スリラーバーク編inウタPart8

スリラーバーク編inウタPart8


1000体の影を取り込みオーズにも匹敵する巨体を手にしたモリアの存在感と、今にも朝日が差し込もうというこの状況は絶望という言葉では表しきれないほどの衝撃であった。

その巨体だけでも脅威であるというのに、やや暴走気味に放ったモリアのパンチは島を割りマストの屋敷を傾かせ、今度こそ終わりだ、希望はないのだと知るには充分なものだった。

朝日も漏れだし日光に打たれる者が出る中、逃げ出す者達と同様に影がないはずのローラがその場を離れようとしていない。


「ローラ船長!!何してんですか!!早く!!!」

「…………アンタ達お逃げ」

「………!?何言ってんすか!!船長も同じでしょ」

「私は……責任者よ……この"賭け"のね。見てごらんアレを、微動だにしないわ………!!あいつらだって影取られてんのに………!!」


あいつらと指差す先には彼らにとって希望の星である麦わらの一味が誰一人欠けることなくモリアの前に立ちはだかっていた。

勝手気ままに期待しといてピンチになったらトンズラじゃそこらの虫けら以下だとローラは言い、船長である自身が残ることで仁義を通そうとする。たとえ光が漏れて顔の一部が焼かれようとも。

そして、一切諦めるつもりのない麦わらの一味の船長・ルフィは体から蒸気を噴出しながら仲間達に後を託す。


「おいみんな!!もう時間がねェ!!ちょっと無茶するからよ!!その後の事は頼むっ!!!」

「よし任せろ!!!」

「ブッ飛ばせェ〜!!!」


そして冷静にモリアを見据えるゾロ達は先程の島を割るパンチを放つ前後のモリアの挙動を見て、1000体の影ともなれば影の支配者本人でも制御しきれないことを察していた。


「コリャ暴走に近いな…制御しきれてねェ…」

「怒りと愚かなプライドで自分をはかり損ねたようね…」

「能力によって生み出された現象でも…その全てを能力者本人が支配出来るわけではないものね」


仲間に後の事を託し、準備が整ったルフィはモリアを睨みつける。


「悪夢を見たきゃ勝手に見てろ!!!モリア!!!おれはお前に付き合う気はねェ!!!」


単純な力比べであれば勝機はないが、己をはかり損ね取り込みすぎた影によりモリアは暴走状態に陥っており自滅するのは時間の問題だった。しかしそれは影を抜かれ日の光で消滅してしまうルフィ達にとっても時間という問題は深刻であった。

日の光によりルフィ達が消滅するのが先か、モリアの自滅が先かの勝負が、モリアの攻撃を合図に始まる。

攻撃を躱し、モリアの服に腕を伸ばして掴んだルフィはその体を叩きつける。


「"ゴムゴムの"…!!"JETロケット"!!!」

「オオ…オオオオ!!」

「"JETバズーカ"!!!"JETバズーカ"!!!」

「ブホォドあ!!!」


ルフィの怒涛の連続攻撃によりモリアの支配下にあるはずの影達が、意識が薄れ支配力の落ちたモリアから抜けていく。

メインマストに降り立ち追撃しようとするルフィへやられてばかりでいるものかとモリアが反撃を開始する。


「"欠片蝙蝠(ブリックバット)"!!!『影箱(ブラックボックス)』」

「ハァ…ハァ…閉じ込められた」

「砕けろ!!!」


影で出来た箱に閉じ込められたルフィに向けて島を割るパンチが降り注がれる。ぐしゃりと潰れて落ちた箱に対しモリアはなおも潰そうとその巨大化した足を踏み下ろす。


「これは"洗礼"だ、ハァ…ハァ…てめェみてェな…若僧が…この海ででけェ顔するとどうなるか…!!"七武海"に盾つくとどうなるか!!!分相応に生きろ!!!世の中ってのァ…!!出る杭が叩き潰される様にできてんだ!!!」


グリグリと丹念に踏み潰したモリアであったが、そこから出てきたのは一切動かない潰れた箱ではなく、それを突き破って出てきた生意気な若僧であった。


「若僧だろうが出る杭だろうが…おれは…誰にも潰されねェ………!!!」

「潰されねェ………!?そう言いきる根拠の無さこそが…てめェの経験の浅さを…」

「ゴムだから」


生意気な若僧に口答えされイラつきを募らせるモリアに対し全てを吐き出させようとルフィは右腕の親指を咥え、空気を送り込む。


「………いくぞ "骨風船"!!!

「え!?……おい!!その技重ねていいのか!!?」

「お前『2』だけでこの前どんな目にあったか覚えてねェのか!?ルフィ!!!」

「ムチャしすぎないでルフィ!!!」

「そうだ!!体がブッ壊れるぞォ!!!」


仲間達の心配する声を聞きながらもなおルフィはこうするしかないとばかりにモリアのどてっ腹に向けて突撃していく。


「"ゴムゴムの" "巨人の(ギガント)" "JET砲弾(シェル)"!!!」

「ウッオオ………………!!!」

(逃がすかおれの…兵力を。影達よ…お前らの支配者はこのおれだ!!!)


口から溢れだしそうな影を手で抑え込み返さないようにするモリアに対して、ローラが己の影に帰って来いと叫び出す。

生まれた時からずっと一緒だったんだから、聞こえてるなら帰って来いと。それに呼応するかのように影を取られた者達が帰って来いと叫び続け、ルフィも自身の影に一言あるぞと口を開く。


「………お前っ!!海賊王になりてェんなら…!!!しっかり………!!!

おれについて来いィ!!!」

「!!!!ブオオオオ!!!」


モリアへ残る力を振り絞って突撃したルフィは体から力が抜け地上へ真っ逆さまに降っていき、倒れたモリアへはこれまでの戦いで崩れ続けていたメインマストがとうとう折れ、モリアを下敷きにして倒れてしまう。


「ギャアアアアアア〜〜〜!!!えあ!!!」


メインマストのとてつもない重量と、口を手で抑えることが出来なくなり、影を自身に留めておくことが出来なくなったモリアは断末魔代わりの警告を、縮み倒れているルフィへ発する。


「麦わらァ〜〜っ!!!オエ……!!!てめェ…ハァ…ハァ…!!………!!行ってみるがいい……!!本物の"悪夢"は『新世界』にある………!!!あァあああああ!!!


モリアの口から解き放たれた影達が飛び出し元の主人の所へ帰っていく。だがその時、スリラーバークの影を取られた者達を日差しから守っていたメインマストの一部が砕け、まだ影の戻っていない者達へ容赦なく日光を浴びせかける。


「おい!!お前ら!!!」

「影、ちょっと……早く!!」

『うわあああああァ!!!』


影が中々戻らず、日差しにより体が消滅していく仲間達をどうすることも出来ず、影を取られていない者達はただ叫ぶことしか出来なかった。


「おいゾロォ!!!」

「ウタァ!!!ロビ〜ン!!!」

「ダンジ〜〜〜!!!」

『体が消滅していく〜〜〜!!!』

「ルフィ〜〜〜!!!」

「何でよ!!?勝ったじゃねェか!!!おい!!!間に合わなかったのかァ〜〜〜!!?」


消滅が止まらないのはゾロ達だけでなく、ローラを始めとした瓦礫の陰に入っていなかった被害者の会の連中も消滅しようとしていた。


ギリギリのところで間に合わなかったのだろうかと思われたその時、今にも消滅しそうな仲間達を見ていたウソップ達は目の前の光景に唖然としていた。


「はっはっはっは…いやあ………生きてたな見事に」

「ね!ちゃんと体が残ってる!!」

「一瞬天に昇る気持ちだったわ」

「それもいいな、ウタちゃんとロビンちゃんとなら一緒に天に昇りたいぜ!!」

「笑い事か!!!アホ共!!本気で死んだと思ったわ!!!頭スッ飛んでたんだぞおめェら!!!」

『恐いものみた……』


消滅しかかっていたにも関わらず軽口を叩き合う4人を見てウソップは口調を荒げる。

周りの状況を見渡してみると彼ら4人と同様に消えかかっていた者も影が戻り、日の光に怯えることのない体を手にしていたようだった。

実際に消滅しかかっていた体が元に戻ったのは間一髪で影が戻り、影と体は同じ形をしてるというモリアが言っていた「鉄則」によるものだろうと一行は結論付け、どっと疲れた体を休めようとその場に座り込む。

モリアが倒されたことでタチの悪いオバケ屋敷による奇妙な生物や出来事等の"幻夢"が消え去り悪い夢が醒めた朝を迎える中、その場に倒れ動かないルフィをチョッパーが治療しウタがペタペタと触り無事を確認している所を一行は囲むようにして話していた。


「ルフィの奴さっき縮んでなかったか?」

"巨人"のギアを使うと使った時間反動で縮むんだって…」

「ルフィの新しい戦闘法、体に負担をかけすぎじゃねェか?この先の敵がもっと強力になるとしたらこいつ、ずっと無茶を続けることになるぞ…おれは心配だ………」

「ルフィ………」


皆がルフィのこれからを案じていた所へもしと、ゾンビの如き見た目をした大ケガした年寄りが話しかけてくる。ルフィ組がウソップ達を探してる時に墓場で出会ったじいさんだ。

周囲から被害者の会名誉会長と呼ばれるスポイルじいさんやローラ達から太陽の下を歩けることに、この恩は決して忘れないと感謝される。


「お礼に私を嫁にあげる!!!」

『いらん』


礼を言われても自分達の影やナミを取り戻すために戦ったまでで、お前らはついでに助かっただけだというゾロに対してナミは平手打ちをかます。


「何言ってんのよーっ!!!せっかくお礼をしたいって人々にーーっ!!!」

「おうそうだぜ兄ちゃん、何かさせてくれ〜〜!!」

「ついでだろうが何だろうがモリアに勝てた事に感謝してんだ」

「でしょー!?」

「お前」


やいのやいのと持て囃され気分を良くしたナミであったが大変な事を忘れてたと思い出す。あいつの存在、この島にやってきたもう一つの脅威。サニー号と財宝を取り返そうとした時に現れてはならない人物を。

その大変な事実を皆に伝えようとした時、倒壊したメインマストの上から何やら話し声が聞こえてくる。


《成程な​───悪い予感が的中したというわけか》

「​───そのようで………!!」

《やっとクロコダイルの後任が決まった所だというのに、また一つ"七武海"に穴を空けるのはマズい》

『!!?誰だありゃあ!!!』


何者かと電伝虫で話すモリアに匹敵する程の大男。それを見たナミは先程伝えようとした事実を話し出す。


「落ちついて聞いてよ………!!?モリア達との戦いの最中で…言いそびれたんだけど、この島には…もう一人…!!いたの……!!!"七武海"が……!!!」

「……な………!!今…何て!!?」

『あれが…"七武海"!!?』


ナミが七武海と呼んだその大男を皆が注目する中、大男は変わらず足を組みながら電伝虫との会話を続けていた。

七武海の続投だの威厳が失われるだの、世間に流すべきでないだのと聞かされる大男を見ていたローラはその者の正体に気付く。


「………そうだわ、モリアにも劣らないあの巨体。"暴君"と呼ばれてたあの海賊…バーソロミュー・くま!!!

「あいつが!"暴君"くま!!?」


そしてその"暴君"くまと話す声の主はモリアの敗北に目撃者がいてはならないと、耳を疑う言葉を続けた。


《世界政府より特命を下す…!!麦わらの一味を含むその島に残る者達全員を抹殺せよ…》

「………た易い」

《では報告を待っている…》


抹殺などという物騒な言葉を聞き取った元被害者の会の連中はざわつき始める。ようやくモリアの支配から解放されたのにまた七武海と相対する事になんてと。

傷だらけでありながらもゾロが対抗しようとすると、ナミが警告を発する。


「気をつけて!!なにかの能力者よ。あいつが手で触れた人間が…!!消える所を見た……!!」

「消える!?」

「そして本人は瞬間移動するわ!!……あの手が…危ない」


サニー号をせしめようとしたペローナを消し飛ばし、スリラーバーク内へと瞬間移動を繰り返して入っていったくまを見たナミはそれを可能にしたであろう手を警戒するよう皆に伝える。

そしてくまもその手から手袋を外し、下で自身を警戒する者達を見下ろした後に姿を消し、地上へ降り立つ。


「うわっ…出たァ!!!」

「でけェっ!!!」

「いつの間に!!?」


本当に瞬間移動するかのように移動してきたくまに怯えながらもやっと自由になれたのにここで死んでたまるかと、船長であるローラの制止も聞かずに連中が突っ込み始める。

くまはその中の一人に手の平を当て、吹き飛ばす。だが吹き飛ばされたのは手を当てられた者だけでなく、その後ろにいた者達にも何かが貫通したかのように吹き飛ばされてしまった。

雑兵の相手などしてられないと再び姿を消したくまは、ゾロの近くへと瞬間移動する。


「"海賊狩りのゾロ" お前から始めようか……」


ゾロに狙いを定めたくまに元気の余ってるおれ達が相手だと被害者の会の連中が息巻くが、ゾロがそれを止めさせ下がらせる。


「ケンカは買った…加勢はいらねェ。恥かかせんじゃねェよ…………!!」

「…………なかなか評判が高いぞお前達。"麦わらのルフィ"の船には腕の立つ​──できた子分が数人いるとな」


腕の立つ…そう言われたゾロとロビンを除く麦わらの一味の面々はイヤイヤイヤと一人残らず照れてしまう。

そんな中、なおもくまと戦おうとするゾロをウソップが止めようとするが、不敵な笑みを浮かべながらゾロは言葉を返す。


「災難ってモンはたたみかけるのが世の常だ。言い訳したらどなたか助けてくれんのか?死んだらおれはただ、そこまでの男………!!!二刀流……!!居合……!!!"羅生門"!!!


ゾロの二本の刀による居合切りはくまが立っていた近くの瓦礫を両断するものの狙いには届かず、またも瞬間移動をしたのか、くまはゾロの頭上へその手を振り下ろす。

それを躱したゾロは即座に放たれた追撃に身を捩り再び躱すとやはり限界が近いのかフラつき始めてしまう。

ゾロの僅かな体力を削るくまの攻撃が放たれたと思われる先とその掌には肉球のような妙なマークがついていた。


「ハァ…ハァ…"三十六"…"煩悩砲"!!!


ゾロが放った斬撃はくまへとまっすぐ伸びていったが、くまはそれを掌の肉球で弾いてしまう。

こんな事ができるのは悪魔の実に他ならない。そう看破したゾロにくまは己の能力を明かし始める。


「あらゆるものを弾き飛ばす能力…!!おれは"ニキュニキュの実"の…"肉球人間"…!!!

「に………!!!」

「肉球人間!!?」

「なんだその和やかさ!!!」

「悪魔の実に"癒し系"ってあるの!?」


皆がその能力の正体に驚きロビンがメルヘンな妄想をする中、フランキーがこいつ大したことないんじゃ…と言い始めたが、それを黙らせるかのようにくまはフランキーへ掌を向け、吹き飛ばす。


「"鉄人"フランキー、お前の強度はその程度か…?」

「もしかして"大気"を弾いてるんじゃ…普通の大砲はフランキーに通じない筈」

「フランキー……!!ウゥッ!」


ロビンがフランキーにも通じるくまの攻撃方法を推察する横でウタが頭を抱えその場に膝をつく。だがそれに構うことなく、くまとゾロの戦いは続けられる。


「"つっぱり圧力砲(パッドほう)"!!!」

"刀狼流し"!!!うェア!!!」


迫り来る大気の砲撃を掻い潜りくまへ刀を振るうゾロであったが、くまの掌の肉球に弾かれ地面へと叩きつけられてしまう。


「コノ……!!!」

「ゾロ……!!ダメ……っ!!あう!!!」

「ウタ!!どうしたんだ!?大丈夫か!!?」


頭から血を流し睨むことしか出来ないゾロを見て、ウタはより頭を抱えその場に蹲りチョッパーから心配される。

そして、今まさに危機が迫っているゾロにウソップが逃げろと叫ぶと、くまの顔面を狙いすましたサンジの蹴りが決まる。


「そこまでだ!!"粗砕(コンカッセ)"!!!


肉球で弾かれることなく決まったその一撃はくまの頭蓋骨をバキバキにするかと思われたが、その場に倒れ込んだのはサンジの方であった。


「"黒足の…サンジ"…お前がそうか…」

「サンジの蹴りでもビクともしねェ!!!どういうこったコリャ…」

「……!?何だ!?コイツの固さ…!!!顔は鋼造りか!!?」

「ひ…ひ…!!!"火の鳥星"!!!

「………"狙撃の王様"…大それた通り名だ………」

「うわああああ〜〜〜っ!!!」

「サンジ……!!ウソップ……!!!みんな……みんなやられていく………!!ウゥッ!!アァッ…!!」

「ウタ!?お前ほんとにどうしたんだ!!?何もされてねェのに!!!」


ウソップが撃ち放った炎すらも弾き返し、狙撃の王様とその仲間達に炎を散らし反撃する隙など一切与えないくまは、一人また一人とオーズと対峙していた時のように仲間達が倒されていき、一人倒れる度により頭を抱え苦悶の表情を浮かべるウタとそれを診るチョッパーを眺めながら口を開く。


「…やはりこれだけ弱りきったお前達を消した所で何の面白みもない…政府の特命はお前達の完全抹殺だが…」


淡々と言葉を続けるくまはルフィへ向き直る。


「"麦わらのルフィ"の首一つおれに差し出せ……そうすればお前達の命は助けてやる」


ルフィの首を差し出す。恩人を、船長を、仲間を、…………そして幼馴染を売り渡すよう唆されたその場のくまを除く全員が憤りの顔色を浮かべる。

そしてその中の一人であるウタは誰よりも先にくまの提案へ反射的に言葉を返し始める。


「ルフィの……!?だめ………だめだよそんなの……!!ウゥッ!!!」


くまの提案に異を唱えたウタであったが、すぐにまた頭を抱えながら蹲り言葉が途切れてしまう。

目の前の脅威にばかり気を取られていた皆がウタの身に起きている異変にようやく気付き始め、ウタに視線が集まる。

弾き返された炎にやられながらもその異変に気付いたウソップが近づいていき、チョッパーはルフィの為にと広げていた常備している薬品類を漁り始める。


「お…おいどうしたウタ!?」

「大丈夫だぞ!!おれが治してやるからな!!とりあえず頭が痛むんだよな!?すぐに薬を……!!」


頭が痛むというチョッパーの診断を聞いたロビンは、数刻前にここスリラーバークへナミ達を連れ戻しに来た際の森の中で頭の奥が疼くとウタが言っていたのを思い出す。

だがここまでの激しい戦闘で負った傷による頭痛かもしれないとも思い、それを言葉にすることはなかったが、そんな思考を巡らせる意味などないとばかりにウタの様子は急変していく。


「ハァ…!ハァ……!!アアッ…!!アアァッ!!!」

(……エ………タエ…………!!!)


頭を抱えその場をのたうち回るウタの中で何かが呼びかけるような声が響く。そしてその声は次第に大きくなっていき、ウタを案ずる周囲の声を遮りかき消していく。


(なに……あたまのなかで……なにかが…!!)


ウタの耳へ届けようとする周囲の声がウタの中から完全に消え去った時、朧げであった内側から響く声が鮮明になっていき、そして……


(タエ……ウタエ……!!…ウタエ!!!"破滅の譜"を!!!!)


その時、瞼の裏に映し出された情景と呼びかけによりプツンと意識を手放したウタは何かに操られるかのようにして立ち上がる。

先程まで悶えのたうち回っていたのが嘘だったと言わんばかりのその姿と、普段の明るい彼女の顔とは程遠い暗く鬱屈した全ての物事に絶望したかのような顔を間近で見たウソップとチョッパーは心配よりも驚きが勝った声色で話しかける。


「おい……ウタ………?どうしたお前そんな恐ェ顔して…」

「頭もう痛くねェのか…?大丈夫か……!?」


2人の声が届いていないのか何も答えずにその場を前後左右にフラリフラリと体を揺らしていたウタは、やがて瓦礫だらけの地面をしっかりと踏みしめるとその口を開く。

普段の彼女が歌い始める時のそれとは異なる、口角を大きく上げ嘲るような表情で、歌い始める。


「────ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᚲ ᚷᚨᚺ ᛉᚨᚾ ᛏᚨᛏ ᛏᚨᛏ ᛒᚱᚨᚲ!!!」

『うわああああっ!!!』

「ウソップ!!チョッパー!!………!!!なんだありゃあ……!!!」


ウタが歌い始めた瞬間に彼女の周囲から巻き起こった爆風で吹き飛ばされた2人を案ずるゾロであったが、ウタの足元から出現しすぐに彼女を取り込んだ目の前の異形の存在に息を呑む。

取り込まれながらも歌うのをやめない、やめることの出来ないウタと下卑た笑みを浮かべる異形を見上げながらくまは一人呟く。


「………やはり生きていたか…"エレジアの悲劇"……」

「なに……これ………!!」


ナミは思わず呟きながらその巨体を見上げる。ようやく形作られたその異形の存在はまるでピエロのような顔をした、鍵盤の腕を持ち下半身を持たない巨大な化け物。

その圧倒的な存在感に気圧されていたナミは、化け物が振り下ろした鍵盤の腕の存在にサンジが警告するまで気づけなかった。


「ナミさん危ねェ!!!」

「え!?」


振り下ろされた鍵盤はナミに当たる事なく横へ逸れ地面を抉る。これまで敵対していたはずのくまの掌の肉球により弾かれ防がれたのだ。


「…!!なんで……!?」

「助けたわけではない…コイツの力量を測ったまでだ……」


そう言い化け物へ向き直ったくまは攻撃の手を緩めるつもりのないその姿を見てゾロ達に一つ提案を持ちかける。


「まったなしか……!!お前達手を貸せ…コイツを抑える」

「言われなくても…!!…だがお前…さっきからコイツについてなんか知ってるみてェな口ぶりじゃねェか…!!知ってんなら話せよ!!」

「質問には答えない。それにそんな余裕はすぐになくなる…」

Report Page