スタァライト・ロマンスナイト

スタァライト・ロマンスナイト


幼い頃、大きなアリーナ、その最前列。視線の先には、自分と同年代の少女。少女が跳ねる。少女が駆ける。少女が舞う。氷の上を、清楚に/優雅に/華麗に。幼い自分にとって、それは憧憬そのものだった。

 the swan like the star                  「その白鳥は星のように」

それから10年。19歳になった今もなお、それは脳裏に刻まれている。輝く星は、いつまでも美しく――


第1楽章ジャンプハイ・オーバーザスカイ

今日は自分にとって忘れられない日になるだろう。カルデアのエージェント、藤丸立香。彼はそう思った。当然だ。今日は、幼少期から憧れてきた大スタァ、ラムダと対面できる日なのである。惜しむ点があるとすれば…

「任務だしなぁ…内容がなぁ…」

ため息をついた。不満はないが、内容を思うと憂鬱になる。

「少し昔、とある事件がありました。伝説  的アーティファクト「ムーンセル・オートマトン」の発見です。発見者は岸波白野という青年。彼は各種文献や伝承から、それが月にあると知ったのでした。仲間達と共に冒険に出た彼は、しかし、消息を絶ってしまいます。情報を伝えられていた彼の伴侶にして魔術・機械両道の天才ハッカーBBもまた、彼を追って消えてしまいました。今も尚、ムーンセルは見つかっていないまま、世界の何処かに有ると言われていま す。」

―――現在知られている、通称「31日事件」、もしくは「新月事件」がこれである。いつしかこの事件も忘れ去られるだろう、多くの人がそう考えていた。


しかし近日、事態は大きく転換。BBの娘であったラムダが、ムーンセルの在り処の手掛かりを得たのである。失踪前のBBから与えられていたコンピュータのファイルが9年の経過によって開封され、ムーンセルのデータが発見されたのだ。この情報をいち早く察知した国連機関カルデアが彼女を保護し、そしてムーンセル獲得に動き出した。そのプロジェクトの担当エージェントこそ何を隠そう藤丸なのである。

彼女は現在カルデアを警戒していると聞き、自分も嫌がられるのかもと思うと非常に辛い。ファンとして認知されるならともかく、流石にこれはひどい、そう感じる藤丸なのだった。

と、そうこうしているうちに部屋の前に着いてしまった。緊張する。ノックをした。返事が返ってきたので、扉をそっと開く。

「·······なによ、まだ青臭い子供じゃない。こんなのの何が役に立つっていうの?」

いきなり暴言を吐かれたが、どうやらそこまで不機嫌ではないらしい。

「あ、ええと、オレは藤丸立香。カルデアのエージェントです。」

「わかりきった挨拶ご苦労さま。私のことは知っているわよね?」 

「は、はい。10間は応援してます。」

「······意外と長いのね。少しは見直しました。あと敬語はいいわ。慣れてない敬語なんて鬱陶しいもの。」

「あ、はい、じゃなくて、うん。」

「フンッ、まあいいわ。それより、チェンジよチェンジ。マネージャーがこんなのでは、できる舞台も御破算ね。」

うん、辛い。自分が新米であるのは事実なのが、余計に辛い。と、ここでドアが開いた。

「話は聞かせてもらった!」

バァァン!!という効果音がしそうだ。金髪の美丈夫が現れる。キリシュタリア・ヴォーダイム。カルデア所属エージェントの一人であり、数十人のエージェントのうち、トップタイの片割れである。藤丸の友人だ。

「彼はこの様な多数勢力が絡み合う事態において無類の強さを発揮する優秀な仲間だ!愚弄しないでいただきたい!」

「···はいはいわかりました。もう帰って。」

「藤丸、後で新作にゲームで遊ぼう!では!」

「···藤丸、と言ったかしら?あの変な人間は何?どうして登場したときに『キリッ✩シュタリア』なんてテロップが出ていたの?」

わからない、オレたちはキリシュタリアとは会話を雰囲気でしている。とりあえずキリシュタリアについて話した。

「カルデアってあんなのばかりなの?何よその顔。·········はあ、この分じゃ他のエージェントにも期待はできないわね。仕方がないからアナタを認めてあげる。感謝しなさい。」

その感想はよくわかる。それはそれとして良かった、受け入れられたみたいだ。

〜〜〜

さて、そろそろ出発である。さっきまで随分とフィギュア(両方の意味)について語ってもらった。特に、彼女のドールマニアはファンの間では有名な話だったので、直接聴けたのは本当にラッキーだと思う。後でファンの友人に教えよう。

「そろそろ出発だね。行こう、ラムダ様。」

ちなみにこの「様」はファンとしてのギリギリの妥協ラインだ。敬語が苦手でも呼び捨ては無理。

「わかったわ。さっさと案内して。」

「うん、まずはこっちに――」

突如、静寂が爆ぜた。

雷鳴のような爆音が走る。けたたましいサイレンが緊急事態を知らせる。

『施設が襲撃されています。速やかに離脱してください。』

「何!?何が起こったの!?」

どうやら、テロでも起こされたらしい。

「早く外へ!」

しかし、彼女の足で走れるのだろうか。

その鋼鉄の義足で。彼女の引退の理由である両足の喪失、その象徴。

「走れる?」

「ええ、その程度はできるわ。」

立ち上がった。床が水のような煌めきを持って液状化を始める。

「メルトウィルス。詳しくは後で説明してあげる。アナタが私の目に適うなら、ね。」

とりあえず移動を開始。ラムダの動きは凄かった。床の上をスケートのように滑るのである。早く外に出ようとして

『駄目だ、藤丸君!外に出てはいけない!移動ゲートに向かってくれ!』

「ドクター!?」

通信が入る。司令官兼医者のDr.ロマンからだ。

『カルデア周囲が包囲されているし、時間がない!侵入者にはボク達で対処するから、君達はすぐに出発して!』

「了解!聞いた?ラムダ様。」

「厄介ね…けど、異論はないわ。」

『じゃあ、また後で!』

ひたすら走る。廊下を駆ける閉まろうと動き出す隔壁の下を滑る。そこを過ぎて移動したところで、背後に爆発が生じた。隔壁が突破されたらしい。もうこんな所まで来たのか!

銃撃が降り注ぐ。ある程度予測して回避。流石にあれだけ戦場をくぐり抜けてきたのだ。エージェントになってから1年間の任務(突発含む)回数歴代5位は伊達ではない。さっさと撒こう。

「ガンド!」

魔術礼装の機能の1つだ。オレの魔術回路は平均以下なので、1度撃ったら30分は使えない。

「今の内に!」

「ええ!」

全体強化を使用し身体能力を1分間強化する。これで一気に距離を離す!

―――その瞬間は誰にも予測できなかった。

下の階層からの轟音。床が崩れる。ライフルの弾丸が、ラムダの足をかすめる。右の義足が砕け散った。まずい、落ちる。考えるより先に身体を動かせ。身体強化効果の残り時間は僅か7秒。手を伸ばす。確かな感触。間に合った。全力で引っ張る上げる。同時にオーダーチェンジを使用。霊子で構成された物体の転移機能だ。霊子防壁で穴を塞ぎ、追撃を避ける。そのまま走る。右手で肩を、左手で膝の裏を支える。お姫様抱っこというやつだ。普段なら恥ずかしくてできないが、今はそんなときではない。幸い、と言っていいかはわからないが、銃撃や落下のショックで彼女は気絶しているらしい。ゲートを目指す。

走る。    走る。  走る。  走る。走る走る走走走走走走――

「――私は·······」

ラムダが起きたようだ。

「平気?」

「ええ、義足以外は…」

こんなときでも冷静なのは流石だ。

「それより、敵の狙いはおそらく私よ。今すぐ私を置いて逃げなさい。」

「何を―」

「私はスタァ!ファンを守るのは当然のこと!それにすぐに殺されたりはしないわ。だってどう考えてもムーンセルの情報が狙いですもの。私を運びながら逃げるのは無理。早くしなさ」

「嫌だッ!!」

見捨てたくない。オレもそんなことができるわけない。友人達だってこうするはずだ。合理性は人を見捨てていい理由にはならない。

「···頑固ね。」

「それでいい!」

人を助けて生きる、それがオレの決めた道。あの日見た彼女の美しさに報いる為に、それを選ぶ、選び続ける。

「私の片足だけ降ろして。」

言われた通りにする。勿論彼女を強く抱き締めながら、決して落とさないように。

床が削れる。1拍遅れて、周囲が熔解を始める。

「これでここはしばらく通れない。」

「流石!」

そうこうしている内に、最後の隔壁を通り抜ける。すぐに閉まった。その奥から大勢の人の叫びがする。罠がうまくいった。ゲートに到着。

「「間に合いましたね、藤丸!」」

プロジェクトメンバー、ガウェインとトリスタンの声だ。すぐに乗り込む。

「Goldenだ藤丸!かっ飛ばすぜ!」

運転手坂田金時の声。

発進。一気に成層圏を飛び出す。

「何とかなったね、ラムダ様。」

「―――メルトリリス。それが私の本名。これからは、敬愛と親愛を込めてメルトと呼ぶことね、藤丸。」

「···わかった、メルト。」

窓から外に目を向ける。満足気な彼女の顔は、満天の星の中でもよく映えた。決意を新たにする。どんな事があっても、彼女を必ず生還させてみせる、と。

 next stage

逆月巨大都市郡クレーターレギオン

 第1都市グレイル


「ところで、少し顔が近いんですがそれは…」

「スタァのいる場所としては狭すぎるのよ。我慢しなさい。」

赤面を必死に抑えなければならないようだ。前途多難である。




―地上にて―

『おい、これはどういうことだ!』

「どういうことも何も、貴様がまずは私の私兵のみでやる、と言っていたからそうしたまでだ。依頼主には従うのでね。」

『ぐ、きっ貴様このセラフィム幹部アーノルド様に向かって!』

「では契約は終了か。」

『ッ!クソ、仕方がない。君はすぐに追撃したまえ!』

通信が切れた。つくづく道化のようなやつだ。空を見上げ、黒い男はそう考えた。

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