スモーカーとたしぎのお話
思えば、自分の生涯を誰かに話したことなんて数えるほどしかない。
スチム族であることへの差別迫害。故郷を海賊に襲撃され、目の前で連れ去られた両親と弟たち。モクモクの実の能力がスチム族のようであると揶揄され好奇の目に晒された海軍での日々。自分の入隊した海軍の実験グループが両親と弟たちを人体実験していたのだと瘦せ細り変わり果てた姿になった弟に伝えられたときの胸を打つ衝撃。せっかく生きて再会できた弟はどんどん衰弱し、スモーカーの腕の中で息を引き取った。両親と上の弟には生きて会うことも叶わず、遺体を弔うことしかできなかった。
スモーカーの人生は暗く過酷な道のりで、それをわざわざ誰かに話そうなんて思ったことはなかった。
だというのに、どうして今日は口が軽くなってしまったのか。
酒屋で泣きじゃくる部下のたしぎを見ながら、スモーカーは頭を掻いた。
「おい、たしぎ……落ち着け」
「だっ゛て゛、ス゛モ゛ーカ゛ーさ゛ん……、おとうとさんが.......うううううああああああああ…………!!」
仕事終わりに二人で飲みに行くことになり、酔いが回ってきて緩んだ空気になったたしぎに「そういえばスモーカーさんってご兄弟はいらっしゃるんですか?」と聞かれたのが事の始まりだった。
弟はいるといえばいるし、いないと言えばいない。スモーカーが可愛がっていた大切な弟たちは既にこの世にはいないからだ。
答えに窮したスモーカーは返答に困った末、自分の過去について一から話した。自分の種族についての情報共有をするには良い機会だし、弟のことを説明するには始めから話さないと理解ができないだろうと思ったからだ。
できるだけ過激で陰鬱な描写は省き、オブラートに包んで説明したつもりだったのだが、たしぎはスモーカーの話を聞いている内にみるみると瞳に涙を溜めて泣きだしてしまった。
正義感が強く、清廉潔白な若き海兵を地で行く彼女には、この世の不条理を煮詰めたようなスモーカーの過去は少々刺激が強かったのかもしれない。
ため息をついたスモーカーは、耐えきれないように嗚咽を零し続けるたしぎの背を黙って摩った。
暫くして落ち着いたたしぎは、目を真っ赤に泣き腫らしたまま、スモーカーを真っ直ぐに見つめた。
「スモーカーさんは、どうして海兵になったんですか?」
―――なるほど、彼女からすれば最もな質問なのかもしれなかった。
種族を理由に迫害され、家族も奪われ、理不尽に遭い続けた自分が何故正義の側に立っているのか、たしぎが疑問に思うのも当然なのだろう。
だがその質問には、胸を張って答えることができる。
「――――――それはおれが、海軍の正義を信じているからだ」