スピーディ勝利エンド
「てやあああ!」「どらああああ!」
人々の平和を守護する正義のヒロイン・シャイニーホワイトと、世界を欲で満たそうとする邪神の手先・クロノギヤール四天王が一角たる神速怪人スピーディ。
熾烈を極めた2人の激闘は、遂に拳と拳のぶつかり合いに至り……
「……っきゃああああ!」
………悪の拳が、正義のヒロインを吹き飛ばした。
「ハァ、ハァ……アタシの、勝ち、だね……!」
勝ちを誇示するスピーディは、しかし全身に傷を負い、スーツも破れ豊満な肉体を溢れさせている。
「う、うう……」
一方で瓦礫に埋もれたシャイニーホワイトもまた、装甲を完膚なきまでに破壊され、最早全裸と変わりない状況。
2人の姿が、周囲に積み上がる残骸が、その戦いの激しさを物語っていた。
「……どう、して……」
息も絶え絶えに、シャイニーホワイトはスピーディへと問う。
「……あんなに、優しかった貴女が……どうして、クロノギヤールなんかに……」
「……優しい、か」
それを聞いたスピーディは、どこか悲しげにシャイニーホワイトへと歩み寄る。その歩調は、『神速』の異名とはかけ離れた遅い物だ。
「……シャイナ。いや、シャイニーホワイト。あんたの目には、アタシがそう映ってたかい?」
「……私にとって、あなたは、今でも優しい、スピーネお姉さんです……!お願い、闇の力になんて負けないで……!」
「……はは」
足を止めたスピーディの力無い笑い声は虚空にかき消え、
「それだよ」
獣の様な獰猛な笑みを、隠す事なく曝け出した。
「………………え?」
「ああ……そうだ。あんたはいつだってそうだった。アタシの事を優しくて、親切で、良い人だって言って、本当の姉妹みたいに慕ってくれてさぁ……!」
困惑するシャイニーホワイトを他所に、スピーディは髪を掻きむしり吠える様に独白する。
「違うんだよ、アタシはそんな良いヤツじゃない、本当はもっと醜くて、汚くて、腐ってて真っ黒でどうしようもなくて、だから美しい物が好きで、好きで好きで好きで!!……壊したくて仕方ない」
「スピーネ…………さ…………?」
「花火が消える瞬間が美しい。ガラスが砕ける瞬間が美しい。ライトが割れる瞬間が美しい。綺麗でキラキラして、汚れのない物が儚く散る瞬間……それを美しいと、どうしようもなく思ってしまう。アタシの手で、壊してしまいたいと、そう願ってしまう……!!」
「あ…………え…………?」
「……そんな醜い『スピーネ』にとって、あんたは……『シャイナ』は、『シャイニーホワイト』は、キラキラし過ぎてた」
ジリ、と。止まっていたスピーディの足は、再びシャイニーホワイトへと歩みを進める。
「アタシを見るその目が。アタシを呼ぶその声が。アタシに触れるその手が、アタシに当たるその体が、アタシに駆け寄るその足が…………!!」
髪を振り乱す勢いで足を早めるスピーディ。その姿は、最早『狂乱』以外の言葉では表す事が出来ないほどの威圧感を振りまいている。
「……そして何より。悪に立ち向かう、正義の心が。この世界で一番キラキラしていたから…………壊したくなっちまった」
「……わ、私の、せい……」
「あぁ、まただ。そうやって他人を庇って自分で抱えて。アタシが悪に心を売ったのが、アタシの本性が醜いバケモノなのが悪いって、そう言っちまえば楽なのに。その何より綺麗な正義の心…………壊したら、どんなに綺麗だろうね?」
最早鼻と鼻がぶつかる程の距離まで詰め寄ったスピーディは、シャイニーホワイトの胸元に残ったブローチへと手を伸ばし、闇の力を注ぎ始めた。
「あぐぅ!?これ、は……」
「これがあんたの力の源だろう?こいつ共々壊してやるよ」
闇の力に顔を顰め、シャイニーホワイトは悶え苦しむ。
シャイニーホワイトとクロノギヤールの力は似て非なる物。闇の力で満たされてしまえば、たちまちの内にその器は壊れてしまう。故に強い心を持って闇の力を跳ね除ける事の出来るシャイナが、シャイニーホワイトになれるのだ。
「ダメ……!スピーネお姉さん、目を覚まして……!」
ここで屈してしまえばスピーネを助ける事は出来ない。彼女と過ごしたかけがえのない日々の記憶を糧に力を振り絞り、シャイニーホワイトは苦痛に耐えて目を開き、
「あはぁ………♡」
どの記憶にもない、愉悦と享楽に歪んだ笑顔を見せつけられた。
(……え?)
それは、本気の証。
(どう、して)
それは、狂気の証明。
(わた、しを)
それは、シャイニーホワイトの思い出を塗り潰す程に鮮烈で、痛烈で、理解不能で、故に
「…………ヒッ」
『恐怖』を、否応なく生み出した。
ピシリ
心にヒビの入る音がする。
「あぁ!その顔!アタシを怖いと思う顔だ!!今確かに!!あんたの顔が壊れた!!」
そして、眼前の獣は獲物の機微を見逃さない。
「いや……やだ、やめてぇ……」
ピシッ、ピシッ
与えられる恐怖が。与えられる苦痛を超え。正義の心を蝕みだす。
最早抵抗する力すら残されてないシャイニーホワイトは、ただいやいやと顔を左右に振る事しか出来ない。
「まだだ、まだ足りない、もっと、もっと!!」
だが、スピーディは満たされる事なく、更に闇の力を注ぎ込む。
「あああああ!!」
「その声!あんたが壊れる声だ!!もっと聞かせろ!!」
イタイ
絶え間なく注がれる闇の力により、ブローチにもヒビが走り出す。
クルシイ
それはまるで、壊れ出したシャイニーホワイトの心のようであり、
コワイ
ドウシテ
ヤメテ
イヤダ
スピーディの目には、宝石の様に輝いて見えた。
闇の力による蹂躙はすぐに終わりを告げた。しかしシャイニーホワイトにとっては、何時間も経過したかのように思えただろう。
蜘蛛の巣のようにブローチにヒビが走り、限界が近い事は誰の目にも伺える。
「……もう……やだぁ……」
グスグスと泣きじゃくるシャイニーホワイト。その姿は正義のヒロインではなく、まるで道に迷ったの子供の様だ。
「どうした?闇の力に負けないんじゃなかったか?」
「……たす、けてぇ……スピーネ、おねえさ……」
「ああよしよし、もうすっかり壊れてしまったねぇ」
スピーディの言う通り、既に『シャイニーホワイト』は壊れかけの状態だ。抵抗する心も、気力も、そのほとんどが失われてしまったのだから。
そして、スピーディは最後の仕上げに取り掛かる。
「……じゃあ、アタシの元に来な。そうしたら助けてやるよ」
「…………どう、いう……」
「何も難しい事じゃない。『シャイニーホワイト』はここでおしまい。あんたは『シャイナ』になって、アタシは『スピーネ』になる。ただそれだけ。そうすればあんたは助かる。そうだろう?」
「…………」
それは出来ない。シャイニーホワイトがいなくなれば、人々の平和は誰が守ると言うのか。どんな恐怖を味わったとして、その一線だけは越える訳にはいかない。そう告げようとして
「どうだい?」
見た。
見てしまった。
『スピーネ』の『いつもの笑顔』を。
「…………う、あ」
それが先程の獣の笑みならどれほど良かっただろう。
自分にとって、倒すべき敵でいてくれたのだから。
「あああ、ああああ…………」
だが、目の前にあるのは。
取り戻したい、壊されてしまった、『思い出』の笑顔だ。
「…………ます」
「うん?」
「シャイニー、ホワイト、やめ、ます………!だから、帰って、きてぇ………」
もう、『シャイナ』は戦えない。
壊れた心は、正義より、安寧を求めてしまったのだから。
「………あぁ、綺麗だ…………」
完全に心が壊れる様を見たスピーディは、うっとりと呟くと顔を近づける。
「さぁ、力を抜いて……」
重なる唇と唇。絡み合う舌と舌。淫靡な交わりの中、シャイナへと闇の力が注がれる。
(スピーネお姉さん……気持ちいいよぉ……♡)
だが、最早闇の力でシャイナが苦しむ事はない。
何故なら彼女は、『シャイニーホワイト』ではないのだから。
「シャイナ……♡あぁ、綺麗だよシャイナ……♡この世で何より愛おしい妹……♡」
「お姉さん……♡お姉さぁん………♡もっと、もっとしてぇ………♡」
それは、思い出とは程遠く壊れ。
それは、歪に修復された関係性。
身体を重ねて交わる2人の耳に、ブローチが砕けて消える音は届かなかった。