スグリ→カキアオ概念
・ラストほんのりNTR表現
・若干嘔吐表現
・若干性的(R18ほどではない)
・純愛カキアオ
「それで~アオイさんはカキツバタとどこまでいったんですか?」
「えっ、どこまでって……」
ピタリと足が止まる。ねえちゃんにリーグ部のプリントを届けに来ただけなのに嫌なとこに遭遇してしまった。
スグリは後悔する。どうせなら何も気づかないふりをしてこのまま曲がり角から出てしまえばよかった。けれど形容しがたい後ろめたさのようなものがスグリをその場に固定した。
「あのカキツバタのことですからガツガツいってそうですけど……嫌ならちゃんと拒否しなきゃだめですよ!あなたはちょっとチョロいところがあるので心配です」
「はぁ!?なにあんたアイツと付き合ってんの!?私聞いてないんだけど!」
「えっと、ごめんねゼイユ。恥ずかしくって……あとあれだけカキツバタのこと酷評してたから言い出しずらくて」
「ぐ、ぐぬ なによ、別に友達のカップル成立ぐらい普通に祝福してやるわよ!」
「えへへ ありがとうゼイユ」
にこ!とかわゆく笑うアオイに、ジリジリと熱い炎がスグリの脳で燃えた。嫉妬とも言えそうなそれをスグリはずっと抱え続けている。アオイと、カキツバタが付き合っていると知った時から。
別に恋人でもなかったのにそんな馬鹿な、という感情が反射的に浮かび上がったことを覚えている。けれど……今でもおかしな話だと思っている自分がいる。最初にアオイと仲良くなったのは俺なのに、と。
一緒に村を、祭りを回って、他の人より近い距離で話したのはスグリだ。嫌われるのが怖くて、重要な部分はぼかしてしまったけれど『好きだ』と、『アオイが大切だ』とスグリは伝えた。なんの引っかかりもなく『私も!』と返してくれた彼女が、スグリをきっとまだ友達以上には思っていないことはわかっていたけれど、それでもいいと思っていた。アオイは俺を見ていてくれると、そしていずれは自分もちゃんと思いを伝えるのだと……そう思っていたから。
けれどそんなスグリが握りしめていた思いを何でもないように飛び越えて、カキツバタはアオイをさらっていった。
「おっ なんでぇ皆さんそろい踏みで」
「げっ」
「あぁ、今アオイさんに忠告していたんです。軽薄などこぞのドラゴンに食い散らかされないようにって」
「シツレイだなぁタロは。オイラぁオイラなりにちゃーんと大事にしてるつもりだぜ、このお姫様をよ」
「ちょ、ちょっと!やめてってばぁ!」
ちらり向こうを盗み見れば、やってきたカキツバタがアオイの肩にもたれかかって気軽な笑みを浮かべていた。アオイはその接触や、歯の浮くようなセリフに困惑しながらカキツバタを押し返している。その顔はりんご飴のように真っ赤で……スグリの見たことのない色をしていた。
きゃいきゃいと騒がしいアオイたちの声が近づいてきて、スグリはそこでやっとその場を離れた。内側からこみあげる感情のまま、メチャクチャに走ったのに鮮明に会話が聞こえた。
「今夜、またオイラの部屋来るか?」
「う……うん」
どんな顔をしているのか、見ないでも思い浮かぶその声は、やっぱりスグリの知らない声色だった。
***
ひたひた、ひたひた
足音を押し殺すようにスグリは歩いた。静かに歩こうと思うのに、体は自然と早く歩こうとする。
まだ消灯時間ではないので寮の廊下は電光に照らされて明るい。けれど出歩く生徒は少なかった。バトルにのめりこんでいた時期のスグリも、こんな時間に廊下を歩くことはなかった。真面目な生徒は今頃就寝準備をしているか、部屋で一人静かに勉強をしている時間だ。
そんな時間に___スグリはカキツバタの部屋に向かっていた。そこにアオイがいるから。
こそこそ隠れるように歩きながら、スグリはどうしてか正義の執行官のような気持ちになっていた。不正を白日の下に晒す物書きのような……罪人を罰する処刑人のような気持ちだ。
なにもスグリは彼らを教師陣に訴えようというわけでない。そんなことをしたいわけではない。そんなことをしたらアオイに嫌われてしまうかもしれない。ただ、ただ彼らの仲が不当なものだと確信したかった。下に見て、踏みつけられればもしかしたら……スグリはまたアオイに手を伸ばせるかもしれない、そう思った。
そんなほの暗い感情を輪郭だけ認識しながらスグリはカキツバタの部屋にたどり着いた。
幸い奥まった場所にあるカキツバタの部屋は廊下に立っていても誰にも見られることはない。
スグリは意を決して耳を部屋の扉にくっつけた。ひんやりとした学生寮の扉は、想像より鮮明に部屋の中の声を伝えてくれた。
「……その、魅力ないのかな、私」
「はぁ?なーに言ってるんでぇこのお嬢さんは」
ギシ、と軋む音が聞こえて彼らがベット上にいることがわかった。マグマのように重い塊が喉まで出かかる感覚がして唇を噛む。沸騰しそうな脳みその熱で痛みは感じず、ただ口内に広がる血の味が不快だった。
再びベットが軋む音がした。どうやらカキツバタがベットに腰かけたようだ。
「お前さんに魅了されちまった哀れな男どもがどんだけいると思ってるんでぇ」
「興味なさそう……軽い……」
「そりゃお前さんに惚れてる奴の話をおもーく語ったりしたくねぇよ」
「……ふふ、カキツバタ子供っぽい」
「随分言ってくれるねぃ、ほれっ」
からかうような声とともにキャー!とアオイが弾んだ声を上げる。明るい声は二人が親しい者同士のじゃれあいをしていることを示していた。
確かにぶすくれたようなカキツバタの声はスグリには覚えのない声で、やけに新鮮だった。
けれどスグリにはアオイの態度の方がよほど目新しく感じる。
返答に不満を示す拗ねた態度も、言葉一つで機嫌を直す単純さも、スグリの前では見せなかったものだ。スグリの前のアオイはいつも太陽のような笑顔で、スグリが突き放せば女神のように優しく心配してくれた。でも今のアオイは太陽でも女神でもなく……まるでただの少女のようだ。
自分のものになるはずだったアオイの少女の姿にどうしようもなく嫉妬する。しかし怒りにも近いそれと同時に冷たい思考が回る。もし、自分がアオイの彼氏になれたとして、アオイはあの顔をスグリに見せてくれただろうか……と。
そんなことを考えているといつの間にかじゃれあいの声は落ち着いていた。かわりに聞こえてきたのはどこか申し訳なさそうなカキツバタの声だった。
「……なぁアオイ、なんか不安にさせちまってっか?」
「あ……その、私、」
途端にアオイの声が弱弱しくなる。
「その、カキツバタ、付き合ったのになにもしてくれないから、私魅力ないのかなって」
「……あのなぁアオイ、」
「だ、だって!私は年下で、なんにもしてあげられなくて……でもカキツバタはきっとそういうこともいっぱい知ってるだろうから……わたし……!」
激情によってアオイの声は震えていた。スグリが暴走した時だって、こんな風に声を荒げることはなかったのに、と下衆な考えが脳をめぐる。
またベットが悲鳴を上げて、くぐもった衣擦れの音がした。
「わたし、カキツバタにならなにをされてもいいのに……」
くすん、と涙の音とともに告げられた言葉は性的な想像を呼び起こすというのに、どこまでも健気だった。
「すき、すきだよ、カキツバタ、だから……だい」
「……す」
「す?」
「ストップ!!!!!!!!!!!」
「わぇっ!?」
思わず出た声に口を押える。急に発されたカキツバタの大声に心臓が暴れる。他の部屋にも聞こえたのではと周りを見渡すが、廊下は相変わらず静かなままだった。
しかし廊下の静けさに反してカキツバタの声は先ほどからずっと大きいままだ。いつも飄々としているカキツバタの声は、まるでやけくそだった。
「あークソ、お前さんはこっちの気も知らねぇでよぉ……」
「つ、ツバっさん?カキツバタ?あの」
「あのな!こっちはお前のためにセーブしてやってんの!!!そりゃおいらだって見せびらかして自慢して、経験ナシで危なっかしいかわいー彼女をさっさと手籠めにしてぇ気持ちはあるぜ!?」
「ひゃい!」
俺もだ、と心臓がなった。
俺も思ったこと、ある。いっそこの綺麗で強くてかわいい生き物を、ぐちゃぐちゃにして泣いてもわめいても離さないようにしてやりたいと。アオイが自分でない奴と付き合ってからも……いや、むしろそれからはその思いも増す一方だった。
「でもよ、大事にしてぇのよ……こういうの柄じゃなくて慣れねぇけどよ」
「う、うん」
「その……お前が、好きだから」
「ウッ、うぇ」
口を覆う。吐き気がする。地面に立っている感覚がなくなる。
それは___それはスグリが言えなかった言葉だ。
「おぇ、グ、ぐぅ、ぇ」
「カキツバタ……」
「でも不安にさせちまったのはわりぃ……ちぃと極端なんだよなオイラぁよ」
「うっ、うっオ゛ゥ、!」
「その分言葉でこう……可愛がってやってたつもりなんだがよ」
「あはは!あのキザったらしい言い回しそうだったんだ!えへ、でも嬉しかったな……ちょっと恥ずかしかったけど」
「ウ、ごぇ、ぉ」
「カキツバタ……」
「アオイ……」
小さな小さなリップ音が鼓膜に届いた。
その振動がたまらなく気持ち悪くて、スグリは逃げるように部屋に帰った。
正義の執行官の気持ちはグチャグチャに踏みつぶされていた。
寧ろ悪はスグリの方だ。こそこそと二人の会話を盗み聞いて、自分の不足を棚に上げて二人を恨んだ。罪人は自分だ。あんな風に向き合って思いを伝えたことなどないくせに、出会いが少し早いだけで先輩面して、所有欲をのぞかせて。
部屋に戻ってスグリは吐いた。
翌日部屋から出てこないスグリを心配してアオイは何度も扉越しに話しかけた。教師からのプリントを届け、ゼイユたちが心配していたとスグリに伝えた。そうして返事のないスグリに「おだいじに」と女神のように言って去っていく。
一度いっそのこと最低になってみようとアオイの声を聴きながら下半身に手を伸ばしてみたが、冷たく固まった指先は摩擦の痛みを伝えるだけだった。
それも数日続くとプリントを届けるのはカキツバタになった。ずっとスグリのために心を砕く彼女を休めようという考えだろうか。心遣いか嫌味か、カキツバタはアオイの話をよくした。
苛立ちに目と耳をふさげば思い起こされるのはあの部屋の会話だ。何度も何度も、暗記できるのではないかと思うほどにリフレインする。
そしてその中でスグリは気づいた。なぜ今まで気づかなかったのだろうか。
二人の会話は彼女の体がまだ誰にも穢されてないことを示していた。
こんなにも苛立って、こんなにも打ちのめされて、こんなにも自分が相手ではないのだと理解しても、それでも俺はアオイが好きだ。
だったらもう答えなんて一つじゃないか。どうせ心は得られないのなら、どんなに嫌われたって何か一つを手に入れるべきだ。だってこんなにも好きなのだから。
スグリはようやく一歩を踏み出した。あの曲がり角でも、アオイへの告白でも踏み出せなかった一歩を。
「待っててな…… アオイ」