端切れ話(ジャック・オー・ランタンの声)

端切れ話(ジャック・オー・ランタンの声)


いびつでやさしい箱庭編

※リクエストSSです




 ハロウィンは、10月31日に行われる祭りである。

 冬の始まりの日とされ、また、現世と冥界の境界線が曖昧になる日でもある。

 人々は別世界からやって来る邪悪な妖精や死霊などから身を隠し、同時にやって来る良き存在である先祖の霊などを迎え入れるため、盛大に祭りを行う。

 …というのは今は昔。千年近く前の話だ。

 時間が経つごとにだんだんと気軽に楽しむイベントになっていたその祭りは、数百年前にはすでに怪物のコスプレをした子供たちにお菓子をあげたり、悪戯をされたりする日に変わっていたようだ。

 全盛期には大人たちもはしゃぎ回り、以前は暴徒と化した若者たちが街の至るところを闊歩していたらしい。

 どうしてエランがそんな事柄を思い返しているのかというと。


【ハロウィンセール!丸ごとカボチャ!(お値段)●●●!】


 家の一番近くにあるスーパーで、山積みにされている緑の野菜を見つけてしまったからだ。

 この地域で使われている現地語の文字はまだ勉強中だが、『平仮名』と『カタカナ』は覚えられた。だから店にあるポップくらいは何とか読めるし、破格の値段だというのもなんとなく分かる。

「………」

 エランは野菜の前でしばらく悩んだ。スレッタは基本的にイベント…楽しそうなものが大好きだ。ならば買って行くべきだろうか。

 緑色の山に手を伸ばして、しかし、と考える。

 カボチャをくり抜いてランタンを作るつもりでいたが、よく考えたら掻き出した中身を早く処理する必要が出てくる。勝手に買って来た食べ物でそんな事をして、後の処理をスレッタにさせるなんて無神経ではないだろうか。

 伸ばしかけた手を顎に戻し、思考を再開する。…買うべきか、否か。

 現状エランに衣装を買うだけの甲斐性はない。貧乏なのだ。だから一番派手で分かりやすいハロウィンのコスプレは選択できない。

 第一、スレッタがコスプレをしたとして、見せられる相手はエランだけだ。下手をすればひたすら自分が嬉しいだけの…そう、下心満載のイベントになる可能性がある。その意味でもやっぱりだめだ。

 彼女には出来るだけ楽しく純粋な催しを提供してあげたい。外に出ることが一切できなくなった(させてしまった)彼女に、少しでも笑顔になって欲しい。

 やはりここは食べ物だ。スレッタは食べることが大好きなので、よほどマズイ物でなければ喜んでくれる。

 エランは改めてカボチャの山に手を伸ばした。よく考えれば安いのだから、普通に買っても問題なかったことに気付いたのだ。


 買い物の中身を冷蔵庫に入れてからリビングに行くと、ストレッチをしていたスレッタが笑顔で迎えてくれた。

「エランさんっ!お帰りなさい!」

 最近の彼女は家事もそこそこにして、自由な時間を過ごしていることが多い。エランとしては否やはない。むしろもっと遊んでいてもいいと思っている。

「ただいま、スレッタ・マーキュリー。これ、お土産」

 冷蔵庫に入れていなかった袋の中を見せると、スレッタはわぁ、と更に笑顔になった。

「可愛い!ハロウィンのお菓子ですね!」

「うん。ちょっと財布を開放してみた。よく見たら専用コーナーもあったから、そこで色々買ってみたよ」

「プリンに、クッキー、チョコにキャンディ!プリン以外はちょっとずつ食べることにします。……あっ」

 エランの手から直接受け取ろうとしたスレッタは一瞬手を引っ込めると、少し緊張した面持ちで声を上げた。

「と、とりっく、おあ、とりーと!」

 恐らく初めて使う呪文なのだろう。たどたどしい発音に、エランは微かに笑顔を浮かべた。

「お菓子をあげるから悪戯はやめて。はい、これ」

「えへへ、ありがとうございます。ハロウィンなんて、初めてです!」

 彼女の初めては何でも嬉しい。エランは誰に対するモノなのか分からない優越感を感じながら、もう1つの袋の中身を取り出した。わざわざ冷蔵庫に入れる食材と別に持っていたものだ。

「他にもこんなものを買ったんだ」

「あ、カボチャ!すごい、丸々してます」

「安かったから買ってみた。ハロウィンセールだって」

「カボチャの煮付けがいっぱい作れますね。スープにしたり、グラタンに入れたり、ほくほくサラダも作れちゃいます」

 普段買うのはカットされたものなので、丸ごと1つというのは珍しいのだろう。スレッタは大喜びだ。

 たくさん買いすぎだと怒られることも覚悟していたので、この反応はかなり助かった。エランはホッと胸を撫で下ろしながらも、念のために聞いてみた。

「頑張ったらランタンも作れると思うけど、どうする?」

「ランタン…!興味はありますけど、でも皮が食べられなくなっちゃいますから、悩みますね…」

「煮付けの皮の部分美味しいもんね。僕あれだけでいいよ」

「もう、エランさんの為に甘さ控えめにしてるのに」

「ごめん、やっぱり全部食べる」

 エランが笑いながら謝ると、彼女は仕方ないなという風に許してくれた。

「…そうだ!いい方法を思いつきました」

 スレッタはそう言うと、リビングにある戸棚をゴソゴソして折り紙セットと工作セットを持って来た。少し前に大活躍したそのアイテムは、今は使用する頻度こそ少なくなったが大切に管理されているものだ。

 エランの手からカボチャを受け取ると、スレッタはさっそく工作をし始めた。

「何も本当に切らなくてもいいんです。オレンジの折り紙を切って貼ったら……じゃんっ!『ジャック・オー・ランタン』の出来上がり、です!」

「へぇ、簡単に出来ていいね」

 オレンジの紙で目と口の部分を作り、テープで貼ったら立派なモニュメントの完成だ。テープ部分は頑張って洗うか、何ならその部分だけ削れば問題なく皮も食べられる。

「我ながらいいアイディアでした」

 そう言って差し出してくるので、エランは素直に受け取ってカボチャの顔を眺めてみた。

 『ジャック・オー・ランタン』は地獄にも天国にも行けない魂だ。どこにも行けずにこの世を彷徨っていると言われている。

 何となく、エランの中にいる『誰か』の事を思い出させる。

「………」

 エランはおもむろにカボチャの顔をスレッタに向けると、自分の顔の前に両手で翳してみた。彼女の目からは顔だけ『ジャック・オー・ランタン』のエランの姿が出来上がっている筈だ。

「エランさん?」

「───待ち合わせ、行けなくてごめん」

「え…?」

「…『僕』は最後まで鬱陶しい『きみ』に救われてた。どこにも行けずに彷徨う事になっても、『きみ』に会えたことは後悔してない。でも…助けられなかったことだけは、心残りだ」

「それってどういう…?」

 訝し気な声に、エランはカボチャの顔を脇に避けておどけた声を出した。

「なんてね。トリック・オア・トリート。後出しはズルだったかな」

 正面からスレッタの顔を見る。彼女は少し戸惑っていたようだが、エランの揶揄うような笑顔を見るとホッとしたように顔を緩ませた。

「もう。エランさん、よく分からないですけど、合言葉も言わずに悪戯はダメですよ。…今のは誰かのセリフですか?」

 スレッタの言葉にエランは頷く。

「そうだね、僕にとっての『ジャック・オー・ランタン』の言葉だよ。…せっかくの、ハロウィンだしね」


 自分の中で彷徨う、別の世界の死者の声だ。この日くらいは外に出してもいいだろうと、エランは静かに微笑んだ。






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