スリラーバーク編inウタPart4

スリラーバーク編inウタPart4


スリラーバーク各地で勃発した戦いは佳境を迎えていた。いざ結婚阻止と1人透明猛獣人間アブサロムと相対したサンジはその自慢の足技で蹴り飛ばし、ネガティブゴーストを操るペローナにはネガティブ勝ち出来る自分にしか倒せねェと息巻いたウソップが得意のウソとはったりで気絶させ、仲間にすると決めたブルックを救出し立ちはだかる伝説の侍ゾンビの持ってる影と刀を頂戴しようとゾロは足場の悪い塔で戦い勝利しその2つを獲得する事に成功する。

そして残る決着を待つ戦いは2つ。モリアの待つ冷凍室へ辿り着いたルフィと彼を先に行かせダンスホールに残ったウタ達の戦いだ。だがいずれも戦局は芳しくなく、相当な苦戦を強いられていた。


「せいっ!!」

「くっ…!!強い……!!」

「ウタ!!くそ、援護に入りてェのに……」

「フォスフォスフォス!!!どうだ!?仲間達と…そして己の力で取り抑えられ苦戦する気分は!!」


事前にホグバックがモリアより指揮権を与えられた2体のゾンビはゾロの影の入った風のジゴロウとサンジの影の入ったベンギンゾンビだった。その2体がチョッパーとロビンを取り抑え身動きが取れない状況に陥ってしまっている。

そんな2人をなんとか助け出そうとまだ自由の身であるウタが2人の下へ駆け出す。


「チョッパー!!ロビン!!今助けるよ!!!」

「行かせないよ元"私"!!あんたの相手は私だし、影返して欲しいんじゃないの!?」

「今はそれよりも2人の救出…!!ていうかそんな事言うくらいなら私の影返してよ!!」


まるで鏡のように同じ口調で言い合うウタと彼女の影が入ったシンドリーを見てチョッパーは唖然としながら口を開く。


「驚いた……まさかあのゾンビの影がウタのものに入れ替わってるなんて…!!確かに喋り方も雰囲気も前とは違うし皿も投げてこないから変だと思ったけど…それに強ェ!!」

「『戦闘能力』は全て影の持ち主に由来するとガイコツさんは言っていたけれどどうやら本当のようね…ここにいるゾンビ達が全員彼らの影が入っているのなら納得の強さ…!!」

「フォスフォスフォス…その通り!!だが残念ながらこいつらに貴様らの仲間だった記憶など欠片もない!!ただおれの命令に服従するゾンビだ!!!その証拠に…おいペンギン!!シンドリーちゃんを援護してやれ!!!」


そう命じられたペンギンゾンビはウタの下へ目にも止まらぬ速さで近づくと身を大きく回転させその短い足でシンドリーと槍を交錯させるウタの背中を蹴り飛ばす。


「キャアア!!ウゥッ……これがサンジの蹴り…!!」

「くそ!まさかサンジがロビンに続いてウタにまで蹴りかかるなんて、あんな奴もうサンジじゃない!!」

「さっきから誰だそのサンジってのは、オロスぞクソ共………!!」


チョッパーとロビンの間に風のジゴロウが立ちその手に持つ2本の刀で2人を抑え、ペンギンがウタを足蹴にすることで反逆者達の鎮圧を確認したホグバックはフォスフォスと高笑いして勝利を確信する。

そんなホグバックに呼応したのか、シンドリーもよォしとなにか意を決したかのように喋り出す。


「ご主人様達に歯向かう奴らを抑えられて気分いいから歌っちゃおう!!」

「ホォ…!!我が忠実な下僕シンドリーちゃんの舞台ってわけか!!せっかくだ、てめェらも聞いてけ!!」

「​───この風は どこからきたのと 問いかけても 空は何も言わない​───♪」


シンドリーが歌い出したのは風のゆくえ。その歌はウタにとっては思い出の歌。今はこの場にいない仲間達、赤髪海賊団との思い出。昔から事ある毎に、とりわけルフィとの真剣勝負に勝利し気を良くした時にルフィやシャンクス、赤髪海賊団の面々へ向けてうちの音楽家のステージだと持て囃されて歌ったその歌を、そんな大切な思い出など忘れ去っているにも関わらず歌うその姿を見たウタはペンギンに足蹴にされて眉間に皺を寄せたその顔をより歪ませる。

だがそれとは対照的にチョッパーとロビン、ホグバックら生者達はシンドリーの歌声に思わず感嘆の声を漏らしていた。


「……なるほど。歌姫だなどと呼ばれるだけのモノは持っているようだな……いや、それともシンドリーちゃん故か…?」

「スゲェ綺麗な歌声だな……!!これもウタの影が入ってるからなのかな?でも…」

「思わず聞き惚れてしまいそうな透き通る声ね……けれど何かが足りていない気もするわ。恐らくそれは彼女が最も理解しているのでしょうけれど」


ロビンの言った通り、ウタの影に違わぬ歌声を披露してみせるシンドリーであったが何か決定的なものが足りていない。それに最も気づいているのは他の誰でもないその歌声と影の元の持ち主であるウタであった。

依然ペンギンに抑えられたまま身動きが取れず這いつくばらされ不恰好なままであったが、それでもとウタはシンドリーの舞台に一つ物言いをする。


「……ッ!!ちょっと待って!!その歌…あんたが歌わないでよ!!!なんにも覚えてないくせに!!!」

「​───ただ一つの……何?歌わないでって…どうして?」

「それは私の!!私"達"の大切な歌!!!たとえ私の影が入ったあんたでも…いや違う!!私の影が入ったあんただからこそ軽々しく歌わないで!!!」

「……何それ?意味わかんない。あ!もしかしてェ…負け惜しみィ!!言ってるのかなァ?」

「……!!!あんたねェ……!!!」


過去の他人との関わりや記憶などとうに消えていながらも歪な形で影の持ち主本人の人格や行動パターンを模倣するゾンビの特性により、幼馴染へのみ向けるその言葉と動きを無表情に向けられたウタは激しく激昂する。


「もうしょうがないなァ〜……じゃあ別の曲、行くね!!​───がーざん……?たー……アレ?あめうつ………ねがいと………アレェ??」

「………今度は何!?私そんな歌詞知らないよ!!」

「知らないわけないでしょ!!元"私"なんだから何か知ってるはずよ!!」

「だから知らないって……!!知らない……はず………だけど」


ウタが何やら考え込むような動作を見せるとまァ待て待てお前らとホグバックが割り込む。


「ったく自分と自分の影で喧嘩なんかしてんじゃねェ見苦しい!!それにそのシンドリーちゃんの歌声は期間限定なんだから自由に歌わせてやれ!!!」

「期間限定…?どういう意味だそれ?」

「わからねェかDr.チョッパー?まァ隠す程のことでもねェから教えてやるが……シンドリーちゃんにそこの懸賞金1億の小娘の影を入れてんのは一時的な措置よ…!!奴の影に合う将軍級の"没人形"のストックがねェんでな!!」


そこまで言い切ったホグバックはさてお喋りはここまでだとシンドリーにトドメを刺せと命令すると、チョッパーがギリッと苦虫を噛み潰したような表情でホグバックを睨みつける。


「……………!!………ここまで悪党だと気持ちいいくらいだホグバック!!」

「………ん〜!?」

「実際に凄い数の人達の命を救ったお前を医者として本当に尊敬してた。ゾンビの研究だってそうだ。『死』は突然やって来るから…"死んだ人"にも"残された人達"にも言い損ねた言葉が沢山ある筈だ」


それからチョッパーは"死者の蘇生"という医学の観点から見れば邪道とも言えるそれに対して独自の見解を示し始める。たった数分でもそれによって死者と遺族達の救われる気持ちは、心は大きいと。そしてそんな研究をこんな辺鄙な場所に身を移し続けているホグバックをスゴイ医者だとも。

それに対しホグバックはバーカな、と切り捨てる。手術自体も己が天才でかつ金の為にやっただけで、引っ切りなしに世界中からやってくる患者達が迷惑で面倒臭ェ、こんな天才の悩みがわかるか思い違いのバカトナカイと。


「このおれに医者のあり方なんぞ説こうってのか!!?」

「そんなつもりは毛頭ねェ。おれはもうお前を医者だとも思ってねェんだ!!!ここにいるゾンビ達だってそうさ!!もう死んでるのに動かされてるだけだ!!こいつらは生きてなんかいない!!!命をバカにするな!!!

「う〜ん……それの何がいけないのかな?」


まだ何か言いたげなホグバックをシンドリーが遮りチョッパーへ語りかける。2人の医者の論戦に割って入った形となった事でその場にいた全員がシンドリーに注目し、それに応えるかのように彼女の口が開かれる。


「生きてなんかないって言うけどさ〜…私生きてるよ?ほら!こうやって自由に動けて歌いたくなった時に歌えるような体もあるし!!」

「……??なに言ってるんだお前…?その体の元々の持ち主はもう死んでるんだぞ!!なのにそうやって無理やり動かされて…!!」

「だから…死ぬって何?大事なのは心じゃないの!?体がなくても心が無事ならなんの問題もないでしょ!?この体の持ち主がどうだったかは知らないけどさ……元"私"なら理解ってくれるよね?」

「え、私…!?」


突然自分に話題を振られ動揺するウタを気にすることなく傍に近づき屈んだシンドリーは表情を変えることなく淡々と語る。


「だってあんたも同じ考えでしょ?私はあんたの影で、同じ考え方をするんだから」

「……!?同じじゃない!!!こんなおぞましいものを私は肯定なんかしない!!絶対に!!!」

「同じだよ…!!体より心が大事、心さえ無事なら肉体の死なんて関係ない……そうだよね?」

「それは…………ッ!!!違くはないかも…だけど……でも………!!」

「やっぱり同じだよ!!だって私はあんたなんだから……ね?…あ〜あ!!元"私"にもこの素晴らしさを感じて欲しかったなァ……痛みや病気も感じないからそれで心を病むこともないし、体が崩れ去ってもまた新しい"没人形"に影を入れてもらえば心はそのままにまた生きる事ができる…こんな素晴らしい事が他にある!!?」


シンドリーの言い放つ一語一句がその場を凍りつかせる。それはチョッパーやロビンだけでなくホグバックまでもそうであった。当然ウタもシンドリーの物言いには賛同出来なかったが、心の奥底でどこか否定しきれない自分がいることも確かだった。

幼少の、それこそ物心つかぬ赤子の頃から培われた体よりも心という独特な死生観がそうさせる。無論、ルフィを始めとした同年代の他者との関わりによって夢想するだけでなく体験する事も大事であることを知っているウタにとってはそれが全てではない。

だが目の前にいる、自分の影の入った分身体とも言えるシンドリーは"過去消去"の契約を結ばれており、他者との関わりに関する記憶を全て抜かれている為、独特な死生観ばかりが先行しこのような歪な思考回路となってしまったのだろう。

そんなシンドリーの衝撃的な発言により凍りついた場で最も早く口を開いたのはホグバックであった。


「……………全く何を言い出すかと思えば…かなりブッ飛んだ価値観をお持ちのようだなそちらの歌姫は…!!だが今はその口を慎めシンドリーちゃん!!おれが話してんだから…な!!!」


何が気に障ったのか、ホグバックは突然シンドリーを蹴り飛ばし床に這いつくばらせるとその床を舐めろと命じる。先程まで意気揚々と語っていたシンドリーであったがその命令に意見することなく淡々と床を舐め始める。その光景にウタ達は言葉を失っていた。


「フォスフォス、ただただ命令に忠実なのがゾンビ。さっきまで騒がしくしていたシンドリーちゃんもこの通りだ​───あの部屋を見たんだったなDr.チョッパー」


シンドリーに床を舐めさせようやく自分の喋る番が来たとホグバックは再び語り出す。天才の悩みの次はあの部屋、チョッパーがナミ達といる時に入ってしまったシンドリーのものと思われる写真が所狭しと並べられた部屋のことだ。

その部屋はホグバックの部屋であり、飾られていた写真は生前の舞台女優であったビクトリア・シンドリーその人だった。ホグバックは長らく彼女に惚れ込んでいたようで、その美貌もさることながら人気者だが気取りがなく、家族思いで誰にでも優しいそのいい女は彼だけでなく国中の男達を魅了していたそうだ。

そして彼女、ビクトリア・シンドリーは婚約者がいるとホグバックの求婚を断った後ほどなくして事故により亡くなり、何とも言えぬ脱力感から彼は仕事を放棄したという。そんな時に現れた男がここスリラーバークの主ゲッコー・モリアだとも。


「​───その奇跡の様な能力によってシンドリーを復活させる事を条件におれはこの船に乗った。死体を盗みおれはいとも簡単に服従する女優シンドリーを手に入れたのだ…おれをフッた女の中身なんざどうでもよかった!!その美貌さえあれば」


そうして生まれたのが今なお床を舐め続けるゾンビシンドリーちゃんだと言い、さらには再び人間として生きれて彼女もさぞ嬉しかろうと言い加える。

だがその人を人とも思わぬ発言にチョッパーは生前の柔らかい笑顔を浮かべるビクトリア・シンドリーの写真を思い出し激昂する。


「……一体どこに"人間"がいるんだ。そんな事もうやめさせろ!!!心と体が繋がってない人間なんてもう人間じゃない!!物を言えない死体を使って…お前は怪物を生み出してるだけだ!!!ゾンビの数だけ人間を不幸にしてる!!!それがわかったからおれはお前達を許せないんだ!!!」

「大した医術も持たねェで"命"を語るんじゃねェよ海賊鹿!!!殺せ!!シンドリーちゃん!!!影の抜かれてねェおめェら二人は"没人形"にする。喜べDr.チョッパー!!死んだ暁には尊敬するこのおれの助手にしてやるってんだぜ!!!」


そうして殺せと命じられたシンドリーがゆらりと立ち上がり槍を構え、チョッパーめがけて突撃していく。チョッパーも負けじと重量強化(ヘビーポイント)へ姿を変え突進する。


「うおおおお!!!」

「無茶よチョッパー!!!相手はウタの…!!」

「私が止める!!!あいつが私ならその癖も私と同じ……!!!」


『"急速な追想曲(プレストカノン)"!!!』


ペンギンの拘束が緩くなった隙をつき起き上がったウタとシンドリーの刺突が重なり合い、シンドリーの持っていた槍のみが弾き飛ばされる。自身の癖を把握していたウタがシンドリーの槍が突き出されるタイミングを見計らい、その瞬間を狙いすまし横から突き出す事で仲間を狙う刺突を防ぎ、弾いたのだ。

障害がなくなった事でチョッパーは遠慮なくシンドリーの両腕に掴みかかることに成功する。だがシンドリーもただ捕まるばかりでなく、掴むのが甘かったチョッパーの右腕を振り払い自由となった左腕でチョッパーの頭にゲンコツを入れる。


『チョッパー!!』

「フォスフォスフォス、女だと思って侮るな!!戦闘用に筋力は強化してあるのだ!!!」

「…あんなやつの言う事聞かなくていい…!!いてて…!!」

「あんたを殺す!!!」


ドスン!!ドスッ!!と激しい蹴りを入れられるチョッパーであったがそれをガードすることなく再びシンドリーの左腕を掴み抑えようとする。


「かわいそうに…!!もう死んでるのに!!残された家族がこれを知ったらどんな気持ちだ」

「………………!!手を放せ…!!!」

「醜いキズでツギハギにされて…!!!代わりのきく兵士にされてるなんて身内には耐えられない」

「この!!!放せ!!!」

「一緒に生まれて育った"心"はもう死んでるのに、体だけは人の言いなりに動かされるって一体何だ!!?」

「………"心"はもう死んでる………"体"と一緒に…………」


蹴られながらもなお届かぬ説得のような何かを続けるチョッパーをウタが傍で見守り独り言ちる。そこへ己に楯突いた海賊鹿がいいようにやられて気分を良くしたホグバックが語りかける。


「てめェの目を疑うのか!?認めろ!!これが人の永遠の夢!!"死者の蘇生"だ!!人間は蘇る!!!」

「動いたらそれでいいのか」


チョッパーの心からの叫びは目の前のシンドリーだけでなく無慈悲な天才外科医であるはずのホグバックすらも狼狽えさせる。その隙をついてチョッパーはロビンに自分の懐にあるウソップ特製塩玉を食べさせようとする。だがそれに気づいたホグバックが阻止せんと動き出す。


「ペンギン!!ジゴロウ!!シンドリーに手を貸せ!!!邪魔者も消せ!!!」


刹那、命令されたペンギンがすぐにチョッパーの腹部を凄まじい勢いで蹴り倒す。ペンギンに対処しようとウタが槍を構えるがその背後では三刀流の型を構えたジゴロウが刀を振り下ろす。


「三刀流"百八" "煩悩鳳"!!!」

「うお!!」

「うわ!!やめてゾロ!!!」

「"十二輪咲(ドーセフルール)"!!」

「ん…あいつか…『邪魔者も消せ!!』だ!!」


ロビンの能力に拘束されたジゴロウだったが、ゾロの戦闘能力とジゴロウの筋力によりいとも容易く振りほどきロビンへも斬撃を飛ばす。

だがその背後から先程の百八煩悩鳳にあわや巻き込まれそうになったペンギンがおれの邪魔をすんなと怒りに燃えながら蹴りかかる。


「『邪魔者は消えろ』!!!」

「てめェこそだ!!!おれが受けた命令だ!!!」

「おれだ!!!」

『………………!!!んのやらァァ!!!』


互いの存在が気に食わない2人のゾンビが命令を無視、いやむしろ命令に忠実に「邪魔者を消そう」と仲間割れを始める。前代未聞の事態にホグバックが2人を協力させようと新たに命じようとするが、ロビンがそれを咲かせた腕で口封じを施す。


「​──今いい所でしょ?このまま命令がないとどうなるのかしらね」

「!!?」

「姿形も中身も全然違うのにあの二人を見てるよう……!!」

「……記憶がなくってもやっぱりもともと相容れない性質なんだあの二人!!」

「呆れた………」


喧嘩する2人のゾンビを放ってホグバックへ向き直ったロビンは口封じを施していた手を解きホグバックへ何やら打診を始める。


「この塔は高いわね。始末したい私達二人に『飛び降りろ』って言ってみて」

「ぷはっ…………は??おめェら頭おかしいのか!?そんなもんいくらでも言ってやらァ!!あァ飛べ飛べ!!おめェら二人揃って飛び降りやがれ!!!」


『はい』


「は?いや…!!!違う!!待てェ!!!」


待てと言うが時すでに遅し。飛び降りろと命じられた2人のゾンビは凄まじい勢いで壁に向かい走り突き抜け、遥か下へと落下していく。

当然、ロビン達は飛び降りたくなどないため命令を拒否する。騙しやがったとホグバックは憤るがそれに相対する怪物がその剛腕をボキバキと鳴らしながら迫り来る。


「​…ゾンビ達はルフィがモリアを倒して全員浄化してくれる…!!​───おれがぶっ飛ばしたいのは…お前だホグバック!!!」


そのあまりの気迫と部下を2人無くし絶体絶命のピンチに陥ったホグバックはシンドリーを盾に逃げ出そうとする。だが命じられればすぐその通りに動くはずのゾンビのシンドリーちゃんは黙りこくったままその場を動かずにいた。


「………?…返事はどうした!!おめェはやられてもまた元の皿嫌いの影を入れてやるから安心して死ね!!」



涙を流しその場で固まって動かないシンドリーにその場の全員が驚愕する。だが、己の命がかかってるホグバックは驚いてばかりもいられないとシンドリーに向かって声を荒らげる。


「主人に服従する事のみが貴様らゾンビの存在意義だ!!!魂さえあれば動けるまでの体になれたのは一体誰のお陰だと思ってんだ!!?」

「涙は勝手に…!!体が…動かない…」

「​───まるで体の持ち主が抵抗してるみたいね」

「そんな事がありえるのチョッパー…?体と一緒に"心"も死んでるんじゃ……」

「わからない……魂のない体にも…意思ってあるのかな…」

「​───それらはきっと…世界中の図書館で調べてもわからない事ね」


10年も前に死んだ体に心は残るのか、魂のない体に元の持ち主の意思は宿っているのか。それらは決してわからない、わかりようのない事。"死者の蘇生"という研究と同じかそれ以上に解明する事は難しいであろう難題に直面した面々であったが、シンドリーが2人を殺そうと一度落とされた槍を拾い動き出したことでこれ以上の議論がされることはなかった。


「おおそうだ、やっと正気に戻ったかシンドリーちゃん!!よし!!充分時間を稼げ!!おれが逃げきるまでな!!」

「残念…何らかの"奇跡"を…想像したのに」

「行ってチョッパー!!こいつは私が抑える!!!」


槍を構えホグバックの下へ行こうとするチョッパーを食い止めんとシンドリーが立ちはだかるがそれをウタが抑え込み、チョッパーが進む道を開く。

するとその時、突如建物全体が大きく揺れる。またオーズが暴れてやがるなと悪態をつくホグバックだったが、すぐに追いついたチョッパーにより確保される。


「うぬ…くそ!!この海賊鹿…………!!!一端の人間ぶって"死体"の肩なんざ持ちやがって!!!てめェが人間ですらねェクセによ!!この怪物野郎!!!」

「ウチの船長なら怪物でも…!!サイボーグでも魔獣でもエロでもネガティブでも!!何だって従えられる!!!お前らみたいに物言わない死体を服従させなくてもな!!!ロビーン!!」

「いいわ任せて "脚場咲き(ピエルナフルール)"!!

「うおおおおお!!!」


ロビンの能力によりチョッパーの足から足が咲きまた足が咲き、相当な高度までホグバックを抱えたまま伸びていく。狙いを察したホグバックは世界の財産である天才の脳ミソがカチ割れちまうからやめろと懇願するがチョッパーは望むところだと言い、"ロビッチョスープレックス"を食らわせようと下へ落下していく。

だがその時、突如として壁が大きく突き破られ巨大な化け物、オーズが顔を見せる。冷凍室にいたモリアの敵であるルフィを狙った頭突き攻撃がどうやらダンスホールにまで届いてしまったようだ。


「ル………ルフィのゾンビ!!!」

「オーズ〜〜!!!」

「床が崩れる!!ウタ、チョッパーこっちへ!!」


ロビンの指示通り、それぞれ対峙していた敵から離れロビンのいる崩落していない床に着地したウタとチョッパー。そして初めて見るルフィのゾンビを目の当たりにしたウタとロビンはこれがルフィ…!?と驚きを隠せないでいた。

そんな2人とは対照的にホグバック達を探していたチョッパーは下に落ちた天才外科医とシンドリーを見つける。シンドリーはただ落下したのみで済んだようだが、ホグバックは瓦礫に埋もれ身動きが取れないでいた。


「シンドリーちゃんっ!!!この石をどけろ!!早く…!!急げ!!!助けろ!!!」

「う………!!また……!!!」

「オーズが来る!!!天才のこのおれが!!!踏み潰されちまう!!!おいっ!!何つっ立ってやがる!!!おれは貴様の主人だぞ!!!」

「体が…!!動きません…!!」

「……な……!!!」


体が動かないとまたくだらねェ事を言うな顔しか取り柄のないポンコツ死体と罵る主を無視し、シンドリーは上で行く末を見守るチョッパー達に向き直る。


ニコッと、影の持ち主であるウタのそれとは違う笑顔は正しく生前のビクトリア・シンドリーその人のものであった。それが意味する事とは………それは誰にもわからない。神ですらわからないだろう。

そんな生命の神秘ともいえる現象を目の当たりにした3人とは違い今まさにオーズに踏み潰されようとしてるホグバックは喚き散らしていた。


「おい!!急げシンドリー!!!オーズがこっちへ……!!!オーズ!!!下を見ろバカヤロー!!おれだ!!!恩知らずめ、てめェを動ける体に改造してやったのはおれだぞ!!!オイ!!!ああああ"あ"あ"ぎゃああああ〜〜〜…


かつて天才外科医として医者が手に入れられる全てのものを手にした男は自身が生み出した怪物により踏み潰され、意識を手放す事になる。

オーズが暴れる事による被害はこれだけでは収まらなかった。ゴーストプリンセスを降したウソップの下へ激しい揺れと共にその姿を表し、変態透明猛獣を吹き飛ばしスヤスヤ眠るウエディングなナミを抱き抱えるサンジの所へは巨大な足が伸びてきた上にその隙をつかれ透明にされたナミを誘拐され、ボコォンと塔の壁をサンジ諸共吹き飛ばされた所をゾロ達が確認する。

天才外科医とその下僕となった仲間達のゾンビとの戦いを終え、不思議の庭を走り抜けていたウタ達は双眼鏡を手にオーズを視認していたウソップを発見する。


「あ!!ウソップ!!」

「ウタ、チョッパー、ロビン!!たたた大変だ!!ルフィのゾンビの腕に…!!おれ達の手配書が貼りつけてある!!!あいつの狙いは完全におれ達だ!!!」


ウソップの言った通り、肉眼のみでは確認しづらかったがオーズの左腕には9枚の手配書が貼られていた。そしてオーズはその巨体に似合う雄叫びと共に声を張り上げる。


「出て来ォ〜〜い!!!麦わらの一味ィ〜〜〜!!!!」

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