セイレーンと麦わら帽子㉔

セイレーンと麦わら帽子㉔



「頼もー!!」

"凪の海"に浮かぶ男子禁制の島、アマゾン・リリー。

今この島の水門に浮かぶ一つの小型の帆船があった。


「何者だ貴様!両手を上げろ!」

「そんな弓なんか向けなくても、なんもしないよ!…ほら、みんなも落ち着いて」

後ろで唸り声を上げる猛獣達を落ち着かせながらその船の船長…ウタは門番を見上げる。

「ここの皇帝さんに会いに来たんだけど…"セイレーンのウタ"が来たって伝えてくれない?」

「"セイレーン"…?何者か分からぬが、この島に突然来訪してくる者など…」

「待つニョじゃ!」

突如門番の後ろから老獪な声が聞こえてきてウタが片眉を上げる。

その視線の先で、門番がその足元から生えてくるように現れた老婆に改まっていた。

「ニョン婆様…いかがされた?」

「あの者、蛇姫と同じ七武海のものじゃ…わしが話す、ひとまず門の中に入れてやるのじゃ」

「しかし…いえ、分かりました…すぐに開ける、入る準備をしろ!」

「はーい…話分かる人が出てきたかな」

音を立てて開き始める水門を見ながらウタが呟く。

その胸ポケットには、あの日千切った紙片が静かに親紙を指し示していた。


「先程はすまなかったニョ…それでそなた、いかようにしてこニョ"凪の海"に立ち入った?海王類は?」

「ああそれ?それなら…」

言葉とともに指が鳴らされ…水門の目の前の海がせり上がり、巨大な魚が顔を出す。

この瞼は閉じられ、静かな呼吸だけが響いていた。

「強そうな子がいたから、ここまで案内してもらったよ」

「…海王類すら惑わすとは、まさに"セイレーン"のようじゃな…」

じっくりとその様子を見ながら、ニョン婆がウタに向き直った。

その小柄な体を杖の上に立たせることで目線を合わせながら言葉が続けられる。

「さて、そなたの目的はニャんとなく察しておる…ルフィのことじゃニャ?」

「そういうこと…あんた達のトップさんがいるなら、直接話がしたいかな」

「ふむ…相分かった、しかしまずは蛇姫の許可を取りに…」

ニョン婆がそう続けようとしたところで、奥から一人の弓を背に抱えた影が飛び出してくる。

「…あれは誰?」

「マーガレット…どうしたニョじゃ?」

「ニョン婆様…蛇姫様が、すぐ"セイレーン"を城へ招けと」

「ニャんと…既に把握しておられたか…よし、ついてくるのじゃ」

「はーい」

船と門番にブライアン達を預け、ウタはニョン婆とマーガレットと共に島の奥に進んでいった。


〜〜


「………」

「………」

「…ねえ、何か話したいことでもあるの?」

「え!?いや、別に……」

「そんなチラチラ見てきてそりゃないでしょ」

ウタが若干呆れを混じえた声で言う。

マーガレットも気づかれないように視線を向けようとしていた程度のため、それほどに見ていたのか困惑していたところにニョン婆が口を挟んだ。

「そなたは"見聞色"が強いらしいニョ…僅かな視線でも敏感に反応してしまうようじゃ」

「うーん…前はそんなことなかったような気もするけど…まいいや、それより結局なにか聞きたいの?」

再び話題を振られたマーガレットが躊躇いながらも、ニョン婆の許可を得て口を開いた。

「そのだな…ルフィの友人と蛇姫様が仰っていたので、本当なのかと」

「ああ、本当だけど?…ていうか、ここ男子禁制なのになんであいつそんな馴染んでんの?」

「や、やはりそうなのか…ルフィは私にとっても恩人で友人だ…他の者たちにとってもな」

「ふーん…」

それ以上詮索もしてみたかったがウタも聞くことはなかった。

なんとなく、ルフィが持ち前の人の良さで受け入れられたのだとは予想がつく話だ。

…まさか、男子禁制の国でここまで親しまれているとは思ってなかったが。

そんなことを考えているうちにジャングルを抜け、視界が一変した。

「わー…凄い」

「これが代々継がれてきた"九蛇"じゃ…かつては"凪の海"は絶対防御じゃったのじゃがニャ…」

「あの正面の城に蛇姫様がお待ちです、ニョン婆様」

「うむ…さあ、参ろうぞ」

「分かった…でもほんと、凄い賑わいだなぁ」

時々視線が町に向きながらも、やがて三人は城、皇帝の広間に到着した。


〜〜


「…先日振りじゃな、しっかり生きておったか」

「心配してくれてどうも…お招き感謝って言ったほうがいいのかな?」

広間、その奥で蛇に座りながら挨拶するハンコックにウタも返した。

「姉様、この者が七武海の…」

「うむ、ルフィも話していたウタという娘じゃな」

「…あいつ、一応そういうのは伏せてほしいんだけど…まぁ同じ七武海だからいっか」

ため息混じりのウタにハンコックが言葉を返す。

「心配するな、ルフィも妾が七武海と聞いたあとに話してくれたことじゃ…当然政府にも言わぬ」

「ありがと…ま、お互いこのことは内緒として…本題に入っていいかな?」

「ルフィのことか?」

「そういうこと」

ハンコックが己の服から一枚の紙片を取り出す。

間違いなく、あの日渡したビブルカードの親紙だった。

「預かっていたこれは返そう…ルフィの居場所についてじゃが、すでにこの島にはおらぬ」

「確かに受け取ったけど…今はどこにいるの?」

「…此処から先は妾からは言えぬ故、そなたの目で確かめることじゃな」

ハンコックがウタの手の中のビブルカードを指差す。

広げてみれば、端がまた少し切り取られていた。

「……あーね…」

「蛇姫、本当にこニョ者は信用してよいのじゃニャ?」

「ルフィが確かに信頼しておる…妾も戦争で見定めた、問題はなかそう」

「…信頼してくれてありがとう…でいいのかな」

紙を懐にしまいながらウタが頭を軽く下げた。

「それで、本日の用はそれで終いか?急いで向かうならそれでよいが…」

「あー…実は一つ個人的にお願いがあってね?」

「…?なんじゃ?」


「──────」

『ハァ!?』

広間に、九蛇の女達の叫び声が響いた。

〜〜


「……ん…ふああ」

未だ穏やかな日差しの下で目を擦る。

運良く今のところ海は平和だった。

「…もう十分抜けられたかな…さて」

ウタが立ち上がり舵に向かう。

今はスリムが器用に舵を調整してくれていた。

「ありがと…見えてきた、あの島かな」

ウタの視線の先には、不思議な自然と煙の吹く火山の立つ島が今かと待ち構えていた。

「…あの時『あれ』言ったときの反応、凄かったなぁ…ヨシ!」

目覚めに頬を叩き、舵を握る。

ルスカイナは、もう目と鼻の先だった。

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