セイレーンと麦わら帽子㉕

「……ここがルスナイナ…凄い島だなぁ」
女ヶ島より北西に位置する無人島、ルスナイナ。
早速この島に上陸したウタが、船からブライアンを連れて島のジャングルの奥を見据える。
人の営みが古くに消えたこの島からは、ひたすら過酷な自然が感じ取れていた。
「うーん…ほんとにヤバいところだなぁ…」
目を閉じ、島全体を見聞色で感じ取る。
総数など分かるわけもないが、この島で力を持つ猛獣はある程度は把握する出来るはずだ。
「…うん、ざっと回避したいのが300体…そこは避けて行こうかな」
今の自分では能力込みでも相手したくないような存在がゴロゴロと感じ取れる。
ある意味この島で暮らすのは頂上戦争にも並ぶ過酷さだろう。
「…行き先は分かったし…行こっか」
感じ取った気配、その中でも明らかに別格なその気配の元へ、ウタは進んで行った。
〜〜
「……そろそろ、のはずなんだけどね」
少し全身を葉や枝で汚したウタが呟く。
隣のブライアンも息が上がり始めている。
「舐めてたなぁ…ここまで敏感な子が多いなんて」
ここに来る道中、3度ほど明らかに自分でも太刀打ち出来ないような怪物に遭遇し、ジャングルを逃げる羽目になってしまった。
特に三体目は耳に怪我か障害を負っていたのかウタウタすらも通用しなかったのだ。
「…やっぱりウタウタも限度があるなぁ…何としても例の件進めないと……どうしたの?」
突如ブライアンが鼻息を荒らげたと思えば自分によってきた…というより、自分の方に逃げてきた。
そちらを見れば、やけに太い木が見える。
「…なんだろあれ……あ!」
ウタが声を上げる。
その木のすぐそばの岩に、見覚えのあるものが乗せられていた。
「帽子、なんでこんなところに…」
紛れもなく、ルフィの麦わら帽子だった。
その木に近づくのを嫌がるブライアンを残し迫ったウタが帽子に手を伸ばし…
何者かに、その手を掴まれた。
「っ!?」
「…失礼したなお嬢さん」
ウタの手を掴んだのは、白い髭の老人だった。
目の前に立つそのかなりの年齢の老人を見て、しかしウタの緊張は高まった。
「……あんたが…例の"冥王"さん?」
「確かにその通りだ…はじめましてだな、シャンクスの娘」
"冥王"シルバーズ・レイリー。
ウタが感じ取ったこの島で圧倒的な覇気の持ち主であり、元海賊王の右腕…そして、今のルフィの師だった。
〜〜
「ドヒャアアアアア!!」
「ウホホホホォ!!!」
「やってるな」
「うわぁ…」
木陰の影から覗くレイリーとウタの視線の先で、ルフィが巨大な猿に目隠しされた状態で追い回されている。
逃げるのに夢中で全く二人には気づけてなさそうだ。
「…滅茶苦茶だけど……うん、元気そうだね」
安心したようにウタが呟く。
胸に大きな傷跡こそ残ってはいるが、今のルフィはあの戦争での心身のダメージを感じさせなかった。
「しかし、まさか仲間しか分からない暗号だったとはねェ…」
「世界は別のことに目が行く…まず気づかんだろう」
それはそうだろうなとウタが心のなかで呟く。
自分も違和感こそあれどその意味は聞くまで思いつきもしなかった。
あれほどの行動がまさかメッセージのみとは、海軍も政府も分かりはしないだろう。
「2年…あの寂しがり屋のルフィがよく決断したなぁ」
ウタの言葉に答えるようにレイリーが口を開く。
「彼なら心配はいらんさ、今により強くなるだろう…会って話すか?」
「うーん……今はいいかな」
「ほう?それはまた何故だ?」
興味深そうにレイリーが片眉を上げた。
視線の先で今も走り続けているルフィを見ながらウタが続ける。
「今は修行に専念したいだろうしね…あいつも、私も」
視線を外し、ウタがルフィに背を向ける。
「一目確認できて良かった…ひとまず、今日はこれだけ」
「…なるほど、それがハンコックに預けてたものか」
胸元から取り出したビブルカードをレイリーに渡し、ウタが歩き出す。
「これだけあの帽子につけときたいから、お願いしてもいいかな?」
「分かった、後々あの帽子に縫い合わせておくことにしよう」
「ありがとう…それじゃ、行こうかな」
ウタがブライアンと共にジャングルに向かっていく。
その背中に、レイリーが呼びかける。
「是非いつか、シャボンディに遊びにきたまえ…ゆっくり話もしたいしな」
「…うん、私も聞きたいことあるし…こっちが落ち着いたら行こうかな」
「…私も、君には期待している…頑張りたまえ」
「……」
それ以上は何も言わず、一人と一匹は海に向かって消えていく。
それを見送り、レイリーは丁度吹き飛ばされたルフィの元へと向かった。
「チクショー…中々避けれねェな」
「中々うまくはいかんな…また練習だ」
そう言って手を伸ばすレイリーを、じっとルフィが見つめる。
「…?どうかしたか?」
「いや……さっきまで、誰かレイリーといたか?」
「………ほう、そう思うかね」
「うまく言えねェけど…さっき、懐かしい気配がした気がしてよ…気の所為かな…」
「…もっと見聞色をはっきりさせなければな、次はまた私と修行だ、ルフィ」
「おう、分かった!!」
…今日もまた、ルスナイナの過酷な自然での修行の日々は続いていった。
〜〜
「ただいま~、ゴードン」
「帰ったかウタ…どうだった、例の交渉は」
港に停泊した船から飛ぶようにエレジアに上陸したウタを迎えたゴードンが問いかける。
それに対し、ウタが眉を下げて笑いながら答えた。
「駄目だったね」
「だ、駄目だったのか…残念だったな」
「うーん…行けると思ったんだけどなぁ…弟子入り」
『何故妾がそなたの修行を手伝わねばならぬ!したければ己の力でせい!』
『しかし蛇姫、中枢と近いセイレーンとより親交を深めるのも…』
『他人を見るほどお人好しになった覚えはない!ルフィの友人といえどもじゃ!』
「うーん…何かもっと仲良くなれる何かがあればなぁ…是非ハンコックさんに色々聞きたかったんだけど」
「ハハ…まァ仕方ないだろうさ」
「うーん…あ、そうだ」
残念な一見を一度済にやったウタがゴードンに向き直る。
「…あれ、準備できた?」
「…ああ、用意してある…こっちだ」
ゴードンが案内するのを後ろからウタが着いていく。
やがて二人の住む城…その外に用意された薪の前で、ウタがゴードンからあるものを受け取った。
「……これが、トットムジカの楽譜なんだ」
「ああ…ウタ」
「分かってる、間違っても歌わないよ」
そう言いながら、ウタが手の中にある4枚の楽譜を睨む。
確かに、どこか既視感を覚える旋律が書き記されている。
自分が歌ったことがあるのは確かのようだ。
「それじゃ、始めよっか」
「……ああ」
返事とともに、ゴードンが火を付け、薪に引火させる。
少しずつ大きくなる炎がパチパチと音を立てる。
その日の中に、あっさりと4枚の楽譜が落とされた。
少しずつ、その旋律が黒く焦げていくのを二人黙って見届ける。
やがて薪が崩れ火が消えたときには、楽譜も跡形もなく崩れ去っていた。
「…終わったのか…本当に」
「多分ね…これでもう、同じことで苦しむ人も現れない」
しゃがみ込みながらウタが呟く。
仮に自分が死に、誰かがこの能力を得ても、同じ悲劇が起こることはない…そのはずだろう。
既に紙だったものか薪だったものかも分からぬ灰を一握りし、ウタが静かに呟いた。
「…必ず、平和な新時代を作って見せます」
その灰の向こうの誰かに黙祷するかのように目を閉じ…しばらくして再び開いた。
「…よし、それじゃ戻ろう!」
「ああ…今日は腕を奮おうか」
「ありがとう…またハンコックさんに上手くお願いする方法考えないと…」
「そ、そこは諦めてないのだな…」
「そりゃあ、ね?」
2年、"麦わらの一味"の修行期間の裏でもう一人、
彼女もまた、更に力をつけんとしていた。
〜おまけ〜
「………はあ」
「姉様、やはりため息が多いわね…」
「やはりルフィのことが心配なのでしょう…それに」
「うむ…ニョう蛇姫、やはり今からでも…」
「なんじゃ、なんのことじゃ」
「"セイレーン"のことじゃ、やはりそなたとしても…」
「うるさい、妾はあの小娘の面倒などお断りじゃ」
「全く…その割には随分気に入っていたようじゃがニョう…」
「………うるさい、用がそれならさっさと下がれ」
「ハァ…丁度よい口実でもあればまた違うのであろうがニョ…」
…丁度よい口実がもうすぐ起こることになるが、それはまた別の話