スパナちゃんと鏡花さんの話(21話より。捏造過多)
どれだけの時間が過ぎただろうか。
自身のラボで、鏡花は祈るように目を閉じていた。
お気楽ボーイと、九堂りんねと、その先輩ふたり。彼らの尽力によって、スパナのためのベルト、ヴァルバラドライバーはついに完成した。
裏切ったというミナトに持っていかれはしたが、彼女は絶対にスパナへとベルトを託してくれるに違いない。同級生だった頃と変わらない、どこまでも不器用な彼女なら。
それに、スパナだってもうあの頃とは違う……自分の中の黒い炎を、仮面ライダーとして突き進むための原動力に出来る。あの子はそういう子だ。
そう、信じているのだ。
『そのヨロイがあったから! わたしはいちのせやくどうみたいに、つよくなれなかったんでしょ!?』
脳裏によぎる、まだ幼い少女の悲痛な叫び。
何もできない自分に一抹の歯がゆさを覚えながら、鏡花がキツく両手を握り締めた……その時。
カチャ、と。
「……!」
弾かれたように顔を上げる。ラボの扉が開いていた。
「…………」
どこか気まずそうな無表情が、ソファの影からそっと覗く。
「……スパナ」
思わず名前を呟く。小さなその手には、オレンジ色を基調としたベルト。
見紛うはずもない、自分が造ったヴァルバラドライバーだった。
鏡花の眼差しを無視するように、だが彼女は無言で向かい側に座った。
盤上に散らばるチェスの駒を小さな手が掴む。まだ親や保護者と呼ばれるひとたちから守られているべき子どもの。戦いの痕が残る、痛ましい手。
この手をつくったのは自分だ、と鏡花は思う。
グリオンへの憎悪が生み出した、あまりにも危険な漆黒の炎。幼い彼女がそれに囚われないようにと、美学という名の鎧を着せ、戦うことを教えた。
果たしてそれは、本当に正しかったのだろうか?
「……じゅんび」
思案に沈んだ鏡花の意識を、小さな声が呼び戻す。
「できました」
盤上に並ぶ白黒の駒。
瞬間、鏡花の脳裏に過った光景。初めてスパナが、自分からチェックメイトを取った日のこと。
心の底から嬉しそうだった、あの笑顔。
「……ッ」
分かっている。分かっているのだ。今は泣くべき時ではない、笑ってあげなければ。
仮面ライダーに憧れていたこの子が、ずっと待ち望んでいた力を手に入れられたこと。憎しみに囚われず、その力ときちんと向き合って前に進めたことを、祝福してあげなければ。
歯を食いしばって、涙をこらえて。立ち上がった鏡花は、スパナの肩を優しく抱き寄せた。
「……その前に、ご飯つくってよ。もうお腹ペコペコ」
出した声は、震えていなかっただろうか。
滲んだ視界の端で。 スパナが微かに、だが穏やかな顔で、笑ったのが見えた。