スイートマジック
のぶ代カフェテリアの一角。
生徒用に貸し出されている調理場の前。
ヴィルシーナはエプロン姿で佇んでいた。
寮生活ということもあり、普段ならば縁遠いこの場所に居るのには理由があった。
昨晩の事。
ヴィルシーナは何気ない気持ちで、同室のロコドルウマ娘・ホッコータルマエに相談していた。
妹達へのプレゼントに良いものは無いだろうかと。
――それなら! ハスカップがオススメですよ!
ホッコータルマエが興奮気味に言い放った瞬間、あまりの押しの強さに驚いて少し気圧されてしまったのはここだけの話。
ハスカップと言えば彼女の地元、北海道は苫小牧名産の果物。
以前食べさせて貰った事があるが、確かにあれは美味しかった。
酸味が強めだがしっかりと甘みもあり、ほのかな苦味も相まって、面白い口当たりの果実だ。
古来から「不老長寿の妙薬」としても知られている程に栄養価も高い。
身の柔らかさもあって生のまま輸送する事は難しいはずなのだが、そこは彼女の腕の見せどころだったのだろう。
気づいた時にはタッパーいっぱいのハスカップを手渡されていた。
そんな事があったっけ、と回想を終えたヴィルシーナ。
ただ、これをそのままプレゼントというのも芸がない。
そこでカフェテリアの厨房を貸してもらったという訳だ。
ハスカップの実、小麦粉、砂糖、卵、牛乳、バター……。
トレセン学園のコックお墨付きの材料を、台の上に並べていく。そのどれもが安価でかつ高品質なのは、普段からここの料理を食べている自分にもよく分かっていた。
材料を並べ終え、まずはハスカップの調理にかかる。
調理と言っても簡単で、まず丁寧に洗ったハスカップを鍋に敷き詰める。砂糖を入れて馴染ませて、弱火で20~30分ほどじっくり煮詰める。これだけ。
とは言え、しっかりアクを取りながら焦げ付かないように、鍋の前で根気よく見張る必要はある。
だがそんなことはヴィルシーナにとって苦行のうちにも入らない。
お姉ちゃんがこんなところでつまづく訳にはいかないのだ。
ふんふんと鼻歌を歌いながら、じっくりコトコト煮込んでいった。
こうしてハスカップを煮詰めたものがハスカップジャムである。瓶に詰めて保管しても良いのだが、今回はそのまま使うので粗熱を取り冷ましておく。
その間に使い終えた器具を洗っていくのも忘れず。
手際良くメインの調理に移るヴィルシーナ。
まず室温に戻したやわめのバターをボウルに入れ、白っぽくなるまで混ぜ、砂糖を入れてさらに混ぜ合わせる。
ザリザリと砂糖がバターと混ぜあっていく音が小気味よく、ヴィルシーナはこの作業が結構気に入っていた。
昔、実家でクッキーを焼いていた時を思い出す。
ヴィブロスがつまみ食いしようという思いを抑えきれずそわそわとしていたり、興味を無さそうに振舞っていたシュヴァルが目だけはチラチラとこちらを見ていたり。
ふふっ、と思わず笑みがこぼれるヴィルシーナ。
次に別のボウルに卵を割り入れ、さっくりと混ぜる。
卵黄のみ使うパターンもあるが、今回は全卵で。
卵白入りの方が無しに比べてふんわりとした仕上がりになるので、その方がお気に入りだった。
それを複数回に分けながら、先程のバターに流し入れ、混ぜていく。
よく混ざったら、薄力粉とベーキングパウダーをふるいにかけて、牛乳と交互にゆっくりと混ぜ合わせていく。
こうして出来上がった生地に手作りのハスカップジャムを加え、お気に入りの型に流し込んだら、予熱済みのオーブンで30分ほど焼き上げて完成。
甘さ控えめハスカップケーキの完成である。
もわもわと湯気が立ち上るケーキから、胸をすくわれるような爽やかな果実の香りが鼻腔をくすぐる。
初めて作ってみたが、予想以上に美味しそうで。
味見を兼ねて、焼きたてのケーキに口をつける。
しっとりとした生地とカリカリの表面が食感にいいアクセントを織り込んでいて。
ハスカップジャムをさっくり目に和えていたのも良かった。
酸味が濃いジャムの部分と、優しい甘みのケーキの部分とで、かじる度にまた違った“美味しい”が顔を出す。
自分で言うのもなんだが、これ以上無いほどの出来だった。これならお母様にも負けないのではないかとも思うくらい。
と、そんなことを考えている内にケーキは胃の中へ全て入ってしまった。
名残惜しそうに、残りのケーキを見つめるヴィルシーナ。
悲しいかな、こういう時の計算はとても早くて。
“もう一つ食べても予定の量には足りる”のが分かってしまった。
一瞬の逡巡の後、ひょいとケーキを手に取り、ぱくり。
普段妹達の前ではしない、子供っぽい笑みを浮かべて一言。
「これくらいは姉としての特権、よね」