって生き延びたんだよ、大丈夫…危なくなったらちゃんと退却するから、それじゃ!」
合図とともに帆が広がる。
船がウタ達を乗せ、エレジアを発っていく。
「くれぐれも気をつけるんだ!いざというときは海軍に…!」
「心配しすぎ!…行ってきます!」
最後までゴードンの不安の声を背に受けながらも、ウタは噂の破壊者向けて船を進めていった。
〜そして現在〜
「……どこここ!!!」
…セイレーンと謳われた彼女は、迷子になっていた。
少し前、一応マリージョア方面に舵を取っていたウタは、偶然にもお目当ての敵船、グローセアデ号を発見できてしまっていたのだ。
船の留守番を他の動物達に任せ、ウタは早速単身乗り込んでいった。
…までは良かったのだが、この船は巨大な戦艦。
そしてウタは知らないことだが、一人の男の手で不規則に内部が変形するこの構造の中では、すぐに迷子になるのは必然的だった。
「参ったね…それにしても、結構強いやつの気配あるなぁ」
自分の動物達より強い気配が2つ、自分でも厳しいと感じれる気配が3つ、なんか数だけは結構なかたまりが1つ。
存外自分と同じ七武海でも乗り込んでいるのでは?なんてことを思いながら、ウタはとりあえず数の多いところを狙って進んでいた。
「あーもう鬱陶しいなぁこの船!!もう少し私の船見習ってコンパクトにしてよ!」
そんな愚痴をこぼしながらウタが少しずつ進んでいく。
かなり近づいたと思った時、突如として爆音と共に煙が通路に流れこんできた。
「は?何これ…毒ガスじゃないし……うん?」
困惑しながら進んでいたウタの目の前に、いつの間にか謎の男がいた。
巨大なハンマーと変な髪をした男は、ウタを認識次第目つきを険しくし手をかざす。
「てめぇもあの赤鼻の仲間の侵入者か!?"エアキューブ"!!」
男の名はガイラム、
この船の機関士であり、触れたものをキューブ状にする"キュブキュブの実"の能力者、キューブ人間である。
「喰らえ…"エアキューブスター"!!」
己の能力で圧縮した大気をガイラムは眼前の侵入者へと撃ち込んだ。
まっすぐとその大気のキューブは進み…そのまま、虚空を切った。
「なっ……!!」
ガイラムが姿を消した相手を認識しようとしたときには、眼前に槍の切っ先が向けられていた。
その根本ではウタがマイクの準備を済ませ、鋭く敵を見据えている。
「侵入者…じゃ、あんた敵だよね」
「あっ…まっ待て…」
「"衝撃歌唱"!!!」
ウタの発声が、槍を通してガイラムの顔面に衝撃波として伝わる。
ほぼ零距離で衝撃を食らったガイラムは倒れ伏し、そのまま動かなくなった。
「ふう、なんなのいきなり……ん?」
「あ、どもーこんにちはー…」
「だガネ…」
ウタが視線を動かすと、抱き合うように煙の中にいた二人が目に入る。
間違いなく、最近新たにできた同僚そのものだった。
「…あ、赤鼻のバギー」
「だァれが赤っ鼻じゃ!この"道化のバギー"様を舐めがやって!」
「ば、バギー…この女七武海の"セイレーン"だがね…!!」
「ナニィ!?」
突如現れた自分の同僚に口をあんぐりとさせるバギーを余所にウタがため息混じりに足元に転がるガイラムを見た。
「何、あんた達もワールド目当て?その覇気だととても無理そうだけど…」
「アァ!?舐めた口ききやがって!"麦わら"といい今日は生意気なガキによく会う日だぜおい!」
「お、おいバギー!あまり下手なことを…」
「待って?いまルフィに会ったって言った?」
「へ?」
突如ウタがバギーの首を掴んで揺する。
「ここにルフィが来てるの!?」
「やめろ離せ!そうだよ女帝と並んで戦ってたしさっきもここにいた!」
「……どっち行った?」
バギーを睨みつけながら問い詰めるウタに対し、少し唸ったバギーがやがて指を指した。
「……あっち」
「あっちね!ありがと!」
聞くやいなや放り出されてその場に尻餅をついたバギーに、ウタの背を見送ったギャルディーノが近づいた。
「…バギー、あっちは反対方向だガネ…何故嘘を?」
「生意気な野郎だ、素直に教えてたまるか…それに」
「それに?」
「…何故か知らんがこう…嫌なやつを思い出しちまった」
「は?」
自分でも答えが分かっていないようなバギーに、ギャルディーノは頭にはてなを浮かべることしかできなかった。
…このあと、中々晴れない煙の中でハンコックに問い詰められ今度は素直に方向を教える二人がいたが、それは別の話。
〜〜
「……やっぱり騙されてたよねこれ!」
何度も震える船の道を進みながらウタが呟く。
教えてもらった方向の道を進んでみたはいいものの、明らかに主戦場から離れてしまっていた。
いざ戻ろうとしても相変わらず複雑な構造のお陰で再びウタは絶賛迷子中であった。
そして何より…
「さっきから砲撃とかなんか変な音してるし震えてるし…もしかしてこの船沈もうとしてない!?」
ウタは把握できてないが、今現在この船は海軍の艦隊の砲撃、そして元帥サカズキの攻撃で少しずつ崩壊を始めていたのだ。
「あーもう……あの赤鼻今度あったら殴ってやる!」
ウタが八つ当たりと言わんばかりに壁に武装槍を叩きつける。
するとその壁が崩壊し、すぐ隣の通路に貫通してしまった。
「うおォ!?なんだ!?」
「…ん?うおォ?というかその声…」
『あ!!』
〜〜
「どうじゃ!?ルフィの姿はまだ見えぬのか!?」
女帝の張り詰めた声が船に響く。
グローセアデ号の後ろに軍艦から身を隠すように止まっていた九蛇の船は、ワールドとの決着を望んだルフィを待つハンコックと九蛇の戦士達がいた。
先程ワールドの能力で放たれた最後の砲弾も突如空中で2つに切断、不発に終わり、いよいよ船が終わりを迎えようとしていた。
そして
ドオォォォォ…
「ルフィイイイ!!」
悲痛な声が響き渡る。
ワールド海賊団の船、グローセアデ号は大爆発し、海の藻屑となった。
フラフラと妹に支えられるハンコックの横で爆発の煙を神妙に眺めるニョン婆に、一人の戦士がかけつける。
「ニョン婆様、その…今言うのもどうかと思われるのですが、報告が」
「…ニャんじゃ?」
「実は先程より、この船の隣に小型の海賊船がいつの間にか並んで停泊しており…」
「…小型?」
ニョン婆が空中に跳ね、船の横を見る。
上空から、確かに一隻の船を視認した。
「…!?あの船は確か……ぬ!?」
ニョン婆が煙に振り返る。
「ウワアアアアアア!!」
「キャアアアアアア!!」
次の瞬間、煙の中から一組の男女が悲鳴とともに飛び出してきた。
槍を片手にした女にもう片手を繋いで、ルフィが飛んできていた。
「ルフィ!!」
「"セイレーン"!?何故あのもニョがルフィと!?」
喜びと驚愕の声を上げる九蛇の船へ、ルフィが手を伸ばす。
もう片手でウタを掴みながら、ルフィがそのまま船に着地した。
「ルフィ!!」
「ハンコック!…わぷ」
「ルフィ!無事で良かった…」
勢いのままルフィに抱きついたハンコックだったが、視界の隅にウタを見て慌てて取り直した。
「……お、おほん…久しいのウタ」
「いや無理でしょ誤魔化すの…ほんとに惚れられてたんだねルフィ」
「ん?」
あんまり分かってなさそうなこの男に呆れるウタのもとにニョン婆が歩み寄っていく。
「しかし、なぜそなたがルフィと共に飛んできたのじゃ?」
「あー、それは…」
〜
「ウタ、なんでお前こんなとこに!?」
「ルフィこそ、なんであんた…!?」
先程壁をぶち破った先で、ルフィとウタはまさかの再会を果たしていた。
「おれはあいつぶっ飛ばしたから、ハンコックのとこ戻らねェと…」
「ハンコックさん!?あの人も来て…うわ!?」
「うお!!」
二人の会話の最中、爆音と共に大きく船が揺れる。
「…外で、なんか大っきな爆発が起きたのかな」
「やべェな…早く脱出…うっ…」
ルフィが苦しげに呻く。
ウタが改めてルフィをよく見れば、全身の傷は少なくなかった。
「あんた…またかなり無茶したみたいだね」
「シシ…しょうがねェ、壁ぶっ壊して外出て…うーん」
「どうしたの?珍しく悩んで」
頭を抱えるルフィを物珍しそうにウタが問いかける。
「さっき海軍が来てるとか言ってたんだよな…おれバレたらまずいよなァ…」
「あーなるほど…」
そんなこんなで二人が悩んでいるうち、二人のいる場所の天井に穴が開いた。
「しめた!私見てくる!」
「おれも!」
二人で穴から外を覗く。
幸運なことに裏側であり、海軍の軍隊は視認できず九蛇の船のみが視界にあった。
「あ、私の船も隣にある…よし、あそこまで飛べば…」
「おれも行くか、"ゴムゴムの"…いっ」
腕を伸ばそうとしたルフィが再び唸り声をあげる。
伸ばそうとした腕の傷が傷んでとっさに抑えてしまっていた。
「ちょっ…もう!手貸して!」
ウタがルフィの手を繋ぎ、槍を構えた。
「あんま勢い出せるか分からないけど…"衝撃歌唱"!!」
ウタが槍からの衝撃波でルフィと共に外の森に出る。
更に森の上に出ようかという直前、船が大爆発した。
「ウワアアアアアアアア!!」
「キャアアアアアアアア!!」
爆音に悲鳴をかき消されながら二人が爆風で空に押し出される。
かくして二人は丁度爆発に紛れながらも脱出に成功することとなったのだった。
〜
「いや〜、危なかったな〜ハハハ!」
「笑い事じゃないよあんた…あのまま船のなかいたら一緒に海の藻屑になってたよ」
ため息混じりに治療を受けるルフィにウタが話しかける。
久しぶりにあったルフィは、着実に覇気が上がっていた。
「…こりゃ本気で私もウカウカしてらんないなぁ…」
「ん?なんか言ったか?」
「なんでも?…もう…」
その時、ルフィの手当を眺めていたハンコックがウタに向き合った。
「ウタ…結果的とはいえ、ルフィが助かった…礼を言わせてくれ」
「礼だなんて…ほんとにたまたまこうなっただけだし、いいよそんなの」
「そうはいかんニョ"セイレーン"」
そこにニョン婆も会話に加わる。
「ルフィはこ度蛇姫の妹を救ってくれた恩人…しからばそのルフィを救ったおぬしもまた、わしらの恩人と言えよう」
「…なんか、凄い話飛躍してない?流石にそこまで…」
「それでじゃ!…お礼と言ってはなんじゃが、先日のこのものの願い、叶えるのはどうじゃ蛇姫?」
「え?」
キョトンとなんだったかと考えるウタの前で、ハンコックが口を開いた。
「…そなた、妾に修行相手を願っておったな…良かろう、力になってやる!」
「ほんと!?」
ウタが顔を輝かせる。
「お前ハンコックと修行すんのか!すげェな!」
「ハンコックさん、ほんとにいいの!?」
「うむ、貸しの一つも返せね九蛇の名折れじゃ」
あくまで堂々というハンコックの後ろで、妹とニョン婆の三人がヒソヒソを会話をする。
「姉様、ずっと口実を探していたものね」
「素直になっておればもう少し早かったのじゃがニョ…」
「それは仕方ないわよニョン婆様…」
「何か申したか」
『いえ、何でも』
声を揃えて言う3人からウタに視線を戻したハンコックが続ける。
「後日迎えを出す、それで女ヶ島に来るとよい…分かったな」
「分かった!……やった!」
かくして、ウタもまたハンコックの元で修行をすることになった。
…この修行が、彼女に大きなものをもたらすことになるのを、本人すら未だ知り得なかった。
〜おまけ〜
『ワールド粉砕!お手柄道化のバギー!!』
「………」
「ウタ、食事の用意が」
「……ふざけんなあいつゥ!!!」
「!?」
後日、新聞を片手にしたセイレーンの怒号がエレジアに響き渡った。
…その頃、新世界である四皇がその新聞を手にとって大笑いしていたとかなんとか