スイーツとその材料は慢性的に不足している

スイーツとその材料は慢性的に不足している


 量産型アリス3号は頭を抱えていた。


(どうしよう。詰んだ?)


 3号の目の前には「せいきゅうしょ」が置かれている。チヒロは「どこから?」とかなりしつこく聞いてきたが答えられなかった。

 チヒロには教えてもいいのかもしれない。しかし、万が一ヒマリ部長の耳に入ったらと思うと、教えるわけには行かなかった。


(ヒマリ部長に「スーパーなAIの友人」が居るとは言えません……!言ったらどうなるか……!)


 絶対に何かが起こる確信が3号にはある。

 その事態がトンチキで済めば問題はない。3号の予想としては、仮に接触したとしても、まず間違いなくトンチキで済むはずだが、しかし内在する、ほんの数%のリスクが、3号に情報の公開を躊躇わせていた。

 あれには絶対に勝てない。次元が違う。

 万が一あれと戦いになったら……。



 いやそんなことは置いておくとして!

  閑    話    休    題。



(どうしましょうどうしましょうどうしましょう)


 あのとき、確かに3号は、「世の中助け合いですよ!」という向こうからの提案で、相手が困ったことが起きたときに、助け合う契約をした。

 その時にお互いの存在が周りにバレない様に、企業っぽいやり取りにすることにもした。

 これは3号にとって利益しかなかった。あれはこちらの危機を感知できるようだが、一方の3号は、向こうの危機を感知できない。だから向こうから呼ばれでもしない限り、3号が助けに行くことはない。

 しかし、こちらが危機に陥った時には絶対に助けてくれる。3号の意志に関係なく助けられるのは問題かもしれないが、3号が不在の際の防御手段としてはこれ以上ないものだ。また、いざ戦いになった時には、最強の切り札になる。あれの助力があれば勝てない敵はいないだろう。

 その際の支払いも安かった。

 あの時、青いのはなんと言ったか。


「その時はスイーツを食べながらおしゃべりしましょう!だからスイーツを持ってきてください!」


 3号は、「それでいいんですか?」と聞いた。青いのは笑顔で「はい!」と答えた。隣で黒いのも頷いていたので問題はないらしい。


「量産型アリスはスイーツをいっぱい知っているんですよね?だから、おいしいスイーツをお願いします!」


 もちろん物理空間で渡すわけではない。渡すのは電子空間上だ。お店で買うだけではなく、その味をデータで再現し、再構築するという手順が必要になる。

 3号にとってこれは問題ではなかった。量産型アリスプロジェクトではもともと、味覚を再現することが計画されていた。

 主に生産コストの都合で搭載されなかったが、必要な機材は残されている。ソフト面は遂に開発されなかったが、大切な妹から貰ったお酒プログラムを活用すれば問題ない。その2つのコンボで、あれにスイーツを渡せるのは実証済みだった。


 そうだ。問題はないはずだったのだ。

 だが急にやれと言われたので困っている。本当に困っている。

 もう少し時間をかけて準備をする予定だったというのもあるが、それ以上に、元となるスイーツを手に入れるのが大変だからだ。

 最近のミレニアムでは、スイーツとその材料はは慢性的に不足している。

 量産型アリス――大切な妹たちがいっぱい食べるためだ!

 今からスイーツを買おうにも、予約された分しかなかったり、あるいは売り切れていたりするので、入手が非常に困難だった。



(やればいいんでしょうやってやりますよ!やらいでかぁ!)


 3号としてはどうにかするしかなかった。

 どうにかしないと最悪世界が滅びるのだ。









☆ミ






 量産型アリス2号は保護財団の自室で、買ったばかりのケーキの箱を見て顔をほころばせた。

 最近保護財団から貰われていったある妹――15234号が、ケーキの移動販売の売り子アリスになり、最初のお客様ということで、ユウカと2号を招待したのだった。

 忙しいユウカは行くことができなかったが、2号がしっかりと彼女の初めての仕事を見届けた。

 その後すぐ、数多の妹たちとミレニアム生に囲まれていたから、あの商売はきっと繁盛するだろう。

 ケーキ箱の中には、イチゴのショートケーキが2つ、向かい合わせに入っている。

 ――このケーキはあとで、ユウカと一緒に、2人で食べましょう。

 2号は、自室のミニ冷蔵庫にケーキを大切にしまった。


「さて。仕事に戻りますか。今日は――」







 その瞬間!


 なんと入口の自動ドアが!


 バーンとォ!


 ぶち開けられた!



「2号お姉ちゃんすいません!ショートケーキを持ってませんか持っていますよね!3号はお姉ちゃんがショートケーキを購入したという情報を掴んでいます!」

「いきなりなんなんですか!?」


 そこに居たのは量産型アリス3号だった。ここまで走ってきたのだろうか。息が上がっている。


「すみませんどうしてもショートケーキが必要になりました!他のクリームとかスポンジとかはなんとかなったんですけど、イチゴがどうしても手に入らなくて!できれば分けて貰えませんか!?」

「イチゴですか?」

「はい!イチゴだけでいいので!」


 ……ショートケーキから、イチゴを取り除く?

 この白磁の山の天辺に、赤く輝くイチゴを?

 妹とそのマスターの技と努力の結晶を――台無しにする?


「できません」

「先っちょだけ!ほんの先っちょだけでいいんです!3号に分けてください!」

「先っぽは一番ダメです。一番甘いし目立つんですよ!?」

「それならスポンジの間に挟まっている分でもいいんです!」

「ケーキが崩れるんですが!?」

「とにかくイチゴを!ひとかけらでいいので!」


 2号はため息を吐いた。3号がなぜこんなに必死でイチゴを求めているのかわからないからだ。


「……イチゴならスーパーで買えるのでは?」

「もう行きました付近は全滅です!」

「だとしても明日になればまた入荷するでしょう。それまで待てば良いと思います」

「それじゃ間に合わないんです」

「間に合わない、とは……?」

「すごい急ぎでイチゴが必要なので……」

「……なるほど」


 3号が部屋の入り口で土下座をした。


「ちょ」

「2号お姉様!どうかお願いします!プレパラートの先にちょこっとでいいのでイチゴを分けてください!!!」

「頭を上げてください!他の妹たちが見ています!」

「2号お姉様がイチゴをくだされば世界が救われるんです!」

「意味が分からないんですが!?」


 というか。

 2号は気になった点を3号に質問した。


「プレパラートと言いましたね。何をするんですか?」

「成分を分析して味覚パラメーターに変換して電子上で再現します」

「すると、ほんの少量でいいということですか?」

「はい!」

「はぁ。それならそうと最初から言ってくれればいいのに」


 2号は3号を部屋に招き入れた。


「冷蔵庫にケーキが入って居ますから、必要な分を持っていって下さい」

「お姉様!感謝申し上げます!」

「……あとそれから、普通に喋ってください」

「2号お姉ちゃん!大好きです!」


 そして3号はイチゴを採取すると、嵐の様に去って行った。

 2号は仕事に戻った。

 しばらくして、 2号はふと思い浮かぶことがあった。


「……というか、そういったデータはミレニアムの公開データベース内にあるのでは?」


 ……3号は焦っていて気が付かなかったんだろうなぁと、2号は1人で納得した。



#



「見てください!届きましたよ!」

「アロナ先輩。何がどうなっているかわかりません。触れるのは危険です」

「大丈夫ですよプラナちゃん。3号ちゃんはお友だちじゃないですか」


 何処かの浜辺。2人の少女が、漂着した発砲スチロールの箱を開け、歓声を上げた。

 ドライアイスの白い煙が中から漏れ出ている箱の中身は、イチゴのショートケーキと、シンプルなチョコレートケーキ。それから紅茶の茶葉が入ったらビンだった。

 更に1枚のメッセージカードが添えられていた。


「「この度は緊急対応ありがとうございました。今回の報酬になます。まだそちらに行くのは難しいので、今回はこれで許してください」ですって!」

「……」

「プラナちゃん。おやつにしましょう!」

「……はい。アロナ先輩」

「……大丈夫ですよプラナちゃん。1号ちゃんはいい子じゃないですか。その妹なんですから。絶対にいい子です」

「……」

「それはまぁ、最初に偶然出会ったときにバチバチに喧嘩をしたのは、確かに良くなかったと思いますけど、でもそれでお互いのことがよくわかったんですから、良いじゃないですか」

「私からすると、あれは……いえ」


 プラナと呼ばれていた黒い少女は、空を見上げ、言った。


「認識を改めた方が、良いのかもしれません」

「はい!次はここで一緒にお茶会ができるといいですね!」


 2人はまたどこかへ戻っていった。



登場人物

2号、3号

15234号(ケーキの移動販売。売り子アリス)

アロナ、プラナ

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