スモーカー中将に惚れている海兵くんの話
・8段目クソビッチスモやん概念
・捏造
・モブ→スモ
砂埃が舞い、金属が打ち合う音と銃声が響く。炎天下の中、その海岸は戦場になっていた。
怒声が飛び交い血が迸る。汗と血が砂と混ざ合って、体にまとわりついた。
泥臭い戦場で海兵の白い服はよく目立つ。これは組織を確立し市民を安心させるためでもあるが、同時に戦場では標的になってしまう。
何人かの海賊を捌ききった頃、その海兵は意識が朦朧とし始めた。大きな怪我は負っていない。体力の消耗と水分を奪われたことによる体の基本的な反応だ。
それでもお構いなしに海賊たちは襲いかかってくる。振り下ろされた刀に、こちらも刀を合わせる。不快な金属音が耳をつんざき、刀身が日光を強く反射した。
大柄な海賊が刀に力を込める。海兵の足は地面に軽く沈み、踏ん張りきれずに後ろに体が傾いた。
バランスを崩した海兵に、海賊は刀を振り上げる。このまま斬りつけられるのだと、海兵は死を覚悟する。
血反吐を吐く思いで訓練をしてきたのに、こんなにあっけないとは思ってもいなかった。自分のことをもう少しは強いと思っていたのに。
しかし次の瞬間、キンと高い音がして、海賊の頭上から眩しい光が目を差した。海賊が驚愕して瞠目する。光の正体が飛んでいった海賊の刀であることを視認して、海兵は自分の周りの白い煙にやっと気がついた。
力の入らない足でなんとか体重を支えて、倒れ込むことだけは阻止する。その間に海賊は、煙に捕らえられていた。
白い煙が集まって、形を作る。2mはある背丈、短い顎髭、何かを睨みつけるような瞳、靡く正義の文字に苦い葉巻の匂い。
「まだいけるか!?」
「はいっ!!」
吠えるような大声に、海兵は可能な限り声を張り上げた。
人間はまた煙に戻り、別の海賊の場所まで流れていく。
惚けたようにそれを眺めていた海兵は、しばらくすると刀を握り直し戦場に戻っていった。
スモーカー中将の執務室は葉巻の匂いがする。酒も煙草も嗜まない。受動喫煙なんてもってのほか。普段はそう考えている海兵だが、スモーカーだけは別だった。
この部屋どころか書類にまでその匂いは染み込んでいて、資料を借りるたびにその匂いが海兵の心を惑わせた。
当のスモーカーは机の1枚の書類を睨みつけている。咥えられた葉巻からは煙が立っており、むせ返るほど濃い香りが鼻腔をくすぐった。
スモーカーはいつも服を開けている。逞しい胸筋と、上着に見え隠れする茶色い2つの突起。邪な気持ちまじりにそれを眺めていると、スモーカーが突然顔を上げた。海兵が慌てたように視線を戻す。
「目は通したし、反対することもねェが……いいんだな?」
革手袋をはめたスモーカーの人さし指が、紙に書かれた「異動願い」の文字を叩いた。
「はい」
海兵は短く答えてスモーカーと目を合わせる。瞳に映ったのは大きな傷のある想い人の顔だった。
この海兵はスモーカーのことがずっと好きだった。尊敬が恋慕に変わったのは遙か昔のことだ。
スモーカーが担当する部隊に入れた時はとても嬉しかった。その時は。
どんな時でも心の支えにしていた恋心が、スモーカーと共にいるだけで急に足枷となったのだ。この前の戦闘だってそうだ。本当は惚けている場合ではなかった。
自分がいてはいけない存在であるのだと思い知らされた。他の隊員やたしぎ大佐といるときなんか、いっとう惨めになる。
だからこの海兵は、書類を提出した。ただ好きなだけなのに、毎日心が拉げられるように辛かった。
何も知らないスモーカーは「そうか」と一言呟いて、机から万年筆を取り出した。
「はじめ……お前がやってきた時はどうしようかと思ったもんだ。どこぞのトロ女と同じくらいドジは踏むし、戦闘だって得意じゃねェ」
喋りながらスモーカーは万年筆でサインを記す。
「だがお前は骨のあるやつだった。どんな訓練にだって弱音は吐かなかったし、相手がどれだけの海賊であっても逃げなかった。当たり前のことかもしれねェが、できるやつはそう多くない」
職務用の印鑑を押し、目を眇める。それは海兵が初めて見る、眉間にしわのないスモーカーの顔だった。
その優しそうな目つきに思わず息を飲む。
「お前ならどこでだってやれるよ。せいぜい頑張ってこい」
受理した書類を差し出して、スモーカーは激励を贈った。
海兵はそれを震える手で受け取る。
──そんな仕打ちはないじゃないか。
視界が涙液で歪み、書類を持つ手に力がこもる。別れでは泣かないと決めていたのに、急にあんな顔をされてはその決意すら折れてしまう。
気づけば涙が頬を伝っていた。いい歳して鼻先まで赤くして、よりによって憧れの人の前で。
涙をせき止めようと鼻水をすする海兵に、スモーカーは困ったように笑う。
「おい、門出で泣いてどうすんだ」
鼓膜を揺らすその声はどうにも優しそうで、部屋の匂いは相変わらず葉巻臭くて。それらに心動くたび、恋心を実感する。
とうとう涙が落ちて、書類のサインを滲ませた。
「スモーカー中将」
震える声で名を呼ぶ。
「今までお世話になりました。おれ、ずっと中将のことが好きでした」
歪んだ視界の中で、スモーカーが目を見開くのが見えた。
しかし気持ちが涙と共に溢れ出てやまない。ひとりで抱えきれる分はとうに超えてしまっている。
「好きです。大好きなんです。ごめんなさい……」
何かが喉にへばりついたように上手く声が出せない。人生で最もみっともない告白をして、海兵は泣き声まであげて泣くに泣いた。
スモーカーがそれを拒絶しないのだけが救いだった。
海兵の泣き声も落ち着いた頃、スモーカーはゆっくりと煙を口から吐き出した。
「お前の気持ちはわかったが……悪ィな。応えてやれねェ」
困ったような声色は優しそうで、好きになってよかったと海兵は心のどこかで達観した。きっとこの恋は後悔にはならないだろう。未練は残るけれど。
「いえ、ありがとうございます」
──返事を聞かせてもらえただけで充分です。
そう続けようとして、突然声帯が震えなくなった。意思に反して声がつまる。いや、違う。反してなどいるものか。心の片隅で燻っていた欲が姿を見せたのだ。
一時でいいからあの人に全て受け入れてもらいたい。あの人の最奥まで触れたい。その時、あの人はどんな顔をするのだろう。どんな反応をするのだろう。その全てを、見たい。
どうせいなくなるのだから、あんなみっともない姿を晒したあとなのだから、今さら何をしたって恥ではない。
ろくに考えもしないで、海兵の口はその欲を簡単に声にした。
「あの、最後に、最後に1度だけ抱かせてください」
普段険しい表情を崩さないスモーカー中将の、あの間抜けな驚き顔はきっと一生忘れられないと思う。
海兵はスモーカーの部屋の妙に大きなベッドに腰かけていた。バスルームからはシャワーの音が聞こえる。
スモーカーは驚いてはいたものの、これで別れとなるからか承諾したのだ。
そのあとはスムーズにことが運び、今夜スモーカーの部屋で、とそういう手筈になった。
むしろトントン拍子すぎて怪しいくらいだ。彼はこのことを予期していたのではないか……とまで考えて、海兵は馬鹿げた妄想を一蹴した。
そんなことができるのは男を何人も食ってきたアバズレくらいだろう。清廉潔白なスモーカーに関して、それだけはない。
静かな部屋はどうにも落ち着かず、海兵の頭をおかしな仮説ばかりがもたげる。
宿舎のスモーカーの部屋付近が空きばかりなのは好都合だったが、いつもうるさい同僚が近くの部屋にいるためそれはそれで調子が狂う。
「何そわそわしてんだ」
「うわあ!?」
突然声がして振り返ると、そこにはスモーカーが立っていた。タオル地のやわらかそうなバスローブを身にまとっている。
「あ、いえっ、あの、落ち着かなくて……」
まさかあんな格好だとは思ってもみなかった。少し幸運な想定外に、海兵は視線を外す。
すると後ろに引っ張られて、体が布団に沈んだ。スモーカーと目が合って、海兵は押し倒されたことにやっと気がつく。
覆い被さるようにしているスモーカーは、いつもより数段色っぽかった。髪は乱れており、肌はしっとりと湿っている。眉間のしわは消え失せていて、熱っぽい視線をこちらに送ってくる。
海兵は生唾を飲んだ。
ドギマギしているうちにスモーカーの手が海兵のスカーフに伸びる。
「こういったときに制服で来る奴があるかよ……」
呆れながらもスモーカーは慣れた手つきでスカーフを引き抜く。そのまま上衣のボタンも外しだした。
瞬く間に服は取り払われ、気づけば生まれたままの姿でベッドに寝かされていた。
海兵はとっさに股間に手をやって隠す。
「は、早すぎませんか!?」
顔を真っ赤にして慌てる海兵に、スモーカーは満足そうに片唇を吊り上げた。
「別に隠すこたねェだろう」
海兵の上に膝立ちで跨り、バスローブのリボンをほどく。バスローブが脱ぎ捨てられて、スモーカーの裸体が露わになった。
白い体躯。豊満な胸。そして主張するように軽く勃っている茶けた乳首。
ここまで来て海兵の脳がフリーズした。どうして勃っているんだ? 疑問が高揚していた気分をかき乱す。
いくらなんでも早すぎる。元から興奮していたとしか考えられない。だが、誘ったのは海兵の方であり、むしろ相手にその気はあまりなかったはず。
「どうした? 気乗りしねェか?」
それには答えず体を見回す。無駄な肉のない腹筋。逞しい太もも。そして、茶色くなってぷっくり膨れたアナルの縁。しかもあろうことか縦に線が入っている。
「……は?」
視線と声で気づいたのだろう。スモーカーはアナルに目をやり納得したように小さく頷いた。
「純粋な海兵さんでも想像してたか。悪かったな。おれはコッチだ。だがまあ……」
スモーカーの手が海兵の股間まで伸びて、ペニスの先を親指で擦った。
「ひゃあっ」
突然の刺激に海兵は甲高い声をあげた。
「お前も興奮してきたみてェだし、ちょうどいいじゃねェか」
スモーカーは突然海兵に顔を近づけた。
「それとも何か? 案外慣れてない口か?」
「え、いや、そういうわけじゃ……」
「しょうがねェなァ」
どうしてかいつもより機嫌の良さそうなスモーカーは、そのまま海兵と唇を重ねた。
スモーカーの厚い舌が海兵の唇から割り入り、海兵の口内をなぞる。口蓋を舌で撫でられて、息が上がる。
拒絶する様子がないのを見ると、スモーカーは舌同士を絡めた。静かな部屋では粘着質な音が、どんなに小さくても耳に届いてしまう。そしてスモーカーの舌は海兵に葉巻を感じさせた。葉巻特有の苦味が舌を痺らせる。
視覚と聴覚と味覚全てにスモーカーを感じながら、海兵は大事な部分に何か穴が空いたような感覚を覚えていた。
望んでいたはずのことなのに嬉しくない。この感覚を知っている人間が他にもいるという事実が、スモーカーに抱いていた想いを砕いていく。
スモーカーの頬に触れるたび、その顎髭がチクチクと痛くて、触れ合っては混ざり合う熱が鬱陶しかった。
to be continued……
海兵くんによるわからせ編に続く(未定)