スケッチブックと林檎飴

スケッチブックと林檎飴

鉄華団おいしーなタウン支部

やよい「す、すみません、お手を煩わせてしまって…」

拓海「はは、気にするな。こういう事は一度二度じゃないから慣れているさ。」

自分の後ろを付いてくる少女の謝罪に気楽に答えを返す。

時は春休み。

うちの母親が経営するゲストハウスに5人組の女の子と

その保護者とおぼしき人が宿泊に来た。

おいしーなタウンに観光目的で来たらしい。

まぁ、うちの客としてはよくある滞在理由だな。

後ろを付いてくる少女は黄瀬やよいさん。

街を観光中みんなとはぐれてしまったらしい。

俺は母さんから頼まれてこの子を探すことになった。

で、見つけたからゲストハウスに連れ帰っている最中…というのが今の状況だ。

やよい「スケッチブックを落としてしまって…それで…」

拓海「それは災難だったな。でも見つかって良かったな。」

やよい「はい。…これもナルシストルーさんのおかげです…」

拓海「ナルシストルー…か。」

まさか、あいつがなぁ…


時は遡り…クッキングダム。

マリちゃん「え?ナルシストルーがまた脱走したの?」

セルフィーユ「はい、これで5回目です。」

ローズマリーことマリちゃんは(またか…)と呆れた。

ブンドル団の起こした事件の最中捕縛されたナルシストルー。

裁判で判決が出て服役中だったが、

事あるごとに脱走を図っておいしーなタウンに逃げこみ、

そしていつも少し時間を置くと決まって自主的に戻ってくる、

という奇妙ともいえる行為を繰り返していた。

マリちゃん(刑そのものは受ける気あるみたいだけど…

      ストレス解消のつもり…なのかしら…)

今のナルシストルーにかつてのようなとげとげしさはない。

精神的にすっかり丸くなってはいる。

とはいえ何度も脱走されていてはこちらも困る。何かしら対策は立てないと…

マリちゃん「まぁそれは連れ戻してからね…今は脱走者の追跡ね。」

マリちゃんは支度を整え、再びおいしーなタウンにその足を向けた。


ナルシストルー「うーん…久しぶりの自由。満喫させてもらうとするか。」

おいしーなタウンの公園で背伸びして体をほぐすナルシストルー。

彼にとって自由とは与えられるものではなく奪い取るもの。

すっかり丸くなった現在でも怪盗としての性分は抜け切れていなかった。

ナルシストルー「まずは林檎飴の確保が先決だな。

        あらかじめブンドっといたセクレトルーの財布…

        存分に使わせてもらう。」

かつての仕返しと言わんばかりにセクレトルーのお金で林檎飴を数本買った後、

ナルシストルーは街を散策し始める。

ナルシストルー「しかし、どいつもこいつも相変わらず幸せそうな顔してやがる。

        変わらないなココは。」

口では悪態をつくものの、かつてのような苛立ちをナルシストルーは感じない。

それは彼が変わりつつある証でもあった。

ナルシストルー「…ん?」

ふと、ナルシストルーの視界に妙な物が映る。…道端になにか落ちている。

ナルシストルーはなんとなく、それを拾い上げる。

ナルシストルー「これは…スケッチブックか?」

拾い上げたスケッチブックの中身を用紙1枚1枚、何気なしに確認する。

描かれている絵は決して下手ではなかったが、

美的センスが独特過ぎるナルシストルーのお気には召さなかった。

ナルシストルー「…へたくそだな。」

興味を失ったナルシストルーはスケッチブックをその辺に投げ捨てようとした…

その時、

やよい「あ、あの!!」

ナルシストルー「…?」

やよい「それ…わたしの…です!」

1人の少女が声をかけてきた。言動からスケッチブックの持ち主と思われる。

ナルシストルー「ふぅん…そうか、ほら」

ナルシストルーは少女にスケッチブックを投げ渡した。

やよい「え!?わ、たた…!」

少女は急に投げ渡され慌てるものの、なんとか落とさずキャッチに成功する。

やよい「あ、ありがとう、ございます…」

ナルシストルー「…ふん。」

感謝される筋合いはないと言わんばかりにナルシストルーはそっぽを向く。

やよい「…あ、あの…」

ナルシストルー「あん?」

やよい「ひっ…えと…もしかして…見ました…?」

何を?と聞くまでもなくスケッチブックの中身だとナルシストルーは思い当たる。

ナルシストルー「ああ、見た。…ゴミだな。センスを感じない。

        サルの方がまだ上手い。

        …へたくそ過ぎて目が腐るかと思った。」

ナルシストルーは余りにも素直すぎる感想を述べた。すると…

やよい「…………っ!!うっ…ひっく……うぅ~!!」

ナルシストルーの悪態を聞いた少女は目に涙を浮かべ、突如泣き始めた。

ナルシストルー「なっ!?」

流石のナルシストルーも動揺した。

ここまで簡単に泣き出すとは思ってなかったからだ。

ナルシストルー(嘘だろ!?普通この程度で泣くか!?

        ここまで泣き虫な奴初めてだ!)

今まで気の強い女性ばかり相手どっていたので

このタイプは彼にとって初めてだった。

ふと周囲を見やると通行人から注目を集めていることに気付く。

ナルシストルー(まずい、不用意に目立つと俺様の自由が!?)

騒ぎが大きくなると追手に感づかれる。

追手に見つかる=優雅で自由な時間の終わりである。

ナルシストルー(この場から逃げるのは簡単だが…

        このガキが泣き続けていたら足がつきかねない!)

何か手はないかとナルシストルーは考えを巡らせ…

やがて先ほど購入した林檎飴に思考が到達する。

ナルシストルー(ええい、ままよ!)

ナルシストルー「な、泣くんじゃない小娘!これをやるから泣き止めっ!」

ナルシストルーは林檎飴の1本を少女に向けて突き出した。

やよい「…ふぇ…?」


ナルシストルー「何?俺様の声が似ていた?お前の父親と?」

やよい「は、はい…」

その辺にあったベンチに2人並んで座り、林檎飴を食べながら話すナルシストルーと少女。

やよい「わたしが小さい頃死んだパパの声と…そっくりで…

    あの時、酷いこと言われた時…

    まるでパパにわたしの絵をけなされたような気がして…それで…」

ナルシストルー「そんなに似ているのか?俺様の美声と?」

やよい「はい…あの声と…似すぎていて…」

ナルシストルー「…なんだそれは…」

ナルシストルーは余りにも拍子抜けな理由に肩を落とした。

まさかそんな理由とは…

流石にナルシストルーの天才的頭脳でもこればかりは見抜けなかった。

やよい「あの…すみませんでした、急に取り乱したりして…

    林檎飴までいただいちゃって…」

ナルシストルー「いや、別に…」

ナルシストルー(騒ぎが大きくならなかっただけ十分だ。

        林檎飴は惜しいがどうせセクレトルーの金で買ったものだし、

        ダメージは少ない。

        ……さて、長居は無用ださっさと退散しよう。)

ナルシストルーは自分の分の林檎飴を食べ終えると、ベンチから立ち上がる。

…とそこで1人の男性が2人に近づく。

拓海「あ!黄瀬…さん?福あん、ご利用中の黄瀬さん、ですよね?」

やよい「え?」

ナルシストルー「げっ、ブラックペッパー…」

拓海「ってナルシストルー!?」


……


ナルシストルー「なるほど、母親の小間使い、ご苦労なことだな。」

拓海「お前なぁ…」

やよい「えっと…お知り合い…?」

拓海「えっと…なんて言うか…」

ナルシストルー「知る必要はない。…あとはお前に任せた、

        じゃあなブラックペッパー。」

ナルシストルーはそう言うと俺達に背を向け歩き出す。

と、その時、

やよい「あ、あの!ナルシストルーさん!」

黄瀬さんは声を張り上げナルシストルーを呼び止める。

大人しい子だと思ってた俺はその子の突然の大きな声に驚いた。

やよい「急に泣き出してごめんなさい!…あと、林檎飴、ありがとうございます!」

黄瀬さんはナルシストルーに頭を下げ、謝罪と感謝の言葉を告げた。

彼女の声を聞いたナルシストルーは立ち止まり、

背を向けたまま顔をこちらに向けて言葉を返す。

ナルシストルー「…小娘、お前の父親がどんなヤツかは知らんが…

        これだけは言っておく。

        俺様みたいな人間と一緒にされてはその父親にも迷惑だと思うぞ?

        もう二度と父親と俺様の声を混同しないようにしておけ。

        あと…絵はもう少し練習しろ、

        また馬鹿にされたくなければな…じゃあな。」

ナルシストルーはそう吐き捨てた後、再び前を向き歩き出し、この場を去った。


……


マリちゃん「見つけたわよ、ナルシストルー。」

日が沈み、夜の闇を街の明かりが照らす時、

公園のベンチに寝そべっていたナルシストルーにマリちゃんは声をかける。

ナルシストルー「何が『見つけたわよ』、だ。

        俺様がブラックペッパーと会った時からずっと見ていたくせに。」

マリちゃん「あらやだ。気付いていたの?」

ナルシストルーは上体を起こし、ベンチに腰掛けたままマリちゃんを見上げる。

ナルシストルー「甘いな、お前も。そんなことではまた足元をすくわれるぞ?

        ゴーダッツの時みたいに。」

マリちゃん「耳が痛いわね…でも、そう言うあなたも十分甘いと思うわよ?」

ナルシストルー「ふん、言ってろ。…さて、久々の自由はこれで終わりだな、っと。

        明日からまた面倒くさくてかったるい労働の日々だな…

        まったく、割に合わん。」

ナルシストルーはベンチから立ち上がり大きく背伸びをし、体をほぐした。

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